経済学史1
<経済学とは(1)>
以前、経済の勘所として、常に(最低)2つの視点が必要ということを説明しました。
2011-02-12 カテゴリ 池田信夫 上武大『論語(経済学)読みの論語(経済学)知らず 池田信夫 その1』
まず、経済学のカンどころですが、常に「2つの視点」が必要なことです。「需要と供給」「生産と消費」「貯蓄と投資」「輸出と輸入」「経常収支と広義資本収支」「財市場と貨幣市場」「貨幣市場と債券市場」「価格と量」「相手が見えない市場&見えるゲーム理論」etc・・・・
とにかく、「2つ」あるいは、それ以上の視点が、「常に同時」に必要とされます。現実がそうだからです。「1つ」だけの視点で解説するというのは、それだけで「おかしい」ことになります。
例えば、価格が伸縮する長期(古典派経済学)と、価格ではなく量が伸縮する短期(ケインズ経済学)という見方は、両方とも、「現実に存在」します。
リーマンショック後に起きた、メーカーによる「派遣切り」は明らかに後者です。メーカーは製品価格を下げるのではなく、「在庫調整」をしたのです(短期)。
あるいは、携帯電話の接続料金です。初期に比べて、ずいぶん下がりました(長期)。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090311/326363/?SS=imgview&FD=239831360

携帯を使う人の量が拡大すると、値段は下げても利益が生じます。
昔20年前、HI-FI(ステレオ)ビデオデッキは、20万円以上しました。現在、1万円以下で買えます。その他、PCやテレビなどの新型電化製品は、「登場期は高く、徐々に値段が下がる」などは、皆さん経験的に知っていることと思います。
どちらか一方だけ(のみ)が正しいわけではありません。
<経済学の歴史>
(1)古典派
まず最初に、古典派があげられます。18世紀後半~19世紀前半
アダム・スミス、リカード、マルサス、などのイギリスの労働価値説による、理論です。
労働価値説とは、働いた時間が値段に跳ね返るというものです。釘に1時間、鉄パイプに10時間かかるなら、当然、後者が「高く」なります。
(2)新古典派経済学
マーシャルやワルラスなどの限界効用論の登場です。
価格は、「価値」によって決まります。いくら10時間労働しても、素人の「絵」や「音楽」は売れません。おいしくないラーメンは、20時間スープ作りをしても、売れません。要するに費やした時間ではなく、そのものに価値があるかどうかで値段が決まるという考え方です。

(3)ケインズ経済学 1936~
写真はウィキペディア

上記(1)(2)は「生産者側=供給」からの視点で考えています。それに対し、ケインズは有効需要(実は、この言葉はスミスの国富論に登場ズミ)という、「消費者側=需要」の観点から、考察しました。
供給者側の論理だと、「作ったものは全て売れる」ことになります。セーの法則です。売れなければ、バーゲンセールのように、「値段を下げればよい」のです。結果的に「需要と供給」の法則により「値段が下がることによって、均衡が実現する」と考えました。

ところが、ケインズは世界恐慌を前に考えます。「失業者」が減らないのです。本来であれば、「賃金」が下がることによって(労働者価格下落)、全員の雇用が回復するはずです(均衡回復)。ですが、労働者賃金は不況下でも下がることはなく(価格の下方硬直性)、失業は回復されなかったのです。
だから、「供給」ではなく、「需要」側に目を向け、「需要」を拡大すれば、均衡が回復すると考えました。需要増には、政府による公共投資や、金融政策による投資拡大があげられます。
(4)マネタリスト 1960年代~、ニューケインジアン
写真はウィキペディア

ミルトン・フリードマンに代表されます。金融政策、つまり、マネーサプライの増大は、インフレになるだけ(物価水準に影響)であって、実物経済には関係ないとするもので、ケインズ政策を徹底的に批判しました。
事実1929年からの不況は金融政策の失敗によるものであることを論証し、1970年代のスタグフレーション(不況下のインフレ)で、「失業とインフレのトレードオフ=フィリップス曲線」が当てはまらないことを1960年代には見抜いていたとされ、アメリカの経済学会を席巻しました。ケインズ経済学は駆逐されてしまったのです。
1980年代には、実際の政策運営にもこの理論が適用され、米国の「レーガノミクス」英国の「サッチャリズム」や、日本では中曽根内閣時代の「民営化路線」がそれに当たります。
一方、ケインズ経済学は、ミクロ経済の基盤とマクロ経済におけるワルラスの一般均衡理論を使用することを通じて、ニューケインジアンと呼ばれる人たちが台頭しました。
さて、現在の経済学ですが、マネタリストの、特にアメリカでの経済実践も、極端な金融引き締めを取った為に、不況に陥ったこともあり、全部が全部肯定されているわけではありません。否定したフィリップス曲線も、長期には成立していることが明らかになっています。
しかし、ケインズの提唱した「乗数効果」も、最近の研究では「ほとんどない」という報告がなされています。
既に、古典派だのケインジアンだのと分けることは無意味になっています。複雑な経済現象を、1つのモデルだけで分析することは不可能だからです。

