倉西雅子 鶴見大学非常勤講師 ブログ:万国時事周覧 『中国の元安政策は雇用問題』
倉西雅子 鶴見大学非常勤講師 ブログ:万国時事周覧 「中国の元安政策は雇用問題」
2010-03-15 15:23:22 | 国際経済
昨日、北京で開かれていた全国人民代表大会において、中国の温家宝首相が、元安は輸出先の国の経済にとっても恩恵となると述べ、人民元の切り上げ圧力には抵抗することを表明しました。
温首相の主張は、中国製品を輸入することで、先進国の消費者は廉価な製品を購入することができますし、中国に進出している先進国企業もまた、安い労働力から利益に得ているということなのでしょう。しかしながら、雇用の面から見ますと、物価水準が低く、労働者の権利が充分に保護されておらず、かつ、労働条件が劣悪な中国が、圧倒的に製造拠点としての競争力を持つことは確かです。その上、元安政策となりますと、中国への雇用流出は加速します。輸出先の消費者は、低価格の商品を手にすることができても、生活の維持に不可欠である所得を約束する雇用機会を失うのであれば、元も子もありません。
製造拠点が移動できる現代の貿易不均衡問題は、即、雇用問題に転化します。中国政府は、自国のアンフェアな元安政策と過酷な労働政策が、他国においては雇用不安を招いている現実を直視すべきと思うのです。
<雇用が奪われる>
参考文献 日経H22.2.6
アメリカ失業率4ヶ月ぶりに10%割り、1月は9.7%に。増加幅が月間10万人増えても、07年12月の雇用水準に戻るのには、6年かかる計算
背景には雇用の変化。不況に入ると、すぐに人員削減、IT化や海外への業務のアウトソーシングで、省力化。その結果労働生産性は前期比年率6.2%上昇。従業員数や労働時間を減らしても、同じ規模の生産を続けた計算に。「雇用なき回復」が可能な世の中。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3080.html

まず、各国失業率の上昇ですが、これは「リーマン・ショック」で、勝手にこけたのが原因です。
「人為的に元安を誘導し、その結果、雇用が中国に奪われる」という論調ですが。アメリカの輸出は、順調に伸びています(資料は、リーマン・ショック前)。輸出が伸びるということは、雇用が奪われているのではないことを示します。

為替相場と、貿易黒(赤)字は、短期はともかく、長期的には関係がないのです。もちろん、円安(元安)が、輸出を伸ばします。輸出超過の国にとっては、為替高は短期的にGDP押し下げの要因です。
ですが、貿易黒字は、外国との関係ではなく、国内事情で増減します。ISバランス論です。「不況になると、貿易黒字は増える」のです。ですから、GDPが順調に伸びていれば、為替高の影響は、相殺されます。というより、「円高」で、GDPが減ったことは、事実としてありません(リーマン・ショックを除く)。
<雇用を奪われる?>
教科書の間違い 帝国書院『高校生の新現代社会』H22年度用見本 p72 p74
賃金の安い中国、東南アジアの追い上げによって国内外の企業を巻き込んだ激しい競争が起こり、それに打ち勝つために生産拠点を海外に移転する動きが加速し、国内では産業の空洞化を招きました。
P148-149
…中国は世界最大の外国投資受入国となっているのです。日本からも食品、繊維などの軽工業をはじめ、自動車、電機、鉄鋼などの各種企業が進出し、日本国内の産業の空洞化はいっそう懸念されるようになっています。…日本は産業の空洞化を乗り越えるためにも、成長著しい中国をよきライバルとし、良好な関係を形成しながら、ともに高めあっていけるやり方を考えていく必要があります。
産業の空洞化はあったのか。答え「なかった」。
①国内生産・GDP(国内総生産)は減少ではなく、一貫して上昇しています。
(除く1974年石油危機、1998年山一證券・拓銀倒産・消費税UPの翌年)
とうほう『政治・経済資料2009』p222

②雇用ですが、雇用は、比較劣位産業から、比較優位産業に移転し、全体として雇用者数は、極端には変化しないのです。同年の雇用者数推移のグラフです(数字出典:総務省統計)。(もちろん、不況時には失業率が増加するなど、一時的な雇用の流動は起こります)

