日本経済新聞の暴走その1
<日本経済新聞の暴走その1>
日本を代表する?経済紙が、18世紀の「重商主義」思想にそまり、暴走しています。2011年1月1日の社説や、特集記事で主張しているのですから、「一番主張したいこと」であるのは間違いありません。
ですが、完璧に間違いです。日経の主張は、すでに200年も前の、アダム・スミスによって否定された「重商主義」そのものです。
岩田規久男(学習院大学教授)『日本銀行は信用できるか』講談社現代新書2009 p34,36
「政治家…世論をリードする大新聞や主要雑誌の経済担当記者などは…最低限,経済学の知識を持って仕事をしてもらいたいものである」
「日本は,正統派経済学の知見なしには書けないはずの記事が新聞・雑誌に満載されている不思議な国である」
本当に、情けなくなります。
<日経元旦紙面>
日経H23年1月1日 一面トップ記事 『先例なき時代に立つ』
…19世紀半ばまで「世界の工場」だった英国は、米独の追い上げで貿易赤字となった。それでも、海外からの利子や配当で貿易赤字を補い、20世紀初頭まで経常収支の黒字を維持した。
…「製造業がグローバル市場で稼ぎ、富を国内に還流させる」(日本総研ビジネス戦略センター所長の山田久)
日本も05年以降は、貿易よりも所得収支の黒字のほうが大きくなっている。外で作って稼ぎ、内でより高度なものや価値を作る。これなら円高も怖くない。
日経H23年1月1日 社説 『先例なき時代に立つ』
…なすべきことが見える。…貿易自由化で外の成長力を取り込む。
…日本は貿易立国のはずだが、GDPに占める輸出の割合は、10%台と、30%台のドイツ、40%台の韓国に比べ、今やかなり低い。
日経H23年1月1日 特集 『経常赤字転落を避けるカギは』
輸出立国・日本は、長い間、多額の貿易黒字を稼いできた。ただ、新興国の追い上げなどで輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。これを補うのが海外からの利子や配当など所得収支。同収支で黒字を稼ぐことができれば、経常収支の赤字転落を避けられる。
外国との間でやりとりするモノ、サービス、利子・配当の収支尻をそれぞれ貿易収支、サービス収支、所得収支と呼ぶ。これらを合計したのが経常収支だ。
日本は中国など新興国の追い上げに直面しているものの、まだ貿易赤字には転落していない。
ただ、新興国との競争が激しくなる中で、企業は生産拠点を海外に移しており、このままでは輸出が減る。貿易構造の変化に加え、高齢化で生産活動に従事せずに貯蓄を取り崩して消費する層が増えれば、消費分を国内だけでは賄えず、より多くの輸入に頼ることになる。
こうした状況下でも所得収支の黒字を拡大できれば、経常黒字も維持できる。05年度からは貿易黒字より所得収支の黒字の方が大きい。09年度の所得収支の黒字は貿易黒字の2倍近い12兆円余りに達した。
所得収支の黒字のもとになるのが、海外の株式や債券などからの収益やグローバル化した日本企業の海外拠点のもうけのうち日本に還流する配当などだ。国際競争を考えれば、製造業などが海外でモノを作るように動くのは避けられない。
中国などに追い上げられ、貿易赤字が大きくなれば、所得収支の黒字では埋めきれずに経常赤字に転落するとの予測もある。
JPモルガン証券の菅野雅明氏は「5年以内」と予測する。経常赤字を避けるには、海外進出企業などが稼いだ富を国内に還流させ、それを生かして国内産業の高度化につなげることが重要になる。そうすれば高度化した商品を輸出できるようになり、結果的に貿易収支でも黒字を維持できる可能性が出てくる。
経常収支の赤字転落は日本全体に無視できない影響を及ぼす。巨額の財政赤字を抱えながら低金利を維持できたのは、豊富な貯蓄を景に国内で資金を調達できたからだが、経常赤字になれば資金を海外に頼らざるを得なくなる。
外国への資金依存度が高まると、経済が変調をきたした場合の「日本売り」の圧力が強まり、金利が急上昇したり、円が急落したりする可能性が高まる。
もう、どこから解説していいか、手も付けられないほどの、「重商主義」の「トンでも」論に染まっています。
まず、シロウトが引っかかってしまう、 「重商主義」とは何でしょうか。
竹中平蔵『経済古典は役に立つ』光文社新書2010
P37
…アダム・スミスは邦訳『国富論』全体の約2割に相当する200ページを割いて、重商主義攻撃を展開している。
『貿易によるイングランドの財宝』という有名な本を書いたトマス・マンによれば、重商主義とは、「貿易黒字を出すことが富を築くことである。貿易にあたっては、外国製品の購入以上に国産品を海外で販売することを旨とすべきである」という考え方だ。つまり、ひとことで言えば、重商主義とは、貿易黒字至上主義だと考えればいい。
