日経 大機小機 隅田川さん

<日経 大機小機 隅田川さん>

 日経のコラム、『大機小機』に寄稿している隅田川さん(何度かこのブログで取り上げさせていただいています)ですが、法政大学の小峰先生ではないでしょうか?

『日経ビジネスオンライン』に書いた記事内容と、主張が同じです。

日経H23.9.9
大機小機


小峰隆夫のワンクラス上の日本経済論
2011年8月24日(水)

『空洞化は正しい理由で懸念しよう
企業が抜けた穴がすぐ埋まるよう資源の流動化が重要』


危機感高まる空洞化問題

 空洞化とは、企業が活動の拠点を国内から海外に移してしまうことにより、国内の経済活動が「カラ」になってしまい、所得や雇用を生み出す力が低下することをいう。この「空洞化」問題がこのところ大いに注目されているのだが、これには2つの背景がありそうだ。

 1つは、東日本大震災である。3月の震災は、日本が築き上げてきたサプライチェーン(供給網)が災害というリスクにいかに弱いものかを再認識するきっかけとなった。また、原発事故によって電力不足問題も恒常化する可能性が出てきた。こうした事態の変化を受けて、日本企業が活動拠点を国内から海外にシフトする動きが出てきている。

 もう1つは円高である。8月に米国国債の格付けが引き下げられたことをきっかけに、世界の資金が安全資産にシフトした。諸外国の中で円資産は相対的に安全と判断されたため、円レートは1ドル75円台にまで急上昇した。円高になれば、外貨建てで見た国内の生産コストは上昇し、逆に海外の生産コストは下がる。これも企業の海外移転の動きを加速させていると言われている。

 こうした空洞化を生じさせる背景は「五重苦」と呼ばれたりしている。具体的には、(1)円高、(2)電力不足、(3)高率の法人税、(4)FTAなどグローバル対応の遅れ、(5)高い賃金コストなどである(具体的な項目は人によって異なる。この5つは「Voice」2011年8月号での伊藤元重氏と経済同友会代表幹事の長谷川閑史氏の対談で、長谷川氏が指摘したもの)。これだけ企業を取り巻く環境が悪化すれば、日本企業は外に出て行かざるを得ないというわけである。

 多くの人は当然のこととして「空洞化を避けるべきだ」と言う。私も、日本経済の先行きを懸念するその気持ちは良く分かる。しかし「ほぼ全員が同じことを言うようなときには、一度踏みとどまって、本当にそれが正しいのかをよく考えてみたほうがいい」というのが私のモットーである。以下、私の考えを述べていくのだが、行きつく先は「やはり空洞化の動きは懸念される」というものだ。しかし、無闇に懸念すればよいというわけではない。同じ懸念するにしても、正しい理由で懸念する必要がある。これが今回の私の結論である。


空洞化のロジック

 多くの人は「企業が出て行くから空洞化が起きる」と考える。しかし、このプロセスは案外複雑である。少し丁寧にたどってみると、空洞化は次の3つのステップを踏んで生じるはずである。

 第1のステップは、企業が活動拠点を国内から海外に広げていくことだ。これは直接投資を通じたグローバル化の動きだと考えることができる。

 第2のステップは、海外への事業展開を強めた結果、国内の事業活動が縮小することだ。これは企業の海外事業展開と国内の事業活動が「代替的」と仮定していることになる。

 第3のステップは、企業が抜けることによって生じた国内の経済活動の穴を別の経済活動によって埋めることができないことだ。これは、国内の資源移動が硬直的だということを意味している。以下、それぞれのステップについて吟味してみよう。


グローバル化と企業の対外直接投資

 まず第1のステップから考えよう。

 企業活動のグローバル化には「貿易」を通じたものと「直接投資」を通じたものがある。1970年代までの日本企業のグローバル化は圧倒的に「貿易」中心であった。日本にはないエネルギー、原材料を輸入し、国内で工業製品を製造し、それを輸出していた。この場合は、国内に生産拠点があり、輸入するものは国内では生産できないものが中心だから、空洞化の議論は生じない。

