大竹文雄 阪大教授 『経済教室:消費税と所得税 どう違う』日経H22.9.6
大竹文雄 阪大教授 『経済教室:消費税と所得税 どう違う』日経H22.9.6数字は筆者挿入
…消費税には「低所得者の方が税負担が重くなるという逆進性がある」との批判が根強い。…①一方、消費税の逆進性については、最近の経済学ではかなり懐疑的な意見が多い。消費税に関する②食料品への軽減税率や非課税も、研究者の間では有効性が低いとされる。
同記事では、『マーリーズ報告』2010年(英)にもとづいて解説しています。その論理にもとづき、数値をやさしくして解説します。
『マーリーズ報告』2010年(英) クロフォード・オックスフォード准教授、キーンIMF次長、スミスUCLA教授によるもの
<①消費税の逆進性の否定>
A:所得税(所得の一定割合に課税:日本の住民税は一律10%の定率)
B:消費税(所得がなくても支払う)
実は、AとBは同じなのです。税負担としては全く同じで、消費額も変わりません。
A:定率所得税とは
所得の20%の定率所得税だとすると、

所得に比例して、税額も上がります。公平のようです。では、この定率所得税と、消費税を課した場合を検討します。
100、400万円の所得の人に、A:20%の定率所得税と、B:25%の消費税がかかる場合です。所得をすべて消費すると仮定します。
<定率所得税20%・消費税25%場合>

このように、同所得において、結果は同じになります。さらに、異なる所得においても、同じです。
消費税25%だとすると、

所得に比例して、税額も上がります。
このように、定率所得税も、消費税も、全く同じ結果になります。信じられませんか?
『アクセス現代社会2009』帝国書院 H21.2.25 p128
消費税は、商品・サービスに対して一律に同じ税率が適用されるという公平さがある。しかし、所得が低い人であっても食品などの生活の基礎的商品の購入にあたって消費税を負担しなければならず、所得が低い人ほど相対的に負担が重くなるという逆進性がある。そのためイギリスでは、消費税率は17.5%と高いものの、食品、住居の建築、交通費など生活必需品には課税しない措置をとっている。
『資料 政・経2010』東学 2010.1.20 p288

「低所得者の方が税負担が重くなるという逆進性がある」というのは、次のことを示します。
…消費性向(所得に対する消費の比率)が、低所得者ほど高いことがよく知られているからだろう。貧しい人は貯蓄の余裕がなく、所得をすべて消費するので、所得に対する消費税負担が高くなり、豊かな人は所得の中で消費に回す分は少ないので所得に対する消費税の負担率は低くなる。

このように、消費税負担率は、一見低所得者の方が高くなります。ですが、これは、ある年1年(いわゆる、一時期:短期)のみを見ているだけの分析です。
実は、「生涯を通じれば、消費税と定率所得税とは同じ」なのです。

高所得者

低所得者は、80歳まで、毎年200万円を消費します。消費税は、10万×60年で、600万円です。
高所得者は、60歳まで毎年100万円を貯蓄し、残り400万円を消費します。貯蓄額は、100万円×40年=4000万円です。その間の消費税は、20万×40年で、800万円です。また、60歳を過ぎて年金生活に入ります。年金は200万円、貯蓄の4000万を取り崩します。毎年200万ずつ取り崩し、60歳から80歳までの消費額を400万円とします。その間の消費税は、20万×20年=400万円です。現役時代の消費税800万円+引退後400万=1200万円です。
生涯を考えると、消費税額の負担は、低所得者・高所得者ともに5%になるのです。
「高所得者は、引退後、現役世代と同じ消費はしないはずだ。消費額は少なくなるはずだ」と考えても同じです。

相続人がいなければ、遺産1000万円は、国庫収入になります。
相続人がいても、遺産1000万円は、消費税5%がかかります。結局、この高額所得者が得た生涯賃金分の消費税率は、5%になるのです。不思議ですが、実証されています。
…この点は、最近の日本での実証研究でも確認されている。生涯所得の大きさ別に消費税の負担率を分析した大阪大学の小原美紀准教授と筆者との共同研究では、生涯所得に対する消費税の負担率には逆進性がほとんど確認されなかった。
<②食料品への軽減税率や非課税>
北海道租税推進協議会『わたしたちの生活と税』H21年p19

