くだらなすぎる話 人口問題と食料問題 その1
もう、双璧です。「人口減を食い止めろ」「食料危機がくる」
何で、人口減なのに、食糧危機?
この、人口論と、食糧危機論を扱います。
日経H26.7.8



1 人口減少を食い止めろ!
国が人口問題に関与すると、ろくなことになりません。
最たる例が、中国「1人っ子政策」です。中国の人口が、4億人台だった時に、提唱されました。
それが、人口が減る現実を前に、都市部でも2人目を許すだの、田舎でも2人目を許すだの・・・
「自由・民主主義」を抑圧する政府が、中国です。だから、その「大きなお世話」を、中国では、「国家の目標」にできるのです。つまり、「自由・民主主義」 の対極が「独裁・思想良心の自由を侵す価値観の押し付け(ハイエクの言う、道徳まで押し付ける国家)です。
ハイエク
「ナチス・ドイツや、共産主義国家は、道徳を押し付ける。自由主義国家はそうではない」
だから、そもそも、「人口がどうのこうの」というのは、「国や自治体の事情」ありき(経済が・・・とか、自治体存続の危機が・・・)で、「国家が目的、個人の生き方が手段」という、最も危険な思想なのです。
余談ですが、昨今、国会や、地方議会のヤジが、問題になりました。ヤジは「自由」の象徴です。だから、「自由」を尊重している国家には、ヤジがあります。
対極を想像してみましょう。中国全人代、北朝鮮・・・。1200人を超える議事で、「ヤジ」は、1つもありません。あるのは、「拍手」のみです。ナチス・ドイツ・・・熱狂の拍手のみです。
だから、ヤジがない国家が「異常」なのです。ヤジがない国家は、「思想・良心の自由、表現の自由」がない国家なのです。「思想・良心の自由・表現の自由」がない国家は、「民主主義」ではなく「独裁国家」なのです。
さらに、余談。
「お前が結婚しろよ」というヤジや、「子どもを産めないのか」というヤジは、「セクハラ」問題ではないのです。
人の生き方を最大限尊重する、人がどうあろうが、男だろうが、女だろうが、年寄りだろうが、子どもだろうが、結婚しようがしまいが、同性愛だろうが異性愛だろうが、障害者であろうが健常者であろうが、だれもが、自由に自分の生き方を自己決定し、だれもがそれによって差別されない、これが、「自由と民主主義」の根幹なのです。
1人1人が、自分の生き方を自由に決定でき、国家や自治体によって束縛されない、それが、自由であり、それが民主主義を支える、必要条件なのです。
だから、欧米では、「自由」を尊重する、宗教や、歴史や伝統や、国家や、それまでの縛りから、個人を解放する・・・個人の生き方を尊重する・・・これを最大限の価値として、政治がその方向を追求してきたのです。
ユダヤ、キリスト教や、イスラムでは、「同性愛」はタブーです。どれくらいタブーかというと、退廃した(性道徳以外にも)の街、ソドムとゴモラを、神が焼き尽くし、破壊したほど、タブーです。ソドミーとは、同性愛を示す言葉です。
狂信者は、同性愛者や、その性転換手術する医師を殺します(アメリカでも)。
だから、宗教的保守思想として、「同性愛」はだめです。
しかし、その「宗教的縛り(価値観)」から、政治は「独立」し、個人の自由を尊重するように、中世以降、ずっとたゆみなく、「自由」の拡大を行ってきました。
フランスはカトリックなので、離婚が認められていません(厳格には、避妊もだめです。大真面目にバチカンが、避妊具の是非について、判断を求められるのです、今でも)。
だから、事実婚(結婚届を出さない、事実上の結婚)が広がり、政治は、その権利を認め、様々な制度を、結婚と事実婚で同様にしたのです(相続など民法上の権利)。子供の手当ても、同じです。
もっとも、フランスの場合、恋愛の自由も最大限に尊重しますので、事実婚に縛られない「恋愛の自由・・・最大の恋愛ライバルは、既婚者のつれ・・・」が現実です。
実の親子関係を認定させるとされる、DNA鑑定。フランスでは、裁判官が認める以外は、禁止です。誰が親か分かったら、フランスでは、とんでもない事態になるからです。
ミクロ経済学では、生産者も、消費者も、完全情報をもっていることが前提です。人間界には、「知らないほうがいい」こともたくさんあるのです。
欧米では(アメリカの州でも)同性婚を、権利として認め、法的に保証するようになりました。もちろん、フランスもです。
オランダでは、複数カップル(男1人と女複数、女1人と男複数、それぞれ複数・・)の法的権利拡充(婚姻)すら、議題になっています。
