マクロ経済学のミクロ的基礎づけ 教科書編

<マクロ経済学のミクロ的基礎づけ 教科書編>

 世の中には、たくさんの経済書があふれ、経済を語る方は、テレビにも出版界にもあふれています。ですが、その方たちの語る経済は「トンでも論」ばかりです。「貿易黒字はもうけ、赤字は損」など、その典型的な例です。

日経H23.6.1 『生産回復、円高圧力へ』
…日本の貿易収支は4月に赤字に転じたが、「…貿易収支の改善によって円高圧力が高まる」(三菱東京UFJ銀行の内田稔シニアアナリスト)との観測が広がっている。

『マーケットウオッチャー』
…米低金利政策の長期化観測によるドル安の流れに日本の貿易収支の改善が加われば「年後半には80円を超える円高水準が定着する」(JPモルガン・チェース銀行の佐々木金融債権為替調査部長)との声もある。


 アナリストも日経もやっぱりトンデモ論を述べています。内田稔氏の、詳細に述べられているトンデモ論は、下記を参照下さい。力説しています。

http://www.bk.mufg.jp/report/bfrw2011/Weekly110516.pdf#search='三菱東京UFJ 内田稔' 

 これらは、「まともな(難しくない、拙著・このブログ程度の、どマクロ)経済学」が、日本の中学や高校で教えられていないことにその原因があります。「経済は必修」なのに、教える教員が「分かっていない」のです。

 現実には、高等学校の地歴公民科教員で、「分からない」から、「経済を、勉強しよう」という人は、本当にごく少数です(でもその少数の方は、何でも勉強しようと、とても熱心に勉強しています。頭が上がりません。)。
「分からない」のに、「分からないまま」で満足しています。一般的に、勉強家の教員は少ないのです。

 ためしに、拙著をごく身近の政治経済を教えている先生に薦めたことがありますが、「政治経済関係の研究会」に所属している方でも、遠慮?して買いません。それなのに、「経済は難しい(クルーグマンの文庫が難しすぎてわからない)」と言っているのですから・・・。

 高等学校は、それでもまだいいほうです。経済学部出身の教員が、わずかながらいるからです。

 中学校の社会科教員など、もっと悲惨です。教員養成系大学を卒業した方が大半だと思いますが、経済学なんて、その養成課程で、まともに取り扱われていません。超マイナーな領域で、しかも必修でもありません。知らずに卒業し、ですから、「貿易黒字の儲けは・・・」と日本全国の中学校で教えられているのです。

 その結果が、冒頭のように、経済新聞記者や、エコノミストでさえ「貿易黒字はもうけ、赤字は損」と育てられて、それをメディアで発表します。そうすると、ますます世間には、「貿易黒字はもうけ、赤字は損」と広められてしまいます。

 少しずつ、経済学的な理解が広まらないと、政策立案に、「勘違い論者」の意見が加わってしまいます。

 日銀審議員でさえ、他国の中央銀行の人選とは違いますFRB(米)やECB(欧)は、大学院で経済学を学んだ、「どマクロ」以上のモデルが、がっちり頭の中に入っている専門家です。財界出身者枠や、女性枠など、日銀の基準は、官僚制思考=公平・平等そのものです。経済専門家が入っているわけではありません。
 
 現場の教員、教科書・資料集編集者にとっては「間違いを指摘」されるのは辛いこと、「耳の痛いこと」なのでしょう。私も逆の立場なら、「辛い」です。でも、前進するには、痛みは避けて通れません。

<経済教育の壁>

 イメージは、こうなります。

高校→大学 経済学 正.jpg


 正しいのは、青部分ですが、これが最先端過ぎて、日本の学者が書いた教科書がほとんどないレベルです。

<中・高レベルの蹉跌(さてつ)>

 新井明 東京都立小石川中等教育学校 『中高の経済教育は今』日本評論社『経済セミナー』2011年4・5号
P 63~


 世の中には経済の専門新聞が存在し、経済に関する啓蒙書が多く発行されている。…経済は大事なことはよくわかる。しかし、高校までの経済の学習はよくわからなかったし、興味もわかなかった。
…このような高校の教育と大学の教育の不幸なギャップは、経済学以外でもないことはない。しかし経済ないし経済学に関してはこの種の話はそれほど珍しい話ではない。

