水野和夫 『資本主義の終焉と歴史の危機』その1
![]() | 資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書) (2014/03/14) 水野 和夫 商品詳細を見る |
P3
資本主義は、「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」つまり、いわゆるフロンティアを広げることによって「中心」が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステムです。・・・もう地理的なフロンティアは残っていません。
P56
1974年以降、実物経済において、先進国が高い利潤を得ることができるフロンティアは、ほとんど消滅してしまいました。
P32
先進国は、安く買いたたける地域、高く売れる地域を求めて、常に外側外側へと拡大する・・・オイル・ショック前後までは、市場規模と、交易条件を改善ないし、拡大していけば、名目GDPが増加していくことが保障されていました。
・・・海外市場もアメリカのベトナム戦争終結で、拡張が止まりました。・・・このように1974年以降、市場規模と交易条件の掛け算で表される「地理的・物的空間」が、広がらなくなり、モノづくりや、サービスの実物経済で、利潤を高めることができないことが明らかになってきました。
P38
アメリカは、「地理的・物理的空間」での利潤率低下に直面した1970年半ば以降、「電子・金融空間」という新たな空間を作り、利潤を再び極大化させようとしました。
…資本主義は「周辺」の存在が不可欠…しかし21世紀にはいると、北の先進国の「地理的・物的空間」では満足できる利潤が獲得できなくなって・・・途上国が成長し、新興国に転じれば、新たな周辺を作る必要(筆者注:それが、今度は、外ではなく、国内に向かい)アメリカで言えば、サブプライム層であり、日本で言えば非正規社員であり、EUで言えば、ギリシャやキプロスなのです。
P60
そもそも、グローバリゼーションは、「中心」と「周辺」の組み換え作業なのであって・・・20世紀までの中心は「北」先進国であり、「周辺」は南(途上国)でしたが、21世紀になって中心はウォール街、周辺は自国民、具体的にはサブ・プライム層
…中間層が没落した先進国で、消費ブームが戻ってくるはずがありません。
p92
近代社会は、途上国から資源を安く購入することによって成り立っていたが、途上国の近代化によってその条件がもはや消滅。
p89
グローバリゼーションで何が起きるかと言うと、豊かな国と貧しい国という二極化が、国境を越えて国家の中に表れる。
2割の先進国が8割の発展途上国を貧しくさせたままで発展してきたために、先進国では国民全員が一定の豊かさを享受することができた。
しかし、グローバリゼーションの進んだ現在、資本は国境を越え、ゆえに、貧富の二極化が一国内で現れるのです。
近代、南=貧困、北=富裕と、先進国は格差を国内に侵入させないようにしておいたのですが、グローバリゼーションの時代、北にも格差が入り込むようになりました。
グローバリゼーションとは、南北で仕切られていた格差を北側と南側各々に再配置するプロセスと言えます。
先進国では1970年代半ばを境として、中間層の没落が始まっています。
p166
結論を言うならば、グローバル資本主義とは、国家の内側にある社会の均質性を消滅させ、国家の内側に「中心/周辺」を産み出していくシステムだと言えます。資本主義自体、誕生以来、少数の人間が利益を独占するシステムでした。世界人口のうち豊かになれる上限定員は15%前後である・・。15%が残りの85%から資源を安く輸入して、その利器を享受してきたわけです。
P3資本主義は、「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」つまり、いわゆるフロンティアを広げることによって「中心」が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステムです。・・・もう地理的なフロンティアは残っていません。
これ、ウォーラーステインの、1974年に発表された、近代世界システム論の完全フルコピーです。ちなみに、P70で、著者も引用しています。