『アクセス現代社会2009』帝国書院 H21.2.25 p128
イギリスでは、消費税率は17.5%と高いものの、食品、住居の建築、交通費など生活必需品には課税しない措置をとっている。
北海道租税推進協議会『わたしたちの生活と税』H21年p19

生活必需品への軽減税率は、ヨーロッパのほとんどの国で導入されています。例えば、食品に対する支出の比率は、低所得者ほど高いと考えられるからです(エンゲル係数)。
ですが、実際は、「食料品の支出額は高所得者の方が大きく、軽減税率の恩恵が高所得者にも及ぶ」のです。低所得者がカップめんを買って一食を済ませるのに対し、高所得者はラーメン店で食べる回数が多いのです。高所得者の方が一食あたり高い食材を購入し、また、外食回数も多いのです。
…マーリーズ報告の主張も日本のデータで確認されている。八塩氏(筆者注:京都産業大学の八塩裕之准教授)らの研究によれば、消費税率を一律10%引き上げた場合と、食料品は軽減税率の5%で他の財を12%にした場合を比べると…所得階層を10等分した時に最も所得が低い層の消費税負担は年間5千円減り、最高所得階層で1.9万円しか増えなかった。
…結局、食料品への軽減税率は、分配面でも、効率性の面でも優れているとはいいがたい。英国は既に軽減税率を採用しているが、同報告はその問題点を指摘しているのだ。
軽減税率採用時のメリットと、デメリットの両方が考慮される必要があります。
参考引用文献:国枝繁樹 一橋大 『低所得者への配慮視野に』日経H22.3.11

英国の裁判例
(1)チョコで包まれた菓子のジャファケーキは 「税率0のケーキ」か、「チョコでくるんだビスケット」か
(2)スナック菓子の「プリングル(イモの使用は50%未満)」は「標準税率のポテトチップスか否か」
…煩雑で不確実性の高い税制は事業者に過大な負担を課す恐れが多い。
英国の場合、上記のような裁判に、時間とコストがかかってしまいました。
だから、前述のクロフォード准教授らは、「所得再配分手段(筆者注:生活保護や年金、税額控除や手当など)が他に存在する以上、軽減税率やゼロ税率の必要は少なく、税率を一本化すべき」と主張します。
井堀利弘 東大 『先送りは将来に思いツケ』日経H22.3.8
…消費税は…弱者をいじめる冷たい税だと批判する人もいる。だが再分配政策を財政調達面だけで評価するのは無理がある。…広く薄い課税で、はじめて再分配への財源をきちんと確保できる。消費税は一律税率とし、弱者への再分配は給付でしっかり行うのが望ましい。
低所得者には、軽減税率よりも、「手当てや税額控除といった直接的手法」の方が、再分配効果は大きいのです。
大竹教授は、「消費税の逆進性を議論することは生産的ではなく、所得に比例してかけられる税である」として政策を考える必要があり、「学術成果の活用なくして、税制改革論議は深まらない」と結論づけています。
<追記>
マンキュー著『経済学Ⅰミクロ編』東洋経済新報社2004 p337
所得の増加につれてどれくらい急激に税が増えるかという点は、制度によって異なる。第1の制度はすべての納税書が所得の一定割合を支払うために比例税といわれる。第2の制度は、高所得の納税者が高額の税金を支払うが、所得に占める割合が小さくなるために逆進税といわれる。第3の制度は高所得の納税者ほど所得の大きな割合を支払うために累進税といわれる。
消費税は「逆進税」とはいえないというのが、本稿の結論になります。ただし、累進税がいいか、比例税がいいかは、価値判断なので、経済学では答えられません。政治判断になります。
前掲書 同
この三つの制度のなかで、最も公平なものはどれだろうか。明らかな答えはなく、経済理論はそれを見つけるのには役に立たない。美しさと同様、衡平はそれを見る人の目によるのである。
…消費税には「低所得者の方が税負担が重くなるという逆進性がある」との批判が根強い。…①一方、消費税の逆進性については、最近の経済学ではかなり懐疑的な意見が多い。消費税に関する②食料品への軽減税率や非課税も、研究者の間では有効性が低いとされる。
同記事では、『マーリーズ報告』2010年(英)にもとづいて解説しています。その論理にもとづき、数値をやさしくして解説します。
『マーリーズ報告』2010年(英) クロフォード・オックスフォード准教授、キーンIMF次長、スミスUCLA教授によるもの
<①消費税の逆進性の否定>
A:所得税(所得の一定割合に課税:日本の住民税は一律10%の定率)
B:消費税(所得がなくても支払う)
実は、AとBは同じなのです。税負担としては全く同じで、消費額も変わりません。
A:定率所得税とは
所得の20%の定率所得税だとすると、