…日本の経済教育は、中学公民で全員が経済を学ぶことになっている。高校でも「現代社会」の経済分野もしくは「政治・経済」の経済分野で全員が経済を学ぶことになっている。つまり国民全員が何らかの形で経済を学ぶことになっている。

…全国の社会科、公民科教員の中で経済を教えることに必要は感じていても、自信をもって教えると答えられる教員はそれほど多くないという実態があるからである。
その理由の一端は、高校の公民科「政治・経済」担当の教員でも、経済学部出身の教員が少数であることに由来する。

―どこまで教えるべきか―

高校の「政治・経済」や大学入試問題では必ず出てくる。国民所得の三面等価。これを単なる言葉の暗記ではなく、経済の仕組みを理解するために教えるとすると何が必要になるか。それには、総生産(総供給)=総支出(総需要)=消費+投資+政府需要+(輸出―輸入)という式を理解させ、それを踏まえた所謂マクロバランスのまで持ち込まないといけなくなる。ところが、野中他(2007)以外の教科書はこの式を掲載していないし、教員もそこまでしっかり経済学を学んでいない。そうするとせっかくの概念が全く役立たたないままで暗記項目として放置されてしまうのである。

2番目は、国際経済の場面で登場する国際収支表。経常収支、資本収支、外貨準備増減という言葉は覚えた。この3つを足すと0になると教わった。でもそれはどんな意味を今の日本経済で持つか、そこまでは生徒は教えてもらえない。なぜなら教える先生がなぜそうなるのがきちんと理解していないからである。また、本当に理解させようと思えば、国際収支表の作成方法や複式簿記の知識が必要になる。そこまで教える必要があるのか、それを教えるのが勇気なのか、教えないのが勇気なのか、迷うところである。

…教科書に載っている事項を、社会を見るために本当に役立つたい、暗記科目社会科を脱して日々の生活に役立つ授業をしたいと願っている現場教員にとってはこんな時こそ経済学の専門家が手を差し伸べて欲しいと思っているはずなのだ。


 まず、はっきりさせておきますが、理由は「教科書・資料集」がだめなのです。

(1)教科書・資料集が間違い
    ↓
(2)それで学んだ教員が教壇で教える
    ↓
(3)だめな教科書で、だめな生徒が育つ
    ↓
(4)それで学んだ教員が教壇で教える
    ↓                 ↓
(5)日本全体でだめ知識広がる (3)だめな教科書で、だめな生徒が育つ
    ↓                 ↓
(6)   冒頭の日経記者・エコノミスト


 この「だめ」というのは、 「正確な記述が足りない」のはもちろん、教科書・資料集自体がでたらめなのです。

ブログカテゴリ:教科書の間違い・資料集の間違い 参照
 
 なぜでたらめかと言うと、上記(2)(4)の先生が、教科書を書いているからです。じゃあ大学教員は?監修しているだけで、実際には書いていません。

 野中他(2007)の教科書は、「桐原書店」の教科書のことですが、これは大学の先生が書いている教科書で、間違いは全然ありません。もちろん、三面等価など、完璧に扱っています。

桐原書店 教科書『新政治経済』平成19年 p114・115         桐原書店 三面等価
                     
 そこまで教える必要があるのか、それを教えるのが勇気なのか、教えないのが勇気なのか、迷うところである。

 教えないから、間違った大人が育つのです。

 私が「必要だ」としているのは、難しいレベル(どマクロレベル)でもありません。初歩の初歩、基礎の基礎レベル(三面等価など、アルファベットのABC相当です)を、全員に、経済分野の冒頭で扱えば、十分です。

