フランスその2 宗教と理性
フランスは、基本的に「カトリック」の国です。ですが、政治と宗教を徹底的に分離しています。その起源は、フランス革命にさかのぼります。
ウイキペディアより
フランスなど - ライシテ。国教を廃止し宗教団体に政治上の権力を行使させないだけではなく、公の場から宗教色を排除することで宗教の領域と政治の領域を立て分ける。
フランスでは革命前の封建社会においてカトリック教会権力と王権が分かちがたく結びついており、民衆の日常生活にも教権は深く介入、浸透していた。このため、革命後の新政府は旧勢力の一翼を担っていたカトリック教会の影響力を政治や社会から排除しようとした。1789年のフランス人権宣言は第10条で信教の自由を謳った。また、1792年9月20日には国民公会が、出生や結婚、死亡などの民事的身分の届け出を教会から自治体に変更し、結婚届けも民事婚にする法案を可決。さらに、西暦の廃止すなわち革命暦の採用、教会資産の国有化、修道会が運営していた寄宿制度(コレージュ)の廃止など革命政府はカトリック教会と対立した。
この混乱を解決したのがナポレオンである。ナポレオンは教会と政界との棲み分けを図り、教皇ピウス7世とコンコルダ(政教条約)を締結した。カトリックは政治に口を出さない代わりに、政治は教会の宗教活動の自由を保障することとした。寄宿制度が復活し、カトリックの教育や社会に対する影響の行使が容認されることとなり、1804年より革命暦も廃止された。その後、第三共和制のもとでは、まず公教育機関の非宗教化がはかられ、1905年には教会と国家の分離に関する法律 (Loi de séparation des Eglises et de l'Etat) が成立、現在のライシテへとつながっていく。
なにしろ、1週間を「7日」にする:「日曜日は安息日(神は、天地を創造した際に、7日目に休まれたという旧約聖書の記述による)」と定めた暦さえ、「理性的ではない」と廃棄します。
フランス革命は、徹底的に「理性・理性・理性」でした。当時の啓蒙思想、カントの哲学など、人間の精神を、知情意(理性・感情・意志=価値としての真・善・美=学問としての哲学(科学)・芸術・道徳)に分けたうちの、理性信仰が絶対的になっていた時代です。
理性万能主義と言っていいでしょう。恐怖政治を敷いたロベスピエールなどは、ルソーを信仰し、「ルソー、ルソー、ルソー!」と書き留めたほど、「啓蒙思想=理性」を信じていました。
だから、規範として、宗教的なものを、徹底的に排除します(世俗的にはカトリック教の力を弱めようという意図もあります)。
フランスの政教分離はライシテ (laïcité) の原則に基づく。ライシテとは非宗教性、世俗性、政教分離等の概念を含んだフランス独自の原則で、国家をはじめとする公共の空間から宗教色を排除することで、私的空間において信仰の自由を保障する。ライシテと政教分離は等しい概念ではないが、ライシテの概念を理解することがフランスの政教分離を理解することにつながるので、しばしば同一のものとして扱われる。
カトリック派と反教権派の対立が激化するなか、1905年「教会と国家の分離に関する法律」(Loi de séparation des Eglises et de l'Etat) が成立。信教の自由の国家による保障と国家の宗教への中立性を明確にし、ライシテは一定完成した形となった。
ライシテが憲法に規定されたのは、1946年の第四共和制憲法である。1958年成立の第五共和国憲法に引き継がれ、現在にいたっている。
で、この「聖教分離」の考え方は、徹底されていて、イスラム教の、女性が顔を覆う慣習も、公の場では、排除します。
フランスで「ブルカ禁止法」施行、違反者には罰金1万8000円
ロイター2011年 04月 11日 14:12 JST
[パリ 11日 ロイター] フランスで11日、イスラム教徒の女性が着用する衣装「ブルカ」や「ニカブ」など、顔のすべてを覆うベールを公共の場で着用することを禁じる法律が施行された。
同様の法律の施行は欧州で初めて。違反者には150ユーロ(約1万8000円)の罰金が科される。
イスラム教徒のある不動産ディーラーは、ベールの着用を希望する女性は引き続き身に着けるべきだと主張。支援者にパリ中心部のノートルダム大聖堂で同日開かれる黙とうに参加するよう呼びかけた。また、罰金の支払い支援も提供するとしている。
フランスに住むイスラム教徒は500万人強と西欧諸国で最も多いが、実際に「ブルカ」や「ニカブ」を着用している女性は2000人に満たないとみられている。
読売H24.6.29

ちなみに、女性が肌を露出してはいけないというのは、イスラムのムハンマドが示した教え(考え方)を、後世の人たちが解釈して、「隠そう」としたものです。特に神からの命令があったわけではありません。
また、それは女性差別ではなく、「女性を男性から守るため」でもあります。厳格なイスラム国家では、女性は「ブルカ」の下は化粧やアクセサリーなどものすごくおしゃれにしていて、女性の集まる部屋(おしゃべり)には、男性は入ることができません。
別に「男尊女卑」ではないのです。
ただし、それは、女性は仕事をしてはいけない、車の免許も取ってはいけない、といった社会進出の禁止や、肌を露出させるスポーツの禁止や、はては、性的快楽まで禁止する性器切除・縫合にまで至ります。これは、人権侵害だと、欧米ではみなされています。
http://japanese.ruvr.ru/2012_07_31/rondon-orinpikku-saujiarabia-juudou/
ロンドン五輪:サウジアラビア柔道女子にイスラム教のスカーフ着用が許可
