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小さな政府論の蹉跌(さてつ) その2

<小さな政府論の蹉跌(さてつ) その2>

人権→小さい政府.jpg

<経済の発展>

 私たちが現在依存している資本主義経済は、18世紀後半のイギリス産業革命から続いてきました。

 清水書院 『新政治・経済 改訂版』H18 p84
産業発展.jpg


 アダムスミスは、1776年に「分業」と「自由競争」の利点を説きました。この思想はリカードらに受け継がれます。

清水書院 p85
アダムスミス
 「アダムスミスが自由放任の考え方」とトンデモ論を述べているのは、しゃれになりませんが。


 その後、資本主義は、19世紀半ばまでに大きく発展したのです。


 
<人権の歴史>

 
 16世紀の絶対王政に対して、商工業者を中心に市民階級(ブルジョア)が台頭します。それらの市民を中心に市民革命がおこり、民主制が導入されていきます。

清水書院 p8

権利の推移.jpg

 と同時に、一人一人が持っている(といっても、ブルジョアとか、白人だけですが)基本的な人権は、国家の権力を使っても奪えない、「永久の権利」とする考え方が一般化します。1776年のアメリカ独立宣言や、フランスの人権宣言は、この考え方を明確にしました。

(1)自由権

 フランス人権宣言 1789年

第1条
 人は自由かつ権利において平等・・・

第2条
 …消滅することのない自然権…これらの権利は、自由、所有権、安全及び圧制への抵抗

 アメリカ独立宣言 1776年

…すべての人は平等に作られ…生命・自由および幸福の追求の含まれることを信ずる。…
 
 ここには、 (国家からの)自由権や、私有財産権、生命権(自衛権や安全権)、幸福追求権がうたわれ、これらは、天から与えられた人権であり、侵すことのできない永久の権利と考えられています。

 これが、「平等権」「自由権的基本権」 と言われる、人権です。

 この「自由権」は当然、経済活動の自由を含みます。その経済活動の自由の結果、この時代の資本主義下で、19世紀後半には、「恐慌」が起こるようになり、「失業者」が生まれ、資本家VS労働者の階級対立も起こるようになりました。
 
 また、巨大な産業資本が登場し、重化学工業の分野で、カルテル・トラスト・コンツェルンなどの独占企業が登場し、自由競争自体が成立しない状況にもなりました。

 自由の追求により、自由がなくなるという、パラドックスが生まれたのです。

 それこそ、労働者は18時間も働かされ、イギリスの都会は、貧困・飢餓・病気・失業の巣窟でした。

 自由競争のもとでは、失業・貧困・病気・飢餓はどうしても発生してしまうのです。
 
 日本でも、労働者は「労働基本法」などもちろんなく、子供も大人と一緒に働くのは当たり前でした。
 
東学 『資料 政・経 2010』p344
産業革命期の労働.jpg

 カール・マルクスはその時代に、ロンドンで生活をしています。彼自身も、子供を学校へやることも出来ない、ガスや水道も止められるほどの極貧生活でした。

清水書院 p87
マルクス.jpg


 彼は、私有財産制を否定します。本来、土地は誰のものでもなかったのに、力のあるものが、土地を囲い(エンクロージャー)、自分のものにしてしまった。工場の機械にしても、何世代もの人々が開発・工夫した人類共有財産ともいうべきものです。それを、今の時代は資本家によって私有されています。

 資産がなく、売るものがない人は、自分の体と時間を売ってカネを稼ぎます。労働者です。しかも働けば働くほど、その生産物は資本家に搾取され、儲けたカネは資本家によって再投資され、結果、合理化によって労働者は首を切られます。「働けば働くほど貧しくなる」のです。そして、失業・貧困・病気・飢餓という状況に追い込まれるのです。

 マルクスは、この状況こそ自由(私有財産制)がもたらした弊害と考えます。私有財産制をなくし、共産主義を作らないと、労働者は解放されない。「万国の労働者よ団結せよ!1848年共産党宣言」です。

 この、労働運動に対し、共産主義を弾圧する一方(私有財産制度を壊されては困るからです)、貧困や失業、病気に対する対策もとられるようになりました。

 国民の労働権や、生存権を、国家が保障するようになっていったのです。

 これらの権利を、自由権に対して、社会権といいます。社会権的基本権です。「国家への自由」と言われます。

(2)社会権


 
清水書院 p130
労働運動.jpg

 この社会権は、ドイツ ワイマール憲法(1919年)に結実します。(もっとも、後のナチスドイツの授権法により、葬られるのですが)この憲法は、20世紀型憲法と言われます。

第151条
 経済生活の秩序は、全ての者に人間たるに値する生活を保障する目的を持つ正義の原則に適合しなければならない。この限界内で、個人の経済的自由は確保されなければならない。