著者が、一番述べたいことは、本の冒頭部分に書かれます。スミスが言いたかったこと、一番大切なことが、国富論の最初の1ページ目に書かれています。
アダム・スミス『国富論』山岡洋一訳 日本経済新聞出版社 2007
どの国でも、その国の国民が年間に行う労働こそが、生活の必需品として、生活を豊かにする利便品として、国民が年間に消費するもののすべてを生み出す源泉である。消費する必需品と利便品はみな、国内の労働による直接の生産物か、そうした生産物を使って外国から購入したものである。
『世界の名著 アダム・スミス(国富論)』中央公論社 S62 p388
…すべてどの社会も、年々の収入は、その社会の勤労活動の年々の全生産物の交換価値とつねに正確に等しい、いやむしろ、この交換価値とまさに同一物なのである。
GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)=GDE(国内総支出)が富ということです。
竹中平蔵 同
P45~
今では当たり前の話だが、富の源泉は労働だということを明示的に示している。つまり、重商主義がいうように貿易差額(黒字)で金銀を稼ぐことが富の源泉なのではなく、労働こそが富の源泉であるという、世の中の基本的な視点が冒頭で書かれている。
…富とはどこから生まれるのか、そして富とはどういう性格を持っているのか、それについて考察することが『国富論』の目的であり、その答えとして、労働こそが富の源泉だということを冒頭で示したのだ。
これはいまの経済学にとってきわめて重要なポイントである。
P58
…そして重商主義に対する決定的批判として、人々は生産者の利益ではなくて、消費者の利益のために労働していると主張する。「消費こそがすべての生産の唯一の目的であり、生産者の利益は消費者の利益をはかるために必要な範囲でのみ配慮されるべきである」…と。
ところが「重商主義では、消費者の利益はほぼつねに生産者の利益のために犠牲にされている。そして消費ではなく生産こそがすべての産業と商業の最終的な目的だと考えられているかのようである」 …と、アダム・スミスは批判するのである。
竹中先生は、「重商主義がいうように貿易差額(黒字)で金銀を稼ぐことが富の源泉なのではなく、労働こそが富の源泉であるという、世の中の基本的な視点」と書きます。しかし、これは竹中先生的常識=「経済学的視点」であり、世の中の常識=「世の中の基本的な視点」とは180度違います。もちろん、間違いは後者です。
日経を見てわかるように、「世の中の視点」は、いまだに「重商主義がいうように貿易差額(黒字)で金銀を稼ぐことが富の源泉」だとしています。経済学とは、180度異なる見方が、「世の中の視点」なのです。
日本の農業を見てもわかるように、本当は、
「消費こそがすべての生産の唯一の目的であり、生産者の利益は消費者の利益をはかるために必要な範囲でのみ配慮されるべきである」
のに、「高い農産物を強要され、その価格を支持するために、高い税金を払わされて」いる消費者利益は、完全に無視されています。
「消費者の利益はほぼつねに生産者の利益のために犠牲にされている。そして消費ではなく生産こそがすべての産業と商業の最終的な目的だと考えられているかのようである」
スミスが生きていたら、日本の農業政策を、上記のように批判することでしょう。
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)『良い経済学悪い経済学』日本経済新聞出版社2008 P172
実業界でとくに一般的で根強い誤解に,同じ業界の企業が競争しているのと同様に,国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでに,リカードがこの誤解を解いている。経済学入門では,貿易とは競争ではなく,相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として,輸出ではなく,輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。
現代風に言えば、「貿易黒字なんてどうでもいい、GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)が大事だ」ということです。
日経記者は、まず、自分の会社で発行している「国富論」「クルーグマン」を読め!と批判したいところです。
では、どこがでたらめなのか、見ていきましょう。
<経常収支黒字とは>
まず、2009年のGDP(国内総生産=GDI国民総所得)と、経常収支の関係を見てみましょう。

