「貿易黒字は稼ぎ」という幻想but世間の常識 その2
<「貿易黒字は稼ぎ」という幻想but世間の常識 その2>
日経 H23.4.21
編集委員 滝田洋一「稼ぎ減り起きること」
貿易収支は3月に黒字が大幅に減ったのに続き、4月以降に赤字となるとの見通しが出てきた。
…日本が経済大国となった1970年代以降、貿易収支が赤字になったのは…2度の石油危機や、リーマン・ショック…くらいだ。今回、貿易収支の悪化を招いているのは大震災…。
…これから貿易収支が赤字に陥るばかりでなく経常収支の黒字も縮小するようだと、自由に使える国内資金は減ってくる。
そうなれば、国債の安定消化の前提が揺らぎ、財政赤字の拡大が長期金利の上昇要因として意識されやすくなる。
またまた、トンデモ論です。「経常収支黒字減→国内資金減」ではなく、「国内資金減→経常収支黒字減」です。「経常収支黒字=もうけ」と考えているから、「資金が減る」という表現が出ます。この詳しい内容について扱います。
日経 H23.4.21 社説『景気と貿易収支の悪化に細心の注意を』
東日本大震災の爪痕の深さ…。景気の停滞や貿易収支の悪化は避けられず…。
…3月の貿易統計によると、輸出額は前年同月に比べ2.2%減った。
…貿易収支の悪化も気になるところだ。3月の貿易黒字は、前年同月比78.9%減少した。4月には貿易赤字に転落するとの見方も少なくない。
…貿易収支が悪化すると…円安圧力がかかりやすくなる。…円安には日本製品の輸出競争力を高める効果がある。だが震災後…容易に輸出を増やせない。円安は原材料の輸入価格を押し上げる方向にも働くため、今は企業収益の圧迫要因になりかねないとの声が出ている。
ここでも、貿易収支の黒字減少で円安と述べています。これも間違いです。
日経 H23.4.25 『月曜 経済観測』国際協力銀行経営絵責任者 渡辺博史氏のインタビュー
―3月の貿易黒字は大幅に減りました。
「4月以降、貿易収支はいったん赤字に陥るか、黒字であってもしばらくは低空飛行が続く」
どうしても、「貿易黒字低下は悪」と言わせたいようです。再三指摘してきましたが、「貿易黒字は稼ぎ」とか「もうけ」と誤解する原因は、「黒字」「赤字」という言葉にあります。企業の黒字が「もうけ」だから、赤字が「損」だから、「貿易黒字はもうけ」「赤字は損」「赤字に転落してはまずい」という言葉が出てきます。
日経も、「企業の黒字」と「貿易黒字」の本質的違いが分かっていないので、とんちんかんな記事を書き続けます。だから、「貿易黒字」にかわり、「貿易超過(資本流出:注-本当は流出ではありませんが、黒字と書くなら、流出で対抗)」とか、「貿易黒字(資本赤字)」と正確に表記しないと、誤解はなくなりそうにありません。
企業のもうけ= black = 黒字
貿易黒字 = a trade surplus= 貿易過剰(余剰)
黒字の意味がぜんぜん違うのです。
この「貿易黒字」は、「経済学」を知っているか、知らないかのリトマス試験紙になります(大竹文雄先生によると、「比較優位」だそうですが・・・)。
ただ、日経を補足すると、
輸出 =もうけ・稼ぎ です。
でも、貿易黒字は、もうけではありません。
<貿易黒字だけ見るから・・>
さて、大騒ぎしている、3月の貿易黒字の減少についてです。実際の金額は、下記のようになります。
(平成23年4月20日 財務省)
輸出 5兆8660億円 -2.2%
輸入 5兆6695億円 +11.9%
貿易黒字1965億円 -78.9%
これらの数値は、日本のGDP(国内総生産)に対して、どの程度の数値なのでしょう? さすがに、3月のデータはありませんが、直近のデータを見てみましょう。デフレなので、名目値を使います。
四半期別GDP速報 時系列表 2010(平成22)年10~12月期(内閣府 速報)
2010 10~12月 125兆857億円
単純に、2010 10~12月 125兆857億円 を、3で割って一月(ひとつき)分にします。
125兆857億円÷3=41兆6952億円
(1)貿易黒字 1965億円/ ひとつき分GDP 41兆6952億円=0.47%
(2)前年同月 9319億円/3月 GDP39兆1881億円=2.37%
輸出6兆4億円 輸入5兆685億円
これで、図式化してみます。

