予想どおりに不合理

<行動経済学>

吉川洋(東大)『週刊ダイヤモンド 2012/7/21』
 米国の経済学者、ポール・クルーグマンは、過去30~40年の経済学を「よく言って役に立たない、悪く言えば有害だ」と言い切っています。私も同感です。




2011.11.9 私が、ブログに書いた記事

かつてフリードリヒ・ハイエクは経済学に量的予測は不可能で、パターン予想、つまり特定の出来事の説明ができるだけだと述べました。ハイエクとケインズというと正反対の経済思想家とされますが、両者は互いに尊敬し数式による明示的な経済モデルを提示しなかった点でも共通します。おそらくケインズもハイエクと同様、量的予測への懐疑を抱いていたのではないでしょうか。ハイパーインフレも深刻なデフレもあった両大戦間の経済を実見すれば、単純な仮定に基づく数理経済モデルなど子供の遊びに等しく思われたのではないでしょうか。

…米マサチューセッツ工科大学 MIT 教授のチャールズ・キンドルバーガー(1910~2003)の研究も今こそ役に立ちます。
MIT 教授としてはるか後輩のリカルド・カバレロです。最近の論文「危機後のマクロ経済学-今こそ知ったかぶり(Pretense of knowledge)を改めよ」で量的予測を可能にするため非現実的な仮定を便宜上用いたことを忘れ、自らの「標準的理論」モデルが現実に適合すると誇大宣伝したマクロ経済学の「中核」の傾向を批判しました。  
今こそ経済学は知ったかぶりをやめ、自己の予測能力の限界を認め、特定の出来事を説明する、周辺の研究に集中すべきだと主張します。今後経済学がそう発展するなら、キンドルバーガーは先駆者として再評価されるのではないでしょうか。



予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版
(2010/10/22)
ダン アリエリー、Dan Ariely 他

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 「人間は、完全な情報を持ち、合理的に選択する」が、既存の経済学の前提なら、その全く反対の立場に立つのが、「行動経済学」です。

 経済学は人がどのように行動すべきかではなく、実際にどのように行動するかにもとづいているほうがはるかに理にかなっているのではないだろうか。…人がいつも合理的に行動するわけではなく、誤った決断をすることも多いという(かなり直感的な)考えに注目した、新しい学問分野だ。

…普通の経済学…は多くの点で人間性をより楽観的にとらえている。…わたしたちに無限の理性が備わっていると仮定しているからだ。同じ理屈で、人間に不足があると認める行動経済学の見方は、多くの点でわたしたちがどれほど理想に及ばないかを証明してみせるためより悲観的だ。

 …経済学では、まさにこの「合理性」とよばれる基本概念が経済理論や予測や提案の基礎になっている。



清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版
需給曲線 清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版.jpg

 上記のおなじみの「供給・需要」曲線さえ、「仮定」だらけです。箱庭のような条件が必要です。


(1)財・サービスの内容について完全に知っている、無数の消費者
(2)財・サービスの内容について完全に知っている、無数の生産者
(3)完全競争市場であること(寡占・独占やカルテルを結ばない)
(4)消費者は、効用を最大限にするように行動する
(5)生産者は利益を最大限にするように行動する

 (1)(2)は、「完全な知識を持っていること」、(4)(5)は「常に合理的であること」を示します。この様な状態で、上記の「市場」は最適な資源配分をすると仮定されます。

 こんな、一番スタンダード:中学校の教科書でさえ、扱っている理論でさえ、「仮定」だらけです。しかも、「現実にあり得るの?」というような話です。

高増明・竹治康公編『経済学者に騙されないための経済学入門』ナカニシヤ出版

 …完全競争市場、つまり多数の企業が同じモノを生産していて、収穫逓増、外部性、情報の不完全性などが存在しない市場が、ほんとうに現実に存在するのでしょうか。

…マネタリストの思想的な支柱ハイエクは「クレパスに落ちた登山家も自由である」…これは、登山という行為を選択した以上、クレパスに落ちる危険は当然予測していたはずであり、その結果は個人の意思決定の結果として、自分が責任を持って引き受けるべきだということです。

…われわれは、それほど合理的かという点です。合理的期待形成学派は経済主体(家計=我々一人ひとり、企業)が頭の中にマクロ経済モデルを持ち、利用できるすべての経済情報をインプットして答えを出すという想定をしています。…ミクロ経済学のマクロ経済学の分野への拡張と考えることもできるでしょう。しかしながら、われわれはそんなに合理的だと思えません。…多くの人は、自分が過去にとったのと同じ経済行動を繰り返すか、身近な人の行動やメディアの情報を見て、それに従って行動しているだけでしょう。