ロンドン五輪の柔道女子でサウジアラビアのヴォイダン・アリ・セライ・アブドゥルラヒム・シャヘルカニ選手に対し、試合中にイスラム教徒のスカーフを着用することが許可された。アルジャジーラが伝えた。
これより前、国際柔道連盟は安全上の理由かシャヘルカニ選手に対し、試合では髪を覆うスカーフを着用することを禁じていたが、これをうけて同選手はスカーフなしでは出場しないと意思を示した。
サウジのオリンピック委員会の発表では、最終的に30日に国際オリンピック委員会(IOC)と国際柔道連盟は選手に対しスカーフ着用を認める方針を明らかにした。
サウジからは今までオリンピックに女子選手が参加したことはなかった。柔道のハルヘルカニ選手と陸上のサラ・アッタル選手は五輪において史上初のサウジ出身女子選手となる。
サウジアラビアは、ムハンマドが神から啓示を受けた場所で、イスラム教の聖地です。毎年メッカ巡礼で、世界中からイスラム教徒が集まります。
ちなみに、ムハンマドが神からの啓示を受けた言葉をまとめた「コーラン(クルアーン)」には、男性を対象したことのみが記されていて、女性が死後どうなるかについては一切記述はありません。
フランスは、このように、「政教分離」を徹底します。日本だと逆に「人権侵害」になりそうです。
日本の場合、「政教分離」とは、「宗教を信じる自由を侵さない」と理解されています。政治が宗教の場に踏み込んではならないです。ですから、信教の自由(憲法20条)を、あらゆる公的権力は侵してはならないのです。
次の事例は、「信教の自由>学校教育」となったものです。
http://horitumondai.com/280-2/
剣道実技実習拒否事件(最小判平8.3.8)とは?
(事件の概要)
神戸市立工業高等専門学校に入学した学生には,「エホバの証人」の信者が5名いました。剣道の実技科目は,エホバの証人の聖書の思想に反するとして,剣道の履修を拒否しました。そのため,5名の信者は体育の単位を修得できなかった。
原告(元学生)の主張→学校による剣道の履修の強要は,憲法の信教と良心の自由に反する。
結論:違憲である
判旨:
信仰上の理由による剣道実技の履修拒否を、正当な理由のない履修拒否と区別することなく、代替措置が不可能というわけでもないのに、代替措置について何ら検討することもなく・体育科目を不認定とした担当教員らの評価を受けて、原級留置処分をし、さらに、不認定の主たる理由及び全体成績について勘案することなく、二年続けて原級留置となったため進級等規程及び退学内規に従って学則にいう「学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」に当たるとし・退学処分をしたという上告人の措置は、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、その結果、社会観念上 著しく妥当を欠く処分をしたものと評するほかなく、本件各処分は、裁量権の範囲を超える違法なものといわざるを得ない。
フランスの場合は、「宗教を、公の場に持ち込ませない」です。パブリックな場所では、「無宗教」でなければならないというものです。ですから、政治が関与し、公の場(もちろん、学校も)での「脱宗教」を推し進めます。
<フランスの婚姻>
で、原則フランスは「カトリック」の国ですが、政教分離は、個人の人権と宗教の考え方がぶつかる場合でも、前者が優先されるというように、変化しています。
読売H25.2.15

同性愛は、キリスト教ではタブーです。旧約聖書には、人間が同性愛という快楽をむさぼった、ソドムとゴモラの街が、神の怒りに触れ、神によって焼き尽くされたという話があります。「ソドミー」とは同性愛のことを示します。
ですが、「人権」は、別です。人間(哺乳類)には、数%の確率で、必ず同性愛者が存在します(科学的にです)。
同性愛は、「事実」で、宗教は「規範」です。神にどう裁かれようが、それは死後の話で、現実世界では「権利」を認めようという考え方も存在します。
また、キリスト教の神は「愛する神・・・その人のありのままを受け入れる神」でもあります。人間は弱い存在で、間違いも失敗もたくさん犯しますが、それでも神はその人を愛してくれます。
レディー・ガガ「ボーン・ディス・ウェイ」は、そんな人間を、すべての人間を肯定した唄です。
ただし、反対派も多数います。
引用・参考 H25.1.13 日経「結婚はどこへゆく」
きょう13日、パリを中心にフランスでデモがある。…過去20年ほどない大規模なものになるだろう。スローガンは「同性婚反対」である。
昨年誕生した左派政権は11月、男性同士、女性同士の結婚を認める「万人のための結婚」法案を閣議で認めた。その前、夏ごろから宗教、哲学、医学など、あらゆる分野を巻き込む是非論争が続いている。
ほかの国ではどうでしょうか?
オバマ大統領は同性婚支持を表明しています。アメリカでは9州とワシントンで認められていますが、今年3月から連邦最高裁で、「同性婚を認めていない州や連邦の法律が憲法に違反するかどうか」審理しています。
英国では、北アイルランドを除く地域で、同性婚法案を議会に提出する準備が進み、2015年の次の総選挙までに成立を目指します。
2013年2月5日には、同性婚を認める法案が、下院で賛成400、反対175で可決しました。同性パートナーは、相続や年金、保険契約では異性カップルと対等(2005年~)でしたが、結婚も認められそうです。今後法案は貴族院で採決されます。
同性婚を認めているのは、カナダ、オランダ、ベルギー、スペイン、スウェーデン、ポルトガル、デンマーク他があります。
01年に世界初の同性婚を認めたオランダでは、政府は、同性婚カップル+異性の3人、4人の結婚の在り方を検討し始めました。「結婚は2人」も変わるかもしれません。
theme : 政治・経済・時事問題
genre : 政治・経済