岩本康志 東大 「経済教室」日経H21.6.1 その3
シノドス ジャーナル( SYNODOS JOURNAL )
http://synodos.livedoor.biz/
に、『人口減少デフレ論の問題点 菅原晃』が連載中(2010.10.8~)です。
合わせてご覧ください。
<流動性のわな その3>
岩本康志 東大 「経済教室」日経H21.6.1
…中央銀行は金利を操作することで経済の安定化を図っている。しかし名目金利がゼロに近づき…金利の操作という伝統的な金融政策の手段が失われたとき,つぎに打つ手は何か。
…金利が非常に低くなり、それ以上の貨幣供給が景気刺激効果を持たない状態は「流動性の罠(わな)」と呼ばれる。…世界的な経済危機によって、流動性の罠は日本だけに生じた特殊な問題ではなく、どの国でも直面するかもしれない問題であることが明らかになった。
いきなり、「流動性の罠」と言われても、チンプンカンプンだと思います。経済学ではおなじみの用語ですが、知らない人にとっては、とても難しい話です。
ケインズが示した概念です。しかもケインズがその著書「雇用・利子および貨幣の一般理論」でちょこっとだけ触れた部分です。彼の思想のおまけみたいな部分注)です。
注)分量的にはおまけですが、理論的には、核心部分と言っても過言ではありません。
J・M・ケインズ 『雇用・利子及び貨幣の一般理論』塩野谷祐一訳 東洋経済新報社1988 p204
…利子率がある水準にまで低下した後ではほとんどすべての人が極めて低い率のしか産まない債権を保有するよりも現金の方を選好するという意味において、流動性選好が事実上絶対的となる可能性がある。…しかしこの極限的な場合は将来実際に重要になるかもしれないが、私は現在までのところその例を知らない。
こんな現象が、60年後の現在、実際に起こっていると考えられているのですから、不思議なことです。
(2)とっても難しい説明 その2
中谷巌『入門マクロ経済学 第5版』日本評論社 2007 p143
いままでの議論の上では~貨幣需要(資産需要)は利子率が上昇すれば減少し、利子率が下落すれば増加するとされていました。しかし、利子率に対する需要の弾力性(利子率が1%上昇した場合に、貨幣需要が何%減少するかを示す割合)が無限に大きくなった場合「流動性のわな(liquidity trap)」が存在するといいます。流動性のわなは、利子率が十分低く、すべての人が現在の利子率は下限に達している(したがって債券価格は天井を打っている)と確信している場合に発生します。このとき人々は誰も債券を新たに買おうとしないため(買っても決して値上がりしないし、下手をするとキャピタル・ロスをこうむってしまうため)、たとえ実質マネーサプライが増加したとしても、利子率はそれ以上下がらなくなります。
中谷巌『入門マクロ経済学 第5版』日本評論社 2007 p143

難しいですね。このグラフの裏には、「IS-LMモデル」という理論が存在します。
まず、「IS-LMモデル」について、学んでゆきましょう。
ケインズの「有効需要」の原理を、ヒックスという経済学者(ノーベル経済学賞受賞)が簡潔に示したものです。もちろん、「IS-LM分析」で、すべての経済政策を説明できるわけではありませんが、政策の全体像を見るには適した理論です。

IS-LM曲線は、国民所得Y(=GDP)と、利子率を示します。
①IS曲線は、財市場(モノ・サービス=いわゆる商品)を均衡(バランス)させるような利子率と国民所得の組み合わせです。ISのIはInvestment、投資です。SはSaving、貯蓄です。「投資-貯蓄曲線」です。財(モノ・サービス)市場を示します。
②LM曲線は、貨幣市場(金融市場)の均衡(バランス)を維持する利子率と国民所得の組み合わせです。LはLiquidity Preference、貨幣への選び方の好み(流動性選好)です。MはMoney Supply、貨幣の供給量です。貨幣市場のL(需要)M(供給)を示します。
<IS曲線>
GDPの三面等価において、総需要Yは、C+I+G+(EX-IM) で示されました。「家計が主体の消費C」・「企業が主体の投資I」・「政府(による投資と消費)G」・「純輸出(EX-IM)」です。

2008年の日本のYは505兆円、それを構成するCは291兆円、Iは119兆円、Gは93兆円、(EX-IM)は735億円です。
日本のGDP=Yは、消費Cが増えるか、投資Iが増えるか、政府Gが増えるか、純輸出(EX-IM)が増えれば、増加することがわかります。投資Iが増えれば、Yは増えるのです。
投資Iは、利子率r(金利)の影響を受けると考えられています。企業は、投資を行うための資金の多くを、銀行からの融資、社債の発行・株式の発行で調達しています。利子率r(金利)が上がれば、資金を集めるコストが増え、投資は減少すると考えられます。