経常収支黒字は、日本のGDPの「2.8%」です。体重60キロの人の1690グラム相当です。
まあ、少ない数値ではありませんので、「経常赤字転落を避ける」と、新聞が吠えるのも、仕方ないかと思いますが、日本は、そんなレベルではないダメージを被っています。「リーマン・ショック」で、世界的不況に飲み込まれ、GDP(国内総生産=GDI国民総所得)自体が、激減したのです。

09年の471兆円は、07年の516兆円よりも、46兆円も減ってしまいました。これは、471兆円の10%に匹敵する減少です。GDPというのは、GDI(国内総所得)、我々の給料の総額です。これが10%減ったのですから、この2年間は、戦後初めての「大不況」です。
09年の体重60キロは、07年の体重65.7キロから、5.7キロも体重が減ってしまった状態です。これは、意識してダイエットでもしない限り、何か病気を疑ってもいい数値です。
その中で経常収支黒字の意味付けです。
「外国との間でやりとりするモノ、サービス、利子・配当の収支尻をそれぞれ貿易収支、サービス収支、所得収支と呼ぶ。これらを合計したのが経常収支だ」
新聞が言うように、この説明は、事実です。経常収支は「①貿易・サービス収支、②所得収支、③海外への無償援助などの経常移転収支」の3つから構成されているからです。ですが、この新聞の欠点は、経常収支=広義資本収支(①資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏)という、モノ・サービス面の反対、カネ(資本)面が全く見えていないことです。

新聞は、上記国際収支表の、左側しか、見えていません。テストで言えば、「50点」です。自信満々で書いた答案は、「事実」ですが、「正解」ではありません。
「輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。これを補うのが海外からの利子や配当など所得収支。同収支で黒字を稼ぐことができれば、経常収支の赤字転落を避けられる。」「所得収支の黒字を拡大できれば、経常黒字も維持できる。05年度からは貿易黒字より所得収支の黒字の方が大きい。09年度の所得収支の黒字は貿易黒字の2倍近い12兆円余りに達した。」
も、「稼ぐ」とか「転落」「貿易黒字の2倍近い12兆」を除けば、事実です。日本は、貿易・サービス収支で黒字ではなく、海外からの利子や配当で黒字を産み出す、「過去の対外純資産からの配当」を受け取る「資産国家」です。
ですが、その「黒字」は、どこに行ったのでしょう?上記国際収支表を見ると、資本(カネ)は△13兆2867億円の赤字です。赤字ですから、日本に入ってきたカネ<日本から出て行ったカネのことです(出ていくというのは、分かりやすい表現にしただけで、本当は違います)。
国際収支表の左側、「モノ・サービス」で「稼いだ?」黒字は、海外に出て行ったカネと同額です。そうです。 「黒字はどこへ行ったか」の答えは、「海外資産になった」です。
伊藤元重(東大教授)編著『貿易黒字の誤解-日本経済のどこが問題か-』 東洋経済新報社1994
p27 黒字はどこにいったのかといえば,「海外への資産の蓄積になった」という答えになる。
p89 「日本は多くの産業において強い競争力を持っており国際経済で一人勝ちしているから,日本の貿易収支や経常収支は黒字である」というのがいかにばかげた議論であるか…わかることだろう。

このように、経常黒字=海外への投資額(海外から見れば、借りたカネ)ですから、日本の毎年の経常黒字は、同じように毎年、「対外純資産」として積み上がります。もちろん、2009年末の、266,兆2230億円は、世界一の額です。つまり、世界一の「対外資産金持ち」です。
注)グラフのように、対外純資産に、いきなりの増減があったり、額が一定しないのは、ドル安(円高)・ドル高(円安)によるものです。円高になると、円で示すと見かけ上「減少」します。ドル(ユーロ)建て資産が変わったわけではありません。また、外国株価や債券の価格変動も影響します。
また、順当に増えるのは、過去の「外国の社債・株式・国債」などの運用益がさらに「所得収支」として積み上がるからです。266兆円の配当・利息は、12兆3254億円の「所得収支」を生みます。それがまた、「対外純資産」増になります。ドルやユーロ増のことです。
投資(カネを貸)してもらっている国から見ます。
○○国の新工場や店舗を、日本人が建てることです。
○○国の会社の株式が、日本人によって買われているということです。
○○国の会社の社債を、日本人が購入している状態です。
○○国の銀行の預金を、日本人がしていることです(○○国銀行の預金は、銀行から見たら負債です)。
