倉西雅子 『変動相場制の役割を無視する中国』 ブログ:万国時事周覧
倉西雅子 鶴見大学非常勤講師
『変動相場制の役割を無視する中国』 ブログ:万国時事周覧
中国の元安政策が貿易の不均衡をもたらすとして、アメリカ政府は、中国政府に対して元高容認を求めています。この問題、”米中通貨戦争”としても取り上げられていますが、国際通貨システムの観点から見ますと、国際貿易における変動相場制の役割を中国政府が無視していることも原因していると思うのです。
変動相場制には、貿易の不均衡を自律的に調整するという機能があることは、よく知られています。古くはヒュームが唱えたことに始まりますが、およそ、以下のようなメカニズムとして描くことができます。ある一国の輸出が増大した場合、それに比例して貿易決済に伴う通貨取引も増加しますので、自然に輸出国の通貨の相場は上昇します。加えて、輸出国の経済が発展すれば、海外からの投資も増加するわけですから、これもまた、通貨相場が上昇する要因となります。ある国が、経済成長を遂げれば通貨価値も上昇するのが自然なのです。その一方で、為替相場の上昇は、グローバル市場における価格競争における優位性を失うことを意味しますので、輸出量は減少します。こうして、一国だけが一方的に輸出を増加させることはできなくなり、為替相場の変動を通して、貿易の不均衡は自律的に調整されるのです。
ところが、中国のように、頑として変動相場制を拒否し、事実上の固定相場制を維持するとなりますと、この自律的な調整メカニズムは働かなくなります。現在においては、為替市場の相場が投機的な行為により人為的に変動することもありますが、基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです。しかも、この問題は、通貨のみならず雇用問題も伴いますので、事態はさらに深刻です。中国政府は、貿易相手国の懸念を理解し、自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実を直視すべきと思うのです。
<カネが先、貿易黒字(赤字)は後>
モノ・サービスの実物取引=貿易黒(赤)字を含む経常黒(赤)字など、今日では、為替に影響を与えることなど、全くないと言っても過言ではありません。
円高・ドル安など、為替を変動させる要因は何でしょう。それは、日米の金利差、株価格などの「資本(カネ)」取引に関わる分野なのです。
資本取引額は、貿易取引額の90倍(2007BIS統計)です。図にすると、下記のようになります。

2007年現在,外国為替市場の1日の平均取引額は3.2兆ドル(340兆円)にも上ります。同年の世界貿易額は,1日当たり357億ドルですから,貿易額の約90倍にのぼる資本の取引があることになります。
例えば,東京証券取引所の売買代金は,1か月に40兆円~70兆円です。日本の1年間の国家予算が約82兆円,GDP(国内総生産)は約510兆円です。これらの実体経済をはるかに上回る,資本の取引があるのです。
90年代初頭までは,実体経済が犬の頭,資本経済が犬の尻尾でした。しかしいまや,バーナンキFRB議長が「貿易は犬の尻尾」というほど資本取引が巨額になったのです。
変動相場制には、貿易の不均衡を自律的に調整するという機能があることは、よく知られています。
現在の、資本移動が自由化された経済下、このような古典的機能は、全くありません。
現在においては、為替市場の相場が投機的な行為により人為的に変動することもありますが、基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです
国際間の資金貸借がある限り、貿易不均衡はなくなりませんし、そもそも貿易不均衡は、悪ではありません。
竹森俊平 慶大経済学部教授 『世界的な需要大幅減の背後に奇妙なるグローバルインバランス』週間ダイヤモンド 2009.4.4 (グラフも)
…世界的な問題には…米国を中心とした近年の国際貸借の増加、いわゆる「グローバルインバランス」問題がありました。
…「インバランス」というと、なにか悪いことのように感じられますが、海外から資本を借りている国もあれば、貸している国もあること自体は、国際資本取引の上ではおかしな話ではありません。

