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食料自給率という神話

<なぜ日本の農業保護はなくならないか>

 国際教養大学(秋田)の宮尾先生が、「経済教育ネットワーク」http://www.econ-edu.net/のオープン討論室で、『なぜ日本の農業保護はなくならないか』という論点のコメントを寄せています。
             
 …私が先週(11月25日)、国際教養大学の「グローバル経済」の授業で、日本の農業政策と自由貿易協定についてのアンケートをとったのですが、その結果は以下のように興味深いもので、それが日本の中学高校での社会科の授業内容に関係しているのではないかと思われたからです。

アンケート結果の要旨:
24人(13人の日本人学生と11人の留学生)の学生に対して、「日本が自由貿易協定を結んで農業市場を開放すべき」か、「あくまで農業を保護して自由貿易協定に参加すべきでない」かという二者択一のアンケートを取ったところ、結果は:
自由貿易支持:11人(日本人3人、留学生8人)
農業保護支持:13人(日本人10人、留学生3人)
となりました。

…さらに…
「上の質問に対する答えにかかわらず、日本の農業は少子高齢化の影響などで農作物の需給両面で衰退していかざるをえないので、それをいったいどうしたらいいか、次の5つの中から自分の考え方に一番近いものを選びなさい」
以下がその5つの答えと学生たちの選択結果です。
1)特に対策は不要で、市場が農業の運命を決めればよい。
――1人(日本人0人、留学生1人)
2)農業から製造業などへの労働の移動を促進する策が必要。
――3人(日本人1人、留学生2人)
3)競争力のある輸出可能な農業だけを支援すべき
――5人(日本人2人、留学生3人)
4)必要最小限の農業を保護して維持していくべき
――6人(日本人3人、留学生3人)
5)日本の農業一般を再生させるためにもっと保護すべき
――9人(日本人7人、留学生2人)

 以上の答えは、私にとっては意外な結果でした。なぜなら、このアンケートを取る前の数時間にわたって、クラスの授業でFTA、EPA、さらに最近のTPP参加への動き…などを詳しく説明したにもかかわらず、この結果だったからです。

…国際教養大学ではすべて授業は英語で行われ、日本人学生は1年間の海外留学が義務付けられており、私のクラスでも日本人学生の半数近くはすでに1年間の海外留学を経験している日本の学生の中ではもっとも「国際的」で「開かれた」考え方をもっているはずにもかかわらずです。

…そこで一つ考えられることは、日本の学生たちが中学や高校レベルですでに農業は保護すべきで、自由化は日本の農業に損害を与えるという考え方を学び、そう思い込んでいるので、大学でいくら自由化とともに所得再分配がなされれば、皆に利益を与えるようにできると教えても、そのような議論が理解できないか、理解しようとしないことが原因ではないかと思った次第です。

…いずれにしてもこのような保護主義的な態度が日本の若者の間で支配的であれば、日本の農業保護政策は時間がたってもなかなかなくならないのではないかと危惧するものです。


 先生は、「中学や高校レベルですでに農業は保護すべきで、自由化は日本の農業に損害を与えるという考え方を学び、そう思い込んでいるので…理解しようとしないことが原因ではないか」と述べられているのですが、中高生どころではありません。小学5年生段階で、日本中の小学校で教えられています

「自給率が大事」「輸入に頼っていいのか?」論は、11歳で、日本全国の子供たちに刷り込まれ(インプリンティング)ています。「自給率が大事」は、日本人の「背骨」になっています。

 例えは変ですが、「アメリカは、日本の文化財を守るために京都に原爆を落とさなかった」「南京大虐殺30万人」というのが、絶対的事実になってしまっているかのごときです。

 「自給率」なるものに、全く意味はありません


参考引用文献 浅川芳裕『日本は世界第5位の農業大国』講談社+a新書 2010

 浅川さんは、月刊『農業経営者』副編集長、いわば、農業業界分析のエコノミスト兼スペシャリストです。データやグラフ作成の数字出典は、同書によります。

<小学生の教科書>

教育出版 『小学社会 5上』 平成22年現在使用されているもの

P50~51
 もし、食料を十分に輸入できなくなったら、わたしたちの食事はどうなるでしょうか。

 ○日本の食料生産は、このまま輸入にたよっていてよいのだろうか
 ○自分たちの食生活について、見直してみよう。

…世界全体で見ると、人口の増加などによる食料の不足も予想されていることから、国民の食料を安定して確保する必要があります。
 わたしたちは、食料の自給を考えて、生産を進めていくことが大切ではないかと思いました。

