藤原正彦 『夢を与える「救世主」』 週刊新潮 H21年6.11号
文字に、色や、下線・拡大を入れないようにしてみました。
追記 「入れた方が分かりやすい」との声をいただきましたので、色づけします。(6月28日)
赤=間違い、青=正解、緑=引用です。
藤原正彦『夢を与える「救世主」』週刊新潮H21年6.11号
(注:番号は、筆者が挿入しました)
オバマ大統領が…選挙戦において中国を、人民元を不当に安く維持する為替操作国と非難していた。中国の輸出攻勢に参っていた各国は、よくぞ言ってくれたと喝采した。
…①中国が外貨準備として米ドルを200兆円も保有し、人民元を売り米国債を大量に買うなど為替操作をしてきたのは事実である。ただしこれを非難して中国を怒らせ、②中国が米国債購入を止めたらアメリカは万事休すである。…6500兆円という天文学的な財政赤字に苦しむと言われるアメリカに資金余力はない。どうせ中国と日本に国債を買ってもらおうという他人頼みに違いない。
…③怒った中国が保有する75兆円の米国債を一斉に売り出したら、無論中国経済も不況となるが、米国債は暴落し、長期金利は暴騰し、④アメリカ経済は頓死する。
⑤中国が怒ったらアメリカを潰すことができると言って過言ではない。
『国家の品格』というベストセラーにおいて、「武士道に基づく商売(ビジネス)」を提唱した人です。商売(ビジネス)についての価値観は、人それぞれ、千差万別ですが、経済学は、価値観(べき論)ではなく科学(である)です。「一般的経済理解」と、「経済学」は180°違います。それほど、「一般的な経済理解(例:貿易黒字は儲け、赤字は損。貿易はゼロサムゲーム。国債は借金etc)」は誤りなのです。
藤原さんを非難しているわけではないのですが、「有名大学教授でさえ、一般的な経済理解を持っている」のですから、高校の政経・現社で正しい経済学を教えない罪は大きいと言わざるを得ません。
まず、ISバランスから説明しましょう。

このように、我々国民は、所得を(1)消費C(2)税金T(3)貯蓄Sに回します。(1)と(2)は、その国内で使われます(内需)。(3)は、①企業に貸し出され、企業投資I、②政府に貸し出され、政府消費・投資(G-T)、③外国に貸し出され、(EX-IM)経常(貿易)黒字になります。①は、内需です。②も、内需です。
そして、③が外需(貿易収支)になります。中国が、海外投資(外国の国債・社債・株式・その他貸出)した金の総額=経常(貿易)黒字なのです。
日本の③外需(貿易収支)は次のようになっています。

経常収支は、大きく分けると、
A貿易黒字
B所得収支=海外投資(外国の国債・社債・株式・その他貸出)からの収益、
C経常移転収支=海外への無償援助です。
そして、この経常収支額=資本収支額です。
資本収支額=
D海外投資(外国の国債・社債・株式・その他貸出)と
E外貨準備です(誤差脱漏を除く)。
輸出して、中国企業がドルを稼ぎます。そのドルは、中国人の給料・配当・原材料費購入などのため、人民元に交換されます。中国の中央銀行・政府は人民元を放出し、ドルを購入します。これが中国のE外貨準備増になります。ただ、ドルを持っていても仕方ないので、それを、外国の国債・社債・株式等で運用し、利潤を得ます。その利潤(過去の投資の結果)が、B所得収支に含まれます。

もちろん、過去の日本のように、意図的にドルを買い(円安)為替操作をすることもありますが、その場合は、
経常収支額=D海外投資E外貨準備
ですから、Eが増えた分、民間の海外投資Dが減ります。
アメリカへの貿易黒字増=D海外投資E外貨準備が絶対に増えるのです。

