<平常時の論理と非常時の論理>

<古今東西の自然災害>

 山内昌之 『地球を読む』 読売H23.5.8
…ペリー来航の結果、日本が開国した安政元年(1854年)はM8.4の東海大地震と南海大地震、M7.4の、豊予大地震が起きた都市である。それらの津波は太平洋沿岸部に大被害をもたらした。安政2年10月には、M6.9の安政江戸大地震も起こっている。
…安政3年には伊豆半島から江戸北部を直撃した台風が、利根川や荒川に大洪水を引き起こし10万人の死者を出した。その上、安政4年のインフルエンザ流行に加えて5年の米艦経由のコレラ伝染で10万~30万人ほどの死者が出ている。安政6年(1859年)には「安政大麻疹」と呼ばれるはしかの流行が人々を苦しめた。
 

 これ、むちゃくちゃな、災害の連続です。この災害の中、「安政の大獄」事件が並行しておこり、安政7年(1860年)3月3日、桜田門外の変において井伊直弼が殺害されます。国内にあっては災害、外交にあっては通商条約をめぐる外国の圧力と、まさに「内憂外患」とはこのことです。この対策費が幕府の財政を危うくしました。

…徳川幕府は、復興のために不時の財政支出を余儀なくされ、政権の体力を弱めていく。薩摩藩や長州藩は自然災害の影響をほとんど受けなかったので、災害がなければ幕府もあれほどむざむざと薩長に屈しなかったかもしれない。

 その災害の際、幕府はどう対処したのでしょうか。

 …幕府閣老の阿部正弘や堀田正睦らは相当の覚悟と決断力で難局に処した。…江戸大地震…発生2日後にはすでに震災に対する老中として御救(おすくい)小屋を作り、炊き出しに加えて御救米も出したのだからスピード感が現在と比べても早い。 

 西では、ポルトガルも、大地震に襲われました。

 …1755年に起きたM8.7のリスボン大地震…。…世界の通商をリードした海洋国家であり、国内総生産で世界の2,3位だった経済大国でもある。…ポルトガルの首都リスボンでは津波の死者1万人を含めて6万人が死亡…。…リスボン港が機能不全に陥りGDPの半分ほどが失われた…。

 この非常事態に、リーダーシップが発揮されました。

 ポルトガルの宰相セバスティアン・デ・カルヴァーリョ(ポンバル侯爵)は…明白な指針をすぐ示し消防隊によって火を鎮め、疫病が陸地に広がる前に遺体を水葬した。これはカトリックの教えや慣習に反していたが、大胆な防疫措置を決断したおかげでリスボンは伝染病の拡大から救われた…。
…無秩序な略奪の蔓延を防ぐため軍に街を包囲させ…瓦礫を撤去する労働力確保にもつながる。こうして彼は1年以内に大きな広場と直線状の広い街路を持つ新リスボンの原型を作ることに成功した。


 魂が復活する(最後の審判)ため、絶対に土葬でなければならないキリスト教国で、「水葬」です。平常時には考えられない非常手段です。

 キリスト教では、魂も肉体も絶対復活できない最高刑が火葬です。中世に「火あぶり」が行われたのは、「おまえはキリスト教徒の外」であるという、明確なメッセージ(受刑者にとっては最大の受難)でした。このような常識の中で、「水葬」を断行したのですから、「火葬」の日本で、「鳥葬」させるぐらいの衝撃だったのではないでしょうか。

 余談ですが、ウサマ・ビィンラディンも「水葬」されました。イスラムでは、キリスト教以上に「天国と地獄」「最後の審判」が厳格に示されています。そこで、「水葬」です。ムスリムにとって、どれだけ屈辱的なことか想像できます。

<平常時の論理と非常時>

 このように、「非常時」と「平常時」は、その必要とされる「論理」が全く違います。その本質は「時間」にあります。

 高山岩男(注) 『教育哲学』 玉川大学出版部 S59年 p297~

 人生には、地震、台風、洪水、津波などの非常事態があり、火事、大怪我、急病など緊急事態が避けられない。
…問題となるのは、民主的国家がこのような非常緊急の事態に直面し、民主政体も国家の存立も危殆(きたい)にするというような場合、これをいかにして切抜けるかということである。平常通りの民主的法をもって切抜けうるものかどうか。すなわち議会を開いて対策も討議を尽くし、最後に多数決によって対策を決定する、というふうな悠長なやり方で非常緊急の事態は切り抜けうるものなのかどうか。


