「日本農業への正しい絶望法」

神門善久(明治学院大)『日本農業への正しい絶望法』
日本農業への正しい絶望法 (新潮新書)日本農業への正しい絶望法 (新潮新書)
(2012/09/14)
神門 善久

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 農業の実態を示した個所を挙げてみましょう。
 

p19
…OECD の推計によると、日本の農業保護額は4.6兆円で、日本農業の付加価値額の3.0兆円を上回っている。計算上は農業生産をゼロにした方が国民や所得は増えるという異常事態だ。



 ちなみに、2011年の「農林水産業」のGDPは、5兆4,498億円、全体額468兆3、451億円の1.16%です。農林水産省予算は、23年度2兆2,712億円です。

p36
「担い手育成事業」と銘打った、農水省と県による公共事業農業用…。水路をつけかえ農道の拡幅を行うものだ。いまの農業は機械化されているから、それに適合した農地・水路・道路を造成するというのが表向きの趣旨だ。…農業者の負担金は企業費の5%で、残りは財政支出で行われる公共事業だ。

…この事業は農業潰しのための土木事業だ。たしかに、この事業で農業機械は動かしやすくなる。しかしそれ以上に住宅への転用が進んでしまう。道路が広がり、土地の形が整えば、家を建てるのにも好都合だからだ。…行政側は「この事業を入れても8年たてば農外転用できる」という趣旨の発言をしたという。

 実際、Aさんの近隣では、いち早くこの種の土木事業を導入して、8年後にアパート等に転用するという事例が相次いでいる。…宅地にすれば、農地としての価値の100倍近い坪単価がつくことがある。農業の意欲が薄い片手間農家にしてみれば、「担い手育成」の土木事業を入れれば、多額の公費助成を受けて住宅への転用の準備をしてもらえるのだから、「おいしい」話だ。



p42
…制度上は農地の売買・賃借・転用を記録する目的で、「農地基本台帳」が作られている。…しかし、この農地基本台帳の記録は、不正確そのもので、実際には駐車場等に転用されたり、耕作者が替わったりしているのに従前のまま(極端な場合は1940年代の農地改革の時の記録のまま)になっているケースが多発している。

 たとえば、2010年3月、民主党参院議員会長の輿石東氏による農地の違反転用事件が明るみに出た。輿石氏の住宅地の一部が農地基本台帳上は農地となっていて、固定資産税等も農地として減免されていると思われるという報道…。



p50
 マスコミでは連日のように「農業の担い手不足」が報じられる。農業就業者の3分の2が65才以上の高齢者であり、農地の約10%が耕作放棄されているという現状が農家の「窮乏」として報じられる。

…しかし、地権者(農地所有者)は担い手不足で困っているばかりではない。担い手が現れるのを警戒している場合も多い。極端な場合は「担い手育成を名目として補助金は欲しいし、マスコミ集めのための数年間限りの農業参入には歓迎するが、決して担い手にはムラに定着してもらいたくない」という場合がある。

…耕作放棄面積の拡大速度では、平場の優良農地の方が早い。そういう農地の所有者の中には、節税や宅地などへの農外兼用の目的で農地を持っている場合がある。…とくに優良農地法ほど転用への潜在需要は強い。優良農地の条件は、平地で、農地の形状が整っていて、水はけや日照がよく、道路へのアクセスが良いことだ(農業機械の搬入や農作物の収出荷に、道路アクセスは不可欠だ)。これらの条件は、まさに、商業施設、公共施設、住宅を建てる時の好条件と重なる。

…転用機会が来るでは、自分で省力的な農業をするか、他人に貸し出して耕作をさせるかをするわけだが、転用機械が訪れるときには、迅速に転用できなくてはならない。…たとえば、農地を大々的に転用して大型商業施設を建設するという事案が持ち上がったとする。集落に反対論者がいて…交渉がもつれれば、商業施設は当該地域への進出をあきらめ、近在の他の候補地に建設話を持って行ってしまうかもしれない。
したがって、農地の転用機会を担っている地権者にとっては、農業に熱心な若者が村落内にいては困る。

…そこで、とことん省力的な農業を自ら行うか、いつでも返却に応じてくれる人に限って貸し出す。自ら農業を行う場合、もっとも好まれるのは稲作だ。稲作は機械化が進んでおり、よほど大規模でない限り、週末労働でじゅうぶんに対応できる。…農地を返してもらえるかどうか心配するくらいなら、耕作放棄を選ぶ。