 80年代以降、日本企業のグローバル化はさらに深化し、生産・販売さらには研究開発などの企業活動拠点を国境を越えて配置するようになった。こうした国境を越えた企業活動の状況は、海外直接投資の動きによって知ることができる。海外投資には「直接投資」と「間接投資」がある。

 直接投資というのは、海外の企業の株式を取得して経営に乗り出したり(M&A)、自らが工場を建設して生産に乗り出したり(グリーン・フィールド投資)するための投資を言う。間接投資は、自らが経営を行うのではなく、単なる株式投資や証券投資のことを言う。直接投資の動きがまさに企業の国境を越えた経済活動を示すわけである。

 世界的にも直接投資は基調的に増大している。表は80年代後半以降の世界全体のGDP・貿易・直接投資の伸びを比較したものだ。これを見ると、概ね、GDPよりも貿易の伸びが高く、それよりも直接投資の伸びがさらに高いことが分かる。ただし、2000年以降は直接投資の伸びは停滞したり、急減したりしている。これは、サブプライム危機、リーマンショックなどがあったためだろう。経済規模よりも貿易の拡大テンポが速いということは、輸出入を通じた結びつきが一層深まっているということであり、それよりも直接投資の伸びが高いということは、企業活動そのもののグローバル化がさらに急テンポで進んでいることを示している。

直接投資 伸び率.jpg
出所:UNCTAD ”World Investment Report 2010”による。

 日本の海外直接投資も高い伸びを続けてきた(ただし、日本の数字は対外直接投資から対内直接投資を差し引いたネットなので、世界全体とは単純には比較できない)。特に伸びが高まったのは85年のプラザ合意による円高以降のことであり、その金額は85年の1兆4000億円からピークの2008年には10兆7000億円に達している。
 
 こうして企業活動が国境を越えて拡大していったことにより、日本企業の海外生産比率は傾向的に高まってきている。内閣府が毎年実施している「企業行動に関するアンケート調査」によると、日本の製造業の海外現地生産比率(企業の生産全体に占める海外生産の比率)は、90年度4.6%→2000年度11.1%→2010年度18.0%と上昇している。特に加工組立産業については、同6.5%→15.9%→25.1%という具合である。
 
 こうした企業活動のグローバル化は、積極的に進めるべきものである。国境を越えてヒト、モノ、カネが自由に動くようになっていくのは世界的な趨勢である。その中で日本の企業だけが国内にとどまっていたら、発展の可能性を自ら摘むことになる。このことは、もし日本の企業が海外に活動拠点を配置していなかったらどうなっていたか考えればよい。80年代半ば以降、円レートが上昇する中で、日本企業は生き残りをかけて海外に進出していった。仮に、海外展開をしないで、「国内で生産して輸出する」というやり方に固執していたら、今頃日本企業のシェアは海外企業に軒並み奪われてしまっていただろう。

 企業の直接投資展開は、アジア全体の成長のカギでもあった。新興国に追い上げられた日本産業は、付加価値の低い生産分野を海外に移転し、国内には付加価値の高い産業を育ててきた。これによって、それまで日本が担ってきた産業がアジアに移転され、アジアが成長した。事実、アジアの成長が本格化したのは、80年代後半以降、日本企業のアジア進出が起きてからのことである。これがいわゆる「動態的国際分業」という考え方である。

 アジアを先導する日本は、産業の一部を次々に後続のアジア諸国に譲り渡し、自らは付加価値の高い産業にシフトしていく。アジアの中では、日本→NIES諸国・地域→ASEAN諸国→中国といった順でこうした産業の受け渡しが行われてきた。その結果アジア全体の産業構造が高度化していったのである。
 空洞化だからといって、企業活動のグローバル化の歩みを遅らせようとするのは間違いなのだ。


海外投資と国内投資は代替的か

 ステップ2に移ろう。空洞化の議論は、暗黙のうちに企業が海外で設備投資を行って生産拠点を移すと、その分国内の企業活動が減ることを前提にしている。しかし、これは必ずしも自明ではない。

