藤原正彦『管見妄語 器用な文化人:週刊新潮』H21.8.21号

藤原正彦『管見妄語 器用な文化人:週刊新潮』H21.8.21号

…1990年代から、「市場原理を徹底すべし」と主張してきたエコノミストや評論家が大勢いた。何かにつけて規制緩和、官から民へ小さな政府を言い立てていた。…「市場原理を徹底するためには日本の社会や日本人のものの考え方を変えるべし」と恐るべきことを言った有名経済学者もいた。
 これらエコノミストや評論家が盲信した市場原理主義は破綻し、手本としたアメリカは今や市場にまかすどころか、逆方向、すなわち規制強化、大きな政府、民から官へ、と大わらわである。…「悪かったのは市場原理ではなくリスク管理を怠った経営者」とか「不況の最大原因は市場原理主義の破綻というより円高」などと責任転嫁を唱え始めた…。


 さて、この「市場原理主義」という言葉ですが、その定義は何でしょう?経済学を知らない、評論家や、エコノミストはともかく、少なくとも、経済学者で、「市場原理主義」を使う人はいません。そのような主義など、成立しないからです。

(1)小宮隆太郎『経済教室』日経 H20.8.14

…「価格機構と経済政策」…では、「一定の諸条件が満たされた状態の下では、政府が介入や割当制などを行わずに、自由で競争的な『価格』(市場)機構』に『資源配分』を委ねることによって経済の最適状態が実現される」という命題を説明した。
…価格機構による資源の最適配分は「一定の諸条件が満たされたときに」実現される のであり、無条件には成立しない。外部経済・不経済、規模の経済など、いわゆる「市場の失敗」に対しては、独占禁止政策、労働基準法などの労働者保護、公害・環境対策など、様々な政策が必要である。

 この、 「一定の諸条件が満たされた場合」というのが、大切なポイントです。いつでもどこでも「市場原理」がはたらくのではありません。たとえば、市場に独占(寡占)がなく、価格は所与(プライス・テイカー)であり、市場撤退・参加も自由という、「箱庭のような条件」が必要です。現実世界では、「市場原理」は存在しえないと言った方が正解です(似たような現象はありますが)。

 独占禁止法、電力会社・公共交通機関など、巨大な固定費用がかかる事業への許認可制、最低賃金法、出資法による金利制限etc、必ず「規制」が必要です。「公害」という外部不経済に対し、「税金」をかけることも必要です。
 「規制」という「見える手」を導入しないと、市場経済は成り立たない のです。

…ところが今日まで「近代」経済学者…は「自由放任主義」(レッセ・フェール)を説いていると誤解したり、あるいは意図的に曲解して喧伝したりする人が少なくない。
…あるマルクス経済学者の分厚い近著には「新自由主義」という言葉が二十回も登場するが、意味の説明も…(参考文典の指示)も皆無である。…世界で起きる「悪いこと」は、たいていサッチャー元英首相、レーガン元米大統領と、その亜流小泉純一郎元首相の「新自由主義」のせいだという。その片棒を近代経済学者が担いでいるといったたぐいの記述も見かける。
 私にとってもう一つの意味不明の、おまじないのような言葉は、「市場原理主義」である。「市場原理主義」とは、要するにレッセ・フェールのことらしいが、レッセ・フェールが望ましくないことは「近代」経済学者の圧倒的多数が百も承知のことである。
…かつてのデモ行進では…「独占」「国家独占資本主義」という「悪者」がいた。だが昨今、独占資本を悪者にすることははやらない。そこで「新自由主義」や「市場原理」という新しい悪者の「わら人形」が仕立て上げられたのではないか。


(2)根井雅弘『経済学とは何か』中央公論社2008 p86-89
 …ジャーナリズムの世界では、「資本主義」vs「社会主義」の闘いに前者が圧的な勝利を収め、いま や「市場原理主義」の時代が到来したと言わんばかりの論調がしばらく席巻するようになった。…専門的な経済学者やエコノミストであれば、「市場メカニズム」の役割は十分に認めながらも、それが「万能」であると考えていたものはいないといっても言い過ぎではない。だが、ベルリンの壁の崩壊という象徴的な大事件を前に、少なからぬジャーナリストが「市場原理主義」の方向へ傾斜していったのである。


