マクロ経済学のミクロ的基礎づけ その1/5

<マクロ経済学のミクロ的基礎づけ>

 すごく、難しい内容です。というのは、内容も高度なのはもちろん、色々な角度(例えば、経済学の発展史からとか、あるいは、IS-LMモデルの土俵上から(もしくは、そこを離れてとか)から解説できるからです。順を追って説明することが、大変難しいということを、まずご理解ください(混乱してしまうかもしれません)。私の説明の順番も、的を射てないかもしれないことを、あらかじめお断りしておきます。

 まず言えるのは、高校生にこの内容を伝えるのは、レベル的にも、時間的にも無理だということです。それで、今までこのブログでは扱ってきませんでした。「長期」とか、「短期」とか、ましてや「中期」モデルに言及し、なおかつ、「金融政策は無効(ケインジアン)」「財政政策は無効(マネタリスト)」とか、「総供給曲線ASは(ミクロ的)基礎づけがあるが、総需要曲線AD」にはない」とか、「そもそもIS-LM分析に基づいた、AS-AD自体がおかしい」とか、「いやいや、ASも、ADも基礎づけられる」とか、こんなことを、高校生に伝えられるわけがありません。

 ですが、IS-LM理論の本質を学んだ上で、「財政・金融」を語るのと、それがない状態で語るのでは、説明者側の教師も、理解する側の生徒も、その授業内容の質では、天と地ほどの差があることが分かると思います。

 ですので、「高校生からの」というレベルでIS-LM理論を取り上げています。が、現在のマクロの教科書で扱う、「マクロ経済学のミクロ的基礎付け」については、当ブログでは「使用していない」のです。
 大学生すら、まずIS-LMモデルを学んだうえで、その理論の不十分な点をこの「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」理論で学ぶのです。ですから、この内容は、学部上級生から、院生で学ぶ内容ということになります。

 IS-LM理論は、『短期』ですが、「マクロ経済学のミクロ的基礎付けは、「中・長期」の視点から、考察するものです。しかも、短期・中期・長期を網羅するものです。
 ですから、まず基礎のIS-LM理論を学ばないと、その足りない部分について考察できないので、順番を踏みます。

 ただ、恐ろしいことに、結局この「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」を学んでも、「現実のマクロ経済を正確に測り、経済政策を完璧にこなすことなど無理」という結論に達するのですから、「何をか言わんや」です。

 究極の結論は、「理論と実践を結合するのは、永久に無理」という経済の限界、経済学の限界を示しているのです。まあ、「限界がある」ことを知るのが「学問の目的」なので、それはそれで良しとしますか・・・

 そこで、本格的な理論は、解説書を紐解いてもらうとして、とりあえず、「入門編」から始めてみましょう。

<長期と短期、そして中期>

 おなじみの、需要と供給曲線です。

清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版
需給曲線 清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版.jpg

 そもそも、この需給曲線さえ、簡単に導き出せるものではありません

注)これから示していく需給曲線は、ミクロ経済学で扱う需給曲線とは違い、総供給AS-総需要ADという、AS-AD曲線と言われるものです。 

<短期>
 
 短期(ケインジアン)では、AS曲線は水平、長期(新しい古典派)では垂直になるとされています。図のように(図では供給はS曲線)、AS曲線が右上がりになるのは、どのような場合を想定しているのでしょうか。


 最も単純な、ケインズ経済学では、「価格が硬直的な世界」を念頭に置いています。世界大恐慌で、失業者が増え続けます。本来は、賃金が下がって、安い賃金で、働きたいと思っている人を、すべて雇えるはずです(完全雇用)。ですが、そうはならなかった。つまり、
価格ではなく、数量が変化するのだと考えるのです。

 これは、生産でも同じです。在庫を抱えた場合、すぐに価格を下げるのではなく、企業は、在庫調整をします。逆に売れ行きが良い場合は、値上げよりも増産で対応します。
 現実には、リーマン・ショックの時に、製造業での「派遣切り」がありました。企業は製品価格ではなく、在庫調整でショックを乗り切ろうとしました。