所得に比例して、税額も上がります。公平のようです。では、この定率所得税と、消費税を課した場合を検討します。
100、400万円の所得の人に、A:20%の定率所得税と、B:25%の消費税がかかる場合です。所得をすべて消費すると仮定します。
<定率所得税20%・消費税25%場合>

このように、同所得において、結果は同じになります。さらに、異なる所得においても、同じです。
消費税25%だとすると、

所得に比例して、税額も上がります。
このように、定率所得税も、消費税も、全く同じ結果になります。信じられませんか?
『アクセス現代社会2009』帝国書院 H21.2.25 p128
消費税は、商品・サービスに対して一律に同じ税率が適用されるという公平さがある。しかし、所得が低い人であっても食品などの生活の基礎的商品の購入にあたって消費税を負担しなければならず、所得が低い人ほど相対的に負担が重くなるという逆進性がある。そのためイギリスでは、消費税率は17.5%と高いものの、食品、住居の建築、交通費など生活必需品には課税しない措置をとっている。
『資料 政・経2010』東学 2010.1.20 p288

「低所得者の方が税負担が重くなるという逆進性がある」というのは、次のことを示します。
…消費性向(所得に対する消費の比率)が、低所得者ほど高いことがよく知られているからだろう。貧しい人は貯蓄の余裕がなく、所得をすべて消費するので、所得に対する消費税負担が高くなり、豊かな人は所得の中で消費に回す分は少ないので所得に対する消費税の負担率は低くなる。

このように、消費税負担率は、一見低所得者の方が高くなります。ですが、これは、ある年1年(いわゆる、一時期:短期)のみを見ているだけの分析です。
実は、「生涯を通じれば、消費税と定率所得税とは同じ」なのです。

高所得者

低所得者は、80歳まで、毎年200万円を消費します。消費税は、10万×60年で、600万円です。
高所得者は、60歳まで毎年100万円を貯蓄し、残り400万円を消費します。貯蓄額は、100万円×40年=4000万円です。その間の消費税は、20万×40年で、800万円です。また、60歳を過ぎて年金生活に入ります。年金は200万円、貯蓄の4000万を取り崩します。毎年200万ずつ取り崩し、60歳から80歳までの消費額を400万円とします。その間の消費税は、20万×20年=400万円です。現役時代の消費税800万円+引退後400万=1200万円です。
生涯を考えると、消費税額の負担は、低所得者・高所得者ともに5%になるのです。
「高所得者は、引退後、現役世代と同じ消費はしないはずだ。消費額は少なくなるはずだ」と考えても同じです。

相続人がいなければ、遺産1000万円は、国庫収入になります。
相続人がいても、遺産1000万円は、消費税5%がかかります。結局、この高額所得者が得た生涯賃金分の消費税率は、5%になるのです。不思議ですが、実証されています。
…この点は、最近の日本での実証研究でも確認されている。生涯所得の大きさ別に消費税の負担率を分析した大阪大学の小原美紀准教授と筆者との共同研究では、生涯所得に対する消費税の負担率には逆進性がほとんど確認されなかった。
<②食料品への軽減税率や非課税>
北海道租税推進協議会『わたしたちの生活と税』H21年p19