今年3月のGDPの値がどうなっているのか分からないので、正確には分析できませんが、GDPに占める割合が、2%とか、0.5%とか、そのような値について、「ああだこうだ、大騒ぎ」しているに過ぎません。
3月の貿易黒字は、前年同月比78.9%減少した。と言っても、今年の3月のGDP自体が前年3月より伸びていたら、図のようになっています。貿易黒字だけ見ても、本質はつかめません。
大切なのは、黒字の額がどうか、割合がどうかではなくて、GDPの値がどうかです。Y=C+I+G+(EX-IM)の中で、新聞記事が言うように、(EX-IM)が増えようが減ろうが、それらのYに占める割合がどうなろうが、まったく意味がありません。
注)意味がないというのは、「貿易黒字」だけを取り上げることについてです。Y=C+I+G+(EX-IM)の右辺が、Yに対してどのように寄与したかは、重要な分析ツールです。
総額Yがどのような値になるか、どのように伸びたかが重要なのです。GDPが減っているのに、(EX-IM)が伸びても、まったく意味はありません。ですから、「貿易黒字」そのものを論じるのではなく、GDPの値(全体像)とともに、「貿易黒字=資本赤字」について述べないと、「稼ぎ減り起きること」とか、『景気と貿易収支の悪化に細心の注意を』など、大騒ぎになってしまいます。記事を書いた、滝田洋一日経編集委員、社説を書いた編集委員(経済学部出身ではない・・東大法学部でしょうね)も、「全体像」が見えていないので、「貿易黒字」なるものに振り回されているんですね。
<カネの貸し借り→貿易黒字>
…これから貿易収支が赤字に陥るばかりでなく経常収支の黒字も縮小するようだと、自由に使える国内資金は減ってくる。
経常収支の黒字=海外資産ですから、国内に還流しないカネです。「自由に使える国内資金は減ってくる」のは、「経常収支の黒字も縮小」ではなく、全く逆に、「経常収支の黒字が拡大」したときです。
日本のGDPの三面等価図を見てみましょう。

(S-I) = (G-T) + (EX-IM)
(貯蓄-投資) = (公債) + (貿易黒字)
(貯蓄超過) = (政府への貸し出し)+ (外国への貸し出し)
我々が、消費せず、税金にも回さなかったお金を、貯蓄Sと言います。その国内のS(貯蓄)が、I(企業の投資)、(G-T:公債)、(EX-IM:輸出―輸入:経常黒字:海外への資金の貸し出し)になるのです。S=99兆8880億円、それがIの95兆円、G-T3.4兆円、EX-IM1.4兆円に回るのです。EX-IM1.4兆円は、海外へのお金の貸し出し なのです。
外国債・外国株・外国社債などの購入や、外国への貸付額がEX-IM1.4兆円なのです。
このように、貿易黒字は、「カネの貸し借り(投資)」で生じます。しかも、外国への投資なので、「国内資金」とはなりません。
本当は「モノ(サービス)≡カネ」であり、しかもどちらが主導かというと、「カネ」です。①カネの動きが②モノ(サービス)の動きを決定しているのです。 ①は、②の90倍動いています。その1/90が、国際収支表に記述されているに過ぎません。つまり、国際収支表に記述された貿易収支(モノ・サービス収支)は、実際の資本取引の1.08%程度しか、示していないということです。
資本取引額は、貿易取引額の90倍(2007BIS統計)です。図にすると、下記のようになります。

