藻谷浩介その2『デフレの正体』角川oneテーマ21
藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21
この本は、平成22年7月4日『読売新聞』書評欄に、公認会計士の山田真哉氏によって「統計から真実を読み取れ」と題して、紹介されました。同欄では、「統計を読みとることで様々な思い込みを排除することに成功している」とされていたので、読んでみました。
結論ですが、著者が「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」と述べている通りです。
経済学的バックボーンがないと、全体像が歪んでしまいます。
経済学と、同書で述べられるような経済現象は全く別物です。前者は、後者がなぜ生じるか(メカニズム)を述べます。経済現象だけに目を奪われると、本質をつかむことができません。
以下、解説します。
間違い部分は赤で示します。
p189…技術開発は全力で続けて、日本企業には最先端に立っていただきたい。でも首尾よくそうなっても、稼いだ外貨が内需に回る仕組みを再構築しない限り、外貨が稼げずに死ぬということになる前に、外貨が国内に回らないことで経済が死んでしまうのです。
P30
…日本の貿易黒字は中国の台頭…にもかかわらず年々増加傾向にあったし、世界の景気が良くなればまた回復する…。事実日本の輸出は09年1月を底に伸び始め、貿易黒字もまた拡大基調に戻っています。
P32
…08年には…貿易黒字は4兆円に急落しました。…「日本は貿易黒字を稼げる時代は終わった」という論調が…。
P35
…世界中から莫大な金利配当を稼ぐ日本…そんなに稼いでいるという黒字は…多くは輸出企業と、そういう企業の株主になっているような高齢者富裕層の財布に集中しており…それがまた外国から金利配当を呼んで来ます。
P38 01-08年の8年間だけで累計138兆円もの経常収支黒字が日本に流れ込みました。…実際にそれだけの額を貢いだ外国にしてみれば、「俺たちからそれだけ儲けて、不況だなんてよく言うよ」という思いかも…。
P39
…日本はどの国から儲けてどの国に貢いでいるかを確認している人は非常に少ない…。
P43
…日本は…韓国、台湾からも07年、08年と続けてそれぞれ3兆円前後の貿易黒字をいただいているのです。…稼いだ貿易黒字の合計は、00年に比べれば2倍以上に膨らんでいて…。
P50
…ハイテク分野では日本にかないっこないフランスやイタリアが…ブランドの食料品と繊維と皮革工芸品を作ることで、日本から貿易黒字を稼いでいるんですよ。…日本だってアジア相手に同じことができるんです。何を怖がっているのか。
貿易黒字は、海外への資金提供(日本の貸し出し=海外の借り入れ)から生まれます。それを理解していれば、「儲ける」という言葉が出てくるはずがありません。
<不況で貿易黒字は増える>
「日本は多くの産業において強い競争力を持っており国際経済で一人勝ちしているから,日本の貿易収支や経常収支は黒字である」との論調もあります。日本はすごい貿易黒字になっているのに,どうして景気が悪いのだろう」という疑問もあります。「日本は外貨を稼ぎまくっているのに,なぜ不況なのか」とか,「アメリカは貿易赤字なのに,なぜ好景気なのか」ということです。先に言っておきますが、これらは全部間違いです。
GDPの三面等価を見てみましょう。

貿易黒字は,上図の(EX-IM)部分です。国内の貯蓄超過が,貿易黒字になります。
(S-I)=(G-T)+(EX-IM)
この,(S-I)=(G-T)+(EX-IM)は,どのような比率なのか,上図のこの部分のみを拡大してみましょう。実際の割合,数値例を見てみます。

