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小さな政府は可能か ハジュン・チャン『世界経済を破綻させる23の嘘』 その2

<世界経済を破綻させる23の嘘>

ハジュン・チャン著『世界経済を破綻させる23の嘘』徳間書店 2011
世界経済を破綻させる23の嘘.jpg


 日経新聞電子版の書評コーナーで、1月によく読まれた記事ベストテンの1位の書籍です。

 原題は『23Things they don't tell you about capitalism』『資本主義について誰も教えてくれなかった23のこと』だそうです。

 下記の主題23が全部「間違い=真逆である」ということを指摘しています。

1市場は自由でないといけない
2株主の利益を第一に考えて企業経営せよ
3市場経済では誰もが能力に見合う賃金をもらえる
4インターネットは世界を根本的に変えた
5市場がうまく動くのは人間が最悪(利己的)だからだ
6インフレを抑えれば経済は安定し、成長する
7途上国は自由市場・自由貿易によって富み栄える
8資本にはもはや国籍はない
9世界は脱工業化時代に突入した
10アメリカの生活水準は世界一である
11アフリカは発展できない運命にある
12政府が勝たせようとする企業や産業は敗北する
13富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う
14経営者への高額報酬は必要であり正当でもある
15貧しい国が発展できないのは起業家精神の欠如のせいだ
16すべては市場に任せるべきだ
17教育こそ繁栄の鍵だ
18企業に自由にうあらせるのが国全体の経済にも良い
19共産主義の崩壊とともに計画経済も消滅した
20今や努力すれば誰でも成功できる
21経済を発展させるには小さな政府のほうがよい
22金融市場の効率化こそが国に繁栄をもたらす
23良い経済政策の導入には経済に関する深い知識が必要

 久しぶりに、事実についてのみ解説している経済学の書物に出会いました。「べき論」とか、「価値論」は述べられていません。非常にすっきり、明快に論旨を述べています。

注) 本来の経済学は「どうあるか」を分析するもので、「どうあるべきか」という価値観とは別個のものです。ですから、経済学者が経済について「べき論」を述べると、やはり一般の人と同じように「千差万別」になってしまいます。この「意見」に対しては、正誤判定できません。 

この書物の2~3のトピックについて扱います。

<教育こそ繁栄の鍵だ?>

まず、通説です。

P241
 経済発展には教育を十分にうけた労働者が絶対に必要である。教育水準が高いことで有名な東アジア諸国の経済的成功と、教育が世界一低い水準にあるサハラ以南のアフリカ諸国の経済的形態の違いを見ればそれは明白だ。その上、知識が富の最大の源泉となっているいわゆる知識経済が台頭した現在、教育特に高等教育が繁栄に必要不可欠なものになっている。


それを著者は、ひっくり返します。

P242
 教育の向上が国の繁栄に直接結びつくことを示す証拠はほとんどない。教育であれば知識の多くは生産性向上とは無関係である。…それに知識経済が台頭して教育の重要性が決定的に高まったという見解は人を惑わせるものでしかない。
…さらに非工業化と機械化が進んで、ほとんどの富裕国では大半の仕事で知識の必要度がむしろ落ちてさえいる。知識経済で重要とされる高等教育にしても、経済成長との単純な関係はない。国の繁栄にとって真に重要となるのは、個人の教育レベルではなく高い生産性を持つ起業(ママ)に個人を組織して組み込んでいく国の能力である。


<大卒で無ければならない仕事は、増えたのか>

 H22.12.1時点で、大卒予定者の就職内定率は68.8%だそうです。1996年以来、最低だそうです。

 日本人の大学進学率が50%だとしたら、その人たち(学士資格者)にふさわしい職業も50%なければなりません。しかし、企業は徹底して合理化を進めます。非正規労働者割合が、日本でも拡大しているのは、IT化・アウトソーシング化により、昔は専門職だったものが、「いつでもどこでも誰にでもできる職業」になっていることを示します。

 事務職に必要だったそろばん、簿記技術は、今はPCひとつ(エクセルソフトひとつ)でできるようになりました。10人必要だった事務職は2人ですむようになりました。

 レジ打ちも、「すばやく間違えずにキーをたたく」必要はありません。「ピッ」という音とともに、誰でもできるPOSシステムに取って代わりました。製造業も、その人にしかできない「暗黙知=職人技術」が機械化され、「いつでも、誰でも、どこでもできる=形式知」の時代です。