2007年現在,外国為替市場の1日の平均取引額は3.2兆ドル(340兆円)にも上ります。同年の世界貿易額は,1日当たり357億ドルですから,貿易額の約90倍にのぼる資本の取引があることになります。
例えば,東京証券取引所の売買代金は,1か月に40兆円~70兆円です。日本の1年間の国家予算が約82兆円,GDP(国内総生産)は約510兆円です。これらの実体経済をはるかに上回る,資本の取引があるのです。
90年代初頭までは,実体経済が犬の頭,資本経済が犬の尻尾でした。しかしいまや,バーナンキFRB議長が「貿易は犬の尻尾」というほど資本取引が巨額になったのです。
日経 H23.4.25『NTTデータ、伊社買収 300億円 』
NTTデータは情報システムを手がけるイタリアのバリューチーム(ミラノ社)を買収する。…同社の全株式を取得して完全子会社とする。買収金額は…(約300億円)弱とみられる。
NTTデータは、2010年12月に米情報システム大手のキーンを約1100億円で買収するなど、海外でのM&A(合併・買収)を加速している。…官公庁向けのシステム需要が公共投資削減で頭打ちになるなか…海外市場を拡大してきた。…NTTデータの海外売上高は、全体の2割弱に当たる年間2000億円に迫る見込み。…13年3月期に…3000億円に引き上げる目標…。
日経 H23.4.25『太陽光発電システム 蝶理、欧で販売強化 独大手に10%出資 』
繊維商社の蝶理はドイツの太陽光発電システム販売大手のユーロソルに約10%出資する。…欧州市場で攻勢を強め、5年後に売上高400億円を目指す。…投資額は5億円前後とみられる。
日経 H23.4.25『衛生陶器、アジアで攻勢』
…TOTOは約50億円を投じインドに初の工場を建設…。…生産量は年間30万~40万台と見られる。同国での売上高を…17年度に50億円への引き上げを目指す。
…LIXIL(筆者注:トステム・INAX・新日軽・サンウエーブ・TOEXが合併)は…タイのランシット工場に10億円程度を投じ…中国の工場にも5億円をかけて同様の窯を増やした。…ベトナム…では…新たに2棟を建設中。…ベトナムでの投資総額は20億~30億円を見込む。
このような、資本取引が、実物取引の90倍(現在はもっと多いのでしょうか)行われています。その結果、本来「実物取引1:1資本取引」のはずが、後者の資本取引だけが肥大化し、「実物GDPの伸び<金融資産の伸び」という状態になっているのです。
世界の金融資産の伸びも、同じです。実体経済に比べ、肥大化しています。世界の金融資産は,総額167兆ドル(1京5030兆円)に達します。実体経済(世界全体のGDP48兆ドル)の3.5倍です。しかも,その成長率は2006年までの11年間で年平均9.1%,世界の実体経済(GDP)成長率の5.7%を大きく上回っています。

海外への資金の貸し出し(投資)→貿易黒字
<貿易黒字で円高?>
以上のように、「貿易は犬の尻尾」です。そうすると、円高・円安も、「実物取引=貿易」で決まるものではないことは、お分かりだと思います。
貿易収支が悪化すると…円安圧力がかかりやすくなる。
こんなのは、30~40年前の経済学の教科書に載っていたであろう、現代には全く通用しない「カビの生えた古典的解釈」です。
貿易黒字拡大→日本企業へ、円での支払い増加→円買いドル売り→円高
貿易黒字が縮小すれば、逆
このようなモノ・サービスの実物取引=貿易黒(赤)字を含む経常黒(赤)字など、今日では、為替に影響を与えることなど、全くないと言っても過言ではありません。
円高・ドル安など、為替を変動させる要因は何でしょう。それは、日米の金利差、株価格などの「資本(カネ)」取引に関わる分野なのです。
新聞の言うように、ひと月ごとの、貿易収支と、為替の動きを見てみます。

「貿易収支が悪化すると…円安圧力」など、全く関係ないことが分かると思います。
2009年1月など、「貿易赤字」だから、「円安」になるはずが、逆に「円高」になっています。2007年の貿易黒字に対して、2009年以降の貿易黒字縮小は、「円安」を招くはずですが、逆に「円高」になっています。
資本取引額は、貿易取引額の90倍(2007BIS統計)です。図にすると、下記のようになります。