 教科書に以下の図を載せれば、いっぺんに理解できます。(三面等価)


2009 名目GDP 内閣府 貿易黒字版.jpg

三面等価 汎用.jpg

 そうすると、上記の表で、S=I(企業)+G-T(政府)+EX-IM(外国)であることがわかります。そこから、以下のことが分かります。

「国債は政府の借金=貸しているのは国民(国民の財産)」
「貿易黒字=海外へのお金の貸し出し」


 ついでに、国際収支表の、「貿易黒字=海外へのお金の貸し出し」部分、つまり、

「経常収支=広義資本収支(資本収支+外貨準備増大+誤差脱漏)」も載せれば、「貿易黒字=海外へのお金の貸し出し」を補強するには、十分です。

2009 国際収支表 シンプル

 2番目は、国際経済の場面で登場する国際収支表。経常収支、資本収支、外貨準備増減という言葉は覚えた。この3つを足すと0になると教わった。でもそれはどんな意味を今の日本経済で持つか、そこまでは生徒は教えてもらえない。なぜなら教える先生がなぜそうなるのがきちんと理解していないからである。また、本当に理解させようと思えば、国際収支表の作成方法や複式簿記の知識が必要になる

 こんな知識まで、生徒に必要だとは思えません(複式簿記は、商業科に通っている生徒なら、十分以上に理解できますが)。簡単に、左右対称の表を載せれば十分です。ただ、できれば、先生には、たとえ教えなくとも、カテゴリ:国際収支表の原則はさらっと学んでほしいのですが(これは教師用教科書指導書で十分対応できます)。

 実際に教科書・資料集に掲載されている国際収支は、次の通りです。

とうほう『政治・経済資料』2008 p214
教科書 国際収支表.jpg

 確かにAとBとCとDを足せば0になりますが。「なぜ?」と言われても、答えようがありません。こんな表を載せても、誰も理解できません。

 せいぜい、「美川憲一がパリで毛皮を買った」「松坂投手がスイスの銀行に預金口座を開いた」のは、①~⑥のどこに入る?
 などと質問するのがせいぜいです(実際にこの資料集には同じページにクイズとして載っています)。幹がなく、枝葉末節部分を説いているのです。

2009 国際収支表 シンプル

 このように掲載すれば、「経常収支≡資本収支+外貨準備+誤差脱漏」と一発で分かります。

「経常黒字は、外国へのカネ(資本)投資のことだ。外国にモノやサービスを輸出するよね。そうしたら、外国はドルやユーロや元で支払うよね。輸出企業は、円でもらいたいから、銀行が外国通貨を円に換えて、輸出業者に渡すんだ。だから、日本全体では、ドルやユーロや元が増えるんだ。これが資本(カネ)なんだ。上の国際収支表で赤になっている部分は、円ではなく海外の資本(カネ)が増えることなんだ。だからマイナスなんだ。

 外国の会社の株や、社債や、外国の国債や、通貨や、土地や建物が、増えることだね。これを海外資産と言うんだ。日本は、経常黒字が続いているから、海外資産の額も増え続けて世界一なんだよ。

 このように、経常収支黒字は、かならず資本収支赤字になるんだ。だから、黒字が減れば、赤字も減るんだよ。」

国際収支表→対外純資産 外貨準備強調

 こんなレベルで、十分です。

 ですが、このレベルは、絶対に必要です。難しい理論ではなく、「事実」ですので、誰も否定できません。なおかつ、「貿易黒字はもうけ、赤字は損」を完全に否定する部分です。以上の内容なら、詳しく説明しても、1時間(50分授業)あれば十分、2時間あれば相当詳しく説明できます。