(注)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B1%B1%E5%B2%A9%E7%94%B7 参照

 高山が言うのは、「時間をかける」という、平常時のやり方(長期)で、緊急時(短期)を乗り切れるのかということです。

 …このような事態に対応して効果を発揮する政治的方法―これを工夫し実行した古典的模範例は政治的天才ローマ人が共和制時代に創案採用したDictatorの制度、すなわち「独裁官」の制度である。
 …ローマ人は平時には行政の最高長官(Consul)を二人おいて、権力が一人に集中することを防いだ。…行政の各部署には二人以上の同僚を置く制度を採用して、権力の独占化が生ずるの避けるよう工夫を凝らした。…内乱とか戦争とかいう急を要する非常事態に直面すると、この平時的な方法は役に立たず、むしろ無益有害と考え、Consulの中から、或いは外部から一人の「独裁官」を選出し、元老院で厳粛な任命式を行い…危機突破の手腕を存分に発揮させ、国民は一致協力してこの困難の克服に協力したのである。
 このローマの独裁官制度は、それ故、その本質において臨時的・一時的なもの…。…どこまでも臨時の手段に過ぎない。
 

 古代ローマでは、現代の国会に相当するのが「元老院」で、「執政官:最高長官(Consul)コンスル」はさしずめ首相というところでしょうか。平時には、「とにかく権力集中を避ける」というローマの哲学通り、コンスルは互いに対する「拒否権」まで持っていました。この二人の意見が合わなければ、政治が麻痺することもあります。

 余談ですが、「拒否権」は「史上最高の権力、権力の中の権力」です。何しろ「おまえを死刑にする」という判決がでても「拒否」できます。「戦争する」という意思決定に対しても「拒否」できます。
 国際連合の「米・露・英・仏・中」が持つのはこの「拒否権」です。なぜ中国が日本の常任理事国入りに反対するのか、その論理が垣間見えると思います。

 さらに余談ですが、わが日本国憲法96条の憲法改正条項「両院の総議員の3分の2以上の賛成で発議」は、残り1/3の少数に「拒否権」を持たせたシステムです。少数者が多数者より「強い」のですから、「最強」だという意味がお分かりではないでしょうか。

 この、一人のリーダーにすべてを託す独裁官というシステムですが、あくまで「緊急時」ですから、6か月限定でした(戦争時には延長もありました)。

 塩野七生『ローマから日本が見える』集英社 2005 p92~
…政体を変えること以外なら、あらゆることに決定権を与えられていたので、その決定には誰でも従わなければなりません。まさにオールマイティーの力を与えらていると言っても過言ではなかった。


 この独裁官に就く貴族がまた、「ノ-ブレス・オブリージュ(地位・権力あるものが持つべき高貴さ)」の典型みたいな人なのです。

 あるとき、この独裁官にキンキナートゥスという名の貴族が指名されたことがある。彼は普段は鍬を握って農地を耕すという生活を送っていたのですが、執政官からの指名とあれば断るわけにはいかない。
 そこで、鍬を捨て、戦場に赴いたのですが、彼の指揮よろしきを得てローマ軍はわずか十五日で敵を退けてしまった。
 …任期はあと五カ月と半分残っています。…任期いっぱい務めたところで誰も文句は言えない。ところが、この人物は与えられた任務を果たすや、ただちに独裁官の位を返上してしまい、ふたたび農作業に戻ってしまった…。


 西郷南州みたいですね。「命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。」
 
 地位も名誉もカネも、なにもいらない人物は始末に困るが、このような人物でなければ、大業は成しえないですから、「非常時(西郷の生きた時代は、短期的に見れば日本国家創立期という、非常時でしょう)の論理」とみなしていいようです。