 大卒者にふさわしい職業が、50%の割合で存在するのかどうか。専門職のみ正社員、あとはパートで事足りる雇用形態です。

日経H22.2.11グラフ
日経 H22.2.11 大卒 就職者数.jpg

< 大卒就職者>高卒就職者 > 

高卒・大卒 就職.jpg

2009年度の4年制大学への進学率は、50.2%、短大を含めると56.2%になりました。2人に1人が大学へ行く時代です。高校進学率は、ほぼ100%です。日本には、大学卒業にふさわしい職業が、そんなにあるのでしょうか。

18歳人口数と、大学入学者数の推移です。18歳人口は減り続け、大学進学者数は伸びています。

18歳人口数.jpg

同年代の大卒就職者の割合を見ても、理解できそうです。

18才 4年後大卒就職者数.jpg

 企業の大卒採用数は、そんなに変化が無いことが分かります。大卒にふさわしい仕事が、増えているのではないのです。

<余談> 

参考文献 リクルート『第27回 ワークス大卒求人倍率(2011年卒)』
http://c.recruit.jp/library/job/J20100421/docfile.pdf#search='大卒 求人数 推移'


 大卒民間企業就職希望者数          45万5700人
 従業員5000人以上(いわゆる大企業)の求人数  41,600人

 これをみて分かるように、皆が殺到する、「いわゆる大企業」の求人数/求職数は、1/10以下です。10人に1人以下しか、就職できません。「70社」落ちたとか、「100社落ちた」とか、言われていますが、これはエントリーシート段階で落ちたものを含めた数字でしょう。

 一方、中小企業の求人数は、54万300人です。求職数の45万5700人を上回っています。特に、従業員300人未満の企業では、求人数30.3万人に対して就職希望者6.9万人と、求人倍率は4.4倍に上ります。

(追記)

日経H23.3.3『変わる採用』

…学生の3人に1人が100社に応募するネット就活時代。人気企業には応募が殺到、特定の学生に内定が集中する。企業は人材を採りきれず、エントリーシートで漏れる人材も少なくない。

…今春卒業予定で民間企業に就職を希望する大学生は46万人と過去の氷河期である00年より4万人多い。…職業人としての訓練を積んだ高等専門学校の内定率は94.7%(昨年12月時点)ある。

…富士通は一芸に秀でた学生採用の1期生12人を迎える。…「多様な人材を探す一つの手段」。
…ライフネット生命…。「人と違うことが出来る人を集める」と留学など多様な経験をした若者を狙う。
 

 差別化は、モノ・サービスだけでなく、「ヒト」にとっても「売れる」要因です。

<教育と経済成長は無関係>

 ハーバード大学の経済学者ラント・プルチェット…数十カ国におよぶ富裕国および発展途上国の1960年―87年データを分析…得た結論は、「教育の向上が経済発展をうながすという見解を裏付ける証拠はほとんどない」というものだった。P245~ 

 これは、生産性向上(GDPアップ)に、教育は思うほど重要ではないということを示します。
 
 例えば、「教育こそが、東アジア発展の奇跡の鍵」も怪しいのです。

  識字率1960年   1960年の所得   現在所得
 台湾    54%    122ドル    18000ドル 
 韓国    71%     82ドル    21000ドル
フィリピン  72%    200ドル     1800ドル
アルゼンチン 91%    378ドル     7000ドル 

 サハラ以南では、1980→2004年、識字率は40%→61%に上昇しましたが、1人あたりの所得増加率は、同時期に0.3%落ちました。

 2007年1人当たり所得 
 ノルウエー  61,106ドル 
 デンマーク  56,427ドル 
 スェーデン  48,503ドル 
 フィンランド 45,516ドル 
 アメリカ   45,390 
  ↓ 
 日本     34,254ドル

 世界一富裕なノルウエーの中学2年生の成績は、2007年の国際数学・理科教育調査で、リトアニア、チェコ、スロバキア、アルメニア、セルビアなどのずっと貧しい国より下でした。

 アメリカは、カザフスタン、ラトビア、ロシア、リトアニアより下でした。
 
 デンマークやスウェーデンは、そのアメリカよりも下でした。

 とうほう『政治・経済資料2010』p232-233
日本の就業割合の変化.jpg
産業別就業者構成比.jpg


 日本は、サービス業の国です。家計支出においても、サービスへの支出が増加し続けているのです。モノ作りでもうける国ではありません。

日本のGDPの三面等価図を見てみましょう。

2009 名目GDP 内閣府 貿易黒字版.jpg

 もう、第3次産業の生産額は、約80%になっています。

 第2次産業の生産性向上(ヒトを必要としなくなった)により、第3次産業にヒトがシフトしているのです。

 教育を余り必要としない単純なサービス業が増えています。スーパーでの商品の棚積み、ファストフードでの調理、オフィスの清掃、コンビニの配送etc。しかも、「計算」しなくていいような(に?)仕事も増えています。「バーコードでピ!」「エクセルでポン!」は、そろばんを駆逐しました。