さて,景気によって,この,貯蓄(S)と,投資(I)・公債(G-T)・貿易黒字(EX-IM)はどのように動くのでしょうか。
景気変動を引き起こす要因として,一番影響があると考えられているのは,I(投資)です。景気がいいと,企業は,「モノ・サービスが売れる(来月も,来年も売れそうだ)」ので,設備投資を増やします。それが,日本全体の消費を刺激し,さらに「モノ・サービス」が売れる状態になります。
ところが,需要(買いたい)が伸び悩むようになると,つまり,十分に供給が行われると,設備が余分になります。需要が横ばい(成長しない)になっただけで,設備投資は原理上ゼロになり,急速に減少します。設備投資の減少は,日本全体の消費の減少へと波及し,不況になります。
(S-I)=(G-T)+(EX-IM)
ISバランス式でいえば,景気がいいと,民間投資が活発になり,左辺が縮小します(左辺少ない)。ということは,同時に右辺も少なくなるので,財政赤字も貿易黒字も減少します。「好景気になると貿易黒字は縮小する」状態になります。
逆に,景気が悪いと,民間投資が少なくなり,左辺が拡大します(左辺拡大)。同時に右辺(国債+貿易黒字)も
拡大します。つまり「不景気になると貿易黒字が増える」状態になるのです。
中谷巌(一橋大学名誉教授)『痛快!経済学2』集英社 2004 p245
貿易黒字が大きくなるのは国内で生産したものを国内で消費したり,投資したりしていないからです。つまり,国内の供給が需要を上回っているので,そのあまりを輸出する。だから貿易黒字が増えるのです。もしも,国内で生産した分を国内で消費しきってしまえば,貿易黒字は発生しないのです。
中谷巌(一橋大学名誉教授)『痛快!経済学』集英社 1998 p175
「不況だから貿易黒字が増える」のであって,貿易黒字が大きいから豊かになるわけではないのです。
「失われた10年(最近は20年といわれています)」といわれる,停滞期を見てみましょう。


’96年は「回復感なき景気」と呼ばれつつも,経済成長率(GDPが前年に比べ,どれだけ増えたか)は伸びを示し,’96年には2.7%に達しました。
’97年は,消費税が5%にアップされた年です。「山一証券」「北海道拓殖銀行」の倒産はこの年です。’98年の経済成長率は,’74年のオイルショック以来になる,マイナス成長を記録し,マイナス2.0%になっています。同年の貿易黒字は拡大します。「不景気になると貿易黒字が増える」のです。
逆に、好景気になると貿易黒字は縮小します。 ISバランス式でいえば,景気がいいと,民間投資が活発になり,左辺が縮小します(左辺少ない)。ということは,同時に右辺も少なくなるので,財政赤字も貿易黒字も減少します。「好景気になると貿易黒字は縮小する」状態になります。
1986年~1990年のバブル景気時代を見てみましょう。バブル景気とは、1986年12月から1991年2月までの4年3か月(51ヶ月)間を指します。バブル景気の引き金になったのは1985年のプラザ合意です。これにより急激な円高が進行し、1ドル240円前後だった為替相場が1年後に1ドル120円台まで急伸しました。政府は、減税や公共投資拡大で対応し、日銀は金融緩和を行いました。地価も株価も高騰し、日経平均株価は、1989年の大納会(12月29日)に最高値38,915円87銭を付けました。平成になっても、この平均株価には、一度も達していません。今から振り返っても、大変な好景気時代でした。


