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高橋洋一『財務省が隠す650兆円の国民資産』は、ナンセンス

高橋洋一『財務省が隠す650兆円の国民資産』講談社 2011

財務省が隠す650兆円の国民資産財務省が隠す650兆円の国民資産
(2011/10/14)
高橋 洋一

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 主張するのは、「政府には借金も1000兆円あるが、資産も650兆円あるので、債務は問題ではない」という説です。

 この本に、肝心の「資産650兆円」云々で、論理的に、直接数字に触れているのは、約11ページほど(300ページのうち)でした。あとは、天下りとか、霞が関の官僚の話とか、復興債の話です。

 さて、「政府には借金も1000兆円あるが、資産も650兆円あるので、債務は問題ではない」ですが、説得力はゼロです。

 例えば、金融資産と、自衛隊の戦車や国道などの実物資産を、ごっちゃにして述べています。
 また、金融資産についても、中身が分からずに「売れる」とか、(IMFへの出資金が売れるとは何のことでしょう・・・)、「政府のどこが持っているか」が調べていないので、「株は売れる」など、全体像が分かっていないので、11ページしか書けないんだということがわかりました。検証しましょう。

P143
資産647兆円…資産がたっぷりある。
・・・資産のうち、現金・有価証券111兆円、貸付金155兆円、運用預託金121兆円、出資金58兆円と、流動性の高い金融資産が多い。このうち運用預託金は将来の年金のためにとっておくことにしても貸付金や出資金などは、天下り先の特殊法人などを民営化すれば、使える。

P214
固定資産を除く300兆円くらいは容易に売れるはずだ。

P161
 日本政府が抱える約500兆円の金融資産のうち、約300兆円を占める「現金・預金」『有価証券』、特殊法人への「貸付金」「出資金」などは、すぐに国民の手に戻すことができる(図表5の・・・太字で示した部分)。


図表5
政府金融資産・負債

 あとは、JT株2兆円が売れるとか、国立大学の出資金2.3兆円が売れて私大になるとか、小さな話です。

 政府が、まず、資産全て=(金融+実物)資産のシンプルな表を作成し(高橋さんの表と同じ内容)、ことどこく否定しています。

http://www.mof.go.jp/faq/seimu/03.htm
政府BS

 しかしながら、これらの資産の大半は、性質上、直ちに売却して赤字国債・建設国債の返済に充てられるものでなく、政府が保有する資産を売却すれば借金の返済は容易であるというのは誤りです。

 代表的なものをご説明すると、
(1) 年金積立金の運用寄託金(121兆円)は、将来の年金給付のために積み立てられているもので、赤字国債・建設国債の返済のために取り崩すことは困難です。

(2) 道路・堤防等の公共用財産については、例えば国道(63兆円)などや堤防等(67兆円)などとして公共の用に供されているものであり、また、収益を生むわけでもないので、買い手はおらず、売却の対象とはなりません。

(3) 外貨証券(82兆円)や財政融資資金貸付金(139兆円)はFBや財投債という別の借金によって調達した資金を財源とした資産であり、これらの借金の返済に充てられるものであるため、赤字国債・建設国債の返済に充てることはできません。

(※) 財投債:国債の一種で、財政融資資金貸付金の財源として発行され、償還は財政融資資金の貸付回収金などによって賄われるもの。
FB:国庫もしくは特別会計等の一時的な現金不足を補うために、国が発行する短期の資金繰り債。政府短期証券(Financing Bill)の略称。
(4) 出資金(58兆円)は、その大部分が独立行政法人、国立大学法人、国際機関等に対するもので、これらに対する出資は、そもそも市場で売買される対象ではありません。



金融資産
5570兆円 金融資産


<1 実物資産> 

 まず、彼が挙げている政府資産647兆円ですが、これは「実物資産+金融資産」です。

 つまり、実物資産として、国道や、堤防、北海道の原生林、国立公園、霞が関の建物、自衛隊の戦車や艦船・・・これらのものが184兆円分、入っています。

 実物資産を「財務省が隠す650兆円の国民資産!」と、いっしょくたに論じる時点で、「?」です。

P13 
…たしかに日本国の借金は1000兆円に迫ろうとしている。しかしその資産も膨大、なんと650兆円もあるのだ。この数字はアメリカの約150兆円の4倍にもなる計算だ。
…前記650兆円のなかには土地や建物など、すぐには換金できないものが含まれているが…


 「すぐには換金できない」と、要するに、いずれは換金する予定だということが示されています。

P145~「債務はグロスではなくネットで見る」
…2009年度のものを見ると、資産は647兆円、負債は1019兆円で、その差額は372兆円だ。
…債務をバランスシートで包括的に、かつネットで見ると、ネット債務額は、これまで政府が言ってきた数字よりはるかに小さい(筆者注 グロスで、国債700兆円とか、地方も足すと1000兆円とかという数字の事)。私のような見方は、政府の言うグロス(総額)の数字のみを鵜呑みにしてきた人にとって都合悪いのか、国が保有する資産はすぐに売れないので間違っているなどと、ケチをつけられる。