○○国の不動産の持ち主が、日本人の場合です。
○○国の国債を、日本人が購入している状態です。
たとえば、日本企業が外国から投資された場合、以下のようになります。
外国人の株保有率 出典 日経H22.6.19 2010年3月末現在
オリックス 50.5%
パイオニア 31.3
日本電気硝子 44.4
三井化学 31.5
住友重機械工業36.6
日本郵船35.2
野村HD 44.1
レオパレス21 32.4
これらの企業は、すでに「外国企業」です。日本人が、外国会社の株や社債を買ったり、M&A(買収・提携)したり、海外に工場や店舗を建てる直接投資(海外に株式会社を作る)ことが投資(カネを貸す)です。
最後の、「外国の国債を購入」ですが、これは、おもに国際収支表では、「外貨準備」になります。日本政府(日銀)のドル・ユーロのことです。110兆1031億円の外貨準備のうち、1,02兆6,365億円が、証券(外国債)になっています(22年 財務省)。
ドル札や、ユーロ紙幣をそのまま持っていても意味がありませんので、債券で運用します。この債券は、当然配当・利息を生みます。100兆円ですから、3%でも3兆円になります。22年度予算ベースでは、2兆5759億円分になりました。(財務省HP外国為替資金特別会計)これが「埋蔵金」とか称され、23年度一般会計予算に組み込まれたのは、新しいところです。
注:その配当金分は、ドル⇔円交換しています。じゃあ、100兆円分のドル資産は、国内に流通できるじゃないか!と言っても、100兆円分円に換えると、ドル売り円買いなので、人為的「円高」になってしまいます。100兆円分、アメリカ国債が売られたら、アメリカ国債暴落!になっていまい、日本も大損します。手放すに手放せないカネなのです)


このように、経常収支黒字=資本収支赤字は、日本国に還流しないカネです。
ですから、貿易黒字(経常収支でも同じ)が増えても、
「日本人の生活そのものが豊かになることを,必ずしも意味しない(岩田規久男(学習院大学教授『国際金融入門』岩波新書 1995 p44)」
のです。
…「製造業がグローバル市場で稼ぎ、富を国内に還流させる」(日本総研ビジネス戦略センター所長の山田久)
ということではありません。
「輸出立国・日本は、長い間、多額の貿易黒字を稼いできた。ただ、新興国の追い上げなどで輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。これを補うのが海外からの利子や配当など所得収支。同収支で黒字を稼ぐことができれば、経常収支の赤字転落を避けられる。」
のですが、「経常黒字分(資本収支赤字分)、海外資産を増やせ!」、「経常赤字転落=海外資産減少を防げ!」と言っていることです。
資産が増えるのは、結構ですが、「経常黒字=海外資産」に固執して、「海外資産」を増やして、どうしろというのでしょう?
竹中平蔵『経済古典は役に立つ』光文社新書2010
P37
…アダム・スミスは邦訳『国富論』全体の約2割に相当する200ページを割いて、重商主義攻撃を展開している。
…重商主義とは、「貿易黒字を出すことが富を築くことである。貿易にあたっては、外国製品の購入以上に国産品を海外で販売することを旨とすべきである」という考え方だ。つまり、ひとことで言えば、重商主義とは、貿易黒字至上主義だと考えればいい。
『世界の名著 アダム・スミス(国富論)』中央公論社 S62 p388
…すべてどの社会も、年々の収入は、その社会の勤労活動の年々の全生産物の交換価値とつねに正確に等しい、いやむしろ、この交換価値とまさに同一物なのである。
重商主義=貿易黒字至上主義は、「海外資産増至上主義」です。アダム・スミスが、「そうじゃあないだろう」と批判しました。そして、 「富=労働=生産量=消費量」として、GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)が富だ!と、もっともまともなことを主張したのが、1776年です。


貿易黒字(財務省:2兆1249億円、内閣府1兆4370億円と違っているのですが…)は、日本のGDPの0.5%にも満たない数値です。
「貿易黒字」だとか、「経常黒字」だとか、「赤字転落を避けよ」「海外資産を増やし続けろ」なんて、会社の利益にたとえると、0.5%だけに目を向け、それを時間を使って延々と主張する人がいたら、『異様』です。確かに「間違いではないのですが、本質は違うでしょう」ということです。
日経という、日本を代表する?経済紙の主張が、『異様』だということが分かると思います。
次回は、「経常黒字≡資本赤字」のメカニズムについてです。