 貧しい国の電気店の人たちは、日本の○○電気の従業員よりも、はるかに、電気製品を修理できます。テクノロジーが発展すればするほど、労働者が必要とする教育程度は「低くてもかまわない」ことになるのです。

<では高等教育は>

 一方、知識集約産業の時代だから、かえって高等教育(大学など)の教育が重要になっているという説もあります。

 スイス(一人当たり所得56,005ドル)が、もっとも富裕な国の一つであることは、異論が無いはずです。高級時計は「スイス」が代名詞です。スイスフランはいざという時の最強通貨で、スイスの銀行の信用度は、世界一です。

 ですが、同国の大学進学率は、群を抜いて低いのです。1990年代までは他の富裕国の1/3、96年でもOECD諸国の平均の半分以下(16%:34%)でした。07年には47%に上がりましたが、それでも次のようになっています。

   2007年一人当たり所得  2007年大学進学率 
   デンマーク 56,427ドル     80%
   スイス   56,005ドル   47%  
  フィンランド 45,516ドル     94%
   アメリカ  45,390ドル     82%
    ギリシャ 32,165ドル     91%
    韓国   19,983ドル     96%
   リトアニア 11,354ドル     76%

 スイスは富裕国・スイスより貧しい国よりも、高等教育の割合が低いのに、生産性では群を抜いています

 それとも、スイスの大学教育はレベルが他の国の2倍(生産性2倍)あるのでしょうか。他の国の4年分を2年でマスターするとか。でもアメリカの大学のレベルと比較すると、それも違いますよね。

 これを「スイス・パラドックス」といいます。

「教育が、生産性を向上させるのには、微力な力しか持たない」ことを示します。

 にも関わらず、「大学にいかねばならない」と考え、日本でも、2人に1人が大学に進学するようになりました。誰もが学士になり、それよりも修士、それよりも博士とインフレになり、「ポスドク」現象(博士課程を出ても、企業が採用しない)につながってしまいました。

 アメリカ(失業率依然として9%)や、韓国(卒業しても仕事が無い国)、フィンランドといった国の少なくとも半分の学士は、ムダ(時間的にも費用的にも)ということになります。

 富める国になるには、「いかに高学歴にするか」は関係ないのです。

H22.2.10日経『雇用創出 米国の苦闘』
「高校を卒業しただけでは、もはや良い仕事には就けない」。オバマアメリカ大統領は1月27日の一般教書演説で国民に向けて言い切った。…海外の労働者との競争に勝てないとのメッセージだ。


 どうなんでしょうね? 記事:010-02-11 高校生(大学生)の就職 参照 

 教育の価値は、「経済的生産性向上(GDPアップ)にはない」のです。「精神的に豊かで自立した生活を送るのを手助けする」ことにあるのです。

 文学・歴史・芸術・哲学を学びますが、それらは、心豊かな人生を送るには重要そうです。
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theme : 間違いだらけの経済教育
genre : 学校・教育

comment

Secret

刺激的な面白い本ですね

スタンフォード大?教授Hanushek他の論文では今エントリーとは逆に近いこと書いてますね。
これは就学率などの教育の「量」じゃなく「質」にスポット当ててるみたいですけど。

”Poor student learning explains the Latin American growth puzzle”

http://www.voxeu.org/index.php?q=node/3869

No title

コメントありがとうございます。

 「質」の話になれば、「価値観」なので、それこそ千差万別ですね。「質」で教育を語れば、何でもありですので、意見としては、尊重せざるを得ません。

School attainment does not even have a significant relationship with economic growth after one accounts for cognitive skills.

In sum, schooling appears relevant for economic growth only insofar as it actually raises the knowledge that students gain as depicted in tests of cognitive skills.


If countries in Latin America (and, by implication, Sub-Saharan Africa) want to improve their growth performance in the future, they need a “Millennium Learning Goal” (Filmer, Hasan, and Pritchett 2006), rather than mere quantitative targets of educational attainment. It is not simply going to school but only actual learning that counts for economic growth.

 要するに、「認知レベルの低い」教育=経済成長の低い原因ですもんね。「教育」という名の、「大学教育」が、ぜんぜん経済成長に結びついていないことを示しますね。「質的に無駄な勉強をしていますよ」ということですね。
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