第153条
 所有権は義務を伴う。その行使は、同時に公共の福祉に役立つべきである。

第159条、
 労働条件及び経済条件を維持し、かつ、改善するための団結の自由は、各人及び全ての職業について、保障される。この自由を制限し、または妨害しようとする全ての合意及び措置は、違法である。

第161条
 健康及び労働能力を維持し、母性を保護し、かつ、老齢、虚弱及び生活の転変に備えるために、国は保険者の適切な協力のもとに、包括的保険制度を設ける



 このように、自由権を追求した、自由主義国家から、国家が社会権を補償する、福祉国家が要請されるようになったのです。

国家観.jpg
 
<日本国憲法> 

 日本の憲法は、当時考えられた、福祉国家を体現しているのです。そう、それまでの自由権だけではなく、基本的人権としての、社会権の登場です。これは基本的人権なので、永遠に奪うことはできないと考えられるにいたったのです。

 第25条 

 すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国はすべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
 

 国民にとっては権利であり、国にとっては(努力)義務とされました。この第25条は「生活扶助=生活保護」の基礎となり、ご存じのように生活保護費は毎年増加しています(高齢者増により)。

<国の義務>

公的扶助:国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利

 『生活保護法』による生活保護です。高齢化の進展で、受給者はすでに100万件を越えています。

東学 p366
生活保護.jpg

社会福祉
 
 老人福祉法、身体障害者福祉法・身体障害者雇用促進法などです。

 ご存知のように、老人医療費は拡大の一途です。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/zenpan/dl/kokumin_roujin20.pdf
社会保障

 身体障害者人口も拡大の一途です。

東学 p368
障碍者.jpg

 障害者の自立支援にもカネがかかります。児童福祉法で、手当が支給されます。母子家庭の保護にも、当然カネがかかります。

社会保障

 年金保険、医療保険、労働保険、介護保険、すべて、カネがかかります。

東学 p362
社会保障費.jpg

 余談ですが、国民年金の加入率が6割だそうです。はっきり言って、入らない人は自らの権利を放棄しています。なぜなら、『国民年金加入=障害年金・遺族年金』同時加入だからです。
万一の事故で障害を負ってしまうことは、まれではありません。働けなくなることだってありえます。万が一の時の、遺族年金・子供が18歳になるまで出る年金も、すべて同時に放棄することになります。


社会保障費 推移

社会保障費は、必ず増大するのです。


第26条 
教育を受ける権利を有する。・・・義務教育はこれを無償とする。

 教育も、国の責務です。当然、義務教育は政府が見ます。教科書無償は、国による、サービスです(憲法が保障しているのは教育費で、実は、教科書代は保障していないのです)。

第27条 
労働権・・・賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。

 労働権が確立され、労働基準監督署や、ハローワークなどの施設、失業手当や、労災も国の責務です。当然、費用も掛かります。
 
 でも、これらは、永久に侵すことのできない「基本的人権」であり、国には「義務がある」と明記された、20世紀の人権なのです。人類が、大きな犠牲を払って、獲得してきた人権なのです。

 この社会権を守るために、どうしても、「政府」は大きくならざるを得ないのです。なぜなら、人類の英知として獲得した権利だからです。  

憲法第97条

 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
 

 もしも、これらの社会権保障を、国が放棄したら・・・。明らかに「違法」なのです。「大きな政府」になるのは必然なのです。

 続く

<補足>

 頂いた、下記コメントに対して、説明します。


門外漢の分野には手を出さないほうがいいのではないかな。まるで池田信夫のようだ。
ちなみに社会権というのは「プログラム規定」だから自由権と同等な扱いがされるものではない。国家の財政状況次第の建前的権利。
憲法論からケインズ的経済政策が正当化できると思ったら大間違い。



憲法25条
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

「努力義務」を課したもので、「義務」を課したものではありません

 このことを、プログラム規定説といいます。

「義務」を課した場合、その義務を果たさなければ、すぐに法令違反となります。「努力義務」の場合、すぐに違法とはならないのです。

 たとえば、食堂の営業申請を保健所長に対して申請した場合です。

行政手続法5条

 許認可をするかどうかの基準の設定を「行政庁(知事や市町村長など)」に「義務付け」ています。

同6条

 その審査期間について、「通常要すべき標準的な期間を定めるよう『努めること』」とされています。

 朝日訴訟では、憲法25条について、「努力義務(国の責務として宣言した)なので、直接具体的権利を賦与したものではない 最高裁S42.5.4」としました。

 しかし、

「現実の生活条件を無視して著しく低い水準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によって与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となるをまぬかれない 同判例」としています。

 つまり、財政難を理由に、「最低限度の生活」を、「月に3万円もあれば十分だ」などとした場合は、おそらく、いや間違いなく「違法」となります。

 プログラム規定説や、具体的権利説、抽象的権利説など、そもそも、生活保護法などのきちんと整備された中で、生存権を具体化する立法がない状態を想定して、国家の立法義務云々を論じることなど、非現実的なのです。
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