貿易決済で、為替が決まるわけではないのです。
…貿易収支が悪化すると…円安圧力がかかりやすくなる。…円安には日本製品の輸出競争力を高める効果がある。だが震災後…容易に輸出を増やせない。円安は原材料の輸入価格を押し上げる方向にも働くため、今は企業収益の圧迫要因になりかねないとの声が出ている。
この、「円安」に対する不安?の裏で、次のような、「外国為替で儲けよう」記事も同時に掲載されます。「資本取引のススメ」です。
日経 H23.4.25『賢い外貨建て商品選び 特徴を知って』
これから円安になるなら、外貨建ての金融商品をうまく使って資産を増やしたいと考える人は多い。
…専門家の多くは「向こう1年ぐらいは円安傾向」(欧州系証券)とみる。…円安が進むなら「今のうちに外貨建てで資産を買った方が得」…どの通貨に投資すれば有利か。最も人気があるのは商品の種類が多い米ドルだ。
日経は、たくさんの矛盾を抱えた新聞ですね。ですが、矛盾は、「現実の経済」そのものなのです。
日経 H23.4.21
編集委員 滝田洋一「稼ぎ減り起きること」
貿易収支は3月に黒字が大幅に減ったのに続き、4月以降に赤字となるとの見通しが出てきた。
…日本が経済大国となった1970年代以降、貿易収支が赤字になったのは…2度の石油危機や、リーマン・ショック…くらいだ。今回、貿易収支の悪化を招いているのは大震災…。
…これから貿易収支が赤字に陥るばかりでなく経常収支の黒字も縮小するようだと、自由に使える国内資金は減ってくる。
そうなれば、国債の安定消化の前提が揺らぎ、財政赤字の拡大が長期金利の上昇要因として意識されやすくなる。
またまた、トンデモ論です。「経常収支黒字減→国内資金減」ではなく、「国内資金減→経常収支黒字減」です。「経常収支黒字=もうけ」と考えているから、「資金が減る」という表現が出ます。この詳しい内容について扱います。
日経 H23.4.21 社説『景気と貿易収支の悪化に細心の注意を』
東日本大震災の爪痕の深さ…。景気の停滞や貿易収支の悪化は避けられず…。
…3月の貿易統計によると、輸出額は前年同月に比べ2.2%減った。
…貿易収支の悪化も気になるところだ。3月の貿易黒字は、前年同月比78.9%減少した。4月には貿易赤字に転落するとの見方も少なくない。
…貿易収支が悪化すると…円安圧力がかかりやすくなる。…円安には日本製品の輸出競争力を高める効果がある。だが震災後…容易に輸出を増やせない。円安は原材料の輸入価格を押し上げる方向にも働くため、今は企業収益の圧迫要因になりかねないとの声が出ている。
ここでも、貿易収支の黒字減少で円安と述べています。これも間違いです。
日経 H23.4.25 『月曜 経済観測』国際協力銀行経営絵責任者 渡辺博史氏のインタビュー
―3月の貿易黒字は大幅に減りました。
「4月以降、貿易収支はいったん赤字に陥るか、黒字であってもしばらくは低空飛行が続く」
どうしても、「貿易黒字低下は悪」と言わせたいようです。再三指摘してきましたが、「貿易黒字は稼ぎ」とか「もうけ」と誤解する原因は、「黒字」「赤字」という言葉にあります。企業の黒字が「もうけ」だから、赤字が「損」だから、「貿易黒字はもうけ」「赤字は損」「赤字に転落してはまずい」という言葉が出てきます。
日経も、「企業の黒字」と「貿易黒字」の本質的違いが分かっていないので、とんちんかんな記事を書き続けます。だから、「貿易黒字」にかわり、「貿易超過(資本流出:注-本当は流出ではありませんが、黒字と書くなら、流出で対抗)」とか、「貿易黒字(資本赤字)」と正確に表記しないと、誤解はなくなりそうにありません。
企業のもうけ= black = 黒字
貿易黒字 = a trade surplus= 貿易過剰(余剰)
黒字の意味がぜんぜん違うのです。
この「貿易黒字」は、「経済学」を知っているか、知らないかのリトマス試験紙になります(大竹文雄先生によると、「比較優位」だそうですが・・・)。
ただ、日経を補足すると、
輸出 =もうけ・稼ぎ です。
でも、貿易黒字は、もうけではありません。
<貿易黒字だけ見るから・・>
さて、大騒ぎしている、3月の貿易黒字の減少についてです。実際の金額は、下記のようになります。
(平成23年4月20日 財務省)
輸出 5兆8660億円 -2.2%
輸入 5兆6695億円 +11.9%
貿易黒字1965億円 -78.9%
これらの数値は、日本のGDP(国内総生産)に対して、どの程度の数値なのでしょう? さすがに、3月のデータはありませんが、直近のデータを見てみましょう。デフレなので、名目値を使います。
四半期別GDP速報 時系列表 2010(平成22)年10~12月期(内閣府 速報)
2010 10~12月 125兆857億円
単純に、2010 10~12月 125兆857億円 を、3で割って一月(ひとつき)分にします。
125兆857億円÷3=41兆6952億円
(1)貿易黒字 1965億円/ ひとつき分GDP 41兆6952億円=0.47%
(2)前年同月 9319億円/3月 GDP39兆1881億円=2.37%
輸出6兆4億円 輸入5兆685億円
これで、図式化してみます。

