倉西雅子 ブログ:万国時事周覧 『通貨切り下げ競争は許されるのか』
<次回更新は5月6日木曜日です>
倉西雅子 鶴見大学非常勤講師
『通貨切り下げ競争は許されるのか』 ブログ:万国時事周覧 2010-04-27 15:22:51 | 国際経済
数字は筆者
先日、中国政府は、国際的な元安是正圧力をかわすためにか、貿易黒字の減少を示す貿易統計を公表しました(データの正確性は不明)。元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょうが、この論理には、幾つかの問題点があります。
これまでにも、韓国政府の為替介入は問題視されてきましたが、本日も、ウォン高を抑制するために、韓国当局は、ウォン安介入を行った模様です。他のアジア諸国もまた、自国通貨安政策を行っているとする報道もあり、実際に、通貨切り下げ競争は決して杞憂ではありません。この動きが、さらに他の地域にも広がるとしますと、国際通貨制度にとって危険な歪みが生じることになります(実体経済の為替相場との乖離)。
(2)ドルと元の不均衡
自国通貨切り下げ政策を行いますと、その国は、ドルの外貨準備をため込むことになります。中国は、その蓄えたドルで米国債を購入していますが、 ①もう一方の為替市場で売られた元の方は、国際通貨とは言い難い状況にありますので、金融機関や投資家を通して、中国に元建てで投資されている可能性が高くなります。この相互関係により、アメリカの財政赤字は深刻化す一方で、還元された元が、中国国内のバブルの一因となっていることは、大いにあり得ることです。
(3)第三国への不利益
中国や韓国の自国通貨安政策は、自国通貨を変動相場制に委ね、かつ、②輸出志向の産業構造をもつ第三国に不利益を与えます。我が国も、不利益を蒙る国の一つであり、輸出競争において不利な立場に置かれます。通貨安を背景に、輸出を伸ばしている中国や韓国は、他の諸国にハンディを負わせることになるのです。
その他にも、③雇用の流出など、問題点はまだありますし、中国や韓国は、不透明な金融政策を行っていますので、どこに危険が潜んでいるかわかりません。少なくとも、④こうした政策は、長期的に見て持続可能性があるとは思えないのです。
<輸出=国際競争ではない>
②輸出志向の産業構造をもつ第三国に不利益を与えます。我が国も、不利益を蒙る国の一つであり、輸出競争において不利な立場に置かれます。通貨安を背景に、輸出を伸ばしている中国や韓国は、他の諸国にハンディを負わせることになるのです。
③雇用の流出など、問題点はまだあります
中国や、韓国が自国通貨を安くする為替介入を行うと、その国の輸出が伸び、為替操作をしていない他国が損をする
という論です。
別に、為替を操作して、その国の輸出産業に有利なようにしてもかまわないのですが、「輸出を伸ばすこと=輸入を伸ばすこと」なので、その国の「輸入品」と競合する財・サービスを生産していた業者や業界は、倒産・規模縮小になっています。
<輸出増=輸入増>
輸出の裏には,必ず輸入があり,輸入の裏には必ず輸出があるのです。ということは,「輸出を伸ばし,輸入を抑える」のは,理論上,不可能になります。
輸出拡大には,生産量拡大が必要です。生産量拡大には,労働力が必要です。労働力はどこから持ってきますか?それは,比較劣位産業からしか持ってこられません。「比較優位な産業に特化しなければ,輸出は成り立たない」=「輸入をしなければならない」ということなのです。

輸出と,輸入がセットということは,輸出拡大と,輸入拡大もセットということです。
図50 浜島書店 資料集『最新図説 政経』2006 p309

棒グラフの左側は輸出,右側は輸入
日本の貿易額は,年を追って拡大してきました。その際,「輸出の拡大と輸入の拡大」はセットになっていることがわかりますか?「輸出を拡大する=特化する」ということは,「比較劣位産業を縮小しなければばらない=輸入を拡大する」ことなのです。日本は,繊維製品(当初),鉄鋼,造船,家庭電化製品,自動車に特化する一方,繊維製品・石油・鉄鉱石・石炭・農業産品など,劣位産業を縮小し,輸入を拡大してきたのです。
実教出版 資料集『新政治・経済資料』p2008 p259

