藻谷浩介その15  『デフレの正体』角川oneテーマ21

藻谷浩介『デフレの正体』角川oneテーマ21

 前回、2010-08-08 カテゴリ:藻谷浩介『デフレの正体』日本政策投資銀行において、マネーストック(旧マネー・サプライ)について、検証しました。今回は、マネーストックとインフレ・デフレについて、検証します。

マネタリーベース・マネーストック.jpg

注)マネタリーベースは,流通現金+日銀当座預金。日銀は,この合計額を直接コントロールでき,マネーストックに影響を及ぼす。
 マネーストックM3は,一般法人,個人,公共団体(除く国/金融機関)が保有する通貨量。「信用創造(準備預金以外の貸し出し)」によって,マネタリーベースの何倍もの通貨量が創造される。


 さて、このように、貨幣は膨張するのですが、このマネーストックと、インフレの関係を見てみましょう。

<インフレと、マネーストック(旧マネーサプライ)の問題>

 注)2008年より、マネーサプライは、マネーストックと名称が変更になった。

 マネー・サプライの状況です。

中谷巌『入門マクロ経済学 第5版』日本評論社2007 p193
マネーサプライ伸び率.jpg


(1)狂乱物価 1973~

 この時代のインフレは、狂乱物価(きょうらんぶっか)と言われました。1974年の消費者物価指数は、対前年比、23%上昇したのです。

 契機になったのは、1973年10月6日に勃発した第四次中東戦争に端を発した第一次オイルショックです。
OPEC、OAPEC という石油輸出諸国が、石油の卸値を30%、(最終的には石油価格は4倍)に引き上げたのです。

グラフ出典 引用・参考資料 ウィキペディア 『オイルショック』

 このインフレに対し、日銀は、金融引き締めをします。「インフレーション抑制のために公定歩合の引き上げが行われ、企業の設備投資などを抑制する政策がとられた。結果1974年(昭和49年)は-1.2%という戦後初めてのマイナス成長を経験し、高度経済成長がここに終焉を迎えた。」ということになりました。

オイルショック 公定歩合.jpg

 公定歩合とは、現在の「短期コールレート」に対応する、日銀の市中金融機関への貸し出しレートでした。この金利を高めれば、市中への貨幣の流通は少なくなり、結果として景気過熱(インフレーション)を抑え込むことになります。そのかわり、急速に縮小した貨幣経済により、GNP(当時)は前年比マイナス1.2%と大変な落ち込みになりました。

以下参考文献 岩田規久男『日本銀行は信用できるか』講談社2009 p68~79

 この狂乱物価に対する、日銀の当時の分析は、「金融機関が貸し出ししすぎたから」で、日銀の責任はないとするものでした。これに対し、小宮隆太郎(東大教授)が、「ばか言うな、日銀が、金融機関に貸し出したからだろう」と猛烈に反発しました。

 今風にいえば、「マネタリーベースを大きくして、マネー・ストック」を増やしたのは、日銀の責任だろう」というものです。当然、経済学的には、小宮先生が正しいのですが、日銀は頑として認めません。今も昔もおそらくこれからもです。…同書では、日銀は「官僚機構…つまり東大法学部だから」としています。閑話休題

 マネタリー・ベース(M1)と、マネー・サプライ(M2)の伸び率です。同書p70

狂乱物価 マネーサプライ.jpg

 前年比20%超の増です。こうなると、貨幣量だけがジャブジャブ市場にあふれることになるので、「インフレ」になるのは当たり前です。

 で、なぜ、こんなに、マネタリー・ベース(M1)と、マネー・サプライ(M2)が伸びてしまったのでしょうか。それは、当時の1ドル=360円、308円の固定相場制にあるのです。

 ブレトン・ウッズ、スミソニアン体制下(1ドル=360円、1ドル=308円の固定相場制)、日本や西ドイツは、大変なインフレ状態になってしまいました。日本の場合、1973年には「狂乱物価」とも呼ばれました。「固定相場制」を維持しようとすると、「貿易黒字」国は、インフレ状態になってしまうのです。

 貿易黒字の持続的な拡大→マルクや円はマルク高・円高に(日本・西独には、円とマルクでの支払になるため、ドルを売って、円・マルクを求める動きが活発化→円高・マルク高に)

 ところが、ブレトン・ウッズ、スミソニアン体制下、日本と西独は、固定相場を維持しなければなりません。日本の場合、1ドル=360(308)円の上下1%以内に固定するというものです。