さて、次回は、さらに、これらの経済理論は完璧か?について検証します。
以前、経済の勘所として、常に(最低)2つの視点が必要ということを説明しました。
2011-02-12 カテゴリ 池田信夫 上武大『論語(経済学)読みの論語(経済学)知らず 池田信夫 その1』
まず、経済学のカンどころですが、常に「2つの視点」が必要なことです。「需要と供給」「生産と消費」「貯蓄と投資」「輸出と輸入」「経常収支と広義資本収支」「財市場と貨幣市場」「貨幣市場と債券市場」「価格と量」「相手が見えない市場&見えるゲーム理論」etc・・・・
とにかく、「2つ」あるいは、それ以上の視点が、「常に同時」に必要とされます。現実がそうだからです。「1つ」だけの視点で解説するというのは、それだけで「おかしい」ことになります。
例えば、価格が伸縮する長期(古典派経済学)と、価格ではなく量が伸縮する短期(ケインズ経済学)という見方は、両方とも、「現実に存在」します。
リーマンショック後に起きた、メーカーによる「派遣切り」は明らかに後者です。メーカーは製品価格を下げるのではなく、「在庫調整」をしたのです(短期)。
あるいは、携帯電話の接続料金です。初期に比べて、ずいぶん下がりました(長期)。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090311/326363/?SS=imgview&FD=239831360

携帯を使う人の量が拡大すると、値段は下げても利益が生じます。
昔20年前、HI-FI(ステレオ)ビデオデッキは、20万円以上しました。現在、1万円以下で買えます。その他、PCやテレビなどの新型電化製品は、「登場期は高く、徐々に値段が下がる」などは、皆さん経験的に知っていることと思います。
どちらか一方だけ(のみ)が正しいわけではありません。
<経済学の歴史>
(1)古典派
まず最初に、古典派があげられます。18世紀後半~19世紀前半
アダム・スミス、リカード、マルサス、などのイギリスの労働価値説による、理論です。
労働価値説とは、働いた時間が値段に跳ね返るというものです。釘に1時間、鉄パイプに10時間かかるなら、当然、後者が「高く」なります。
(2)新古典派経済学
マーシャルやワルラスなどの限界効用論の登場です。
価格は、「価値」によって決まります。いくら10時間労働しても、素人の「絵」や「音楽」は売れません。おいしくないラーメンは、20時間スープ作りをしても、売れません。要するに費やした時間ではなく、そのものに価値があるかどうかで値段が決まるという考え方です。

(3)ケインズ経済学 1936~
写真はウィキペディア

上記(1)(2)は「生産者側=供給」からの視点で考えています。それに対し、ケインズは有効需要(実は、この言葉はスミスの国富論に登場ズミ)という、「消費者側=需要」の観点から、考察しました。
供給者側の論理だと、「作ったものは全て売れる」ことになります。セーの法則です。売れなければ、バーゲンセールのように、「値段を下げればよい」のです。結果的に「需要と供給」の法則により「値段が下がることによって、均衡が実現する」と考えました。

ところが、ケインズは世界恐慌を前に考えます。「失業者」が減らないのです。本来であれば、「賃金」が下がることによって(労働者価格下落)、全員の雇用が回復するはずです(均衡回復)。ですが、労働者賃金は不況下でも下がることはなく(価格の下方硬直性)、失業は回復されなかったのです。
だから、「供給」ではなく、「需要」側に目を向け、「需要」を拡大すれば、均衡が回復すると考えました。需要増には、政府による公共投資や、金融政策による投資拡大があげられます。
(4)マネタリスト 1960年代~、ニューケインジアン
写真はウィキペディア

ミルトン・フリードマンに代表されます。金融政策、つまり、マネーサプライの増大は、インフレになるだけ(物価水準に影響)であって、実物経済には関係ないとするもので、ケインズ政策を徹底的に批判しました。
事実1929年からの不況は金融政策の失敗によるものであることを論証し、1970年代のスタグフレーション(不況下のインフレ)で、「失業とインフレのトレードオフ=フィリップス曲線」が当てはまらないことを1960年代には見抜いていたとされ、アメリカの経済学会を席巻しました。ケインズ経済学は駆逐されてしまったのです。
1980年代には、実際の政策運営にもこの理論が適用され、米国の「レーガノミクス」英国の「サッチャリズム」や、日本では中曽根内閣時代の「民営化路線」がそれに当たります。
一方、ケインズ経済学は、ミクロ経済の基盤とマクロ経済におけるワルラスの一般均衡理論を使用することを通じて、ニューケインジアンと呼ばれる人たちが台頭しました。
さて、現在の経済学ですが、マネタリストの、特にアメリカでの経済実践も、極端な金融引き締めを取った為に、不況に陥ったこともあり、全部が全部肯定されているわけではありません。否定したフィリップス曲線も、長期には成立していることが明らかになっています。
しかし、ケインズの提唱した「乗数効果」も、最近の研究では「ほとんどない」という報告がなされています。
既に、古典派だのケインジアンだのと分けることは無意味になっています。複雑な経済現象を、1つのモデルだけで分析することは不可能だからです。

さて、次回は、さらに、これらの経済理論は完璧か?について検証します。
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theme : マクロ経済学 ミクロ経済学
genre : 政治・経済