 これは、国内投資と海外投資が代替的か補完的かという問題である。「海外か国内か」という代替的関係である場合は、海外で投資が増えれば国内の投資が減る。この場合は、空洞化の危険がある。しかし、「海外で増やす時には、国内も増やす」という補完的関係である場合は、海外と国内の企業活動が並行的に増えるから空洞化は生じない。

 実際のところはどうなのか。これは実証してみるしかないのだが、私の見る限りでは「案外補完的である」という結論が多いようだ。例えば、2002年の内閣府「経済財政白書」では、対外直接投資と国内設備投資の関係を分析し、対外投資が増える局面では、国内設備投資も増えていることが多いとしている(第3章第1節『「産業空洞化」懸念をどう捉えるか』のコラム)。

 また、2011年8月に公表された2011年の「経済財政白書」では、海外生産比率を増加させる企業は、横ばいまたは減少の企業に比べて雇用見通しのプラス幅が大きいという分析を行っている(第2章第2節 「グローバル化の国内経済への影響」のコラム)。

 つまり、海外への事業展開を積極化している企業は、必ずしもその分国内の設備投資を減らしたり、雇用を減らしたりしているわけではない。むしろ逆に、海外進出を図るような企業は、国内設備投資も増やし、雇用も増やす傾向があるということだ。

 これは考えてみれば納得できる。一つは、積極的に海外に出ていくような企業は、元気な企業であり、元気な企業は国内の活動も伸びていることが多いということであり、もう一つは、企業活動の再配置をする中で、一部が海外に出ていっても、別の分野(研究開発など)では国内の活動を強化する場合が多いということであろう。
本当の問題は国内資源の流動性が乏しいこと

 最後はステップ3である。マクロ的には前述のような議論が成立したとしても、個々の事例では、企業が海外に移転して、その分すっぽり穴が開いてしまう場合があるかもしれない。しかしその場合でも、それによって浮いた資源(労働力や資本、土地など)が他の分野で生かされれば、結果的に空洞化は生じない。

 ましてや日本の今後を考えると、一方では人口に占める労働力人口の低下によって、長期的には労働力が足りなくなり、他方では、高齢化に伴い、医療・介護・福祉などの需要が出てくる。すると、むしろこれまで国内で行われていた経済活動を海外に移し、それによって浮いた分を新しく伸びてくる分野に振り向けたほうが良いとさえ言える。

 空洞化論が想定するのは、日本の国内資源(特に労働力)の流動性が低く、抜けていった分野の穴が埋まらないという事態である。この点こそが本当に懸念すべき点である。残念ながら空洞化論が想定するように、日本の資源の流動性は低い。労働力は基本的には最初に就業した企業や職業にとどまる傾向が強く、地域間の流動性も低い。衰退産業から企業が退出して、発展分野にベンチャー企業が輩出するという企業の新陳代謝の動きも弱いからだ。

 これに対しては、空洞化を懸念して企業の海外展開そのものを押さえ込もうとするのではなく、企業が出て行ってもその穴がすぐに埋まるように資源の移動を流動化させることが重要だということになる。


企業活動のグローバル化と国の政策

 以上の議論は、企業を取り巻く環境そのものには大きな問題はなく、「出ていくべき企業は出ていく」という前提に立っている。しかし、現実には必ずしもそうは言えない。国内環境に構造的な問題がある場合には、「国内に残るべき企業まで出ていく」ということが生じ得るからだ。

 1つは、制度的な障害である。税制、社会保障制度などによって企業にどの程度の負担を求めるかは、国の制度設計によって異なる。労働法制などで企業活動が制約されればこれも企業にとってのコスト上昇となる。

 こうした点では、制度をめぐる国際競争が展開されていると考えられる。企業が活動しやすい環境を整えれば、海外の企業が集まってきて経済が活性化する。逆に、制度的に遅れをとると企業は出て行ってしまう。日本では、日本企業の海外直接投資は多いが、海外企業の対内直接投資は少ない。このことは、制度的な国際競争の面で日本が遅れをとっていることを示している可能性が強い。