 円が、360円の1%(356.3円)を上回って円高になったとします。これを防止するために、中央銀行(日銀)は、円売り・ドル買いを実施します(西独の場合マルク売り・ドル買い)。その結果、両国のマネーサプライ(貨幣量)が増大します。高度成長期(完全雇用状態に近い)にマネーサプライ(貨幣量)が増加すると、モノ・サービスの生産量<貨幣量となり、インフレになってしまうのです。

参考文献 岩田規久男『国際金融入門』岩波新書2009 p208~

 日本は、1973年の2月14日から、変動相場制に移行するのですが、2月1日~9日の間に、日銀は、11~12億ドルのドル買い介入をしました。これは、当時の東京市場での9割を占める額です。
 ヨーロッパでも1973年3月2日には、固定相場制をやめるのですが、西独の中央銀行は3月1日午前中だけで、20億ドル、1日で25~27億ドルのドル買い介入をしました。未だかつてない、そして将来もないと言われた介入額です。

 これらの為替介入の結果、両国は「自国の貨幣供給量が管理不可能なほど増大する(同書p208」結果になってしまったのです。 「狂乱物価」です。

 また、これらの現象を、経済学では、非対称性問題(N-1問題)といいます。Nは各国、1はアメリカです。

 アメリカが拡張的なケインズ政策採用するとします。金融緩和です。マネーサプライ増(ドル増)です。ドル供給が増えると、ドルが安くなります。固定相場制なので、各国中央銀行はドル買いをします。日本はドル買い・円売りです。円のマネーサプライ(供給量)は増えます。結果、モノ・サービスの生産量<貨幣量となり、インフレになってしまうのです。

 ということは、(N-1)国は、「アメリカと同じインフレ率を維持しなければならない」ということになります。実際に、アメリカ国内のインフレは、世界的に波及したのです。

 ただし、アメリカのケインズ政策採用=アメリカのみならず、世界経済全体の拡張政策となりました。
 
 ところが、オイルショックにより、世界は「国民総生産減」になります。不況です。不況下でも、インフレ(物価高)です。不況下のインフレ=スタグフレーションを迎えたのです。

(2)バブル経済期 1986~

プラザ合意による円高→円高による輸出不振→それに対応するための、金融緩和です。

 1985年プラザ合意とは、「ドル高是正のための、各国中央銀行の協調介入」のことです。アメリカのドルは、すべての外貨に対し、暴落しました。円が、$=240円から、2年で$125円になりました。

プラザ合意 円高.jpg

 この急激(本当に急激です)な円高で、輸出企業は壊滅すると恐れられました。日銀は、輸出不振による経済成長下落を防ぐため、段階的に公定歩合を引き下げます。

これにより、マネタリー・ベース(M1)と、マネー・サプライ(M2)はまた拡大します。
 
前掲図
マネーサプライ伸び率.jpg

 これは、グラフにすると、若干増にしか見えませんが、%なので、前年比、10%以上、13%(1987年)も、「カネ」量が増えていることになります。

(2)部分です。ですが、GDPデフレーター(物価上昇率)は、(1)当時に比べて、上昇していませんね。おカネは、実物資産ではなく、ストック(土地・株)に回ったのです。『バブル経済』です。

 ストック(土地は国富=ストック、株は英語でストックといいます)にカネがジャブジャブ回りました。実物経済ではないので、単に「株価や地価が上がったから、将来も上がる」という投機行動にもとづくものです。

 この、株売買(キャピタルゲイン=売買益)、土地売買というのは、架空のもうけのことです。安く買って、高く売れば、その人にとっては「もうけ」ですが、社会全体でみると、「買った人」からお金が回っているだけです。カネがぐるぐる回っているだけで、「架空」に過ぎません。「将来株(土地)は上がるだろう」という人と、「株(土地)は下がるだろう」という人の間での賭けなので、「投機」なのです。

 貨幣供給量が増えても、「ストック」に回れば、「物価が上昇する」ことはないことがわかります。

「架空取引」なので、あっという間にしぼんでしまいました。

(3)世界大恐慌も、マネーサプライによるもの

 この金融政策(マネーサプライ増減)の大失敗例として、世界大恐慌(一応、1929年の株暴落が始まりとされるもの)があります。

 参考・引用文献、グラフ 岩田規久男『日本銀行は信用できるか』講談社2009 p148~

とうほう『政治・経済資料2010』P179 
大恐慌 GDP.jpg

 1932年のGNPは、1929年からマイナス30%、33年は33%と落ち込みました。

 32年に、4人に一人が失業という状態です。デフレは8%に達しました。

 このような大不況の原因について、「需要不足」によるものか、「貨幣不足」によるものか、激しい論争が繰り広げられましたが、現在では、決着がついています。「貨幣不足」によるものです。