今、ある企業が、いろいろな投資事業を計画しているとします。①事業は年に9%の収益があるとします。②事業は8%、③事業は7%の収益が予想されます。資金をつぎ込めばつぎ込むほど(①事業→⑤事業)、投資の効率は低下します。企業にとって一番良い事業は、少ないコストで、最大の利益を生む事業です。
銀行から借り入れをする時の利子率が6%の場合、企業は①事業・②事業・③事業を行います。④・⑤事業は、6%の金利出で資金を借り入れて投資しても赤字になるので、投資はしません。
利子率が3%になった場合、④事業は収益が見込まれますので、投資するでしょう。このように、投資Iは、利子率rの影響を受けます。

供給量Y = 需要量C+I(r)+G+(EX-IM)

Iが増大すると、Yが増大します。Iは利子率rに依存します。
Yが増大すると、C消費もS貯蓄も増えます。(Y→Y(1))貯蓄Sが増えた分だけ、Iも増えないと、左辺と右辺が均衡しません。
Y(1)>C+I(r)+G+(EX-IM)

投資Iが増えるためには、利子率rが低下しなければなりません。Iが増加(I→I(1))し、左辺と右辺が均衡します。
Y(1)=C+I(1)(r)+G+(EX-IM)

このように、利子率rが下がると、投資Iが増え、Yが増加します。このときの均衡GDP=Yと、利子率rとの関係を示す曲線をIS曲線といい右下がりで描かれます。
IS曲線は、財市場(モノ・サービス=いわゆる商品)を均衡(バランス)させるような利子率rと国民所得Yの組み合わせを示しています。

<IS-LM曲線>
以上(前回)のIS曲線・LM曲線を同一グラフに重ねてみます。IS曲線は,財市場(モノ・サービス=いわゆる商品),LM曲線は,貨幣市場の均衡を示しました。両曲線の交点は,財市場と貨幣市場の両方を均衡(バランス)させるYとrの組み合わせです。

次回は、このグラフを使って、金融政策(マネー供給を増やし、利子率を下げる)について検証します。
http://synodos.livedoor.biz/
に、『人口減少デフレ論の問題点 菅原晃』が連載中(2010.10.8~)です。
合わせてご覧ください。
<流動性のわな その3>
岩本康志 東大 「経済教室」日経H21.6.1
…中央銀行は金利を操作することで経済の安定化を図っている。しかし名目金利がゼロに近づき…金利の操作という伝統的な金融政策の手段が失われたとき,つぎに打つ手は何か。
…金利が非常に低くなり、それ以上の貨幣供給が景気刺激効果を持たない状態は「流動性の罠(わな)」と呼ばれる。…世界的な経済危機によって、流動性の罠は日本だけに生じた特殊な問題ではなく、どの国でも直面するかもしれない問題であることが明らかになった。
いきなり、「流動性の罠」と言われても、チンプンカンプンだと思います。経済学ではおなじみの用語ですが、知らない人にとっては、とても難しい話です。
ケインズが示した概念です。しかもケインズがその著書「雇用・利子および貨幣の一般理論」でちょこっとだけ触れた部分です。彼の思想のおまけみたいな部分注)です。
注)分量的にはおまけですが、理論的には、核心部分と言っても過言ではありません。
J・M・ケインズ 『雇用・利子及び貨幣の一般理論』塩野谷祐一訳 東洋経済新報社1988 p204
…利子率がある水準にまで低下した後ではほとんどすべての人が極めて低い率のしか産まない債権を保有するよりも現金の方を選好するという意味において、流動性選好が事実上絶対的となる可能性がある。…しかしこの極限的な場合は将来実際に重要になるかもしれないが、私は現在までのところその例を知らない。
こんな現象が、60年後の現在、実際に起こっていると考えられているのですから、不思議なことです。
(2)とっても難しい説明 その2
中谷巌『入門マクロ経済学 第5版』日本評論社 2007 p143
いままでの議論の上では~貨幣需要(資産需要)は利子率が上昇すれば減少し、利子率が下落すれば増加するとされていました。しかし、利子率に対する需要の弾力性(利子率が1%上昇した場合に、貨幣需要が何%減少するかを示す割合)が無限に大きくなった場合「流動性のわな(liquidity trap)」が存在するといいます。流動性のわなは、利子率が十分低く、すべての人が現在の利子率は下限に達している(したがって債券価格は天井を打っている)と確信している場合に発生します。このとき人々は誰も債券を新たに買おうとしないため(買っても決して値上がりしないし、下手をするとキャピタル・ロスをこうむってしまうため)、たとえ実質マネーサプライが増加したとしても、利子率はそれ以上下がらなくなります。
中谷巌『入門マクロ経済学 第5版』日本評論社 2007 p143