…つまり、高齢化も耕作放棄も困窮を意味するのではなく、地権者の贅沢な算段を意味している場合も多い。もちろん、地権者は、そのホンネを、マスコミや識者の前で語ることは稀だ。



p119
…農業生産に好適な優良農地ほど潜在的な転用需要が大きい。日本は国土が狭隘で平地が限られている。よい農地の条件は、区画が整っていて、道路へのアクセスがよく(農業機械の搬入や農産物の出荷のため)、日当たりや水はけがよいことだが、これらの条件は住宅や商業用地の候補地としても好条件だ。優良農地に対する農外兼用への潜在的需要は大きく、転用が認められれば地方部でも水田1枚(通常30アール)で1億円に近い売却収入が得られる(営農目的であれば、せいぜい200万円程度の価値でしかない)。



p113
 典型的には、農地利用の無秩序化の助長だ。「規制緩和」や「地方分権」の美名にかこつけて、営農の意欲・能力のないものでも農地の利用権や所有権が取得しやすくなり、また転用規制も実質的にしり抜け化されている。

…農水省は、精神論・理念論として理想を掲げ、具体論は無力とわかっている農業委員会に全責任をまるなげしたのだ。

…農水省の責任逃避がある。真面目に農地の保護をすれば、転用を期待している地権者や関係者から恨みを買う。土地絡みのことはいろいろとトラブルがつきまといがちだ。不動産業者であれ、産廃業者であれ、農地を欲しがっている人がいて、そういう人たちに農地を売りたがっている農家があるというならば、禁止するよりも、認めてしまった方が楽だ。




 ほとんど、ノーチェックで、農地貸借が進んでいるようです。

浜島書店『最新図説政経』2013 p242
農業 生産法人.jpg

p128
 また、日本人が、肉体的にも農業労働に耐えられなくなっている。いまや大規模農家にとって、外国人労働者は不可欠の存在になっている。…数万人の単位で外国人が「研修」や「技能実習」の名目で農業に従事している。…日系の外国人や、不法に働く外国人を入れれば、この数字を大きく上回る。…大規模農家が外国人を雇う理由は、単純に、日本人では農作業がつとまらないからだ。
 
 高原野菜で有名な長野県川上村は、かつては夏休みの農業アルバイトで多くの大学生が集まった。今や農業アルバイトをしたがる大学生はほとんどいないし、川上村の農家も日本人を雇うのを嫌う。日本人は少しでも労働がきつくなると辞めるからだ。…高原野菜では早朝から朝露に体を晒して力仕事をしなければならないから、今の日本人にはつらい。



 ちょっと古いデータですが、研修生・技能実習生について扱っています。

クリック

外国人労働者(1): 研修生・技能実習生



 北海道の水産業関連、道北の農家ともに、外国人労働者がいなければ、成り立ちません。北海道紋別市の水産加工業(魚や貝をさばく)も、求人を出しても、人が集まりません。北海道の農業も同様です。

クリック

「外国人研修生・技能実習生制度の意義と課題」

 実際に、農家でアルバイトをすると分かります。「出面さん」と言っています。農協が一括で管理し、農家と直接アルバイト契約を結ぶことはありません。実際には、50代~60代の女性が中心です。40代以下は、「若い」と言われます。

 花卉種苗農家の場合、ビニールハウス内の高温下、ずっと腰をかがめた作業が続きます。それで自給800円です。根を上げる人が多く、継続して働く人がいません。JAは、毎年募集をかけています。大変な重労働なので、人が定着しないのです。

p130
…日本の農家の多くは、農業以外で安定的な収入を確保している。農家の平均所得水準は同年齢世代の非農家の平均所得水準を上回っているのだ。マスコミなどは…しばしば「農業で食っていけないからやむを得ず兼業に出る」という言い方がされる。しかし実態としては「安定的な農外収入があるから農業で食っていく必要がない」というほうが正しい。農地は、固定資産税も相続税も極端に安い。持っていてソンはない。都市の勤労者や高齢者は、マイホームさえ持てずに毎月の家賃を支払って生活せざるを得ないのに比べて、農家は都市住民並みの農外収入があるうえに家元地も所有しているのだから恵まれている。



p177
繰り返すが、農家の平均所得は同世代の非農家を上回る。農家は、農地のほか自宅などの不動産を所有している場合が多い。したがって、農家は概して非農家ほどには支援を要求しない。



第一学習社「最新政治・経済資料集2012」p233
農家 戸数

http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/einou_syusi/index.html
農業経営統計調査 平成23年 個別経営の経営形態別経営統計(経営収支)

農業 所得

 この統計を見ると、農水省の言う「農家」って、本当の農家ではなさそうです。我々のイメージする農家は、広大な土地を持ち、畑や田んぼや、果樹園を営んでいる・・・。しかし、これだけを農家とすると、なんと、農家253万戸のうち、14.2万戸しか残りません。これでは、農水省の存在意義が失われてしまいます。