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↓
世界システム論(せかいシステムろん、英語: World-Systems Theory)は、アメリカの社会学者・歴史学者、イマニュエル・ウォーラステインが提唱した「巨視的歴史理論」である。
資本主義が、周辺諸国を利用して・・発展(支配=従属関係)するシステムと言う認識は、完全に終わっています。
ウォーラーステイン・・・と言っても、著作が日本で紹介されたのが、1970年代後半~80年・・
このウォーラーステイン、アフリカの専門研究者で、本を書いたのが1974年です(しかも分析対象は、1840年代までの世界)。確かにそれまでの認識では、「先進国⇔緩衝国⇔周辺国の従属関係」ってあったのかもしれませんが(そんなもの、本当はないですけど)・・・
冷戦構造で、世界を資本主義色に塗るか、共産主義色にぬるか、競っていた時代ですからねえ。
アジアの新興国の説明や、1980年代、1990年代、2000年代の、世界経済の発展は、この論では、全く解説できないのです。
つまり、1980年代の4匹の昇龍をはじめとして、先進国と、新興国の従属関係(モノカルチャー)?どこに?シンガポール、資源も何もないです。でも、日本の1人当たりGDPは、とっくに抜き去っています。アジア一豊かなのは、シンガポールです。
つまり、ウォーラーステインの、
「先進国⇔緩衝国⇔周辺国の従属関係」
「後進国が工業国に第一次産品を輸出し、モノカルチャー経済になって・・・従属化」
「工業部門の関係から分析」
っていうのは、今は、全く相手にされていない話なのです(悪影響は投じました、昔に↓)。
でも、今は、「南北問題」という枠組みで、世界経済を説明するのは、どうやっても無理です。北の先進国と南の発展途上国、発展途上国はモノカルチャー経済(資源供出国)、南米の債務問題・・・これで、今の世界を説明する・・・
リカード比較優位の説明で、未だに「これは、工業国は工業国、農業国は農業国と、固定化してしまう」と書いている、教科書あるんですよ。
実教出版『高校政治・経済 新訂版』H22年度用見本 p160-161
…19世紀のイギリスでは,貿易に対する国家の介入をやめ,自由貿易をおこなうことこそが利益になる,と主張された。この考え方に理論的根拠を与えたのが,イギリスのリカードの比較生産費説である。
実教出版『2008新政治・経済資料』2008 p260
…こうして比較生産費説は,単に自由貿易の効用を証明するだけでなく,おのずと工業国は工業国であり続け,農業国は農業国であり続けるべきだという国際分業論を導き出すことに
なる。
第一学習社 『最新 政治経済資料集 2014』
1、比較劣位産業は、職を奪われる。
比較優位は、「生産性の高い職・産業」のことです。生産性が高い(1人当たりGDPが高いと同義)=給与水準が高いことです。給与の高い職業に、人はひきつけられます。生産性の低い職業を奪うのではなく、生産性の高い職業に、ヒトは黙っていても吸い寄せられるのです。
2、農業国は農業国のまま、工業国は工業国のまま
リカード比較生産費説は、「生産性の高い職業・産業に移る」ことです。固定化など、絶対にありません。農業国は貧乏国でもありません。オーストラリアや、ニュージーランドの1人当たりGDPは、日本より上です。オーストラリアに、自動車工業はありません。
3、輸入は損、輸出がトク
総供給 IM+Y=C+I+G+EX 総消費
IMが伸びる=右辺も伸びる、ドイツの輸入品が多かったということは、ドイツは豊かになっていたということです。
4、比較優位は国際分業論を招く
国際分業と、比較優位は、関係ありません。国際分業は、アダムスミスの「絶対優位」論で、比較優位論は、「絶対劣位も絶対優位も関係ない、交換はすべての人を利する」という理論です。
南アメリカの債務問題って、全部合わせても、日本の国債残高の20分の1にもなりません。しかも、今は、金融資本主義でしょう?ニッポン放送 『ザ・ボイス』 H26年7月8日 『ザ・フォーカス』
飯田泰之
・・・人間の記憶とか、姿勢って、若いころに決まってくる。で、いま、大分年寄りですけども、60代70代の人は、勉強したころは、貿易収支に意味があった、経常収支にも意味があった時代なんですけども、その中で、何で意味があったのか、何で黒字が良かったのかスポーンと忘れて、変動相場制なのに、赤字だって言われるし、悪い悪いって言われているところにロックインして、思い込んでしまっているっていうところがあると思うんですよね。