 大恐慌は1929年ではなく、それ以前の、金本位制に復帰して以降というのが、経済学による理解です。金本位制は、限られた量の金が、通貨発行のアンカーになるので、通貨供給量が不足するのです。株価下落は、その結果なのです。

岩田規久男『日本銀行は信用できるか』講談社2009 p149
 現在では、経済学界の通説は、貨幣現象説を支持している。
 
参考:ニューズ・ウイーク 2009.11.4 p64
 
 フリードマンは、1929年以降の大恐慌についても、ケインジアンの考える「有効需要の不足」ではなく、FRB(アメリカの中央銀行に相当)が通貨供給を絞ってしまい、銀行が連鎖倒産したことを証明しました。
 この教訓はリーマン・ショック以降の、金融システムの維持に生かされ、FRBは、大量のマネー・サプライ(通貨供給量)を準備しました。バーナンキFRB議長の、恐慌に関する研究では「フリードマンは正しい」とされています。

<デフレの原因>

 さて、(1)(2)(3)から、マネーストック(マネーサプライ)が、インフレ・デフレに影響していることがわかりました。(1)では、インフレの原因は、マネーサプライだということがわかります。たとえ、(2)のように、膨張した通貨量が、実物経済に回らなくとも、資産(株・土地)インフレを起こすことが分かります。(3)では、恐慌が、大恐慌になったのは、通貨供給量の問題だったことが分かります。

注)2006年までの、日本の量的緩和が、デフレ解消に結びつかなかったのは、「徹底していない&期間が短い」からです。ブログ2010-08-03記事参照。  

藻谷浩介『デフレの正体』角川oneテーマ21
P268
「経済を動かしているのは…現役世代の数の増減だ」。この本の要旨を一言でいえばそうなりましょう。…「生産年齢人口の減少と高齢者の激増」という日本の現実…。

P99
 所得はあっても消費しない高齢者が首都圏で激増P102
 …高齢者だった。彼らは特に買いたいモノ、買わなければならないモノがない

P135
 「昔ほど車を買わない、そもそも以前ほどモノを買わない、最近余り本や雑誌を読まない、モノを送らなくなったし車にも乗っていない、近頃あまり肉や脂を食べないし酒量も減った、水も昔ほど使っていない」ということです。これは正に退職後の高齢者世帯の消費行動そのものではありませんか。

P142
「生産年齢人口の波」の減少局面に突入した日本。定年退職者の増加→就業者数の減少によって内需は構造的な縮小を始めました。


 これが、藻谷氏の主張する「デフレの正体」です。モノに対する「需要不足」という、経済学ではすでに、否定された論拠の上に立っていることが分かります。

 でも、彼が主張する「高齢者はモノを買わない」も事実は違います。高齢者こそ、「車」を買っているのです。

日経2010.8.7 
2009 自動車保有率.jpg

 日本全体で、マイカー保有率(世帯当たり)は、2004年に比べ、2009年時点で2.2%減りました。ですが、高齢者は逆に車の保有を増やしています。特に地方では、「交通手段として必須」だからです。

 彼の論理、デフレが「需要不足」なら、インフレは「需要超過」です。狂乱物価は「狂乱的な生産年齢人口増」となりますが、そんな事実はありません

 「世界恐慌」下のデフレは、「生産年齢人口」が余っているのに起こりました。


<追記2:高齢者市場>

 実は、日本の消費市場に占める高齢者(世帯主が60歳以上で2人以上世帯)の割合は、09年ですでに4割に達しています。高齢者は消費の主役なのです。

平成22年度 『経済財政白書』の分析です。高齢者が、消費を押し上げていることが示されています。

 高齢者が押上げに寄与する個人消費

高齢者 消費.jpg


 第一に、60歳以上の高齢者世帯による個人消費の押上げ寄与は非常に大きい。すなわち、2003年以降、おおむね一貫して60歳以上世帯が個人消費にプラスの寄与をしており、かつ、個人消費に対するプラス寄与のほとんどはこの世代による。例外はリーマンショック後の急激な消費の落ち込みのときだが、そのときもマイナス寄与は小さかった。2009年後半以降の個人消費の持ち直しも高齢者がけん引している。


 消費の主役は、高齢者です。

・・・第二に、世帯数の推移を見ると、予想されるように、60歳以上の世帯数のみが一貫して増加しており、他の年齢層の世帯は減少している。すなわち、60歳以上の世帯数が持続的に増加していることが、その分だけ同年齢層の消費を押し上げ続け、これが個人消費の変動における寄与の大きさにつながったといえるだろう。