<現場とかい離した教科書>

 高校の「政治・経済」や大学入試問題では必ず出てくる。国民所得の三面等価。これを単なる言葉の暗記ではなく、経済の仕組みを理解するために教えるとすると何が必要になるか。それには、総生産(総供給)=総支出(総需要)=消費+投資+政府需要+(輸出―輸入)という式を理解させ、それを踏まえた所謂マクロバランスのまで持ち込まないといけなくなる。ところが、野中他(2007)以外の教科書はこの式を掲載していないし、教員もそこまでしっかり経済学を学んでいない。そうするとせっかくの概念が全く役立たたないままで暗記項目として放置されてしまうのである。

 といいつつ、実は、めちゃくちゃに難しいISバランス理論も、教科書に掲載されています。(カッコは筆者挿入)。

清水書院『高等学校 新政治・経済 改訂版』H21.2.15 p146

…国内で生産されたモノが国内で消費(C)されず、また投資(I)されることもなく貯蓄(S)されると、経常収支が黒字となる…。…一方…貯蓄(S)が過少となっている国は、他国から流入する大量の資金(貿易赤字=資本収支黒字)によって投資(I)をまかなう必要がある。つまり、経常収支の黒字・赤字は、国際経済の問題であるとともに、国内経済の反映であるととらえることが重要であり、貯蓄(S)や投資(I)・消費(C)・財政(G)支出を含めた一国経済の経済バランスの均衡(ISバランスのこと)をはからなければ・・・。
 

(かっこ)の捕捉で、ようやく三面等価図を連想できますが、消費・投資・貯蓄・・・といきなり出てきてます。 ISバランスについて、予め(あらかじめ)記述しているわけでもない教科書に、いきなり国際貿易(アメリカとの経済摩擦)の説明文で、上述の記述を登場させています。こんなの、現場の先生が分かるわけがありません。しかも、

「総生産(総供給)=総支出(総需要)=消費+投資+政府需要+(輸出―輸入)という式」 

 どころか、貯蓄Sまで出てきます。その貯蓄Sは「株式購入・国債購入・タンス預金・財布の中身・銀行預貯金・民間保険金・・・・が入る」なんて、現場の教員にはますますわけが分からなくなる概念が含まれています。この説明を端折って(はしょって)、いきなり、上記記述がでてくるのです。

 さらに、ワルラス・ジェボンズ・メンガーという、高校生には全く必要のない経済学者の名前まで、ゴシック体(太字)で記入されています。書かれていれば、教員としては触れざるを得ません。

清水書院『高等学校 新政治・経済 改訂版』H21.3 三訂版

…資本主義を否定して社会主義を唱える運動や理論(科学的社会主義)がさかんになったが、その中心となったのはマルクスやエンゲルスである。一方、資本主義の基礎となる市場経済が経済的には最も効率的であるとする理論がジェヴォンズ・ワルラス・メンガー 脚注)らにより主張された。

脚注)
 ジェヴォンズはイギリス、ワルラスはフランス、メンガーはオーストリアの経済学者。彼らはスミスの労働価値説とは異なり、主観的な効用が価値を決定するという考えにもとづき、市場経済の効率性を厳密に証明する理論を作り上げた。
 

 「教員もそこまでしっかり経済学を学んでいない」のを分かっているはずなのに、急にこんなハイレベルな、まるでオタクのような記述を教科書に載せています。「労働価値説」「主観的な効用」をどうやって説明するのでしょう?

 この、教科書執筆者には、「私が書いた」と打ち明けられましたが、経済教育を普及しようとするあまり、オタク経済学を載せても、ますます「しっかり経済学を学んでいない」先生には「苦痛」です。

 経済学部出身の教員が暴走して、「これは経済学では大切なことだからあえて載せた」と、こんな記述をされても、現場は困るのです。実際に、この教科書の経済分野を扱ったことのある学校では、教えるのが難しすぎて、別な教科書に差し替えています。

高校教科書.jpg

 「間違いを載せて平気、オタク経済学は暴走する」で、トンでも教科書になっています。
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レポートなどよみましたが、内田さんも佐々木さんも黒字=儲け=円高ではなく、単に黒字が為替の円買いを伴うため円高と書いているようですが?
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