このバブル景気時代は,I投資が活発で,(S-I)が急速に縮小しています。また,同時期,貿易黒字は減小しています。確かに好景気になると,貿易黒字は減少するのです。
藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21P43
…日本は…韓国、台湾からも07年、08年と続けてそれぞれ3兆円前後の貿易黒字をいただいているのです。…稼いだ貿易黒字の合計は、00年に比べれば2倍以上に膨らんでいて…。
藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21P50
…ハイテク分野では日本にかないっこないフランスやイタリアが…ブランドの食料品と繊維と皮革工芸品を作ることで、日本から貿易黒字を稼いでいるんですよ。…日本だってアジア相手に同じことができるんです。何を怖がっているのか。
藻谷さんが言う「貿易黒字を稼ぐ?」のは、不況の時なのです。
この本は、平成22年7月4日『読売新聞』書評欄に、公認会計士の山田真哉氏によって「統計から真実を読み取れ」と題して、紹介されました。同欄では、「統計を読みとることで様々な思い込みを排除することに成功している」とされていたので、読んでみました。
結論ですが、著者が「私は無精者で、経済書やビジネス書は本当に数冊しか読んだことがないのですがp125」と述べている通りです。
経済学的バックボーンがないと、全体像が歪んでしまいます。
経済学と、同書で述べられるような経済現象は全く別物です。前者は、後者がなぜ生じるか(メカニズム)を述べます。経済現象だけに目を奪われると、本質をつかむことができません。
以下、解説します。
間違い部分は赤で示します。
p189…技術開発は全力で続けて、日本企業には最先端に立っていただきたい。でも首尾よくそうなっても、稼いだ外貨が内需に回る仕組みを再構築しない限り、外貨が稼げずに死ぬということになる前に、外貨が国内に回らないことで経済が死んでしまうのです。
P30
…日本の貿易黒字は中国の台頭…にもかかわらず年々増加傾向にあったし、世界の景気が良くなればまた回復する…。事実日本の輸出は09年1月を底に伸び始め、貿易黒字もまた拡大基調に戻っています。
P32
…08年には…貿易黒字は4兆円に急落しました。…「日本は貿易黒字を稼げる時代は終わった」という論調が…。
P35
…世界中から莫大な金利配当を稼ぐ日本…そんなに稼いでいるという黒字は…多くは輸出企業と、そういう企業の株主になっているような高齢者富裕層の財布に集中しており…それがまた外国から金利配当を呼んで来ます。
P38 01-08年の8年間だけで累計138兆円もの経常収支黒字が日本に流れ込みました。…実際にそれだけの額を貢いだ外国にしてみれば、「俺たちからそれだけ儲けて、不況だなんてよく言うよ」という思いかも…。
P39
…日本はどの国から儲けてどの国に貢いでいるかを確認している人は非常に少ない…。
P43
…日本は…韓国、台湾からも07年、08年と続けてそれぞれ3兆円前後の貿易黒字をいただいているのです。…稼いだ貿易黒字の合計は、00年に比べれば2倍以上に膨らんでいて…。
P50
…ハイテク分野では日本にかないっこないフランスやイタリアが…ブランドの食料品と繊維と皮革工芸品を作ることで、日本から貿易黒字を稼いでいるんですよ。…日本だってアジア相手に同じことができるんです。何を怖がっているのか。
貿易黒字は、海外への資金提供(日本の貸し出し=海外の借り入れ)から生まれます。それを理解していれば、「儲ける」という言葉が出てくるはずがありません。
<不況で貿易黒字は増える>
「日本は多くの産業において強い競争力を持っており国際経済で一人勝ちしているから,日本の貿易収支や経常収支は黒字である」との論調もあります。日本はすごい貿易黒字になっているのに,どうして景気が悪いのだろう」という疑問もあります。「日本は外貨を稼ぎまくっているのに,なぜ不況なのか」とか,「アメリカは貿易赤字なのに,なぜ好景気なのか」ということです。先に言っておきますが、これらは全部間違いです。
GDPの三面等価を見てみましょう。

貿易黒字は,上図の(EX-IM)部分です。国内の貯蓄超過が,貿易黒字になります。
(S-I)=(G-T)+(EX-IM)
この,(S-I)=(G-T)+(EX-IM)は,どのような比率なのか,上図のこの部分のみを拡大してみましょう。実際の割合,数値例を見てみます。

