藻谷浩介 その4 『デフレの正体』角川oneテーマ21

藻谷浩介 その4 『デフレの正体』角川oneテーマ21

 この本は、平成22年7月4日『読売新聞』書評欄に、公認会計士の山田真哉氏によって「統計から真実を読み取れ」と題して、紹介されました。同欄では、「統計を読みとることで様々な思い込みを排除することに成功している」とされていたので、読んでみました。

 結論ですが、著者が「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」と述べている通りです。

 経済学的バックボーンがないと、全体像が歪んでしまいます

 経済学と、同書で述べられるような経済現象は全く別物です。前者は、後者がなぜ生じるか(メカニズム)を述べます。経済現象だけに目を奪われると、本質をつかむことができません

以下、解説します。

間違い部分は赤で示します。

<貿易は競争ではない>

P38
…実際には中国以下、アジアの擡頭(たいとう)で、日本の国際競争力は年々脅かされているのでは?
P39
厳しい国際競争にさらされているこの国なのに…。
P46
「日本の経済規模は10年以上も停滞しているではないか」…。…これらは国際競争に負けた結果ではありません。


企業と企業は、競争をしていますが、国と国は貿易において、競争の主体ではありません。個人と個人も、貿易(交換)で競争しているわけではありません

<貿易(交換)は、相互に利益>
貿易(交換)の原理

 貿易を通じて、「国と国が競争をしている」とか、「競争力」とか、「先進国に有利」とか、「中進国に有利」とか、一見すごくわかりやすいのですが、これらはすべてありえません貿易(交換)は相互にWIN-WINであり、しかも「輸出」ではなく「輸入」が目的です。この原理原則を外すと、「国際競争」なるものの正体不明の亡霊に一直線です。

貿易(交換)がなければ、われわれは、衣食住すべてを自給自足しなければなりません国民一人一人が、服を作り、米を作り、家を建てるのと、国民それぞれが、「服」作り、「農家」「大工」に特化し、得意分野を生産するのとでは、どちらが、我々の利益を増やすでしょうか。答えは後者です。

 我々は、「塾の先生」「銀行員」「パン屋」「ガソリンスタンド店員」「農家」「衣料品店」etcという仕事に特化しています。それぞれ、20万円という給料をもらったとします。
 「塾の先生」は、20万円という「サービス」を生産したことになります。「農家」は米という「モノ」20万円を生産したことになります。

 その後、我々は、この中から、電気、ガス、水道代、アパート代、食費、ガソリン代etcを購入します。自分が20万円分生産し、20万円分購入(貯蓄は別に考えましょう)するのです。これが貿易(交換)です。「自給自足<交換(貿易)」ということがすぐにわかることと思います。

 1日の労働時間が8時間として、その労働を、電気、ガス、水道、住居、食費、ガソリン、すべてそれらに振り分け、自給自足したら・・やろうと思えば可能ですが、非効率です。

 アルバイトでも同じです。一番自分にとって都合がよい(時給が高い、労働時間が適切、内容が自分に合っているetc)バイトに特化し、そこで1万円を生産し、その1万円で消費します。体は2つないので、どれか一つのバイトに特化します。

塾の先生2
 これが、 「塾の先生」と、「そのほかの労働者」間の貿易(交換)なのです。つまり、我々の日常生活そのものが、貿易です。

 貿易は、輸出(生産)ではなく、輸入(消費)が目的

<貿易(交換)の原理>

 タイガー・ウッズという有名なゴルフ選手がいます。ゴルフが上手なだけではなくて,おそらく芝刈りも上手で,2時間もあれば,庭をきれいにするでしょう。ただし,同じ2時間でナイキのコマーシャル撮影に出れば,1万ドルかせぐことができます。一方,となりには,フォレスト・ガンプという男の子が住んでいます。彼は芝刈りに4時間かかります。ウッズは,芝刈りをガンプにまかせ,アルバイト代を払い,その間ナイキのコマーシャルに出た方が,利益は巨大です。(この例は,マンキュー著『経済学』参照