お金の貸し借りは、善いとか悪いとかの対象ではありません。ですから、 「貿易不均衡は改善されないのです。」「自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実」という表現が、おかしいのです。
お金の貸し借りは、財(モノ・サービス)の面から見れば、貿易赤(黒)字になるのです。
<中国の対アメリカ黒字>
中国の元安政策が貿易の不均衡をもたらすとして、アメリカ政府は、中国政府に対して元高容認を求めています。この問題、”米中通貨戦争”としても取り上げられていますが、国際通貨システムの観点から見ますと、国際貿易における変動相場制の役割を中国政府が無視していることも原因していると思うのです。
貿易黒字は善、貿易赤字は悪という考え方に染まると、「元安(昔の日本なら円安)=武器」という表現が出てきます。レートと貿易には、短期はともかく、長期的には関係がありません。
『中国 今月は貿易赤字』日経H22.3.23
…中国の輸出入…3月は貿易赤字になる可能性があるとの見通し…。米国は中国に貿易黒字を削減する手段として元相場の切り上げを求めており、中国政府は「元相場と貿易不均衡は無関係」との主張を一段と強める構えだ。…陳商務省は…元相場と貿易不均衡を結びつける米国の主張に根拠はないと批判した。

『中国、6年ぶり貿易赤字』日経H22.4.11
…中国の3月の貿易収支は72億4000万ドル(約6740億円)の赤字だった。
中国政府は、貿易相手国の懸念を理解し、自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実を直視すべきと思うのです。
中国が固定相場制を採用しているのは、中国の勝手です。そのかわり、
①経常収支黒字=②資本収支赤字(資本収支・外貨準備・誤差脱漏)
ですから、為替介入によって、右辺の「外貨準備」を、中国中央銀行が拡大させているのですから、市場には元があふれ、インフレになっています。
『通貨供給量10月末29.4%増』H21.11.12
…中国人民銀行…は11日。10月末の通貨供給量(マネーサプライ)が前年同期比29.4%増だったと発表…。元相場を実勢より低めに維持するための元売り・ドル買い介入などの影響で、マネーサプライの膨張が続いている。
<貿易黒字=資本赤字>
H22.4.8『米中鳴動』日経
…オバマ大統領は3月11日、人民元が割安に押さえられているとの国内の声を受け、「市場に基づいたレートへの移行」を主張。3日後に中国の温家宝首相は「元相場は過小評価ではない」と反論した。
…中国を「為替操作国」と認めれば、米政府は中国への高関税率などの制裁に動く。中国の報復も予想され、険悪化に逆戻りしかねない。
…米国にとって最大のリスクは心臓部である財政に潜む。1月時点で中国の米国債の保有残高は8890億ドルと国別の首位。1466億ドルの香港を合わせれば1兆ドルをゆうに越す。最大の買い手である中国の面目をつぶせば市場は「米国債の入札に不安が増す」と危ぶむ。
…一方、中国政府の高官は匿名を条件に「米国債は売るに売れない」事情を明かす。元相場は1ドル=、8元台半ばにあった2005年に比べ、今は同6.83元前後までほぼ2割切り上がった。ドル建ての資産の目減りを招く元高・ドル安で中国が持つ米国債には「巨額の評価損が発生している」という。米国の急所を押さえても容易に動けない中国は「ドルのわな」にはまった姿に移る。