 この現象は「短期」に現れます。短期というのは、例えば、1年単位で見たらひと月、ふた月単位かもしれませんし、10年単位で見たら、1~2年単位のことかもしれません。
 この短期モデルで考えた場合、需要・供給曲線は、供給曲線が水平になります。

中谷巌『ニューマクロ経済学 第5版』2007 p57
短期の総供給曲線.jpg

<長期>

 これに対し、長期では、「価格は伸縮(上下)する」と考えます。需要と供給にギャップがある場合、価格が変化し、需要と供給が調節されると考えます。短期とは正反対の考え方です。価格が十分に伸縮するので、完全雇用が実現し、常に、適切な価格と量が均衡する状態です。
 生産したものは、すべて売れる(売り切るはず…価格調整で)という、「供給は自らの需要を作り出す」という、セー(セイ)の法則が成り立つ世界です。

注)セーの法則「供給は自らの需要を作り出す」は、ケインズの解釈です。本当は、生産し、それを売って得た貨幣を、すべて使ってしまうという仮定を置いた、特殊な話です。そのうえで、財の需給は一致するとしているのです。ちょっと現実離れしています。

 現実では、労働賃金も、例えば大卒初任給は、85年の14万円から、05年の20.14万円まで上昇しました。
http://rich.xrea.jp/200807/4.html 企業は、優秀な人材を集めようとする場合、給与を引き上げます。

あるいは、携帯電話の接続料金です。初期に比べて、ずいぶん下がりました(長期)。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090311/326363/?SS=imgview&FD=239831360

携帯料金.jpg

 携帯を使う人の量が拡大すると、値段は下げても利益が生じます。
 
 昔20年前、HI-FI(ステレオ)ビデオデッキは、20万円以上しました。現在、1万円以下で買えます。その他、PCやテレビなどの新型電化製品は、「登場期は高く、徐々に値段が下がる」などは、皆さん経験的に知っていることと思います。

中谷巌 同 P64 
長期の総供給曲線.jpg

<中期>

 では、冒頭の、右上がりの供給曲線は、どのような場合を想定しているのでしょうか。それが「中期」なのです。

清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版
需給曲線 清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版.jpg

 中期モデルでは、「企業自らが、製品価格や労使交渉を経て賃金価格を決定する」としています。

 例えば、労働についてです。「好況期は、失業率が低く実質賃金が上昇し、不況期は、失業率が高く、実質賃金が低下する」というのが、実質賃金を決めるルールです。
 
 実質賃金とは、名目賃金(例:給与20万円)でも、物価が、10%上昇すれば、実際には、18万円程度の収入しかなくなるというものです。物価上昇率(インフレ)を加味した賃金です。

W/P=実質賃金 W名目賃金 P物価水準 

 企業は労使交渉を通じて、実質賃金W/Pを決め、自分の企業で生産する財・サービスの名目価格も設定します。

 実際に、工業製品の多くは、価格をメーカーが決めていますよね。では、どうして個々の物価も決められるのでしょうか?

  全体の物価  → 個々の物価水準
 個々の物価水準 →  全体の物価
 

 この両者の関係が成り立っていることが分かるとおもいます。個々の企業は、全体の物価を予想し、自企業の財サービス価格を決定します。一方、全体の物価は個々の財サービス価格を集めたものでもあります。

 ここで重要なのは、「予想」です。個々の企業は、「失業率」や、「潜在GDP」を考慮しながら、予想される「物価水準」を決めて、「全体の物価」とするものと、考えられます。そして、企業は、個々の価格と量を次のように決めると考えられます。

(1)マークアップ原理 

 企業は利潤を得るために、費用に一定の収益率をかけて、価格を設定します。

費用+収益=価格 

 この上乗せの比率をマークアップと言います。H23年5月16日記事<均斉成長の前提>http://abc60w.blog16.fc2.com/blog-date-20110516.htmlで説明したように、生産量を増やそうとして、投資を増やしても、限界生産力が低減します。