①「中国が外貨準備として米ドルを200兆円も保有し、人民元を売り米国債を大量に買う」のは民間が主体であれ、中国国家が主体であれ、必然です。
②「中国が米国債購入を止めたら」にはなりません。国債購入は止められないからです(減る事はあります:たとえば、ユーロ債・オーストラリア債に投資すれば)。
別に国債ではなくてもいいのですが、そのかわり、アメリカ企業の社債・株・アメリカ個人への貸付を増やすことになります。投資としては国債の低いけれど確実な利率を選ぶか、リスクの大きい社債・株かということになります。
皆さんが、中央銀行や政府で外貨を預かった係りの人なら、どちらを購入しますか?
中国が、アメリカ国債を購入するのは、国内の貯蓄超過が原因です。次のグラフを見て下さい。中国は経済成長しています。その分、国民所得も増大していますが、みなさん、所得が増えたら、全部消費に回しますか?しませんよね。所得が増えた分、貯蓄に回すはずです。
櫻川昌哉『経済を動かす単純な論理』光文社2009p149
中国の貯蓄率は、50%に近いのです。所得の半分をS貯蓄に回しているんですね。
櫻川昌哉前掲書p171
通貨危機以降、海外から資金を安易に借りることの怖さを痛感したアジア諸国は、あまり海外から借金をしなくなりました。また、国内への投資も勢いにややかげりがみえるようにもなった。高貯蓄率構造はそれほど変化しなかったので、これらの国々に過剰貯蓄が発生するようになった。そしてこの資金が海外の資産市場に流入することになるのです。
櫻川昌哉前掲書p178 貯蓄率が国家の間で異なっていれば、経常収支の不均衡が長期にわたって続くということはありえるのです。経常収支赤字国が持続的な経済成長をすれば、黒字国から赤字国へ資金は流れ、経常収支の赤字も持続できます。…実際にアメリカは、過去30年間、経常収支の赤字を継続してきましたが、大きな問題は生じていません。

週刊ダイヤモンド
S貯蓄は①企業に貸し出され、企業投資I、②政府に貸し出され、政府消費・投資(G-T)、③外国に貸し出され、(EX-IM)経常(貿易)黒字になります。中国の国内投資Iが国民貯蓄Sに等しければ、②公債も、③貿易黒字も生じません。でも③が増えていると言うことは、中国国内で国民の貯蓄を使い切っていないことを示しています。
③「怒った中国が保有する75兆円の米国債を一斉に売り出したら、無論中国経済も不況となるが、米国債は暴落し、長期金利は暴騰し」ですが、売った場合、何を買うのでしょう?ユーロ債・オーストラリア債・ロシア債などBRICS債でしょうか?それとも、GOLDでしょうか?75兆円も米国債を持っているなら、金利2%でも、だまって1.5兆円の収入です。それを捨てても、別なものに投資するのでしょうか?
仮に、全部売ったとしましょう。アメリカのGDP(GDI国内所得)は2006年1319兆5000億円です。(ドル=100円換算)。75兆円のドル国債は、5.7%分にしかなりません。アメリカ国内で出回っているお金の5.7%分ドル(ドル債)が増えて、ドルが暴落するのでしょうか? たったそれだけのお金で、中国側も損する喧嘩を、アメリカにしかけるとは思えません。
④「アメリカ経済は頓死」ですが、アメリカドルは半分に暴落したことがありました。85年のプラザ合意です。

山川「詳説政治・経済」22年度見本
アメリカのドルは、すべての外貨に対し、暴落しました。円が、$=240円から、2年で$125円になりました。当時、日本も大量のアメリカ国債を持っていましたが、実質半分に目減りしました。でも、「アメリカ経済は頓死」しませんでした。
どこまで暴落したら、「アメリカ経済は頓死」するのでしょうか。1/10でしょうか。アメリカで売っている1ドルのハンバーガーが日本円で10円で買える状態でしょうか。
⑤「中国が怒ったらアメリカを潰すことができると言って過言ではない」は文字通り「過言」です。アメリカのGNI(国民総所得)は、世界の27.7%(06年)あります。
世界全体の経済は「閉鎖経済」といいます。要するに、世界全体から見たら、世界全体の総生産=世界全体の総所得=世界全体の総支出(世界全体のGDPの三面等価)になり、国境と国境で区切った「輸出入」は世界全体の図には存在しないのです。