 『予想どおりに不合理』。この本では、さまざまな場面において、「不合理」の合理性=「予想通りに不合理」が存在することを検証しています。事例を紹介します。(事例は、この本の中に登場するものです)

(1)



 経済誌、エコノミストの広告です。

 選択肢は3つです。
(1)Web版だけの購読 59ドル
(2)印刷版だけの購読 125ドル
(3)印刷版とWeb版のセット購読 125ドル

MIT(マサチューセッツ工科大学)の院生100人は次のように選びました。

(1)Web版だけの購読 59ドル 16人
(2)印刷版だけの購読 125ドル 0人
(3)印刷版とWeb版のセット購読 125ドル 84人

次におとりの(2)を外して、選択させてみます。結果は次のようなものでした。

予想どおりに不合理 行動経済学1

 Web版を選ぶ生徒は68人に増えています。エコノミスト誌が売りたかった、125ドル版は、84人から32人に減っています。

これは、私たちは、常に何かと比較対象していることを示します。

予想どおりに不合理 行動経済学2


相対性というものです。

 次の図で、おとりであるA’を加えることで、Aの安定感が増しているように感じてしまいます。結果として人々は一番多くがAを選択します。

予想どおりに不合理 行動経済学3


定食ランチ

松セット 3000円
竹セット 2000円
梅セット 1000円

 店主が、一番売りたいのは、2000円セットです。だから、おとりとして 松セット3000円を加えます。

これが、

定食ランチ

Aセット 2000円
Bセット 1000円

だけなら、Bセットを選ぶ人が増えてしまいます。一番売りたい2000円セットが売れなくなるのです。



「わが社に来て、何年?」
「3年です」
「入社した時、3年後の年俸はどのくらいだと考えていた?」
「10万ドルです」
「今の君は30万ドル近い。何が不満なのか」
「デスクが近い同僚が、僕と働きは変わらないのに、31万ドルもらっているんです」

このことを踏まえて、会社の幹部に聞いてみた。 

「社員の給与データが、会社中に知れ渡ったら、どうなる?」
「もし、全員が全員の給与を知ってしまったら、それこそ大参事でしょうね」

 みな、自分の給与に不満を感じるからです。

 1992年に、アメリカの証券規制当局が、各企業に経営幹部の報酬と役得を事細かに開示するよう義務付けました。

 1976年、平均的な最高経営責任者の給与は、平均的な従業員の36倍でした。1993年には、131倍にもなりました。
 公になったことで、アメリカの最高経営責任者は、自分たちの収入をよその最高経営責任者と比べるようになり、うなぎ上りになりました。いまや、平均的な従業員の369倍、報酬を開示する以前の3倍になりました。



 25ドル(2000円)のいいペンを見つけました。買おうと思いましたが、15分先の別な店のセールで、18ドル(1440円)で買えることを思い出しました。ほとんどのひとは、7ドル節約するために、別の店まで行きます。

 455ドル(36400円)のスーツを買うことを決めます。ですが、15分先の店で、同じスーツを448ドル(35840円)で売っています。この場合は、ほとんどの人が行かないと答えます。

 同じ「7ドル」節約するかどうかの話です。これが「相対的に判断」するというものです。

 250万円の車に、10万円の革張りソファをオプションで付けることは平気ですが、自宅に10万円の革張りソファを購入するのはためらいます。使う時間は、自宅ソファの方がはるかに多いにもかかわらずです。

(2)

 出席番号は、値段に影響を与えるか?

 ワインや、コードレス・キーボード、デザイン関係の本、チョコレート、これらの値段に、クラスの出席番号は影響を与えるかどうかです。

 出席番号1~10の人は、その番号を記入し、その値段(ドル)で、その商品を買うかどうかをイエス・ノーで答えます。90番から99番の人は、90ドルから99ドルまでです。

 その後、買ってもいい最高金額を書き入れます。

 さて、出席番号は、最終的な落札金額に影響を与えるでしょうか?学生たちは「ありえない」と答えます。

 ところが、実験の結果は、下2桁の数字が大きい生徒90番から99番学生の入札額は高く、1番から10番までの学生の入札額は低いというものでした。

 うそかもしれないような、結果です。これを「アンカリング」といいます。最初の数字がアンカーとなって、のちの行動に影響を与えるのです。

 田舎から、地方都市に引っ越す人は、それまでの不動産価格を基準に、家を決めます。多少、小さい家や、住み心地の悪い家に家族を住まわすことになってもです。逆に、東京から地方に引っ越す人は、東京の不動産価格を、地方都市の住宅に払ってしまいます。