難しいですね。このグラフの裏には、「IS-LMモデル」という理論が存在します。
まず、「IS-LMモデル」について、学んでゆきましょう。
ケインズの「有効需要」の原理を、ヒックスという経済学者(ノーベル経済学賞受賞)が簡潔に示したものです。もちろん、「IS-LM分析」で、すべての経済政策を説明できるわけではありませんが、政策の全体像を見るには適した理論です。

IS-LM曲線は、国民所得Y(=GDP)と、利子率を示します。
①IS曲線は、財市場(モノ・サービス=いわゆる商品)を均衡(バランス)させるような利子率と国民所得の組み合わせです。ISのIはInvestment、投資です。SはSaving、貯蓄です。「投資-貯蓄曲線」です。財(モノ・サービス)市場を示します。
②LM曲線は、貨幣市場(金融市場)の均衡(バランス)を維持する利子率と国民所得の組み合わせです。LはLiquidity Preference、貨幣への選び方の好み(流動性選好)です。MはMoney Supply、貨幣の供給量です。貨幣市場のL(需要)M(供給)を示します。
<IS曲線>
GDPの三面等価において、総需要Yは、C+I+G+(EX-IM) で示されました。「家計が主体の消費C」・「企業が主体の投資I」・「政府(による投資と消費)G」・「純輸出(EX-IM)」です。

2008年の日本のYは505兆円、それを構成するCは291兆円、Iは119兆円、Gは93兆円、(EX-IM)は735億円です。
日本のGDP=Yは、消費Cが増えるか、投資Iが増えるか、政府Gが増えるか、純輸出(EX-IM)が増えれば、増加することがわかります。投資Iが増えれば、Yは増えるのです。
投資Iは、利子率r(金利)の影響を受けると考えられています。企業は、投資を行うための資金の多くを、銀行からの融資、社債の発行・株式の発行で調達しています。利子率r(金利)が上がれば、資金を集めるコストが増え、投資は減少すると考えられます。

今、ある企業が、いろいろな投資事業を計画しているとします。①事業は年に9%の収益があるとします。②事業は8%、③事業は7%の収益が予想されます。資金をつぎ込めばつぎ込むほど(①事業→⑤事業)、投資の効率は低下します。企業にとって一番良い事業は、少ないコストで、最大の利益を生む事業です。
銀行から借り入れをする時の利子率が6%の場合、企業は①事業・②事業・③事業を行います。④・⑤事業は、6%の金利出で資金を借り入れて投資しても赤字になるので、投資はしません。
利子率が3%になった場合、④事業は収益が見込まれますので、投資するでしょう。このように、投資Iは、利子率rの影響を受けます。

供給量Y = 需要量C+I(r)+G+(EX-IM)

Iが増大すると、Yが増大します。Iは利子率rに依存します。
Yが増大すると、C消費もS貯蓄も増えます。(Y→Y(1))貯蓄Sが増えた分だけ、Iも増えないと、左辺と右辺が均衡しません。
Y(1)>C+I(r)+G+(EX-IM)

投資Iが増えるためには、利子率rが低下しなければなりません。Iが増加(I→I(1))し、左辺と右辺が均衡します。
Y(1)=C+I(1)(r)+G+(EX-IM)

このように、利子率rが下がると、投資Iが増え、Yが増加します。このときの均衡GDP=Yと、利子率rとの関係を示す曲線をIS曲線といい右下がりで描かれます。
IS曲線は、財市場(モノ・サービス=いわゆる商品)を均衡(バランス)させるような利子率rと国民所得Yの組み合わせを示しています。

<IS-LM曲線>
以上(前回)のIS曲線・LM曲線を同一グラフに重ねてみます。IS曲線は,財市場(モノ・サービス=いわゆる商品),LM曲線は,貨幣市場の均衡を示しました。両曲線の交点は,財市場と貨幣市場の両方を均衡(バランス)させるYとrの組み合わせです。

次回は、このグラフを使って、金融政策(マネー供給を増やし、利子率を下げる)について検証します。
スポンサーサイト
theme : マクロ経済学 ミクロ経済学
genre : 政治・経済