 もっと身近な例で考えてみます。お母さんは,アイロンがけも,洗濯物たたみも,9歳の娘よりは早いです。9歳の娘はアイロンがけも洗濯物たたみも,お母さんより圧倒的に遅いのですが,どちらかというと,洗濯物たたみの方が早くできます。
 生産性(早く終わらす)を考えたら,お母さんがアイロンがけに特化し,娘が洗濯物をたたんだ方が,お母さんも娘もアイロンがけをし,洗濯物をたたむよりも,早く終わります。さらに,アイロンがけをすべてした後,お母さんも洗濯物たたみに加わると,もっと早く終わります。

 「比較生産費」「比較優位」論というのは,このような「効率追求」のことで,我々が,いつもやっていること
です。

 ウッズも、母親も、何をやっても上手なので、絶対優位(先進国)です。ガンプや女の子は何をやっても劣りますので、絶対劣位(後進国)です。でも、お互いに協力することによって、みんなが利益を得ています

 ガンプや女の子は、貿易(交換)によって、利益を得られないのなら、生活ができない(給料をもらえない)ことになります。

 先進国のウッズもお母さんも、例えば女の子が10人いる国(中国)に雇用を奪われるということはないことがわかると思います。これは「比較優位」の問題です。先進国がその雇用を後進国に奪われることはありません。後進国が雇用を独占することはありません

 各国の労働生産性の絶対的な違いは,貿易利益とは関係ないのです。ということは,ものすごく効率の悪い国が商品を作っても,貿易すれば,利益が上がるということです。本当でしょうか。
 信じられないくらい,効率の悪い=むだな仕事をしている国を想定してみましょう。

15リカード表.jpg

 この場合,イギリスの労働生産性の低さは致命的です。「どうしてこの国は,こんなに生産性が低いのでしょう!」誰もが怒りだしそうです。しかし,これでも,イギリスには「利益がもたらされる」のです。では,特化してみましょう。
リカード表16.jpg

 これをグラフにしてみます。
3435リカード図.jpg

 どうでしょうか。三角形が大きくなっています。生産量はそれぞれ三角形①・②で示した部分です。それに加え,③・④部分の面積が大きくなっています。生産量<消費量が成立しています。消費の無差別曲線も右上にシフトしています(U1<U3,U2<U4)

 労働生産性が極端に低いイギリスでも,貿易の利益を得ることができるのです。

自由貿易によって,全ての国が利益を得ることができる」のが,「リカード・モデル」なのです。「絶対優位」ではありませんでしたね。

<輸出増=輸入増>

 輸出の裏には,必ず輸入があり,輸入の裏には必ず輸出があるのです。ということは,「輸出を伸ばし,輸入を抑える」のは,理論上,不可能になります。

 輸出拡大には,生産量拡大が必要です。生産量拡大には,労働力が必要です。労働力はどこから持ってきますか?それは,比較劣位産業からしか持ってこられません。「比較優位な産業に特化しなければ,輸出は成り立たない」=「輸入をしなければならない」ということなのです。
輸出増=輸入増
 
輸出と,輸入がセットということは,輸出拡大と,輸入拡大もセットということです。

図50 浜島書店 資料集『最新図説 政経』2006 p309
浜島書店 資料集『最新図説 政経』2006 p309無題.jpg
棒グラフの左側は輸出,右側は輸入

 日本の貿易額は,年を追って拡大してきました。その際,「輸出の拡大と輸入の拡大」はセットになっていることがわかりますか?「輸出を拡大する=特化する」ということは,「比較劣位産業を縮小しなければばらない=輸入を拡大する」ことなのです。日本は,繊維製品(当初),鉄鋼,造船,家庭電化製品,自動車に特化する一方,繊維製品・石油・鉄鉱石・石炭・農業産品など,劣位産業を縮小し,輸入を拡大してきたのです。