 自衛隊の戦車やミサイル、イージス艦、建物、北海道の閑散とした国道、原生林、河川、国立公園を「資産」だ!と言われても・・・・

 買ってみると、どうなるでしょう。現金化して、国債の返済にあてられます。184兆円分です。
 そうすると、オリックス・レンタリースの提供する自衛隊戦闘機F15イーグルとか、オリエンタルランド(ディズニーランド経営)の運営する国立公園、三井不動産が提供する首相官邸などになります。

日経H25.2.20
 秋田県北部の大館能代空港。午前11時…全日本空輸機が飛び立つと、6時間、発着便がない。…2012年の利用は10万人強…見通しの7分の1にとどまった。…維持管理費などの年間支出は4億4091万円と、着陸料などの収入の12倍。県が差額を補わなければ滑走路の除雪もできない。…国内の98空港のうち…94は国か自治体が運営し、大半は赤字だ。…狭い日本に100近い空港…新設をやめる方針に転じた08年には赤字空港の山となっていた。


 
 これらが「資産」だから、それを含めて考えると、ネットの負債は「372兆円」になるので、問題ではないという主張に、全く根拠がないことが分かると思います。

<2 金融資産>

 次に、100歩ゆずって、実物資産は除いて考えてみましょう。では、残りの金融資産500兆円は使えるのか?です。

P13
…前記650兆円のなかには土地や建物など、すぐには換金できないものが含まれているが、大まかにいって300兆円の金融資産は、数年以内に現金化し、国民のために使えるのである。


P161
 日本政府が抱える約500兆円の金融資産のうち、約300兆円を占める「現金・預金」『有価証券』、特殊法人への「貸付金」「出資金」などは、すぐに国民の手に戻すことができる


 「使える」と断言しています。これもできません。それは、「それを持っている政府とは何か?」が分かっていないから、このような論を主張できるのです。政府が否定するのも、当たり前です。検討してみましょう。

 政府には、①国(中央政府)、②地方公共団体、③社会保障基金の3つが含まれています。その資産を図視化します。23年末ですから、今までのバランスシートとは、数値がことなります(出典日銀・・統計「ストック編」です。こちらの方が、圧倒的に情報量が多くなっています)

政府 金融資産 模式図

 このように、一口で「政府」と言いますが、中身は3つに分かれ、特に、社会保障基金については、「国民の手に戻」して、一体何をしたいのか?というレベルの話です。

政府金融資産

 社会保障基金とは何か、内閣府の説明です。

 「中央政府及び地方政府とともに一般政府を構成しており,国の社会保険特別会計(厚生保険,国民年金,労働保険,船員保険),共済組合(国家及び地方公務員共済組合等),及び健康保険組合などがそれに該当する」

 これらは、毎年毎年、公的保険として、国民が積み立てているものです。これらが原資となり、年金が払われています。国民年金の場合、これにプラスして税金(といっても税金と公債)が1/2供出されています。

 さて、このように、公的保険として、国民が払ってきたものを、「国民の手に戻」すということは、今まで、一体何のために払ってきたのか?ということになります。

 例えば、国民年金は、国が補償し、さらに1/2も税金をつけて、払われています。こんな年金は、民保険会社では、絶対にありえない、超!超!超!優良債権です。それを、「国民の手に戻す」・・・いったい、何のために?

 しかもその内訳です。(4)株式以外の証券の所ですが、社会保障基金は98兆円も「国債や、政府の借金:政府機関債」を持っています。要するに政府が保有する資産、108兆円のうち、そのほとんどを、社会保障基金が持っているのです。社会保障基金の財産の半分は、「政府債券」です。なぜ、ここが、国債を持つのか?運用益を上げるためです。
 
 国民から、保険金預かって、それを、銀行の金庫にしまっておく?そんなことするわけがありません。少しでも原資を増やすために、「運用」するのです。


 例えば、運用主体が、「年金積立金管理運用独立行政法人GPIF」です。その資産額107兆7231億円、世界最大規模です。資産の7割、約70兆円は国債です。
 つまり、政府の「借金!」である「国債」を、独立行政法人が「資産!」として運用しています。「負債=資産」なのです。

日経H25.2.21
2政府金融資産・負債

政府金融資産

ここが、年金の積立金を運用し、増やすように努力しています。
日経H25.3.2
公的年金積立金 運用

 これを、「国民の手に戻す」とは、いったい何のために?でしょうか。理解不能です。とにかく、「国でなければいい、民間でなければならない」というためだけの発想としか考えられません。

 また、(5)の株式、出資金を見てください。「政府」は、株式を持っていますが、持っているのは、この社会保障基金です。政府が持つ17兆円の株式の、16兆円、ほとんど全部を持って、運用しているのです。

P264
 政府は現在、JT株の1/2にあたる500万株を所有している。タイミングを見てこれを売却すれば、約2兆円の収入になる。


 これは、年金基金を、2兆円分とりくずすことです。運用しているのに、「取り崩し」て、国民に返して、どうしようというのでしょう?(実際には、H24年度第3次補正予算:安倍内閣15兆円で、売却益が入りました)