貿易黒字=資本赤字です。
黒字と赤字は「コインの裏表」勝ったとか、負けたとか、得したとか、損したという話ではありません。
中国は、貿易黒字を出していますが、それは、同額分の外国のカネを増やしていることです。対米黒字=ドル資産増加です。ただドルを持っていても仕方ないので、アメリカ国債などに投資します。
元は、もともと、元高傾向でした。そして、元の相場を維持(元安)するために、中国中央銀行は、大規模なドル買い元売りをしています。
ところが、そのドル資産は、すでに目減りしています。過去の元安時に購入したドル資産はすでに、2割も目減りしているのです。
1ドル=8元の時に買った米国債100万ドル=800万元は、1ドル=6元になると、600万元にしかなりません。元には換金できないのです。
昔1ドル=250円だった時に買った米国債100万ドル=2億5千万円は、1ドル=125円になると、1億25百万円になったのと同じです。(別に、円に還元せず、ドル資産のまま運用すれば、問題はないのですが・・・実際にはそうします)
今後さらに元高になると、表面上ドル資産=元資産はさらに目減りします。
このように、「中国対米貿易黒字=ドル資産増加」のことです。もともと、「貿易黒字は国内に還流しないカネ」なのです。「貿易黒字はもうけ」ではありません。
① 中国の元安による対米貿易黒字=ドル資産増
② 米国のドル高による対中貿易赤字=中国にドル資産を購入してもらうこと
③ 元高=ドル資産目減り
④ ドル安=アメリカ債務減
「貿易黒字を出す中国は、貿易で勝つ」は神話なのです。
『変動相場制の役割を無視する中国』 ブログ:万国時事周覧
中国の元安政策が貿易の不均衡をもたらすとして、アメリカ政府は、中国政府に対して元高容認を求めています。この問題、”米中通貨戦争”としても取り上げられていますが、国際通貨システムの観点から見ますと、国際貿易における変動相場制の役割を中国政府が無視していることも原因していると思うのです。
変動相場制には、貿易の不均衡を自律的に調整するという機能があることは、よく知られています。古くはヒュームが唱えたことに始まりますが、およそ、以下のようなメカニズムとして描くことができます。ある一国の輸出が増大した場合、それに比例して貿易決済に伴う通貨取引も増加しますので、自然に輸出国の通貨の相場は上昇します。加えて、輸出国の経済が発展すれば、海外からの投資も増加するわけですから、これもまた、通貨相場が上昇する要因となります。ある国が、経済成長を遂げれば通貨価値も上昇するのが自然なのです。その一方で、為替相場の上昇は、グローバル市場における価格競争における優位性を失うことを意味しますので、輸出量は減少します。こうして、一国だけが一方的に輸出を増加させることはできなくなり、為替相場の変動を通して、貿易の不均衡は自律的に調整されるのです。
ところが、中国のように、頑として変動相場制を拒否し、事実上の固定相場制を維持するとなりますと、この自律的な調整メカニズムは働かなくなります。現在においては、為替市場の相場が投機的な行為により人為的に変動することもありますが、基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです。しかも、この問題は、通貨のみならず雇用問題も伴いますので、事態はさらに深刻です。中国政府は、貿易相手国の懸念を理解し、自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実を直視すべきと思うのです。
<カネが先、貿易黒字(赤字)は後>
モノ・サービスの実物取引=貿易黒(赤)字を含む経常黒(赤)字など、今日では、為替に影響を与えることなど、全くないと言っても過言ではありません。
円高・ドル安など、為替を変動させる要因は何でしょう。それは、日米の金利差、株価格などの「資本(カネ)」取引に関わる分野なのです。
資本取引額は、貿易取引額の90倍(2007BIS統計)です。図にすると、下記のようになります。

2007年現在,外国為替市場の1日の平均取引額は3.2兆ドル(340兆円)にも上ります。同年の世界貿易額は,1日当たり357億ドルですから,貿易額の約90倍にのぼる資本の取引があることになります。
例えば,東京証券取引所の売買代金は,1か月に40兆円~70兆円です。日本の1年間の国家予算が約82兆円,GDP(国内総生産)は約510兆円です。これらの実体経済をはるかに上回る,資本の取引があるのです。
90年代初頭までは,実体経済が犬の頭,資本経済が犬の尻尾でした。しかしいまや,バーナンキFRB議長が「貿易は犬の尻尾」というほど資本取引が巨額になったのです。
変動相場制には、貿易の不均衡を自律的に調整するという機能があることは、よく知られています。
現在の、資本移動が自由化された経済下、このような古典的機能は、全くありません。
現在においては、為替市場の相場が投機的な行為により人為的に変動することもありますが、基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです
国際間の資金貸借がある限り、貿易不均衡はなくなりませんし、そもそも貿易不均衡は、悪ではありません。
竹森俊平 慶大経済学部教授 『世界的な需要大幅減の背後に奇妙なるグローバルインバランス』週間ダイヤモンド 2009.4.4 (グラフも)
…世界的な問題には…米国を中心とした近年の国際貸借の増加、いわゆる「グローバルインバランス」問題がありました。
…「インバランス」というと、なにか悪いことのように感じられますが、海外から資本を借りている国もあれば、貸している国もあること自体は、国際資本取引の上ではおかしな話ではありません。