 高山は「非常時」について、さらに言及します。

 …われわれはいかに行動すべきものだろうか。…実は人間は大昔からこのことを知っており、平素から訓練してきているのである。…究極特徴は「時を失っては万事休する」というところにある。地震、洪水、津波に関してぐずぐずしていては、しかるべき命もあたら失ってしまう。…数分数秒の遅速が助かるか死ぬかを決定する。…行動原則は唯だ一つ「時を失うなかれ」「一刻をも争え」である。 

 「独裁官」も、「時を失っては万事休する」も「非常時の論理」です。もちろん、現代では、「超法規措置」は許されません。ですが、どのようなシステム・論理が必要かの示唆を与えてくれます。

 自衛隊や、警察、消防は「非常時」のためにあります。平時の論理で訓練しているわけではありません。ですから、実際には、「上司も判断を間違う」そうです。ですが、「命令」には絶対です。判断が間違っていても、「時を失っては万事休する」のですから、スピードを価値判断の上位に置きます。

 …どうすればこの行動原則を最も合理的、かつ効果的に現実化することができるか。それが指揮・命令・服従という秩序にほかならない。指揮統率の秩序、命令服従の秩序、これが非常緊急の事態に対処する最も合理的な行動であり、これが異常緊急の事態に呼応するものとしての当然の行動秩序である。

 …ここに平時的な議会制民主政治の限界があらわれるのであって、平時には立派な、効果的な議会制民主政治も、非常緊急の重大な時期には逆転して無力となるのみならず、有害とさえなる。ここに賢明な民主国の国民なら、民主的な手続きをふんで、一時平時の民主的方法を停止する態度に出ることになるのである。


 今を平常時と考えれば、普段の政治で結構です。フィリピンでのゴルフも、内閣不信任案提出も、党内混乱もどうぞ行ってかまいません。「時間は十分に」あります。
 震災復興期の今は非常時(短期)か、平常時(長期)か。自ずから明らかです。
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No title

非常事態について、どうすればよいかは、前々から議論があったわけで、特に、災害対策においては、国と地方自治体の関係をもっと明確化すべきという議論は、「地方分権」至上主義から退けられてきました。
(衆議院資料51ページ)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shuken014.pdf/$File/shuken014.pdf

高校教育では、憲法問題として、地方分権は教えられるのでしょうが、経済学的な問題も含めて、議論するような時間があればよいのでしょうが・・。

日本では、広域・深刻な災害で、地方自治体が機能しないということをが起こることを、結局「想定外」としてきたわけです。
「人災」で犠牲になった方、そしていまも命の危険にさらされていることに、本当に心が痛みます。

なお、原子力災害についても、JCOの事故を教訓に、原子力災害対策特別措置法が制定されたのですが、今回、
この制度がちゃんと運用されたのが、疑問があることが、国会の審議でも明らかにされています。(4月18日の参議院
予算委員会での自民党脇議員の質疑)
http://www.dr-sakurai.jp/blog110419183526.html
それについての、民主党の桜井議員のコメント。
http://www.dr-sakurai.jp/blog110419183526.html

緊急時は、様々な情報で、判断が鈍るから、事前によく考えて決めたマニュアルをまず実行した上で、あとは、現場で臨機応変に対応するということではないでしょうか。
今回、政治主導はよいのですが、総理があわてて動き回ったことが、裏目に出たと考えます。その意味では、独裁権の議論と、今の実態がかみ合わないように思います。

今の時点では、現行法の枠内でも、知恵を出せば、やれることはあるはずだし、必要があれば、短期間で必要な法律を国会で制定・改正することもできるはずで、もっと、現場の情報を収集し、真の意味の「政治主導」をして、国家機構を機動的に動かしてほしいと思います。

いくら、国不信が蔓延しているとはいえ、このような時に、国民の生命を守るために大規模に動けるのは、国家しかないことははっきりしたのではないでしょうか。それは、「小さな政府」論者であっても同意が得られることだと考えます。

No title

 おっしゃるとおりだと思います。

 既存の設備・人的資源・法律を最大限効率的に運用することが必要です。

 なお、「独裁」云々は、「迅速」を目的にした表現です。現状の政党間の協力が全くなされていないことに対する、アンチテーゼです。

 非常時=スピードが最優先、党利党略の上位価値だと思います。
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