このように、伝統とか、宗教とか、歴史とか、保守とか、そういう価値観から、フリーになる権利(Freedomは、free from○○、○○からの自由のことです)を、法的に政治的に、保証してきたのです。
それが、皆さんが習ってきた、西洋史の「○○革命(特にイギリス)」なのです。特権を、一般の人々にも、開放してきたのです。人権の拡充です。
そのような、「自由・民主主義」の本質を理解すると、
「お前が結婚しろよ」というヤジや、「子どもを産めないのか」というヤジは、「セクハラ」問題ではなく、根本的に、立つ位置が「狂ってる」としか言いようのないレベルの話なのです。
個人の生き方を最大限に尊重するよう、政治は発展してきたのに、それを、「根本的に否定する」「自分の価値観を押し付ける」考えは、「政治」とは、対極にある、政治家以前のレベルの話なのです。本当に、「お話にならないレベル」のことなのです。
だから、セクハラとされた方の都議も、過去に「加藤茶や、中本工事の、年の差婚をキモい(気持ち悪い)」と言ったり、「これじゃ、おやじと飲みにも行けない」と言ったのも、同様に、「お話にならないレベル」の問題なのです。
そりゃ、本心や、家庭内や、職場での雑談では、本音トークは出ます(何より、価値観は人それぞれですから、これこそ、自由の根本です)。しかし、それは、政治では絶対に行ってはいけないし、そもそも、「個人の自由を最大限に尊重する」価値観の持ち主は、相手の生き方・考え方を「キモい」だとか、「こうしろよ」と押し付けるだとか、そんなことをはじめからしませんし、考えもしません。
文化レベルが高いだの低いだの、人種差別だの、生き方差別だの、もともとそんな意識を持たない人(自分の生き方を大切にする=他人の生き方も大切にする)には、そのような発言が出てくることは、そもそもないのです。
「私は、そのような考えは持たないが、でも、君がそのような考えを発言する権利は、最大限に尊重する(死んでも守る)」、これこそが、政治の根本(自由と、それがなければ成り立たない民主主義)なのです。
ルールの範囲内で、最大限の自由を尊重するのが、ハイエクの言う「道徳を押し付けない国家」なのです。
他人に、生き方・考え方を押し付ける国家が、共産主義・全体主義国家なのです。
ですから、政治は、「他人の生き方がどうであれ、その人が自由に生きる、その人が社会的に差別されない」ように、制度を整えていくことが、その本質です。
だから、「子どもを産めないのか」は、やっていることが、政治とは、反対方向なのです。だから、「セクハラ」以前のお話なのです。
すみません、余談が長すぎて、人口・農業問題、全然書けませんでした。
人口増減をどうにかする・・・政治の話には、もともとならないのです。それを、「政治」の話にしてきた(根本的に立ち位置がおかしい)ので、今もトンでも論になっているのです。
政治は、「人口増減をどうにかする」ではなく、全く逆で、「人口減に対応する社会」を構築するのが仕事なのです。
(注 子どもを産んだ女性が不利にならない、女性が社会で差別されない・・・これは、政治の問題です)
次回続く・・。
数学好きの子どもに読んでほしい、と思う前に自分で読んで見たら面白かった。
仕事場の元上司のオジサンと子どもの進学とか与太話をときどき話をするんですが、そのときに、数学が得意で理科が得意じゃなければ「経済学部が良いよ」って教えてもらったことがずっと頭の隅に残っていて、残っていて、で、本屋でこの本をパラパラと見て買ってみたんですね。
で、読んでみました。
高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学
•作者: 菅原晃
•出版社/メーカー: 河出書房新社
•発売日: 2013/09/10
•メディア: 単行本(ソフトカバー)
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何となくはわかっていたつもりでしたが、そうですよね。数式出てくるもの。数学がわからないとそりゃ経済無理だわ。
#この本は簡単な式しか出てきませんので。
最初の何十ページは中々調子に乗らないというか、なんとなく頭の理解が追い付いていないのがわかります。なので無理して進めて、あるところから急にあそうか!って感じで感覚的にわかるようになってあとも多少は眠さに難渋しながら読み終えました。
TVで貿易赤字だからーみたいなようにニュースで見聞きしていたことが実は全くの嘘だったとかわかると、本読まないといかんなーというかニュースでも信用ならんな、って思いますね。
さて、読んでくれるかしらん?