 2010年(平成22年) 総世帯数は、 5195万0504戸、我々のイメージする農家の14.2万戸は、0.27%しかいません。
 
 そこで、とにかく、農業用地を持っていれば、「農家」として計算し、253万戸にしているのです。

内訳を見てみます。

(1)「自給的農家」が35.5%、これは、生産物を出荷していない農家、つまり、大規模家庭菜園農家が、90万戸/253万戸(35.5%)もいます。自分のうちの野菜や米を作ったり、親せきに配ったり、近所に配ったり・・・売っていないのに、これも「農家」です・・・。

(2) 次に、副業的農家です。88万戸/253万戸(34.9%)います。これが、いわゆる「リタイア」して、じゃあ「農業でもやるか」という、日本の主力?農家です。(定義:65歳未満の者で60日以上農業する者がいない農家)
副業的農家の収入は416万円(うち年金が224万円、農外収入が169万円、農業収入はたったの32万円です。これも「農家」です。

この(1)(2)農家?で、日本の農家の70%を占めます。繰り返しますが、出荷しない農家と、農業所得が年に32万円の農家の事です。


(3)準主業農家です。昔は第2種兼業農家と言われ、農業外収入が主、農業が副業の農家です。これが、39万戸/253万戸(15.4%)です。

 準主業農家(農業外収入が主)の所得は530万円(主業が493万円)、農業所得は、たった38万円です。これも農家です。
 要するに、役所や、JAや、一般企業に勤めて、週末だけ農業やって、年間収入38万円です。

(1)(2)(3)農家を合計すると、農業年間収入38万円以下の農家が、日本の農家の85.8%を占めます。

農業 戸数

 ここに、農家であれば、10アールあたり1万5千円、農業の戸別所得補償として,7,630億円(2012年度)が支払われています(2010年~導入)。これで、日本農業の足腰を強くすることが出来るとしています・・・。


 また、農家は65歳以上が半分を占める、後継者不足、このままでは農業衰退・・と言われます。

実教出版『2012新政治・経済資料』p307
農業 平均年齢.jpg

 これは、農業は、「省力化=生産性向上」で、65歳以上でも、「楽にできる」ようになったが正解です。
 
 とうほう『政治・経済資料2012』p238
農業生産性.jpg

 労働時間は減少し、10アール当たり収量は一定していることが分かります。農業も生産性は向上しているのです。 大根も、ニンジンも、ゴボウも、玉ねぎも、ジャガイモも、「腰をかがめて畑で収穫」なんて、まったくやっていません。

 だから、年金生活者がどんどん、農業?に参入しているのです。しかも、この層は、別に「農業で食べていく」ことなど全然目指していません。年金とアルバイトで生活し、農業収入は、年にたったの32万円の層です。

 はっきりいって、農業について「暇を持て余すくらいなら野菜を作ろう」という層です。「後継者がいない」と困っている農家なんて、実際、どこにいるのですか?


 これらの人たちが、TPPに反対して、何かメリットがあるのでしょうか?TPPに反対するより、主業はTPPで恩恵を得る農家が多いのが分かります。農業は、あくまでも「副業」です。農業を主業にしているのは、戸数でも14.2%しかいないのです。

 北海道の場合、専業が圧倒的に多いのですが、野菜・花卉・果物農家は、もともと関税も低く、農業自由化の影響を受けません。
 受けるのは、専業でコメ作り、てん菜(ビート)づくり、小麦、酪農業です。自由化で影響を受けるのであれば、ここに補助金を投下すればよいのです。ここが、皆さんがイメージする「農家」です。

p183
…90年代、欧米は多大な農業補助金の注入によって食料自給率を高めたが、それは同時に途上国の穀物生産を犠牲にする行為でもあった。こうしたことへの反省から、95年発行の WTO 協定は、先進国に増産効果の強い農業補助金の削減を義務づけた。しかしここには抜け穴があった。バイオエタノールへの補助金は WTO 協定の外にあったのだ。いうまでもなく、バイオエタノールの原料はトウモロコシ等の穀物だ。

 これに目を付けた欧米が、2000年代に入って、積極的にバイオエタノール製造工場に補助金を投入した。米国ではバイオエタノール1ガロン当たり50セントを超す補助金が支給されたといわれるが、バイオエタノールの価格が通常1ガロン当たり2ドル程度だから破格の優遇だ。これによって食糧とは別の理由を構え、穀物の価格はつり上げられた。



アメリカ トウモロコシの用途・需要別推移
トウモロコシの用途別需要の推移

 異様なグラフになるわけです。
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これに都市農業を営むビル所有者や、生物工場で工業原料を生産している企業を加えて、農家・農業法人に数えなければなりません。
ところが、現時点のところ工業的農家の分類が役所にないため、適切に把握されていません。
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