さて,景気によって,この,貯蓄(S)と,投資(I)・公債(G-T)・貿易黒字(EX-IM)はどのように動くのでしょうか。
景気変動を引き起こす要因として,一番影響があると考えられているのは,I(投資)です。景気がいいと,企業は,「モノ・サービスが売れる(来月も,来年も売れそうだ)」ので,設備投資を増やします。それが,日本全体の消費を刺激し,さらに「モノ・サービス」が売れる状態になります。
ところが,需要(買いたい)が伸び悩むようになると,つまり,十分に供給が行われると,設備が余分になります。需要が横ばい(成長しない)になっただけで,設備投資は原理上ゼロになり,急速に減少します。設備投資の減少は,日本全体の消費の減少へと波及し,不況になります。
(S-I)=(G-T)+(EX-IM)
ISバランス式でいえば,景気がいいと,民間投資が活発になり,左辺が縮小します(左辺少ない)。ということは,同時に右辺も少なくなるので,財政赤字も貿易黒字も減少します。「好景気になると貿易黒字は縮小する」状態になります。
逆に,景気が悪いと,民間投資が少なくなり,左辺が拡大します(左辺拡大)。同時に右辺(国債+貿易黒字)も
拡大します。つまり「不景気になると貿易黒字が増える」状態になるのです。
中谷巌(一橋大学名誉教授)『痛快!経済学2』集英社 2004 p245
貿易黒字が大きくなるのは国内で生産したものを国内で消費したり,投資したりしていないからです。つまり,国内の供給が需要を上回っているので,そのあまりを輸出する。だから貿易黒字が増えるのです。もしも,国内で生産した分を国内で消費しきってしまえば,貿易黒字は発生しないのです。
中谷巌(一橋大学名誉教授)『痛快!経済学』集英社 1998 p175
「不況だから貿易黒字が増える」のであって,貿易黒字が大きいから豊かになるわけではないのです。
「失われた10年(最近は20年といわれています)」といわれる,停滞期を見てみましょう。


’96年は「回復感なき景気」と呼ばれつつも,経済成長率(GDPが前年に比べ,どれだけ増えたか)は伸びを示し,’96年には2.7%に達しました。
’97年は,消費税が5%にアップされた年です。「山一証券」「北海道拓殖銀行」の倒産はこの年です。’98年の経済成長率は,’74年のオイルショック以来になる,マイナス成長を記録し,マイナス2.0%になっています。同年の貿易黒字は拡大します。「不景気になると貿易黒字が増える」のです。
逆に、好景気になると貿易黒字は縮小します。 ISバランス式でいえば,景気がいいと,民間投資が活発になり,左辺が縮小します(左辺少ない)。ということは,同時に右辺も少なくなるので,財政赤字も貿易黒字も減少します。「好景気になると貿易黒字は縮小する」状態になります。
1986年~1990年のバブル景気時代を見てみましょう。バブル景気とは、1986年12月から1991年2月までの4年3か月(51ヶ月)間を指します。バブル景気の引き金になったのは1985年のプラザ合意です。これにより急激な円高が進行し、1ドル240円前後だった為替相場が1年後に1ドル120円台まで急伸しました。政府は、減税や公共投資拡大で対応し、日銀は金融緩和を行いました。地価も株価も高騰し、日経平均株価は、1989年の大納会(12月29日)に最高値38,915円87銭を付けました。平成になっても、この平均株価には、一度も達していません。今から振り返っても、大変な好景気時代でした。


このバブル景気時代は,I投資が活発で,(S-I)が急速に縮小しています。また,同時期,貿易黒字は減小しています。確かに好景気になると,貿易黒字は減少するのです。
藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21P43
…日本は…韓国、台湾からも07年、08年と続けてそれぞれ3兆円前後の貿易黒字をいただいているのです。…稼いだ貿易黒字の合計は、00年に比べれば2倍以上に膨らんでいて…。
藻谷浩介 『デフレの正体』角川oneテーマ21P50
…ハイテク分野では日本にかないっこないフランスやイタリアが…ブランドの食料品と繊維と皮革工芸品を作ることで、日本から貿易黒字を稼いでいるんですよ。…日本だってアジア相手に同じことができるんです。何を怖がっているのか。
藻谷さんが言う「貿易黒字を稼ぐ?」のは、不況の時なのです。
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