自給率 刷り込み

<自給率のカラクリ 2008年キロカロリー>

浅川芳裕『日本は世界第5位の農業大国』講談社+a新書 2010
カロリーベース 食糧自給率

 自給率なる指標に、まったく意味はありません。

自給率 53%


 この廃棄物量は、日本の全農産物輸入量の35%に相当

農作物 輸入量

 厚労省(05年版『国民健康・栄養調査』)による、「実際の自給量/摂取量」にすると、農水省の2015年度目標の45%を軽く超える、53%になっている。

 さて、実際の摂取カロリーに基準を変更すると、41%でなく、53%です。下記の語群から正しいと思うものを選んでみましょう。

① 41%は低いだが、53%なら及第点だ
② 41%でも、53%でも不安だ
③ 41%でも、53%でも、意味はない

 ②の人もいるでしょう。ですが、自給率には、さらにからくりがあって、もっと上がります

 この自給1012キロカロリーに含まれないもの

①200万戸の農家・兼業農家・家庭菜園の、自家消費分(市場に出さないもの)は含まない

②農作物のうち、2~3割を占める、規格外や、価格下落を防ぐための廃棄物は含まない

 これらを含めると、「実際の自給量/摂取量」は60%を超える

自給率 60%

 はい、実際には、すでに60%を超えます

さて、41%でなく、60%です。記の語群から正しいと思うものを選んでみましょう。

① 41%は低いだが、60%なら及第点だ。
② 41%でも、60%でも不安だ
③ 41%でも、60%でも、意味はない

 本当は、さらにあがります。国産牛・豚・鳥の自給率計算方法を変えればいいのです。

『食料安定供給の盲点』日経H22.9.28 
…09年度で70%あった鶏肉の自給率は、飼料自給率の低さを踏まえ、8%として…計算…。

食料自給率 鶏肉など.jpg

 このグラフをみると、鶏卵など、ほぼ国産ですし、鶏肉も牛乳製品も国産です。ですが、鳥や牛の食べるトウモロコシなどの飼料が輸入なので、自給率で計算すると、国産率は、「激減」します。

 モスバーガーや、ケンタッキー、びっくりドンキーが、「国産肉」をうたっているように、畜産物の自給率は、実際には、カロリーベースで、68%あります。これが農水省にかかると、「17%」になります。全体の%を押し下げています。

 100%海外飼料を使う養豚業者は、たとえ1000頭以上の大規模農家で、何億の売り上げがある業者でも、農水省の計算上「0%」に計算されます。

 野菜は、8割以上が、「純国産」です。ですが、カロリーが少ないため、国産供給カロリー率は3%、実際の摂取カロリー率では、1%にしかなりません。野菜は「自給率」を引き上げないのです。

 野菜や、果物の自給率が高いのは、「付加価値=もうけ」が高いからです。コメや大豆や、トウモロコシ、小麦など、「もうけ」られない作物なんか作りません。もうけが多い、カロリー少ない、野菜や果物(加えれば花卉もそうなのですが)を作ろうとするのは必然です。

 施設園芸(ビニルハウス栽培などの、外部と遮断した専用施設)面積は、
P119
過去四〇年で四一八倍…これにより一年を通じて多彩な野菜、果物、花を入手できるようになった

 のです。しかも、コメなんかより、圧倒的にもうかります


 …施設での売り上げは一〇アール当たり、トマトが約二〇〇万~三〇〇万円、イチゴが約四〇〇万~五〇〇万円、バラが約六〇〇万~七〇〇万円。コメの一〇万と比較すれば…


北海道新聞H23.1.3
…日高管内平取町。トマト農家の香田文雄さん(47)…。…香田農園の売り上げは年間1800万円まできた。


 香田さんは、1999年から、就農した、元は大阪のサラリーマンです。

トマト農家

…農家以外からの新規就農が多いのは、香田さんのような野菜栽培だ。小面積でも利益率が高く、大型機械も不要など、就農時の負担が小さい。

 カロリー自給率から、指標を変えると、自給率はもっと上がります

 <生産額ベース自給率>

 我々は、豊かになると、「コメ」や「麦」・・・要するに主要穀物を食べなくなります。ひたすら「コメ」を食べていた昭和30年代と違い、今は、イチゴ、夕張メロン、マンゴー、有機野菜、高級肉、ふぐ、カニ、アワビ、トロ、ワイン、日本酒、チーズ、バターetc、高級食材を食べます。これらは、国内で生産されています。「青汁」などの健康食品は、右肩上がりです。