今年3月のGDPの値がどうなっているのか分からないので、正確には分析できませんが、GDPに占める割合が、2%とか、0.5%とか、そのような値について、「ああだこうだ、大騒ぎ」しているに過ぎません。
3月の貿易黒字は、前年同月比78.9%減少した。と言っても、今年の3月のGDP自体が前年3月より伸びていたら、図のようになっています。貿易黒字だけ見ても、本質はつかめません。
大切なのは、黒字の額がどうか、割合がどうかではなくて、GDPの値がどうかです。Y=C+I+G+(EX-IM)の中で、新聞記事が言うように、(EX-IM)が増えようが減ろうが、それらのYに占める割合がどうなろうが、まったく意味がありません。
注)意味がないというのは、「貿易黒字」だけを取り上げることについてです。Y=C+I+G+(EX-IM)の右辺が、Yに対してどのように寄与したかは、重要な分析ツールです。
総額Yがどのような値になるか、どのように伸びたかが重要なのです。GDPが減っているのに、(EX-IM)が伸びても、まったく意味はありません。ですから、「貿易黒字」そのものを論じるのではなく、GDPの値(全体像)とともに、「貿易黒字=資本赤字」について述べないと、「稼ぎ減り起きること」とか、『景気と貿易収支の悪化に細心の注意を』など、大騒ぎになってしまいます。記事を書いた、滝田洋一日経編集委員、社説を書いた編集委員(経済学部出身ではない・・東大法学部でしょうね)も、「全体像」が見えていないので、「貿易黒字」なるものに振り回されているんですね。
<カネの貸し借り→貿易黒字>
…これから貿易収支が赤字に陥るばかりでなく経常収支の黒字も縮小するようだと、自由に使える国内資金は減ってくる。
経常収支の黒字=海外資産ですから、国内に還流しないカネです。「自由に使える国内資金は減ってくる」のは、「経常収支の黒字も縮小」ではなく、全く逆に、「経常収支の黒字が拡大」したときです。
日本のGDPの三面等価図を見てみましょう。

(S-I) = (G-T) + (EX-IM)
(貯蓄-投資) = (公債) + (貿易黒字)
(貯蓄超過) = (政府への貸し出し)+ (外国への貸し出し)
我々が、消費せず、税金にも回さなかったお金を、貯蓄Sと言います。その国内のS(貯蓄)が、I(企業の投資)、(G-T:公債)、(EX-IM:輸出―輸入:経常黒字:海外への資金の貸し出し)になるのです。S=99兆8880億円、それがIの95兆円、G-T3.4兆円、EX-IM1.4兆円に回るのです。EX-IM1.4兆円は、海外へのお金の貸し出し なのです。
外国債・外国株・外国社債などの購入や、外国への貸付額がEX-IM1.4兆円なのです。
このように、貿易黒字は、「カネの貸し借り(投資)」で生じます。しかも、外国への投資なので、「国内資金」とはなりません。
本当は「モノ(サービス)≡カネ」であり、しかもどちらが主導かというと、「カネ」です。①カネの動きが②モノ(サービス)の動きを決定しているのです。 ①は、②の90倍動いています。その1/90が、国際収支表に記述されているに過ぎません。つまり、国際収支表に記述された貿易収支(モノ・サービス収支)は、実際の資本取引の1.08%程度しか、示していないということです。
資本取引額は、貿易取引額の90倍(2007BIS統計)です。図にすると、下記のようになります。