実教出版 資料集『新政治・経済資料』p2008 p259
実教出版 資料集『新政治・経済資料』p2008 p259無題.jpg
 世界の中で比較しても同様です。「一人あたり輸出額の大きい国は,輸入額も大きい,輸出額が小さければ,輸入額も小さい」という相関関係がみてとれると思います。

 貿易の目的は「儲ける」ことではなく,「豊かに消費する」ことなのです。このことについて,ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)は,端的に,次のように述べています。

ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)『良い経済学悪い経済学』日本経済新聞出版社2008  P172

 実業界でとくに一般的で根強い誤解に,同じ業界の企業が競争しているのと同様に,国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでに,リカードがこの誤解を解いている。経済学入門では,貿易とは競争ではなく,相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として,輸出ではなく,輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。


 ですから、
P38
…実際には中国以下、アジアの擡頭(たいとう)で、日本の国際競争力は年々脅かされているのでは?
P39
厳しい国際競争にさらされているこの国なのに…。

 というのは、完璧に誤解なのですが, 誤解のほうが、 「圧倒的にわかりやすい」ので、一般的に流布してしまうのです。誤解された主張が流布するのなら、その罪は大きいと言わざるを得ません。

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>ブログ拝見しました。
経済学は畑違いで、知識はほとんどありませんでしたが、興味深く読ませていただいています。

>それで、教えいただきたいのですが。
「貿易の目的は「儲ける」ことではなく,「豊かに消費する」ことなのです。」
は大変に納得しています。

>ただ、ポール・クルーグマンの「実業界でとくに一般的で根強い誤解に,同じ業界の企業が競争しているのと同様に,国が互いに競争しているという見方がある。経済学入門では,貿易とは競争ではなく,相互に利益をもたらす交換である」 とありますが、確かに1対1の貿易であればそうかと思います。

>たとえば今、インドへの新幹線の輸出で、日本と中国が競争しています。 その意味で、輸出は競争ではないでしょうか。 輸出の相手国との取引だけでみれば、クルーグマンの通りでしょうが、 輸入国に対して複数の輸出希望国がある場合は競争になるかと思います。
また、その輸出競争で負けが続いていけば、新幹線、車、ハイテク、etc。 日本は輸入のみ増加した状態になるかと思います。 その点を、マクロ経済学はどのように考えているのでしょうか。

ブログをお読みいただき、ありがとうございます。メールが開けなかったので(トラブル?)、こちらに回答します。

新幹線の輸出は、儲けるのは「企業」です。この場合でも「日本国」が儲けているわけではありません。前者がミクロ経済学、後者がマクロ経済学の領域です。

ですから、国と国とで区切った「輸入」は「負け」ではなく、「輸入が増えると貧しくなる」わけではありません。

アメリカと日本の間では、貿易摩擦が80年代以降、頻発しましたが、現在のアメリカの貿易赤字額は、世界の8割を占めます。当時の10倍以上の赤字額です。
ご存じのとおり、アメリカは世界一豊かな国です。貿易赤字でアメリカがなぜ豊かかというと、貿易赤字分、他国が同額でアメリカに投資しているからです。貿易赤字額=他国からその国への投資額のことです。アメリカは世界中からお金を引き付けているのです。

このことに関する予定稿は、10月には目にしていただけると思います。比較優位を、ゼロからわかるように、丁寧に解説した文章です。今までのブログ内説明や、拙著でもご理解いただけなかった部分を、すべて補い、補足したものです。今時点で、自分が説明できる内容の全てを、お伝えできるものになっています。

「交換は、すべての人、会社、地域etcが、豊かに消費することができる」「勝ち負けではない」「相互にWIN-WIN」これを必ず理解していただけるものと確信しています。分量がありますので、もう少しお待ちください。
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