 2007年、生産額でみると、国内自給率は、66%になります。国産(10兆37億円)/総供給(15兆941億円)です。1位米国、2位フランスに次いで、世界3位になります。

 カロリー自給率と、高級食材も含めた、生産額自給率、どちらが「農業GDP(GDI)」=付加価値を適切に示すか、自明です。しかも、カロリーであれ、生産額であれ、「自給率」を計算しているのは、世界で「日本」だけです。各国の数値は、「日本」が勝手にはじき出したデータです。

「GDP」統計や「貿易収支」は、各国が必ず集計し、国際基準があります。ですが、1983年以来、27年以上も農水省は、「自給率」を計算しているのに、追随する国は「ゼロ」です。生産額自給率は、1965年以来、45年たっているのに、「ゼロ」です。

 この指標を、「政策」で、「カネ(09年度、3025億円の自給率向上のための総合対策費」を使い、「2015年に45%を目指す」ことになっています。1999年成立の「食糧・農業・農村基本法」で、「食料自給率の…向上」を明記し、2015年に45%を目指すのです。

 実は、1997年にも目標として、「2010年に自給率45%を達成」するはずでした。それができないので、15年に先送りしました。できなかった原因は、農水省によると、

① コメの消費が、増加するはずが、大幅な減少が続いている
② 脂質を含む肉は、減少するはずが、増加傾向にある
③ カロリー供給の脂質割合は28%から低下するはずが、29%に増加した

 からだそうです。

 国家が目標をかかげ、コントロール(実際には、国民の食生活をコントロールは絶対に不可能)することを、『統制経済』と言います。

 自給率は、このように、絶対指標ではなく、要素を変えると数値が変わる「フロート指標」です。そもそも、 「基準」になる適格条件を欠いています。

 そのような基準を用い、さらに、その中でも最も低い数値41%を使用するのはなぜでしょう?

p6
 端的に言うと、窮乏する農家、飢える国民のイメージを演出し続けなければならないほど、農水省の果たすべき仕事がなくなっているからだ。

P7
「自給率政策がなければ、俺たちが食っていけなくなる」-。これは、ある農水省幹部の言葉だが、この言葉がすべてを象徴している。


<減る消費カロリー>

自給率 53%
自給率 60%

この自給1012キロカロリーに含まれないもの
①200万戸の農家・兼業農家・家庭菜園の、自家消費分(市場に出さないもの)は含まない
②農作物のうち、2~3割を占める、規格外や、価格下落を防ぐための廃棄物は含まない

 この、 「実際の摂取量」は、毎年減り続けています。少子高齢化で、高齢者は摂取カロリーが低いからです。

 一方、供給カロリーは高水準です。揚げ油などの廃棄比率の絶対的に高い、油脂類も、供給カロリーに含まれ、2473キロカロリーの15%、371キロカロリーを占めるからです。

浅川芳裕『日本は世界第5位の農業大国』講談社+a新書 p57 グラフ
供給カロリー 摂取カロリー

<自給率否定の英国>

 英国は、「自給率指標」なるものを、公式に否定しています。

P165
…英国は…「自給率向上を国策にすべきではない」理由を真正面から論証…「農業生産による食料自給率の変動を中心に、食料安全保障を議論することは、不均衡であり、根拠薄弱で、取るに足らず、見当違いで、判断を見誤らせる」という結論だ。

 P168
自給率という指標は外部に大きく依存しており、それ自体で自己完結できない…。…それを何パーセント上げようという向上目標は成立し得ない…。…英国は産業革命以来、食料自給を目標に掲げたことも、達成したこともなく、これからもすることがないだろう。…多様性が安全保障を強化するのである。


 次回は、食糧安全保障についてです。

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