(3)伊藤元重『入門経済学 第2版』日本評論社 2005 p229
…複雑でダイナミックな市場を政府がコントロールするのは無理だから、政府は市場機能を阻害すべきではないという「市場主義」的な考え方があります。市場主義はひょっとしたら筆者の造語(『市場主義』日経ビジネス文庫)かもしれませんが、規制緩和の動きの背後にも市場主義的な考え方があることはわかると思います。


(4)同『市場主義』日経ビジネス文庫 2000 p4-5
…「市場主義は強者の論理である」、「市場化を進めていくことは、日本経済をアメリカの属国にすることにつながる」といった議論は、そうした市場観から出てくるものだ。…本書の目的は、そうした誤った市場観を正すことにある。…市場メカニズムをうまく使いこなすことなくして、21世紀の日本経済の繁栄は考えられない…。…市場主義とは何でも自由化すればよいという単純な自由化論とは違う。…市場メカニズムをうまく利用するためには、強化しなければならない規制や新しく作らなくてはいけないルールもたくさんある。…アジア通貨危機や日本の金融破綻の経験からも明らかだろう。…市場の暴力から…個人をきっちりと守りながら、同時に市場の持っている力を最大限に引き出すことである。

 「出来るだけ市場に任せる」というのは、「計画経済(共産主義)」の反対の立場です。すべて計画によって需要と供給を計画したのが、「計画経済」でしたが、完全に失敗しました。
 国・公共団体は、「予算」がつけば、すべて消化しようとします。私企業は、「効率」的かどうか、最優先にして、「カネ」を使いますが、「国・公共団体」には、そのような観点はないので、「予算」をすべて使い切って「決算」することが目的です。
 「官」から「民」へというのは、出来るだけ「カネ」を効率的に使おう、投資しようということです。全く使わない「一方通行」の歩道専用橋よりも、交通渋滞を解消する道路に投資したほうが、費用対効果は大きくなります(ケインズ流に言えば、乗数効果が大きい)。
 さらに、税金を安くし、民間で使える「カネ」を増やす方が、より「効率的」に投資される可能性があります。
 郵政の「かんぽの宿」は、民間企業を圧迫し、なおかつ非効率な経営を行いました。全国各地に「地方空港」「農業用空港」が造られましたが、すでに運用を廃止している空港さえ出てきています。

だからといって、すべて民間に任せるだけではだめで、「規制」や「保護」が必要なのです。
「自由放任主義」(レッセ・フェール)など、原理的に「成り立たない」のです。
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市場原理主義

私、経済ニュースゼミというブログを書いています。

市場原理主義については、同感です。

それから、見えざる手についても、そうですね。私も、見えざる手に
ついては、マンキューさんのテキストを読んだため、違った意味で理
解していたようです。要するに、国富論を読んだことのある人が、極
めて少ないということですね。

No title

小笠原先生、コメントありがとうございました。
『マクロ経済学がよーくわかる本』2006年版を持っていました。107ページには、付箋を貼り、109ページ以降、蛍光ペンでなぞりながら、読んでいました。大変勉強になっています。
 今後、ブログで、リカード比較生産費説について解説する予定です(長期連載になります)。その後、「乗数効果はあるのかないのか」について、アップする予定です。
 今後ともよろしくお願いいたします。菅原晃

リカード

リカード様には、なんか親しみを感じます。というのは、文章の書き
方が、私と同じような調子だからです。アダムスミスなどとは違い殆
ど歴史的事実などを紹介することはなく、単に抽象的な理屈を追求
する、と。ですから、人によっては、面白くないという人もいるかも
しれませんけど、私は好きです。

リカードといえば、直ぐ比較生産費を思い浮かべますよね。私もそう
でした。しかし、経済学及び課税の原理を読むと、差額地代の考え
方こそ、彼が最も力を入れて主張している考え方のような気がしま
す。

今後もご精進下さい。

では
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