岩田規久男(学習院大学教授)『日本銀行は信用できるか』講談社現代新書2009 p34,36
「戦前や戦後しばらくの間,日本の大学の経済学部で教えられていた経済学は,現代の金融政策を決定する上で全く役に立たない」P3
資本主義は、「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」つまり、いわゆるフロンティアを広げることによって「中心」が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステムです。・・・もう地理的なフロンティアは残っていません。
第一学習社 2014 最新・政治経済資料集 p309
P38
…資本主義は「周辺」の存在が不可欠…しかし21世紀にはいると、北の先進国の「地理的・物的空間」では満足できる利潤が獲得できなくなって・・・途上国が成長し、新興国に転じれば、新たな周辺を作る必要(筆者注:それが、今度は、外ではなく、国内に向かい)アメリカで言えば、サブプライム層であり、日本で言えば非正規社員であり、EUで言えば、ギリシャやキプロスなのです。
ウオーラーステイン、この世代http://blogos.com/article/68880/?axis=g:0
資本主義の行き詰まりと格差の拡大 - 辻元
資本が利潤や余剰価値を生むためには、基本的には生産の拡大が必要である。しかし、生産の拡大を支えるには、新たな市場、安くて豊富な労働力、安くて豊富な資源といったフロンティアが必要である。
しかし、そういったフロンティアは急速に失われつつある。たとえば、グローバル化により先進国は、東南アジア諸国・ブラジル、東欧への生産拠点移動による生産性向上の恩恵を得てきた。 しかし新興国の賃金が上昇してくると、その旨みは減ってくる。競争に打ち勝つために、より安い人件費を求めようにも、東南アジアから先の新興国は今のところ見つからない。最早、ミャンマーといったところにしかフロンティアはなくなってきた。
このように、拡大生産が行き詰まってくると、競争に打ち勝ち、資本が利潤を生むためには、他の企業のシェアを奪うか、コスト、特に人件費をカットするしかなくなってくる。
そのため、先進国においても、大量の低賃金労働者が生み出されることになる。アウトソーシングが容易な現在の世界では、労働者は無力であり、経済成長をしても、大部分の低賃金労働者には、経済成長の果実は殆ど配分されない。 実際、次のビデオを見れば、アメリカの経済成長は、トップ1%のためのものでしかないことは明らかだ。
アメリカの事例が示すように、経済成長が国民を豊かにするというのは、既に成り立たなくなっている。これは何故だろうか?
これは、資本が利潤や余剰価値を生むためには、自然を含め、どこからか搾取をする必要があるが、こういったフロンティアは、既に見出すことが難しくなっており、搾取の対象が自国の労働者に及んだ、と考えるべきだろう。
ここまで、同じなのは。
続く
図解 使えるマクロ経済学
(2014/10/11)
菅原 晃
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すみません、初版 第1刷訂正部分です
1 P179
ケインズの流動性選好の図 ×「強国」→ ○「強固」
2 P179
×「流動性選好が高まれば、市場全体では均衡しているが、必ずどこかの市場で、需要不足(売れ残り、失業、利子率低下せず)になる」
○「流動性選好が高まれば(不況でますます強固)、必ずどこかの市場で、需要不足(売れ残り、失業、利子率低下せず)になる」
3 P215
×翁百合「試合中にルールを変える行政がイノベーションを阻む」
○翁百合「試合中にルールを変える裁量行政がイノベーションを阻む」
4 P154
×「限りがある資源(有限な時間・土地・ヒト・モノ・カネ)をいかに有効活用するかが、経済学(エコノミクス)の核になる理論
○「限りがある資源(有限な時間・土地・ヒト・モノ・カネ)をいかに有効活用するか、経済学(エコノミクス)の核になる理論
×「比較優位理説」
○「比較優位説」
5 p14
