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世界経済を破綻させる23の嘘

<世界経済を破綻させる23の嘘>

ハジュン・チャン著『世界経済を破綻させる23の嘘』徳間書店 2011
世界経済を破綻させる23の嘘.jpg

 日経新聞電子版の書評コーナーで、1月によく読まれた記事ベストテンの1位の書籍です。

 原題は『23Things they don't tell you about capitalism』『資本主義について誰も教えてくれなかった23のこと』だそうです。

 下記の主題23が全部「間違い=真逆である」ということを指摘しています。

1市場は自由でないといけない
2株主の利益を第一に考えて企業経営せよ
3市場経済では誰もが能力に見合う賃金をもらえる
4インターネットは世界を根本的に変えた
5市場がうまく動くのは人間が最悪(利己的)だからだ
6インフレを抑えれば経済は安定し、成長する
7途上国は自由市場・自由貿易によって富み栄える
8資本にはもはや国籍はない
9世界は脱工業化時代に突入した
10アメリカの生活水準は世界一である
11アフリカは発展できない運命にある
12政府が勝たせようとする企業や産業は敗北する
13富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う
14経営者への高額報酬は必要であり正当でもある
15貧しい国が発展できないのは起業家精神の欠如のせいだ
16すべては市場に任せるべきだ
17教育こそ繁栄の鍵だ
18企業に自由にうあらせるのが国全体の経済にも良い
19共産主義の崩壊とともに計画経済も消滅した
20今や努力すれば誰でも成功できる
21経済を発展させるには小さな政府のほうがよい
22金融市場の効率化こそが国に繁栄をもたらす
23良い経済政策の導入には経済に関する深い知識が必要

 久しぶりに、事実についてのみ解説している経済学の書物に出会いました。「べき論」とか、「価値論」は述べられていません。非常にすっきり、明快に論旨を述べています。

注) 本来の経済学は「どうあるか」を分析するもので、「どうあるべきか」という価値観とは別個のものです。ですから、経済学者が経済について「べき論」を述べると、やはり一般の人と同じように「千差万別」になってしまいます。この「意見」に対しては、正誤判定できません。 

この書物の2~3のトピックについて扱います。

<市場経済では誰もが能力に見合う賃金をもらえる>

まず、通説です。

p47
 市場経済では、人々は生産性に応じて報酬を受ける。大げさに同情するリベラルなら、ストックホルムの誰かさんがニューデリーの同等のものよりも50倍も高い賃金をもらっていることを受け入れがたい、などと言いかねないが、それは生産性の違いを反映したものであるから仕方ない
…自由な労働市場のみが、公平で効率の良い報酬システムを作り上げることができる。
 

それを著者は、ひっくり返します。

P48
 富める国と貧しい国で賃金格差が生じる最大の理由は、個人の生産性の違いではなく、移民を押さえる政策のせいである。もし誰もが自由に移民できる状況なら、富める国の労働者のほとんどが、たぶん、いや、きっと、ずっと貧しい国の人々にとって代わられることだろう。要するに、賃金はおもに政治的に決定されるものなのである。
…富裕国の金持ちは自らの優秀さを褒めたたえてもよい、というわけではない。彼らの生産性が高いのは、ただ単に、祖国が長い歴史によって構築した制度のおかげなのだから。
 真に公正な社会を作るつもりなら、私たちはみな個人的な価値に応じた賃金をもらっているという神話を打ち破る必要がある。
 

 このブログで、何回か紹介してきた、マンキューの原理(皆が同意せざるを得ないこと)です。

N・グレゴリー・マンキュー『マンキュー経済学』東洋経済新報社 2008 p18

第8原理:生活水準は財サービスの生産能力に依存している

 世界全体を見渡した時、生活水準の格差には圧倒されるものがある。2000年のアメリカ人の平均所得は約34100ドルであった。…ナイジェリア人の平均所得は800ドルであった。平均所得に現れた、この大きな格差が、生活の質を測るさまざまな尺度にされているといっても驚くには当たらないだろう。