 第三に、ここでの年齢別の3区分によれば、35~59歳の世帯の一世帯当たり消費が一か月約35万円と最も高いが、60歳以上の世帯がこれに次ぎ、34歳以下の世帯が最も低い。したがって、若年世帯が減少し、高齢者世帯が増加するだけで、平均的な世帯当たり消費はむしろ増加する。


 この高齢者市場は、今後も拡大の一途です。

 参考・引用文献 長沢光太郎『豊かな加齢支える産業 世界に先駆け育成を』日経H22.8.6 グラフも

2010年現在、日本の75歳以上人口は1400万人である。これが20年後の2030年には2300万人へと900万人の増加が予想されている。


 三菱総合研究所の調べによると、高齢者がもっとも困っている健康上の問題は、「腰・肩・ひざの痛み」「視力」で、これらにはそれぞれ18万円、13万円支出しても良いと考えています。潜在需要は8兆円となるそうです。
 そうすると、健康支援サービスや、機能補完器具、ロボットなどの商品が、今後確実に売れてゆくことになります。

 さらに、部屋や浴室の段差、階段などの高低差の解消に5.8兆円の潜在需要があります。また、高齢者の「スポーツ観戦・観劇・美術鑑賞」などの余暇活動も、年間7.2兆円消費され、プラス潜在需要は4兆円とされています。他にも衣料品2.4兆円など、高齢者市場は、年率3%で成長し、2020年には100兆円を超えることが予想されるのです。

 これらの市場は、今まで「存在しなかった市場」です。「新商品・新サービス」が次々とでてくることが予想されます。

 なぜ、これらの市場を拡大することが有望かというと、これが、日本の武器になるからです。日本の高齢者の絶対数は、確実に増加するのですが、実は、中国やインドの高齢者絶対数増加は、日本の比ではありません。まさに、「爆発的に増加」するのです。

アジア65歳以上人口.jpg

 そうすると、日本で先行開発された「健康支援サービスや、機能補完器具、ロボットなどの商品」は、アジア市場を席巻できることになります。


<追記>

質問をいただきました。1929年(?)の世界大恐慌の原因についてです。

岩田規久男『日本銀行は信用できるか』講談社2009 p149
大恐慌 貨幣減少.jpg

(1)金融引き締め
 ↓
(2)1929年株価暴落
 ↓
(3)さらなる金融引き締め
 ↓
(4)1930年代の大恐慌

という流れになります。

1929年以前に、株価急騰のために、金融引き締めを行っていたのです。


同書p150
「FRBは一九二七年後半から金融引き締めを開始したが、それは当時の株価急騰を抑えようとしたからであった。度重なる利上げは二九年秋の株価大暴落をもたらし、以後、アメリカ経済は烈しい資産デフレとデフレに陥り、不況に転落した。アメリカが不況に転落しても、FRBは貨幣の減少を放置する政策を採った。この金融政策が、単なる不況で済んだはずのアメリカ経済を大不況に陥らせた原因であった」
となります。
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comment

Secret

No title

うーん、フリードマンの名前が出て来るととたんに身構えてしまいますね。
今回の世界恐慌とマネーサプライの関係について、フリードマンの説明は間違っていたと菊池英博先生は説明しますが、この点について菊池先生への批判は何かありますか?

No title

 今回の『100年に一度?』の恐慌の原因は、サブ・プライムローンの崩壊と、リーマン・ブラザーズを破綻させたことによるものです。

(1)アメリカITバブルの崩壊→金融緩和→実物経済・特にストック   経済に波及

(2)サブプライム・ローンの破綻による、金融硬直
 (2010-08-08 藻谷浩介『デフレの正体』参照)

(3)リーマン・ブラザーズ破綻による、(2)の増幅

(4)世界恐慌の再来か?

(5)世界各国の、金融緩和(利率引き下げ・量的緩和)

(6)現在

 という流れです。

 菊池英博先生がどのように説明しているのかは、わかりませんが、ITバブル崩壊による金融緩和が、住宅などのストックおよびアメリカの過剰消費という実物経済に回りました。

 それが、「サブプライム・ローン」の不良債権化により、金融資産のバブル崩壊→金融システムの目詰まりを引き起こしました。

 金融機関に対する自己資本増強に、公的資本が投入されたのは、金融システムの目詰まりを防ごうとしたからです。

 1929年(?)の世界恐慌は、フリードマンの説明が定説です。金融引き締め→1929年です。そして、1929年→金融引き締め状態継続→1930年代(GNP低下)という流れです。

 今回のバブル崩壊とは、本質的に違います。
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