日本を代表する?経済紙が、18世紀の「重商主義」思想にそまり、暴走しています。2011年1月1日の社説や、特集記事で主張しているのですから、「一番主張したいこと」であるのは間違いありません。
ですが、完璧に間違いです。日経の主張は、すでに200年も前の、アダム・スミスによって否定された「重商主義」そのものです。
岩田規久男(学習院大学教授)『日本銀行は信用できるか』講談社現代新書2009 p34,36
「政治家…世論をリードする大新聞や主要雑誌の経済担当記者などは…最低限,経済学の知識を持って仕事をしてもらいたいものである」
「日本は,正統派経済学の知見なしには書けないはずの記事が新聞・雑誌に満載されている不思議な国である」
本当に、情けなくなります。
<日経元旦紙面>
日経H23年1月1日 一面トップ記事 『先例なき時代に立つ』
…19世紀半ばまで「世界の工場」だった英国は、米独の追い上げで貿易赤字となった。それでも、海外からの利子や配当で貿易赤字を補い、20世紀初頭まで経常収支の黒字を維持した。
…「製造業がグローバル市場で稼ぎ、富を国内に還流させる」(日本総研ビジネス戦略センター所長の山田久)
日本も05年以降は、貿易よりも所得収支の黒字のほうが大きくなっている。外で作って稼ぎ、内でより高度なものや価値を作る。これなら円高も怖くない。
日経H23年1月1日 社説 『先例なき時代に立つ』
…なすべきことが見える。…貿易自由化で外の成長力を取り込む。
…日本は貿易立国のはずだが、GDPに占める輸出の割合は、10%台と、30%台のドイツ、40%台の韓国に比べ、今やかなり低い。
日経H23年1月1日 特集 『経常赤字転落を避けるカギは』
輸出立国・日本は、長い間、多額の貿易黒字を稼いできた。ただ、新興国の追い上げなどで輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。これを補うのが海外からの利子や配当など所得収支。同収支で黒字を稼ぐことができれば、経常収支の赤字転落を避けられる。
外国との間でやりとりするモノ、サービス、利子・配当の収支尻をそれぞれ貿易収支、サービス収支、所得収支と呼ぶ。これらを合計したのが経常収支だ。
日本は中国など新興国の追い上げに直面しているものの、まだ貿易赤字には転落していない。
ただ、新興国との競争が激しくなる中で、企業は生産拠点を海外に移しており、このままでは輸出が減る。貿易構造の変化に加え、高齢化で生産活動に従事せずに貯蓄を取り崩して消費する層が増えれば、消費分を国内だけでは賄えず、より多くの輸入に頼ることになる。
こうした状況下でも所得収支の黒字を拡大できれば、経常黒字も維持できる。05年度からは貿易黒字より所得収支の黒字の方が大きい。09年度の所得収支の黒字は貿易黒字の2倍近い12兆円余りに達した。
所得収支の黒字のもとになるのが、海外の株式や債券などからの収益やグローバル化した日本企業の海外拠点のもうけのうち日本に還流する配当などだ。国際競争を考えれば、製造業などが海外でモノを作るように動くのは避けられない。
中国などに追い上げられ、貿易赤字が大きくなれば、所得収支の黒字では埋めきれずに経常赤字に転落するとの予測もある。
JPモルガン証券の菅野雅明氏は「5年以内」と予測する。経常赤字を避けるには、海外進出企業などが稼いだ富を国内に還流させ、それを生かして国内産業の高度化につなげることが重要になる。そうすれば高度化した商品を輸出できるようになり、結果的に貿易収支でも黒字を維持できる可能性が出てくる。
経常収支の赤字転落は日本全体に無視できない影響を及ぼす。巨額の財政赤字を抱えながら低金利を維持できたのは、豊富な貯蓄を景に国内で資金を調達できたからだが、経常赤字になれば資金を海外に頼らざるを得なくなる。
外国への資金依存度が高まると、経済が変調をきたした場合の「日本売り」の圧力が強まり、金利が急上昇したり、円が急落したりする可能性が高まる。
もう、どこから解説していいか、手も付けられないほどの、「重商主義」の「トンでも」論に染まっています。
まず、シロウトが引っかかってしまう、 「重商主義」とは何でしょうか。
竹中平蔵『経済古典は役に立つ』光文社新書2010
P37
…アダム・スミスは邦訳『国富論』全体の約2割に相当する200ページを割いて、重商主義攻撃を展開している。
『貿易によるイングランドの財宝』という有名な本を書いたトマス・マンによれば、重商主義とは、「貿易黒字を出すことが富を築くことである。貿易にあたっては、外国製品の購入以上に国産品を海外で販売することを旨とすべきである」という考え方だ。つまり、ひとことで言えば、重商主義とは、貿易黒字至上主義だと考えればいい。