…伝統的な経済学では、製品の市場価格はふたつの要素の均衡で決まると考える。二つの要素とは各価格における生産量(供給)と、購買力のある人たちの各価格における購買意欲(需要)であるこの二つの力が加わる価格が、市場での価格を決める。

 …たしかに人間がほんとうに合理的なら、需要と供給にもとづいた摩擦のない自由市場は理想だ。とはいえ、わたしたちは合理的ではなく非合理的なのだから、政策もこの重要な要素を考慮すべきではないだろうか。

…最適な市場価格を設定する役目を市場の需要と供給という力には任せられず、自由市場の仕組みが効用を最大にする助けになりそうにないなら…保健、医療、水、電気、教育…市場の力と自由市場がいつも市場をうまく調節できるわけではないという前提を受け入れるなら、政府がもっと大きな役割を果たして、たとえ自由企業体制を制限することになっても、市場活動を部分的に調節すべきだと考える人たちの仲間入りをすることになるかもしれない。




(3)

<無料>

①無料でアマゾンのギフト券10ドル分
②7ドル出して20ドル分のアマゾンギフト券

ボストンのショッピングモールでの調査では、大半の人が①を選びました。

 アマゾンの無料サービスです。16ドル95セント(1356円)の本を買うと3ドル95セント(316円)の配送料がかかります。ところがもう1冊本を買って合計が31ドル90セント(2552円)になると、配送料が無料になります。

 アマゾンは、このサービスを始めたことで、大変「満足」しました。

 しかし、フランスでは、売り上げが伸びませんでした。フランスでは一定額以上の注文で配送料を無料にするのではなく、1フラン(20円)にしました。無料と大した違いがあるわけではありませんでしたが、大違いでした。

 フランスがほかの国と同じように「無料」にしたとたん、売り上げは劇的に伸びました。

…値段ゼロは単なる値引きではない。ゼロはまったくべつの価格だ。2セントと1セントのちがいは小さいが、1セントとゼロのちがいは莫大だ。

…数年前、全米退職者協会は複数の弁護士に声をかけ、1時間当たり30ドル(2400円)程度の低価格で、困窮している退職者の相談に乗ってくれないかと依頼した。弁護士たちは断った。しかし、その後…困窮している退職者の相談に無報酬で乗ってくれないかと依頼したのだ。すると圧倒的多数の弁護士が引き受けると答えた。




 市場規範(価格)を適用する場合と、お金の話抜きで頼まれた場合は、社会規範を適用し、自分の時間を割く気になるという実例です。考えの中にいったん市場規範(価格)が入ると、社会規範が消えるのだそうです。

 イスラエルの託児所で、迎えの時間に遅れる親に罰金を科すのが有効かどうかを調査しました。結果は悪影響を与えるというものでした。

 時間に遅れると、社会規範を適用し、申し訳ないから、今度は遅れないようにしようと考えます。しかし、罰金を科したことで、社会規範から市場規範(価格)に切り替わってしまいました。親は、カネで時間を買うようになり、迎えの時間に遅れるようになりました。

 数週間後に「罰金」をやめたところ、子どもの迎えに遅刻する回数はわずかですが増えてしまいました。社会規範市場規範も無くしてしまったからです。

 10代の若者がひとりで運転しているときに事故にあう確率は大人より40%高いのです。車にもうひとり10代の若者が乗ると、この値は2倍になります。3人目の若者がいれば、さらに倍増します。

 われわれは合理的?でしょうか、それとも「予想どおりに不合理」でしょうか?


<2012年>

美輪明宏

父ちゃんのためなら エンヤコラ
母ちゃんのためなら エンヤコラ
もひとつおまけに  エンヤコラ

1.今も聞こえる ヨイトマケの唄
  今も聞こえる あの子守唄
  工事現場の昼休み
  たばこふかして 目を閉じりゃ
  聞こえてくるよ あの唄が
  働く土方の あの唄が
  貧しい土方の あの唄が

2.子供の頃に小学校で
  ヨイトマケの子供 きたない子供と
  いじめぬかれて はやされて
  くやし涙に暮れながら
  泣いて帰った道すがら
  母ちゃんの働くとこを見た
  母ちゃんの働くとこを見た

3.姉さんかぶりで 泥にまみれて
  日にやけながら 汗を流して
  男に混じって ツナを引き
  天に向かって 声をあげて
  力の限り 唄ってた
  母ちゃんの働くとこを見た
  母ちゃんの働くとこを見た





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