日本経済新聞H21年5月6日

日本の産業別の就業は、年々変化しています。就業者数が減っている業界があれば、増えている業界があります。第2次産業の雇用者比率低下は、70年代から始まっているのです。
このように、「産業の空洞化」は実際には、存在しないのです。
次に、「生産拠点を海外に移転する動きが加速」という部分です。これは、対外投資額の増加を示しています。海外での合弁会社の設立やM&Aのことです。「対外直接投 資は、01年を底に増加に転じ、03年と04年は多少減額しましたが、05年は急増」(岩田規久男『景気ってなんだろう』ちくまプリマー新書 2008 p98)しているのです。
対外直接投資は増えているということは、「生産拠点を海外に移転する動きが加速」することですが、それにより「国内生産・雇用・GDP(国内総生産)が減少する」のではなく、逆に「増えて」います。
GDP拡大は,国内生産量拡大のことです。国内生産量拡大には,労働力が必要です。労働力はどこから持ってきますか?それは,比較劣位産業からしか持ってこられません。「比較優位な産業に特化する」=「比較劣位産業縮小」ということなのです。
比較劣位産業 → 労働力を集める → 特化し,生産量拡大
↓ ↓
生産量減少 → セット
ただし、「製造業からサービス業へのシフト」は存在します。製造業雇用者低下→サービス業雇用者増加です。これを、「産業構造の高度化」といいます。とうほう『政治・経済資料2009』p230

地方の製造業都市が衰退し、大都市圏の人口が増えるので、これをあえて「地方製造業の空洞化」と言うことはできるでしょう。実際に、都市部と地方の格差は、あります。

(ただし、高度経済成長以後、格差は少なくなっています。日本は、均等に豊かになってきたのです)
帝国書院『アクセス現代社会2009』

日本全体としては、「GDP(GNI)は伸びている=産業は確保されている」というのが、現状です。
中国の貿易黒字が増えたとしても、中国に雇用が奪われる事実はないことに、注意が必要です。
2010-03-15 15:23:22 | 国際経済
昨日、北京で開かれていた全国人民代表大会において、中国の温家宝首相が、元安は輸出先の国の経済にとっても恩恵となると述べ、人民元の切り上げ圧力には抵抗することを表明しました。
温首相の主張は、中国製品を輸入することで、先進国の消費者は廉価な製品を購入することができますし、中国に進出している先進国企業もまた、安い労働力から利益に得ているということなのでしょう。しかしながら、雇用の面から見ますと、物価水準が低く、労働者の権利が充分に保護されておらず、かつ、労働条件が劣悪な中国が、圧倒的に製造拠点としての競争力を持つことは確かです。その上、元安政策となりますと、中国への雇用流出は加速します。輸出先の消費者は、低価格の商品を手にすることができても、生活の維持に不可欠である所得を約束する雇用機会を失うのであれば、元も子もありません。
製造拠点が移動できる現代の貿易不均衡問題は、即、雇用問題に転化します。中国政府は、自国のアンフェアな元安政策と過酷な労働政策が、他国においては雇用不安を招いている現実を直視すべきと思うのです。
<雇用が奪われる>
参考文献 日経H22.2.6
アメリカ失業率4ヶ月ぶりに10%割り、1月は9.7%に。増加幅が月間10万人増えても、07年12月の雇用水準に戻るのには、6年かかる計算
背景には雇用の変化。不況に入ると、すぐに人員削減、IT化や海外への業務のアウトソーシングで、省力化。その結果労働生産性は前期比年率6.2%上昇。従業員数や労働時間を減らしても、同じ規模の生産を続けた計算に。「雇用なき回復」が可能な世の中。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3080.html

まず、各国失業率の上昇ですが、これは「リーマン・ショック」で、勝手にこけたのが原因です。
「人為的に元安を誘導し、その結果、雇用が中国に奪われる」という論調ですが。アメリカの輸出は、順調に伸びています(資料は、リーマン・ショック前)。輸出が伸びるということは、雇用が奪われているのではないことを示します。