お金の貸し借りは、善いとか悪いとかの対象ではありません。ですから、 「貿易不均衡は改善されないのです。」「自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実」という表現が、おかしいのです。
お金の貸し借りは、財(モノ・サービス)の面から見れば、貿易赤(黒)字になるのです。
<中国の対アメリカ黒字>
中国の元安政策が貿易の不均衡をもたらすとして、アメリカ政府は、中国政府に対して元高容認を求めています。この問題、”米中通貨戦争”としても取り上げられていますが、国際通貨システムの観点から見ますと、国際貿易における変動相場制の役割を中国政府が無視していることも原因していると思うのです。
貿易黒字は善、貿易赤字は悪という考え方に染まると、「元安(昔の日本なら円安)=武器」という表現が出てきます。レートと貿易には、短期はともかく、長期的には関係がありません。
『中国 今月は貿易赤字』日経H22.3.23
…中国の輸出入…3月は貿易赤字になる可能性があるとの見通し…。米国は中国に貿易黒字を削減する手段として元相場の切り上げを求めており、中国政府は「元相場と貿易不均衡は無関係」との主張を一段と強める構えだ。…陳商務省は…元相場と貿易不均衡を結びつける米国の主張に根拠はないと批判した。

『中国、6年ぶり貿易赤字』日経H22.4.11
…中国の3月の貿易収支は72億4000万ドル(約6740億円)の赤字だった。
中国政府は、貿易相手国の懸念を理解し、自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実を直視すべきと思うのです。
中国が固定相場制を採用しているのは、中国の勝手です。そのかわり、
①経常収支黒字=②資本収支赤字(資本収支・外貨準備・誤差脱漏)
ですから、為替介入によって、右辺の「外貨準備」を、中国中央銀行が拡大させているのですから、市場には元があふれ、インフレになっています。
『通貨供給量10月末29.4%増』H21.11.12
…中国人民銀行…は11日。10月末の通貨供給量(マネーサプライ)が前年同期比29.4%増だったと発表…。元相場を実勢より低めに維持するための元売り・ドル買い介入などの影響で、マネーサプライの膨張が続いている。
<貿易黒字=資本赤字>
H22.4.8『米中鳴動』日経
…オバマ大統領は3月11日、人民元が割安に押さえられているとの国内の声を受け、「市場に基づいたレートへの移行」を主張。3日後に中国の温家宝首相は「元相場は過小評価ではない」と反論した。
…中国を「為替操作国」と認めれば、米政府は中国への高関税率などの制裁に動く。中国の報復も予想され、険悪化に逆戻りしかねない。
…米国にとって最大のリスクは心臓部である財政に潜む。1月時点で中国の米国債の保有残高は8890億ドルと国別の首位。1466億ドルの香港を合わせれば1兆ドルをゆうに越す。最大の買い手である中国の面目をつぶせば市場は「米国債の入札に不安が増す」と危ぶむ。
…一方、中国政府の高官は匿名を条件に「米国債は売るに売れない」事情を明かす。元相場は1ドル=、8元台半ばにあった2005年に比べ、今は同6.83元前後までほぼ2割切り上がった。ドル建ての資産の目減りを招く元高・ドル安で中国が持つ米国債には「巨額の評価損が発生している」という。米国の急所を押さえても容易に動けない中国は「ドルのわな」にはまった姿に移る。

貿易黒字=資本赤字です。
黒字と赤字は「コインの裏表」勝ったとか、負けたとか、得したとか、損したという話ではありません。
中国は、貿易黒字を出していますが、それは、同額分の外国のカネを増やしていることです。対米黒字=ドル資産増加です。ただドルを持っていても仕方ないので、アメリカ国債などに投資します。
元は、もともと、元高傾向でした。そして、元の相場を維持(元安)するために、中国中央銀行は、大規模なドル買い元売りをしています。
ところが、そのドル資産は、すでに目減りしています。過去の元安時に購入したドル資産はすでに、2割も目減りしているのです。
1ドル=8元の時に買った米国債100万ドル=800万元は、1ドル=6元になると、600万元にしかなりません。元には換金できないのです。
昔1ドル=250円だった時に買った米国債100万ドル=2億5千万円は、1ドル=125円になると、1億25百万円になったのと同じです。(別に、円に還元せず、ドル資産のまま運用すれば、問題はないのですが・・・実際にはそうします)
今後さらに元高になると、表面上ドル資産=元資産はさらに目減りします。
このように、「中国対米貿易黒字=ドル資産増加」のことです。もともと、「貿易黒字は国内に還流しないカネ」なのです。「貿易黒字はもうけ」ではありません。
① 中国の元安による対米貿易黒字=ドル資産増
② 米国のドル高による対中貿易赤字=中国にドル資産を購入してもらうこと
③ 元高=ドル資産目減り
④ ドル安=アメリカ債務減
「貿易黒字を出す中国は、貿易で勝つ」は神話なのです。
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