 もう一つは、不確実性の存在である。例えば、最近新しく加わった空洞化要因として、電力不足問題がある。この点については、本当に日本で恒常的に電力が足りなくなるのであれば、それに備えてある程度の企業の海外移転が生ずるのは止むを得ない。しかし、本当の問題は、エネルギー政策がどう展開するのかが分からないという不確実性が大きいことである。企業は長期的な視点で経営資源を配置するから、不確実性が大きいとその分、企業活動の海外流出が加速することになる。

 以上述べてきたことを結論的に要約すると次のようになる。
第1に、空洞化の懸念があるからといって、企業活動のグローバル化の動きそのものを妨げるのは間違いである。

 第2に、基本的には、資源の移動を出来るだけ流動化させ、企業の海外展開がより効率的な国内の資源配分につながるようにすべきである。

 第3に、規制改革などの構造改革、明確なエネルギー政策方針の提示などによって、できるだけ円滑な企業活動が行われるような環境を整備していくべきである。
 

 間違いないですよね。最後の要約1,2,3と、新聞の主張1,2,3は同じですよね。


<産業の空洞化という神話>

 「産業の空洞化」、日本の企業が海外に進出する分、日本の雇用が奪われる(海外に流出する)というのは、実際にはありません。

 上記記事にあるように、日本は1985年当時(1ドル=270円)から、一貫して円高で、その間直接投資は増え続けています。もしも、産業の空洞化なるものが存在するなら、日本は「スカスカ」の国になっています

 そんなことはありませんし、輸出額も輸入額も、85年以降ずっと伸び続けています。

「産業の空洞化」は「神話」なのです。

林俊彦 日経『超国籍化で日本経済強く』H22.8.30

…日本企業は製造業を中心に90年ごろから海外進出を進めてきた。
…製造業全体で海外現地生産を行う企業の割合は、90年度に40.3%だったものが、09年度には67.5%に上昇…。
…海外現地生産比率は、90年度の4.6%が09年度には17.9%になった。

…第二に「雇用の輸出」論とは逆に、海外進出企業は国内の雇用にも貢献している。
…経済産業省…によると、01年度に270万人程度だった現地法人雇用者数は、03年度に350万人となった。そして03年の国内の完全失業者数も350万人である。…これが「雇用が輸出された」との印象を生んだのかもしれない。

 …しかし…現地法人雇用者数の上昇とほぼ同じ割合で日本にある本社の売上高は上昇…。事業拡大に伴って…投資収益を確保しただけではなく、本社の売り上げの上昇も経験している。さらに、05年度から08年度にかけて、海外現法の雇用者数は436万人から452万人に増加したが、同じ期間に本社の常用雇用者数も394万人から422万人に増加している。海外現法の雇用拡大と、国内本社の雇用拡大は、ほぼ同じペースで起こっている

…日本企業の対外進出は国内経済の空洞化をもたらすというより、国内経済の活性化に貢献していると評価できよう




<追記>


日経h23.10.18『ドル安より痛いユーロ安』
…日本総合研究所の試算によると、今年度下半期に円相場が1ドル75円で推移すれば国内製造業の収益は約300億円のプラスとなる。自動車など加工業種の収益は目減りするが、ドル建てで輸入される原料やエネルギーの調達コストが減るからだ。



 円高で国内製造業が崩壊するなど、神話に過ぎません。


 
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余りにも目に余るので

貴兄の主張の核である海外進出で雇用は減らないというのは、中小企業を考慮に入れていない。 それを含めて、貴兄の理論の再構築をして頂きたいですね。 

No title

 ごめんなさい。理論というような高尚なレベルではなく、事実なので、否定できません。

 ミクロ(一軒一軒、一業界、一地方)と、マクロ(日本全国レベル)では、全然違うのです。

 皆さん、ミクロ(身の回り)では見たこと・聞いたことを述べるのですが、それをマクロ(日本全国レベル)に敷衍すると、全く逆の現象が往々にして起こります。

 簡単に言えば、ミクロはオープンな世界(ゼロ・サム思考)、マクロは閉じた世界(一人勝ちなどありえない)なのです。
 
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