 ですから、「政府資産」「政府資産」といいますが、社会保障基金の190兆円は、もともと使えないのです。
 別に、全部、国→民間にしてもいいですが、何のために?という話です。国の借金「国債」を返すために、政府が持っている「国債」を国民にあげる・・・・ほとんど、ブラックジョークです。

政府 金融資産 模式図2

 社会保障基金は、以上の理由で除外します。そうすると、国と地方の持つ「政府の金融資産」は、およそ280兆円になります。(出典日銀H23末現在)

2政府 金融資産 内訳

①現・預金
 
 この33兆円も、高橋さんによれば「すぐに国民の手に戻すことが出来る」と断言されていますが、ナンセンスです。これを手放せば、政府の出納が出来なくなります。これは、資産でも何でもありません。

②財政融資資金預託金は,地方公共団体や雇用安定資金・労働保険特別会計,日本政策金融公庫などの政府系金融機関への長期・低利融資です。中小零細企業,教育,社会福祉など,民間では対応が困難な融資です。

 民間では融資しないようなところに、融資しているのです。これを「すぐに国民の手に戻すことが出来る」と言われますが、「日本学生支援機構の奨学金制度」を国民に「返す」と言われても・・・あるいは、民間企業が融資しないので、国が融資している中小零細企業向けの債権(中小企業特例融資)を国民に「返す」と言われても・・・

③貸出で一番多いのは,法人企業の取引先への貸出25.7兆円分です。他には,金融機関が行う現先取引(一定期間後に一定価格での反対売買を約束して行う債券取引)にも参加しています。

④政府は,公債を発行し,借金する一方,国債や,国庫短期証券(1年以内の国債)を資産として持っています。

「社会保障基金」がダントツに多いのは,資金を株や債券で運用するからです。また,中央政府・地方自治体が持つのは,「余裕資金を国債等で運用する先もあるため(内閣府回答)」だそうです。
 これを国民の手に返すということは、国が、700兆円の国債を返済するために、国民が、22兆円分の国債を「どうぞ」と返してもらうということです。

⑤株式・出資金です。政府は,日本郵政や,JT,成田国際空港などの株式を保有しています。ですが,これら政府全体が持つ株式16.9兆円分の16.2兆円は,前述の「社会保障基金」が保有しており,国と自治体の持つ株式は,0.8兆円ほどしかありません。残りの76.5兆円は,出資金です。日銀への出資,独立行政法人や,国立大学法人,国際機関も含まれます。地方政府は,第3セクターなどに出資しています。

日経H24.3.5『地方鉄道 廃線続く』
 国土交通省によると00年度~09年度に廃止された地方の鉄道は33路線・634キロメートルに達する。旧国鉄のローカル線を引き継いだ第3セクターや中小私鉄の09年度時点の鉄軌道事業の経常収支も,92社のうち76社が赤字だった。

日経H24.4.15『IMF拠出 4.8兆円検討 日本、加盟国で最大規模』
 国際通貨基金(IMF)が加盟国に協力を求めている追加の資金集めを巡り、日本が600億ドル程度(約4兆8000億円)の支援を検討していることが分かった。



 これを、「すぐに国民の手に戻すことが出来る」というのは、赤字の第3セクターを民間が引き受け、IMFや、IBRD(国際復興開発銀行)、国連への出資金を、「国」ではなく、「民間」が出すということになります。
日銀に出資するのも、民間ということは、日銀も民営化することになります。

 国立大学くらいは民営化できそうです。第3セクターを買う民間企業は存在するのでしょうか?

⑥外国債権等,これが,対外純資産のうち,政府が保有する外貨であり,大部分が米ドル国債です。

経常黒字を積み上げる→対外資産256兆円になる→中身は外国の株、国債、社債、土地・・のことです。日銀が持とうが民間金融機関が持とうが、結局経常黒字は、海外資産(ドルが圧倒的)になります。

 これも、民間金融機関から、政府が買い上げたのに、また民間に戻せということになります。戻しても、「資産=外国証券」=「負債=短期国債」として、短期国債の返却に使われます。政府の資産・負債がへり、民間の資産・負債が増えるだけです。

 処分しても、日本全体の「ドル」は全く変わりません。政府が持つか民間が持つかの違いしかありません。民間は「短期証券=国債」だから買ったのに、ドル戻されても・・・


 これらが、「すぐに国民の手に戻すことが出来る」と断言する中身なのです。一言でいうと、ナンセンスです。

<結論>

「財務省が隠す650兆円の国民資産」には、何の根拠もありません。

<追記>

 ついでに、下記の本でも、およそ半ページで、上記と同じことを主張しています。3年間、全く進化していないことが、わかります。

経済復活 金融政策の失敗から学ぶ経済復活 金融政策の失敗から学ぶ
(2013/02/28)
高橋 洋一

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