世界の中で比較しても同様です。「一人あたり輸出額の大きい国は,輸入額も大きい,輸出額が小さければ,輸入額も小さい」という相関関係がみてとれると思います。
ですから、中国が輸出を伸ばすということは、中国の輸入(中国に輸出している国の輸出)が伸びること(その業界は淘汰が進みます)を示します。中国の比較劣位産業縮小=他国の輸出産業隆盛です。

「他の諸国にハンディを負わせることになるのです。」ではなく、「他の諸国にチャンスを与える」ことと同義なのです。

先日、中国政府は、国際的な元安是正圧力をかわすためにか、貿易黒字の減少を示す貿易統計を公表しました(データの正確性は不明)。元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょうが、この論理には、幾つかの問題点があります。
元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょう
輸出増=輸入増は、人為的に起こすわけではなく、必ず生じてしまう「メカニズム」です。中国企業の意図、ましてや中国政府の意図など、入る余地はありません。
「③雇用の流出など、問題点はまだあります」ですが、「中国の輸出が伸びるから、その分、他国の雇用を奪う」というのは、論としては頻繁に述べられているのですが、実証的には「ない」のです。
日経H22.4.20『GDPに占める経常黒字の比率 中国2年連続低下』グラフも
中国…が発表した2009年の国際収支報告…。貿易黒字の大幅な減少が響き…前年を下回った。…モノの貿易の貿易黒字が31%減った…。

貿易の目的は「儲ける」ことではなく,「豊かに消費する」ことなのです。このことについて,ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)は,端的に,次のように述べています。
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)『良い経済学悪い経済学』日本経済新聞出版社2008 P172
実業界でとくに一般的で根強い誤解に,同じ業界の企業が競争しているのと同様に,国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでに,リカードがこの誤解を解いている。経済学入門では,貿易とは競争ではなく,相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として,輸出ではなく,輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。
倉西雅子 鶴見大学非常勤講師
『通貨切り下げ競争は許されるのか』 ブログ:万国時事周覧 2010-04-27 15:22:51 | 国際経済
数字は筆者
先日、中国政府は、国際的な元安是正圧力をかわすためにか、貿易黒字の減少を示す貿易統計を公表しました(データの正確性は不明)。元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょうが、この論理には、幾つかの問題点があります。
これまでにも、韓国政府の為替介入は問題視されてきましたが、本日も、ウォン高を抑制するために、韓国当局は、ウォン安介入を行った模様です。他のアジア諸国もまた、自国通貨安政策を行っているとする報道もあり、実際に、通貨切り下げ競争は決して杞憂ではありません。この動きが、さらに他の地域にも広がるとしますと、国際通貨制度にとって危険な歪みが生じることになります(実体経済の為替相場との乖離)。
(2)ドルと元の不均衡
自国通貨切り下げ政策を行いますと、その国は、ドルの外貨準備をため込むことになります。中国は、その蓄えたドルで米国債を購入していますが、 ①もう一方の為替市場で売られた元の方は、国際通貨とは言い難い状況にありますので、金融機関や投資家を通して、中国に元建てで投資されている可能性が高くなります。この相互関係により、アメリカの財政赤字は深刻化す一方で、還元された元が、中国国内のバブルの一因となっていることは、大いにあり得ることです。
(3)第三国への不利益
中国や韓国の自国通貨安政策は、自国通貨を変動相場制に委ね、かつ、②輸出志向の産業構造をもつ第三国に不利益を与えます。我が国も、不利益を蒙る国の一つであり、輸出競争において不利な立場に置かれます。通貨安を背景に、輸出を伸ばしている中国や韓国は、他の諸国にハンディを負わせることになるのです。
その他にも、③雇用の流出など、問題点はまだありますし、中国や韓国は、不透明な金融政策を行っていますので、どこに危険が潜んでいるかわかりません。少なくとも、④こうした政策は、長期的に見て持続可能性があるとは思えないのです。
<輸出=国際競争ではない>
②輸出志向の産業構造をもつ第三国に不利益を与えます。我が国も、不利益を蒙る国の一つであり、輸出競争において不利な立場に置かれます。通貨安を背景に、輸出を伸ばしている中国や韓国は、他の諸国にハンディを負わせることになるのです。
③雇用の流出など、問題点はまだあります
中国や、韓国が自国通貨を安くする為替介入を行うと、その国の輸出が伸び、為替操作をしていない他国が損をする
という論です。
別に、為替を操作して、その国の輸出産業に有利なようにしてもかまわないのですが、「輸出を伸ばすこと=輸入を伸ばすこと」なので、その国の「輸入品」と競合する財・サービスを生産していた業者や業界は、倒産・規模縮小になっています。
<輸出増=輸入増>
輸出の裏には,必ず輸入があり,輸入の裏には必ず輸出があるのです。ということは,「輸出を伸ばし,輸入を抑える」のは,理論上,不可能になります。
輸出拡大には,生産量拡大が必要です。生産量拡大には,労働力が必要です。労働力はどこから持ってきますか?それは,比較劣位産業からしか持ってこられません。「比較優位な産業に特化しなければ,輸出は成り立たない」=「輸入をしなければならない」ということなのです。