著者が、一番述べたいことは、本の冒頭部分に書かれます。スミスが言いたかったこと、一番大切なことが、国富論の最初の1ページ目に書かれています。
アダム・スミス『国富論』山岡洋一訳 日本経済新聞出版社 2007
どの国でも、その国の国民が年間に行う労働こそが、生活の必需品として、生活を豊かにする利便品として、国民が年間に消費するもののすべてを生み出す源泉である。消費する必需品と利便品はみな、国内の労働による直接の生産物か、そうした生産物を使って外国から購入したものである。
『世界の名著 アダム・スミス(国富論)』中央公論社 S62 p388
…すべてどの社会も、年々の収入は、その社会の勤労活動の年々の全生産物の交換価値とつねに正確に等しい、いやむしろ、この交換価値とまさに同一物なのである。
GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)=GDE(国内総支出)が富ということです。
竹中平蔵 同
P45~
今では当たり前の話だが、富の源泉は労働だということを明示的に示している。つまり、重商主義がいうように貿易差額(黒字)で金銀を稼ぐことが富の源泉なのではなく、労働こそが富の源泉であるという、世の中の基本的な視点が冒頭で書かれている。
…富とはどこから生まれるのか、そして富とはどういう性格を持っているのか、それについて考察することが『国富論』の目的であり、その答えとして、労働こそが富の源泉だということを冒頭で示したのだ。
これはいまの経済学にとってきわめて重要なポイントである。
P58
…そして重商主義に対する決定的批判として、人々は生産者の利益ではなくて、消費者の利益のために労働していると主張する。「消費こそがすべての生産の唯一の目的であり、生産者の利益は消費者の利益をはかるために必要な範囲でのみ配慮されるべきである」…と。
ところが「重商主義では、消費者の利益はほぼつねに生産者の利益のために犠牲にされている。そして消費ではなく生産こそがすべての産業と商業の最終的な目的だと考えられているかのようである」 …と、アダム・スミスは批判するのである。
竹中先生は、「重商主義がいうように貿易差額(黒字)で金銀を稼ぐことが富の源泉なのではなく、労働こそが富の源泉であるという、世の中の基本的な視点」と書きます。しかし、これは竹中先生的常識=「経済学的視点」であり、世の中の常識=「世の中の基本的な視点」とは180度違います。もちろん、間違いは後者です。
日経を見てわかるように、「世の中の視点」は、いまだに「重商主義がいうように貿易差額(黒字)で金銀を稼ぐことが富の源泉」だとしています。経済学とは、180度異なる見方が、「世の中の視点」なのです。
日本の農業を見てもわかるように、本当は、
「消費こそがすべての生産の唯一の目的であり、生産者の利益は消費者の利益をはかるために必要な範囲でのみ配慮されるべきである」
のに、「高い農産物を強要され、その価格を支持するために、高い税金を払わされて」いる消費者利益は、完全に無視されています。
「消費者の利益はほぼつねに生産者の利益のために犠牲にされている。そして消費ではなく生産こそがすべての産業と商業の最終的な目的だと考えられているかのようである」
スミスが生きていたら、日本の農業政策を、上記のように批判することでしょう。
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)『良い経済学悪い経済学』日本経済新聞出版社2008 P172
実業界でとくに一般的で根強い誤解に,同じ業界の企業が競争しているのと同様に,国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでに,リカードがこの誤解を解いている。経済学入門では,貿易とは競争ではなく,相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として,輸出ではなく,輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。
現代風に言えば、「貿易黒字なんてどうでもいい、GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)が大事だ」ということです。
日経記者は、まず、自分の会社で発行している「国富論」「クルーグマン」を読め!と批判したいところです。
では、どこがでたらめなのか、見ていきましょう。
<経常収支黒字とは>
まず、2009年のGDP(国内総生産=GDI国民総所得)と、経常収支の関係を見てみましょう。

経常収支黒字は、日本のGDPの「2.8%」です。体重60キロの人の1690グラム相当です。