×「一方、実質GDPは2013年に過去最高の水準を記録しました」
○「一方、実質GDPはこの間に過去最高の水準を記録しています」
6 P204フリードマン吹き出し
×あなたたちのおかげでFRBは二度と同じ過ちを繰り返しません。
○あなたたちのおかげで二度と同じ過ちは繰り返さない(ようになります)
7 p60
×「また右記(4)のように、EX-IMが大幅増でも」
○「また右記(4)のように、EXとIMが大幅増でも」
8 p200
×「ケインジアンが、政策手段を失う中、ケインジアンを否定する理論には、(1)マネタリズムと(2)新古典派マクロ経済学:合理的期待形成仮説(p204)がありますが」
○「ケインジアンが、政策手段を失う中、ケインジアンを否定する理論には、(1)マネタリズムと(2)新しい古典派マクロ経済学:合理的期待形成仮説(p204)がありますが」
9 p62
×「(1)相続税は、2013年1月に基礎控除額が改定され」
○「(1)相続税は、2015年1月に基礎控除額が改定され」
10 p249
×価値観には、「真善美」すなわち(1)何が正しいか(科学)、(2)何が善いか(道徳)、(3)何が美しいか(芸術)の3つがあります。(1)は存在(ドイツ語でザイン)、つまり「~である」といった事実論、(2)は当為(ドイツ語でゾレン)すなわち「~するべき論」といった意見を示します。
経済学は数学を駆使するところから、(1)科学的であろうと努力してきましたが、どうしても、(2)の「べき論」の世界から逃れられません。
○価値観には、「真善美」すなわち(1)何が正しいか(①科学②哲学)、(2)何が善いか(道徳)、(3)何が美しいか(芸術)の3つがあります。①は存在(ドイツ語でザイン)、つまり「~である」といった事実論、②は当為(ドイツ語でゾレン)すなわち「~するべき論」といった意見を示します。
経済学は数学を駆使するところから、①科学的であろうと努力してきましたが、どうしても、②の「べき論」の世界から逃れられません。
大変申し訳ありません。高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学
ひひょにん
まず、高校生ではわからない。専門用語が注釈なしに登場したり、高校生には見慣れない図表も説明なしに書かれていたり。それから、文章もいまいち説明としては不親切。確かにこの手の本の中では、身近な例を適当に並べたまやかし本とは違って、マクロ経済の考え方を実例に即して解説しようという心意気が感じられる比較的良い本だとは思うが、少なくともすんなりと読める本ではない。何度もページを往復しながらでないと読めないし、いちいちネットで補足的に検索しないと読み進められない部分が多すぎる。
これは、筆者の力量の問題もあるが、編集の問題でもある。もうちょっとなんとかならんかったのか。内容自体が面白いだけに残念。
↓
もともと、高校生を教える教員側の、トンでも知識を見直すために、書いたのが、出発点でしたので、いわゆる、「教材研究」本です。「高校生」と振ったのは、「高校生」と書くと、「高校教諭」が目を留めるからでした。
いつのまにか、「高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学」と進化していましたが、もともとは、「高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門」でした。
小塩先生の「高校生のための経済学」とか、池上彰の「高校生からわかる資本論」は、高校生は分かるのでしょうか?
専門用語とありますが、すべて、高校の政治教材教科書・資料集に登場している言葉です。今の資料集は、かなり高度ですよ。
ただ、知識解説については、高度ですが、そのつながるメカニズムが皆無なのが、資料集なのです。だから、IS-LMで、
財政政策と、金融政策がつながっていること、貿易黒字と財政赤字はつながっていることを、拙著で取り上げたのです。
プロの編集者に、文章を添削してもらったのですが。その方も優秀なだけに、専門用語はすんなり通ってしまったんでしょうか。専門用語・・・どこからどこまでを線引きしたらいいのか、難しいですね。
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