生産量<投資

 このように費用の増加が、生産量の増加を上回ってしまいます。価格が一定では、利潤が減るので、それを避けるために、生産量増→価格引き上げという戦略をとると考えられます。

 余談ですが、TVや、パソコンは、同じインチ数のものであっても、価格が万別です。例えば、10.1インチのノートパソコンでは、安いものは3万円台から、高いものになると、10万円するものまであります。なぜこの価格差が生じるのでしょうか。
 街の、修理も行うパソコンショップの方の話です。「価格が高い(低い)ということは、ちゃんと理由がある。安く作ろうと思えば、安かろう悪かろうの部品を使う。その代り、そういうパソコンは、携帯電話並みの耐久性しかないし、そういう製品に限って実際に壊れる。そして修理代が異様に高い。5年持たせようと思えば、それ相応の部品を使うことになるから、やはり○○社や○○社は安心だよ」ということでした。
 価格差には、ちゃんとした理由があるようです。


(2) 錯覚

  全体の物価  → 個々の物価水準
 個々の物価水準 →  全体の物価
 

 企業が持っている情報が不完全なために、全体の物価水準が上昇すると、企業は生産量をアップさせると考えられます。
 企業が持つのは自社製品の価格情報「個々の物価水準」です。しかし、他社の「個々の物価水準」については、その情報がわかりません。全体の物価水準が上がったのに、今自社で仕入れている部品財の価格が変わらない(情報が遅れて入ってくる)とすれば、利潤が拡大することになります。企業は、利潤を拡大させるために、生産水準を引き上げようとします。
全体の物価上昇→生産量増大 

 また、労働者が「全体の物価水準」に関する情報を知らないと、全体の物価上昇→生産量増大になります。企業は、自社の製品「個々の物価水準」が上がったことを知るので、より多くの労働者をやといたいと、給与を引き上げます(18万→20万)。これは名目賃金です。
 労働者が全体の物価が上がっている(インフレ)ことを知っていたら、18万→20万に増えても、実質賃金は変わっていないことが分かるので、働こうとはしません。ですが、「知らない」場合は、労働者は増える(供給が増える)ことになります。企業は生産量を増やせます。
全体の物価上昇→生産量増大

(3)名目賃金の下方硬直性 

 企業の名目賃金(例えば20万円)は、簡単には18万円には下げられません。名目賃金は一般的に固定されています(ただし、長期では下がることはあります。賃金交渉などを経てです)。

 全体の物価上昇が上昇し、名目賃金が固定されていれば、企業利潤は増えます。逆に全体の物価が下落すれば、企業利潤は減ります。全体の物価上昇があれば、企業は利潤拡大を目的に、生産量を増やします。
全体の物価上昇→生産量増大

 これら3つのいずれの場合でも、「物価が上がれば、生産が上がる」という、総供給曲線ADの右上がりを導出させます。これが「中期」の総供給曲線ADすなわち、私たちが一番よく見る需要・供給曲線なのです。
 
 この考え方を、「合理的期待形成説」と言います。「将来」を含めて、「現在」を考えるという理論です。

 この考え方は、ケインズ経済学を批判することになります。なぜなら、ケインズ経済学を簡素に示した「IS-LMモデル」は「現在のみ」を考えているからです。極論をすれば、「IS-LMモデル」では、「右上がりの総供給曲線AS」さえ、導出できません!?

短期 中期 長期 需給 供給曲線.jpg
経済学史 サミュエルソン.jpg

 その2に続く

北海道紋別郡滝上町 芝桜 5月27日
北海道滝上町 芝桜
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学説史の解説にマルクスや制度学派がないのはともかく、メンガーからハイエクにいたるオーストリア学派が入ってないのは致命的でしょう。ハイエクはケインズの最大のライバルだったわけですから。

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