輸出と,輸入がセットということは,輸出拡大と,輸入拡大もセットということです。
図50 浜島書店 資料集『最新図説 政経』2006 p309

棒グラフの左側は輸出,右側は輸入
日本の貿易額は,年を追って拡大してきました。その際,「輸出の拡大と輸入の拡大」はセットになっていることがわかりますか?「輸出を拡大する=特化する」ということは,「比較劣位産業を縮小しなければばらない=輸入を拡大する」ことなのです。日本は,繊維製品(当初),鉄鋼,造船,家庭電化製品,自動車に特化する一方,繊維製品・石油・鉄鉱石・石炭・農業産品など,劣位産業を縮小し,輸入を拡大してきたのです。
実教出版 資料集『新政治・経済資料』p2008 p259

世界の中で比較しても同様です。「一人あたり輸出額の大きい国は,輸入額も大きい,輸出額が小さければ,輸入額も小さい」という相関関係がみてとれると思います。
ですから、中国が輸出を伸ばすということは、中国の輸入(中国に輸出している国の輸出)が伸びること(その業界は淘汰が進みます)を示します。中国の比較劣位産業縮小=他国の輸出産業隆盛です。

「他の諸国にハンディを負わせることになるのです。」ではなく、「他の諸国にチャンスを与える」ことと同義なのです。

先日、中国政府は、国際的な元安是正圧力をかわすためにか、貿易黒字の減少を示す貿易統計を公表しました(データの正確性は不明)。元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょうが、この論理には、幾つかの問題点があります。
元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょう
輸出増=輸入増は、人為的に起こすわけではなく、必ず生じてしまう「メカニズム」です。中国企業の意図、ましてや中国政府の意図など、入る余地はありません。
「③雇用の流出など、問題点はまだあります」ですが、「中国の輸出が伸びるから、その分、他国の雇用を奪う」というのは、論としては頻繁に述べられているのですが、実証的には「ない」のです。
日経H22.4.20『GDPに占める経常黒字の比率 中国2年連続低下』グラフも
中国…が発表した2009年の国際収支報告…。貿易黒字の大幅な減少が響き…前年を下回った。…モノの貿易の貿易黒字が31%減った…。

貿易の目的は「儲ける」ことではなく,「豊かに消費する」ことなのです。このことについて,ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)は,端的に,次のように述べています。
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)『良い経済学悪い経済学』日本経済新聞出版社2008 P172
実業界でとくに一般的で根強い誤解に,同じ業界の企業が競争しているのと同様に,国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでに,リカードがこの誤解を解いている。経済学入門では,貿易とは競争ではなく,相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として,輸出ではなく,輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。
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