まあ、少ない数値ではありませんので、「経常赤字転落を避ける」と、新聞が吠えるのも、仕方ないかと思いますが、日本は、そんなレベルではないダメージを被っています。「リーマン・ショック」で、世界的不況に飲み込まれ、GDP(国内総生産=GDI国民総所得)自体が、激減したのです。

09年の471兆円は、07年の516兆円よりも、46兆円も減ってしまいました。これは、471兆円の10%に匹敵する減少です。GDPというのは、GDI(国内総所得)、我々の給料の総額です。これが10%減ったのですから、この2年間は、戦後初めての「大不況」です。
09年の体重60キロは、07年の体重65.7キロから、5.7キロも体重が減ってしまった状態です。これは、意識してダイエットでもしない限り、何か病気を疑ってもいい数値です。
その中で経常収支黒字の意味付けです。
「外国との間でやりとりするモノ、サービス、利子・配当の収支尻をそれぞれ貿易収支、サービス収支、所得収支と呼ぶ。これらを合計したのが経常収支だ」
新聞が言うように、この説明は、事実です。経常収支は「①貿易・サービス収支、②所得収支、③海外への無償援助などの経常移転収支」の3つから構成されているからです。ですが、この新聞の欠点は、経常収支=広義資本収支(①資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏)という、モノ・サービス面の反対、カネ(資本)面が全く見えていないことです。

新聞は、上記国際収支表の、左側しか、見えていません。テストで言えば、「50点」です。自信満々で書いた答案は、「事実」ですが、「正解」ではありません。
「輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。これを補うのが海外からの利子や配当など所得収支。同収支で黒字を稼ぐことができれば、経常収支の赤字転落を避けられる。」「所得収支の黒字を拡大できれば、経常黒字も維持できる。05年度からは貿易黒字より所得収支の黒字の方が大きい。09年度の所得収支の黒字は貿易黒字の2倍近い12兆円余りに達した。」
も、「稼ぐ」とか「転落」「貿易黒字の2倍近い12兆」を除けば、事実です。日本は、貿易・サービス収支で黒字ではなく、海外からの利子や配当で黒字を産み出す、「過去の対外純資産からの配当」を受け取る「資産国家」です。
ですが、その「黒字」は、どこに行ったのでしょう?上記国際収支表を見ると、資本(カネ)は△13兆2867億円の赤字です。赤字ですから、日本に入ってきたカネ<日本から出て行ったカネのことです(出ていくというのは、分かりやすい表現にしただけで、本当は違います)。
国際収支表の左側、「モノ・サービス」で「稼いだ?」黒字は、海外に出て行ったカネと同額です。そうです。 「黒字はどこへ行ったか」の答えは、「海外資産になった」です。
伊藤元重(東大教授)編著『貿易黒字の誤解-日本経済のどこが問題か-』 東洋経済新報社1994
p27 黒字はどこにいったのかといえば,「海外への資産の蓄積になった」という答えになる。
p89 「日本は多くの産業において強い競争力を持っており国際経済で一人勝ちしているから,日本の貿易収支や経常収支は黒字である」というのがいかにばかげた議論であるか…わかることだろう。

このように、経常黒字=海外への投資額(海外から見れば、借りたカネ)ですから、日本の毎年の経常黒字は、同じように毎年、「対外純資産」として積み上がります。もちろん、2009年末の、266,兆2230億円は、世界一の額です。つまり、世界一の「対外資産金持ち」です。
注)グラフのように、対外純資産に、いきなりの増減があったり、額が一定しないのは、ドル安(円高)・ドル高(円安)によるものです。円高になると、円で示すと見かけ上「減少」します。ドル(ユーロ)建て資産が変わったわけではありません。また、外国株価や債券の価格変動も影響します。
また、順当に増えるのは、過去の「外国の社債・株式・国債」などの運用益がさらに「所得収支」として積み上がるからです。266兆円の配当・利息は、12兆3254億円の「所得収支」を生みます。それがまた、「対外純資産」増になります。ドルやユーロ増のことです。
投資(カネを貸)してもらっている国から見ます。
○○国の新工場や店舗を、日本人が建てることです。
○○国の会社の株式が、日本人によって買われているということです。
○○国の会社の社債を、日本人が購入している状態です。
○○国の銀行の預金を、日本人がしていることです(○○国銀行の預金は、銀行から見たら負債です)。
○○国の不動産の持ち主が、日本人の場合です。