与次郎『大機小機』日本経済新聞H21.6.6
…思えば、世界経済全体は閉鎖経済であり、そこには最終需要として輸出は存在しない。
追記 「入れた方が分かりやすい」との声をいただきましたので、色づけします。(6月28日)
赤=間違い、青=正解、緑=引用です。
藤原正彦『夢を与える「救世主」』週刊新潮H21年6.11号
(注:番号は、筆者が挿入しました)
オバマ大統領が…選挙戦において中国を、人民元を不当に安く維持する為替操作国と非難していた。中国の輸出攻勢に参っていた各国は、よくぞ言ってくれたと喝采した。
…①中国が外貨準備として米ドルを200兆円も保有し、人民元を売り米国債を大量に買うなど為替操作をしてきたのは事実である。ただしこれを非難して中国を怒らせ、②中国が米国債購入を止めたらアメリカは万事休すである。…6500兆円という天文学的な財政赤字に苦しむと言われるアメリカに資金余力はない。どうせ中国と日本に国債を買ってもらおうという他人頼みに違いない。
…③怒った中国が保有する75兆円の米国債を一斉に売り出したら、無論中国経済も不況となるが、米国債は暴落し、長期金利は暴騰し、④アメリカ経済は頓死する。
⑤中国が怒ったらアメリカを潰すことができると言って過言ではない。
『国家の品格』というベストセラーにおいて、「武士道に基づく商売(ビジネス)」を提唱した人です。商売(ビジネス)についての価値観は、人それぞれ、千差万別ですが、経済学は、価値観(べき論)ではなく科学(である)です。「一般的経済理解」と、「経済学」は180°違います。それほど、「一般的な経済理解(例:貿易黒字は儲け、赤字は損。貿易はゼロサムゲーム。国債は借金etc)」は誤りなのです。
藤原さんを非難しているわけではないのですが、「有名大学教授でさえ、一般的な経済理解を持っている」のですから、高校の政経・現社で正しい経済学を教えない罪は大きいと言わざるを得ません。
まず、ISバランスから説明しましょう。

このように、我々国民は、所得を(1)消費C(2)税金T(3)貯蓄Sに回します。(1)と(2)は、その国内で使われます(内需)。(3)は、①企業に貸し出され、企業投資I、②政府に貸し出され、政府消費・投資(G-T)、③外国に貸し出され、(EX-IM)経常(貿易)黒字になります。①は、内需です。②も、内需です。
そして、③が外需(貿易収支)になります。中国が、海外投資(外国の国債・社債・株式・その他貸出)した金の総額=経常(貿易)黒字なのです。
日本の③外需(貿易収支)は次のようになっています。

経常収支は、大きく分けると、
A貿易黒字
B所得収支=海外投資(外国の国債・社債・株式・その他貸出)からの収益、
C経常移転収支=海外への無償援助です。
そして、この経常収支額=資本収支額です。
資本収支額=
D海外投資(外国の国債・社債・株式・その他貸出)と
E外貨準備です(誤差脱漏を除く)。
輸出して、中国企業がドルを稼ぎます。そのドルは、中国人の給料・配当・原材料費購入などのため、人民元に交換されます。中国の中央銀行・政府は人民元を放出し、ドルを購入します。これが中国のE外貨準備増になります。ただ、ドルを持っていても仕方ないので、それを、外国の国債・社債・株式等で運用し、利潤を得ます。その利潤(過去の投資の結果)が、B所得収支に含まれます。

もちろん、過去の日本のように、意図的にドルを買い(円安)為替操作をすることもありますが、その場合は、
経常収支額=D海外投資E外貨準備
ですから、Eが増えた分、民間の海外投資Dが減ります。
アメリカへの貿易黒字増=D海外投資E外貨準備が絶対に増えるのです。