為替相場と、貿易黒(赤)字は、短期はともかく、長期的には関係がないのです。もちろん、円安(元安)が、輸出を伸ばします。輸出超過の国にとっては、為替高は短期的にGDP押し下げの要因です。
ですが、貿易黒字は、外国との関係ではなく、国内事情で増減します。ISバランス論です。「不況になると、貿易黒字は増える」のです。ですから、GDPが順調に伸びていれば、為替高の影響は、相殺されます。というより、「円高」で、GDPが減ったことは、事実としてありません(リーマン・ショックを除く)。
<雇用を奪われる?>
教科書の間違い 帝国書院『高校生の新現代社会』H22年度用見本 p72 p74
賃金の安い中国、東南アジアの追い上げによって国内外の企業を巻き込んだ激しい競争が起こり、それに打ち勝つために生産拠点を海外に移転する動きが加速し、国内では産業の空洞化を招きました。
P148-149
…中国は世界最大の外国投資受入国となっているのです。日本からも食品、繊維などの軽工業をはじめ、自動車、電機、鉄鋼などの各種企業が進出し、日本国内の産業の空洞化はいっそう懸念されるようになっています。…日本は産業の空洞化を乗り越えるためにも、成長著しい中国をよきライバルとし、良好な関係を形成しながら、ともに高めあっていけるやり方を考えていく必要があります。
産業の空洞化はあったのか。答え「なかった」。
①国内生産・GDP(国内総生産)は減少ではなく、一貫して上昇しています。
(除く1974年石油危機、1998年山一證券・拓銀倒産・消費税UPの翌年)
とうほう『政治・経済資料2009』p222

②雇用ですが、雇用は、比較劣位産業から、比較優位産業に移転し、全体として雇用者数は、極端には変化しないのです。同年の雇用者数推移のグラフです(数字出典:総務省統計)。(もちろん、不況時には失業率が増加するなど、一時的な雇用の流動は起こります)

日本経済新聞H21年5月6日

日本の産業別の就業は、年々変化しています。就業者数が減っている業界があれば、増えている業界があります。第2次産業の雇用者比率低下は、70年代から始まっているのです。
このように、「産業の空洞化」は実際には、存在しないのです。
次に、「生産拠点を海外に移転する動きが加速」という部分です。これは、対外投資額の増加を示しています。海外での合弁会社の設立やM&Aのことです。「対外直接投 資は、01年を底に増加に転じ、03年と04年は多少減額しましたが、05年は急増」(岩田規久男『景気ってなんだろう』ちくまプリマー新書 2008 p98)しているのです。
対外直接投資は増えているということは、「生産拠点を海外に移転する動きが加速」することですが、それにより「国内生産・雇用・GDP(国内総生産)が減少する」のではなく、逆に「増えて」います。
GDP拡大は,国内生産量拡大のことです。国内生産量拡大には,労働力が必要です。労働力はどこから持ってきますか?それは,比較劣位産業からしか持ってこられません。「比較優位な産業に特化する」=「比較劣位産業縮小」ということなのです。
比較劣位産業 → 労働力を集める → 特化し,生産量拡大
↓ ↓
生産量減少 → セット
ただし、「製造業からサービス業へのシフト」は存在します。製造業雇用者低下→サービス業雇用者増加です。これを、「産業構造の高度化」といいます。とうほう『政治・経済資料2009』p230

地方の製造業都市が衰退し、大都市圏の人口が増えるので、これをあえて「地方製造業の空洞化」と言うことはできるでしょう。実際に、都市部と地方の格差は、あります。

(ただし、高度経済成長以後、格差は少なくなっています。日本は、均等に豊かになってきたのです)
帝国書院『アクセス現代社会2009』

日本全体としては、「GDP(GNI)は伸びている=産業は確保されている」というのが、現状です。
中国の貿易黒字が増えたとしても、中国に雇用が奪われる事実はないことに、注意が必要です。
スポンサーサイト
theme : 間違いだらけの経済教育
genre : 学校・教育