○○国の国債を、日本人が購入している状態です。
たとえば、日本企業が外国から投資された場合、以下のようになります。
外国人の株保有率 出典 日経H22.6.19 2010年3月末現在
オリックス 50.5%
パイオニア 31.3
日本電気硝子 44.4
三井化学 31.5
住友重機械工業36.6
日本郵船35.2
野村HD 44.1
レオパレス21 32.4
これらの企業は、すでに「外国企業」です。日本人が、外国会社の株や社債を買ったり、M&A(買収・提携)したり、海外に工場や店舗を建てる直接投資(海外に株式会社を作る)ことが投資(カネを貸す)です。
最後の、「外国の国債を購入」ですが、これは、おもに国際収支表では、「外貨準備」になります。日本政府(日銀)のドル・ユーロのことです。110兆1031億円の外貨準備のうち、1,02兆6,365億円が、証券(外国債)になっています(22年 財務省)。
ドル札や、ユーロ紙幣をそのまま持っていても意味がありませんので、債券で運用します。この債券は、当然配当・利息を生みます。100兆円ですから、3%でも3兆円になります。22年度予算ベースでは、2兆5759億円分になりました。(財務省HP外国為替資金特別会計)これが「埋蔵金」とか称され、23年度一般会計予算に組み込まれたのは、新しいところです。
注:その配当金分は、ドル⇔円交換しています。じゃあ、100兆円分のドル資産は、国内に流通できるじゃないか!と言っても、100兆円分円に換えると、ドル売り円買いなので、人為的「円高」になってしまいます。100兆円分、アメリカ国債が売られたら、アメリカ国債暴落!になっていまい、日本も大損します。手放すに手放せないカネなのです)


このように、経常収支黒字=資本収支赤字は、日本国に還流しないカネです。
ですから、貿易黒字(経常収支でも同じ)が増えても、
「日本人の生活そのものが豊かになることを,必ずしも意味しない(岩田規久男(学習院大学教授『国際金融入門』岩波新書 1995 p44)」
のです。
…「製造業がグローバル市場で稼ぎ、富を国内に還流させる」(日本総研ビジネス戦略センター所長の山田久)
ということではありません。
「輸出立国・日本は、長い間、多額の貿易黒字を稼いできた。ただ、新興国の追い上げなどで輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。これを補うのが海外からの利子や配当など所得収支。同収支で黒字を稼ぐことができれば、経常収支の赤字転落を避けられる。」
のですが、「経常黒字分(資本収支赤字分)、海外資産を増やせ!」、「経常赤字転落=海外資産減少を防げ!」と言っていることです。
資産が増えるのは、結構ですが、「経常黒字=海外資産」に固執して、「海外資産」を増やして、どうしろというのでしょう?
竹中平蔵『経済古典は役に立つ』光文社新書2010
P37
…アダム・スミスは邦訳『国富論』全体の約2割に相当する200ページを割いて、重商主義攻撃を展開している。
…重商主義とは、「貿易黒字を出すことが富を築くことである。貿易にあたっては、外国製品の購入以上に国産品を海外で販売することを旨とすべきである」という考え方だ。つまり、ひとことで言えば、重商主義とは、貿易黒字至上主義だと考えればいい。
『世界の名著 アダム・スミス(国富論)』中央公論社 S62 p388
…すべてどの社会も、年々の収入は、その社会の勤労活動の年々の全生産物の交換価値とつねに正確に等しい、いやむしろ、この交換価値とまさに同一物なのである。
重商主義=貿易黒字至上主義は、「海外資産増至上主義」です。アダム・スミスが、「そうじゃあないだろう」と批判しました。そして、 「富=労働=生産量=消費量」として、GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)が富だ!と、もっともまともなことを主張したのが、1776年です。


貿易黒字(財務省:2兆1249億円、内閣府1兆4370億円と違っているのですが…)は、日本のGDPの0.5%にも満たない数値です。
「貿易黒字」だとか、「経常黒字」だとか、「赤字転落を避けよ」「海外資産を増やし続けろ」なんて、会社の利益にたとえると、0.5%だけに目を向け、それを時間を使って延々と主張する人がいたら、『異様』です。確かに「間違いではないのですが、本質は違うでしょう」ということです。
日経という、日本を代表する?経済紙の主張が、『異様』だということが分かると思います。
次回は、「経常黒字≡資本赤字」のメカニズムについてです。
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