①「中国が外貨準備として米ドルを200兆円も保有し、人民元を売り米国債を大量に買う」のは民間が主体であれ、中国国家が主体であれ、必然です。
②「中国が米国債購入を止めたら」にはなりません。国債購入は止められないからです(減る事はあります:たとえば、ユーロ債・オーストラリア債に投資すれば)。
別に国債ではなくてもいいのですが、そのかわり、アメリカ企業の社債・株・アメリカ個人への貸付を増やすことになります。投資としては国債の低いけれど確実な利率を選ぶか、リスクの大きい社債・株かということになります。
皆さんが、中央銀行や政府で外貨を預かった係りの人なら、どちらを購入しますか?
中国が、アメリカ国債を購入するのは、国内の貯蓄超過が原因です。次のグラフを見て下さい。中国は経済成長しています。その分、国民所得も増大していますが、みなさん、所得が増えたら、全部消費に回しますか?しませんよね。所得が増えた分、貯蓄に回すはずです。
櫻川昌哉『経済を動かす単純な論理』光文社2009p149

中国の貯蓄率は、50%に近いのです。所得の半分をS貯蓄に回しているんですね。
櫻川昌哉前掲書p171
通貨危機以降、海外から資金を安易に借りることの怖さを痛感したアジア諸国は、あまり海外から借金をしなくなりました。また、国内への投資も勢いにややかげりがみえるようにもなった。高貯蓄率構造はそれほど変化しなかったので、これらの国々に過剰貯蓄が発生するようになった。そしてこの資金が海外の資産市場に流入することになるのです。
櫻川昌哉前掲書p178 貯蓄率が国家の間で異なっていれば、経常収支の不均衡が長期にわたって続くということはありえるのです。経常収支赤字国が持続的な経済成長をすれば、黒字国から赤字国へ資金は流れ、経常収支の赤字も持続できます。…実際にアメリカは、過去30年間、経常収支の赤字を継続してきましたが、大きな問題は生じていません。

週刊ダイヤモンド
S貯蓄は①企業に貸し出され、企業投資I、②政府に貸し出され、政府消費・投資(G-T)、③外国に貸し出され、(EX-IM)経常(貿易)黒字になります。中国の国内投資Iが国民貯蓄Sに等しければ、②公債も、③貿易黒字も生じません。でも③が増えていると言うことは、中国国内で国民の貯蓄を使い切っていないことを示しています。
③「怒った中国が保有する75兆円の米国債を一斉に売り出したら、無論中国経済も不況となるが、米国債は暴落し、長期金利は暴騰し」ですが、売った場合、何を買うのでしょう?ユーロ債・オーストラリア債・ロシア債などBRICS債でしょうか?それとも、GOLDでしょうか?75兆円も米国債を持っているなら、金利2%でも、だまって1.5兆円の収入です。それを捨てても、別なものに投資するのでしょうか?
仮に、全部売ったとしましょう。アメリカのGDP(GDI国内所得)は2006年1319兆5000億円です。(ドル=100円換算)。75兆円のドル国債は、5.7%分にしかなりません。アメリカ国内で出回っているお金の5.7%分ドル(ドル債)が増えて、ドルが暴落するのでしょうか? たったそれだけのお金で、中国側も損する喧嘩を、アメリカにしかけるとは思えません。
④「アメリカ経済は頓死」ですが、アメリカドルは半分に暴落したことがありました。85年のプラザ合意です。

山川「詳説政治・経済」22年度見本
アメリカのドルは、すべての外貨に対し、暴落しました。円が、$=240円から、2年で$125円になりました。当時、日本も大量のアメリカ国債を持っていましたが、実質半分に目減りしました。でも、「アメリカ経済は頓死」しませんでした。
どこまで暴落したら、「アメリカ経済は頓死」するのでしょうか。1/10でしょうか。アメリカで売っている1ドルのハンバーガーが日本円で10円で買える状態でしょうか。
⑤「中国が怒ったらアメリカを潰すことができると言って過言ではない」は文字通り「過言」です。アメリカのGNI(国民総所得)は、世界の27.7%(06年)あります。
世界全体の経済は「閉鎖経済」といいます。要するに、世界全体から見たら、世界全体の総生産=世界全体の総所得=世界全体の総支出(世界全体のGDPの三面等価)になり、国境と国境で区切った「輸出入」は世界全体の図には存在しないのです。

与次郎『大機小機』日本経済新聞H21.6.6
…思えば、世界経済全体は閉鎖経済であり、そこには最終需要として輸出は存在しない。