円高が望ましいのか、円安がのぞましいのか その1
日経H24.12.13 大機小機

円安が、日本経済再生の必須条件だそうですが。
結論は、「円高が望ましい」です。
(1)前提 今の円高の要因
まず、現在の円高は、人為的に起こされたものです。リーマン・ショック後、アメリカも、ECB(ユーロ圏)も、英国も、金融緩和を大幅に進めました。それに対して、日本の円量は、拡大せず、円増加量<外国通貨増加量となり、円だけが、全ての通貨に対して独歩高になりました。
読売新聞『日本型デフレ 欧米懸念』H22.8.21
…米連邦準備制度理事会(FRB)はリーマン・ショック後の2008年12月から事実上のゼロ金利政策を続け、さらに1兆7500億ドルに上る、住宅ローン担保証券(MBS)や国債などを購入することで、市場に大規模な資金を供給する量的緩和策にも踏み切った。欧州中央銀行( ECB) も金融機関が希望する基金を担保の範囲で全額供給する、「無制限オペ」を続けている。
岩田規久男『日本銀行は信用できるか』2009 講談社新書 P43グラフ

このグラフの中央銀行の資産増加=民間からの国債買い取りなど=市中への金融緩和(量的緩和)→経済危機からの脱出のための積極的政策です。
なぜ、「デフレに悩むのは日本だけ」か、一目瞭然です。日銀だけが、「量的緩和」を行っていないのです。
このように、ドルもユーロも、大規模な金融緩和政策を続けています。そうすると、円の量<ドル・ユーロ・ポンドの量となってしまいます。
各国 マネタリー・ベース 推移
出典: http://blogs.yahoo.co.jp/suzukieisaku1/17114313.html のグラフを改

『米金融緩和の長期化』日経H22.8.25
…米マネタリーベース(資金供給量)は08年9月のリーマン・ショック以降に急増。08年8月の8千億ドル台から09年11月には2兆ドルに拡大した。


注)マネタリー・ベースについては、ブログ記事2010-08-10 藻谷浩介『デフレの正体』日本政策投資銀行 参照
市場に、ドルや、ユーロや、ポンドが供給される一方、円の量は変わっていません。これを見ても円高・ドル安になるのが分かると思います。
<円高の実態>
出典ヤフーファイナンス

この「量緩和→通貨安」は、実証的に明らかになっています。
日経 本多祐三 関西大『通貨の量、為替に影響』H22.12.11 図も
…急激な円高が進んだ背景には、米国の大幅な金融緩和がある。11月初旬…米連邦公開市場委員会は追加金融緩和策を決定した。…日銀は10月5日に5兆円規模の追加金融緩和策を公表…だが、米国のこれまでの金融緩和策の規模は日本よりも相対的に大きかった。このことが、円高・ドル安につながっている。
…10月5日の追加緩和策決定まで、日銀は信用・量的緩和の導入にも消極的だった。こうした日米の金融政策のスタンスの違いが、円高を加速させることになった。
下のグラフは、日本のマネタリー・ベースを米国のベースマネー(日本のマネタリー・ベース)で割った数値と、為替レートの相関を示した図です。

…FRB(筆者注:米連邦準備理事会・日本の日銀に相当)が当該期間に大胆に金融を緩和し、ベースマネーを急増させた。…各点が右から左方向に移動するにつれて、各点は下方に移動した。つまり円高・ドル安が進行したことが分かる。円に対してドルの通貨量が相対的に増加するとともに、円高・ドル安が進んだのである。
…円高は、デフレの大きな要因になっている。デフレから脱却するためには、日銀の更なる金融緩和が必要である。その結果として為替レートが円安に振れたとしても(筆者注:通貨安競争なるもの)、それは正当防衛とも言うべきことで、海外からなんら非難されるべきことではない。
ということで、今の円高は、明らかに人為的なので、本来の相場とはかけ離れている可能性があります。
(2)前提 実質的には円高ではない
実質実効為替レートで、見てみます。これは、1ドル=83円といった、名目上の値ではなく、実際の通貨価値を見ようというものです。
各国のインフレや・デフレを調整したレートの事です。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5072.html

これを見ると、現在の水準は、2002年~2004年当時と同じで、極端な「円高」ではないことが見て取れます。
逆に、輸出拡大期の2006年→2008年の方が、極端な円安期だということが分かります。この時期の輸出入は、通常を大きく外れる「異常拡大期」だったことが分かります。
リーマン・ショック前のアメリカのバブル期、高級車が飛ぶように売れました。アメリカでも、GMやフォードは大排気量車にシフトし、リーマン・ショックで大こけしました。日本車も、トヨタのレクサスや、日産のインフィニティ、ホンダのアキュラブランドが収益を上げ、ホンダの軽は同社の「お荷物」とさえ言われるようになりました(今、ホンダは、NBOXなど軽自動車で収益を上げる体質に変わっています)。トヨタが純利益1兆円を達成したのも、このころでした。
この時期の輸出入拡大の方が、「異様」だったのです。ですから、現在の輸出入値が正常だということです。輸出入拡大は望ましいことですが、リーマン・ショック前のバブルを追いかけて「輸出拡大」を望むのは、身の丈にあった政策とは言えないのです。


この時期、日本企業は、工場の海外シフトをやめて、地方に進出しました。シャープの堺工場などが典型です。その後、輸出拡大バブルがはじけ、今度は、地方工場が、シャープやパナソニックのお荷物となっています。
週刊東洋経済2012.3.24
河野龍太郎 BNPパリバ証券経済調査本部長
…本来進むはずだった日本企業の生産拠点の海外シフトが止まってしまった。むしろ生産拠点の国内回帰が進み、産業構造に大きな歪みが生じたのである。
…超円安によって国内で生産をすることがそうとう有利となっていたため、海外ではなく九州や東北、北海道で生産拠点を増やしたのである。
…米欧のバブルによる輸出ブームである以上、輸出水準が元に戻ることは期待できず、稼働率の低下した生産設備は過剰設備として調整されなければならない。
今、製造業を中心に、六重苦
(①円高②高い法人税率③自由貿易協定への対応の遅れ④製造業の派遣禁止などの労働規制⑤環境規制の強化⑥電力不足)
の弊害が叫ばれています。
日経H24.12.11
トヨタ社長 豊田彰男
-国内メーカーは6重苦で苦戦が続く。
「仮に自動車各社が年100万台の生産を海外に移すと、ざっと計算して22万人の雇用が失われる。…しかし超円高をはじめとする『6重苦』のなかではどこまで維持できるか。この状態が長く続くと我慢できなくなる」「6重苦の中で最初に解決してほしいのは超円高の問題だ。
自動車は、日本の輸出額の16%を占めるトップ産業です。ですが、バブルの再現は、無理ですし、望ましくありません。
日経H24.12.21
上野泰也 みずほ証券
『産業構造の変化遅らせる』
…円安誘導は企業収益を一時的に持ち上げて産業構造の変化を遅らせてしまうだけだ。構造改革で経済の新陳代謝を活発にする政府の政策こそ重要だろう
さて、円高を円安に直してほしいとの希望ですが・・・。それでも、日本にとってのぞましいのは「円高」です。
続く
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