2007年現在,外国為替市場の1日の平均取引額は3.2兆ドル(340兆円)にも上ります。同年の世界貿易額は,1日当たり357億ドルですから,貿易額の約90倍にのぼる資本の取引があることになります。
例えば,東京証券取引所の売買代金は,1か月に40兆円~70兆円です。日本の1年間の国家予算が約82兆円,GDP(国内総生産)は約510兆円です。これらの実体経済をはるかに上回る,資本の取引があるのです。
90年代初頭までは,実体経済が犬の頭,資本経済が犬の尻尾でした。しかしいまや,バーナンキFRB議長が「貿易は犬の尻尾」というほど資本取引が巨額になったのです。
日経 H23.4.25『NTTデータ、伊社買収 300億円 』
NTTデータは情報システムを手がけるイタリアのバリューチーム(ミラノ社)を買収する。…同社の全株式を取得して完全子会社とする。買収金額は…(約300億円)弱とみられる。
NTTデータは、2010年12月に米情報システム大手のキーンを約1100億円で買収するなど、海外でのM&A(合併・買収)を加速している。…官公庁向けのシステム需要が公共投資削減で頭打ちになるなか…海外市場を拡大してきた。…NTTデータの海外売上高は、全体の2割弱に当たる年間2000億円に迫る見込み。…13年3月期に…3000億円に引き上げる目標…。
日経 H23.4.25『太陽光発電システム 蝶理、欧で販売強化 独大手に10%出資 』
繊維商社の蝶理はドイツの太陽光発電システム販売大手のユーロソルに約10%出資する。…欧州市場で攻勢を強め、5年後に売上高400億円を目指す。…投資額は5億円前後とみられる。
日経 H23.4.25『衛生陶器、アジアで攻勢』
…TOTOは約50億円を投じインドに初の工場を建設…。…生産量は年間30万~40万台と見られる。同国での売上高を…17年度に50億円への引き上げを目指す。
…LIXIL(筆者注:トステム・INAX・新日軽・サンウエーブ・TOEXが合併)は…タイのランシット工場に10億円程度を投じ…中国の工場にも5億円をかけて同様の窯を増やした。…ベトナム…では…新たに2棟を建設中。…ベトナムでの投資総額は20億~30億円を見込む。
このような、資本取引が、実物取引の90倍(現在はもっと多いのでしょうか)行われています。その結果、本来「実物取引1:1資本取引」のはずが、後者の資本取引だけが肥大化し、「実物GDPの伸び<金融資産の伸び」という状態になっているのです。
世界の金融資産の伸びも、同じです。実体経済に比べ、肥大化しています。世界の金融資産は,総額167兆ドル(1京5030兆円)に達します。実体経済(世界全体のGDP48兆ドル)の3.5倍です。しかも,その成長率は2006年までの11年間で年平均9.1%,世界の実体経済(GDP)成長率の5.7%を大きく上回っています。

海外への資金の貸し出し(投資)→貿易黒字
<貿易黒字で円高?>
以上のように、「貿易は犬の尻尾」です。そうすると、円高・円安も、「実物取引=貿易」で決まるものではないことは、お分かりだと思います。
貿易収支が悪化すると…円安圧力がかかりやすくなる。
こんなのは、30~40年前の経済学の教科書に載っていたであろう、現代には全く通用しない「カビの生えた古典的解釈」です。
貿易黒字拡大→日本企業へ、円での支払い増加→円買いドル売り→円高
貿易黒字が縮小すれば、逆
このようなモノ・サービスの実物取引=貿易黒(赤)字を含む経常黒(赤)字など、今日では、為替に影響を与えることなど、全くないと言っても過言ではありません。
円高・ドル安など、為替を変動させる要因は何でしょう。それは、日米の金利差、株価格などの「資本(カネ)」取引に関わる分野なのです。
新聞の言うように、ひと月ごとの、貿易収支と、為替の動きを見てみます。

「貿易収支が悪化すると…円安圧力」など、全く関係ないことが分かると思います。
2009年1月など、「貿易赤字」だから、「円安」になるはずが、逆に「円高」になっています。2007年の貿易黒字に対して、2009年以降の貿易黒字縮小は、「円安」を招くはずですが、逆に「円高」になっています。
資本取引額は、貿易取引額の90倍(2007BIS統計)です。図にすると、下記のようになります。

貿易決済で、為替が決まるわけではないのです。
…貿易収支が悪化すると…円安圧力がかかりやすくなる。…円安には日本製品の輸出競争力を高める効果がある。だが震災後…容易に輸出を増やせない。円安は原材料の輸入価格を押し上げる方向にも働くため、今は企業収益の圧迫要因になりかねないとの声が出ている。
この、「円安」に対する不安?の裏で、次のような、「外国為替で儲けよう」記事も同時に掲載されます。「資本取引のススメ」です。
日経 H23.4.25『賢い外貨建て商品選び 特徴を知って』
これから円安になるなら、外貨建ての金融商品をうまく使って資産を増やしたいと考える人は多い。
…専門家の多くは「向こう1年ぐらいは円安傾向」(欧州系証券)とみる。…円安が進むなら「今のうちに外貨建てで資産を買った方が得」…どの通貨に投資すれば有利か。最も人気があるのは商品の種類が多い米ドルだ。
日経は、たくさんの矛盾を抱えた新聞ですね。ですが、矛盾は、「現実の経済」そのものなのです。
スポンサーサイト
theme : 間違いだらけの経済教育
genre : 学校・教育