『アクセス現代社会2009』帝国書院 H21.2.25 p128
イギリスでは、消費税率は17.5%と高いものの、食品、住居の建築、交通費など生活必需品には課税しない措置をとっている。
北海道租税推進協議会『わたしたちの生活と税』H21年p19

生活必需品への軽減税率は、ヨーロッパのほとんどの国で導入されています。例えば、食品に対する支出の比率は、低所得者ほど高いと考えられるからです(エンゲル係数)。
ですが、実際は、「食料品の支出額は高所得者の方が大きく、軽減税率の恩恵が高所得者にも及ぶ」のです。低所得者がカップめんを買って一食を済ませるのに対し、高所得者はラーメン店で食べる回数が多いのです。高所得者の方が一食あたり高い食材を購入し、また、外食回数も多いのです。
…マーリーズ報告の主張も日本のデータで確認されている。八塩氏(筆者注:京都産業大学の八塩裕之准教授)らの研究によれば、消費税率を一律10%引き上げた場合と、食料品は軽減税率の5%で他の財を12%にした場合を比べると…所得階層を10等分した時に最も所得が低い層の消費税負担は年間5千円減り、最高所得階層で1.9万円しか増えなかった。
…結局、食料品への軽減税率は、分配面でも、効率性の面でも優れているとはいいがたい。英国は既に軽減税率を採用しているが、同報告はその問題点を指摘しているのだ。
軽減税率採用時のメリットと、デメリットの両方が考慮される必要があります。
参考引用文献:国枝繁樹 一橋大 『低所得者への配慮視野に』日経H22.3.11

英国の裁判例
(1)チョコで包まれた菓子のジャファケーキは 「税率0のケーキ」か、「チョコでくるんだビスケット」か
(2)スナック菓子の「プリングル(イモの使用は50%未満)」は「標準税率のポテトチップスか否か」
…煩雑で不確実性の高い税制は事業者に過大な負担を課す恐れが多い。
英国の場合、上記のような裁判に、時間とコストがかかってしまいました。
だから、前述のクロフォード准教授らは、「所得再配分手段(筆者注:生活保護や年金、税額控除や手当など)が他に存在する以上、軽減税率やゼロ税率の必要は少なく、税率を一本化すべき」と主張します。
井堀利弘 東大 『先送りは将来に思いツケ』日経H22.3.8
…消費税は…弱者をいじめる冷たい税だと批判する人もいる。だが再分配政策を財政調達面だけで評価するのは無理がある。…広く薄い課税で、はじめて再分配への財源をきちんと確保できる。消費税は一律税率とし、弱者への再分配は給付でしっかり行うのが望ましい。
低所得者には、軽減税率よりも、「手当てや税額控除といった直接的手法」の方が、再分配効果は大きいのです。
大竹教授は、「消費税の逆進性を議論することは生産的ではなく、所得に比例してかけられる税である」として政策を考える必要があり、「学術成果の活用なくして、税制改革論議は深まらない」と結論づけています。
<追記>
マンキュー著『経済学Ⅰミクロ編』東洋経済新報社2004 p337
所得の増加につれてどれくらい急激に税が増えるかという点は、制度によって異なる。第1の制度はすべての納税書が所得の一定割合を支払うために比例税といわれる。第2の制度は、高所得の納税者が高額の税金を支払うが、所得に占める割合が小さくなるために逆進税といわれる。第3の制度は高所得の納税者ほど所得の大きな割合を支払うために累進税といわれる。
消費税は「逆進税」とはいえないというのが、本稿の結論になります。ただし、累進税がいいか、比例税がいいかは、価値判断なので、経済学では答えられません。政治判断になります。
前掲書 同
この三つの制度のなかで、最も公平なものはどれだろうか。明らかな答えはなく、経済理論はそれを見つけるのには役に立たない。美しさと同様、衡平はそれを見る人の目によるのである。
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