…国や時代の違いによって生活水準に大きな格差が変化があるのはなぜだろうか。その答えは驚くほど簡単である。生活水準の格差や変化のほとんどは、各国の生産性によって説明できる。生産性とは1人の労働者が1時間あたりに生産する財・サービスの量である。労働者の1時間当たりの生産量が多い国ではほとんどの人々が高い生活水準を享受している。労働者の生産性が低い国ほとんどの人が、最も低い生活水準を甘受しなければならない。同様に、一国の生産性の成長率は平均所得の成長率を決定する。

…アメリカの所得が1970年代と1980年代に低成長だったのは、日本をはじめとする外国との競争のせいであると主張する評論家たちがいる。しかし、本当の悪者は海外との競争ではなく、アメリカ国内における生産性の成長率の低下なのである。
 

 でも、これは、チャンによると、 「移民を押さえる政策のせい」「賃金はおもに政治的に決定されるもの」「生産性が高いのは、ただ単に、祖国が長い歴史によって構築した制度のおかげ」「個人的な価値に応じた賃金をもらっているという神話」と、ヒトの移動の自由を制限している(人為的)からこそ、生じた違いということになります。そして、事実、チャンの言うとおりです。

国境.jpg

 http://nensyu-labo.com/syokugyou_bass.htm『年収ラボ』
バス運転手 平均年収:440.5万円 平均時給:1486.5円


 日本のバス運転手の平均時給は1486円です。一方、インドのニューデリーのバス運転手は、時給18ルピー:32.4円です。日本人の運転手時給は、インドの運転手の46倍です。
 
 では、日本人の運転手は、46倍も生産性が高いのでしょうか。46倍速いとか、46倍運転が上手とか。どちらかというと、インドのニューデリーの混雑(三輪タクシー:牛:自転車)を避けつつ運転する方が難しそうです。

 それとも、日本人の運転手は高学歴で,インドの運転手は低学歴だからでしょうか。バスの運転に学歴は関係あるのでしょうか?日本の大型二種免許は、「大学卒」でないと、取れない資格ではありません。中卒でも実際には、取れます。「ケインズ経済学」なんてぜんぜん知らなくても大丈夫です。

 この様に考えると、46倍の差をもたらしている理由は一つ、「移民制限」ということになります。日本の労働者は、労働者移動を制限する日本の法律によって守られています。

 もし、「自由主義」政策によって、労働者移動を自由にすると、単純労働者はおそらく、全て、外国の労働者によって取って代わられます。外国人労働者は、日本人の時給よりも、はるかに安い労賃で働くことになります。

 インドの運転手は、おそらく、時給691円(北海道の最低賃金)でも、喜んで働きます。これでも、インドでの時給の21倍になります。仕送りには十分な額です。

 そこで、「日本の道路交通法全部覚えろ!日本語で!」ですか?「看護士」「介護福祉士」の移民制限(フィリピンや、インドネシアの外国人は、この3年で数名しか合格していません・・・)のようですね。

<追記>

外国人看護師受け入れ、負の連鎖も

2011年03月07日21時43分
提供:医療・介護情報CBニュース
 2月下旬、今年度の看護師国家試験が行われ、経済連携協定(EPA)に基づいて2008年夏に来日したインドネシア人看護師候補者(第1陣)約90人が最後の試験に臨んだ。彼らは不合格の場合、8月に滞在期限を迎えるため、政府は来年度も受験できるよう、在留期間を1年延長する方向で調整している。ただ、仮に延長になったとしても、あくまで「応急処置」にすぎず、制度の見直しという課題は残されたままだ。この問題は日本とインドネシア、フィリピンとの友好関係だけでなく、看護師候補者の人生をも左右するが、このままでは負の連鎖が続くとの懸念が広がっている。(敦賀陽平)

 「わたしたちはこの何年間か、国家試験に合格するために毎日勉強してきました。時間もなく…家族と離れて…日本人の中で日本語に苦しみながらの毎日でした。何度インドネシアに帰りたいと思ったか分かりません」―。3月5日に在日インドネシア大使館で開かれた第1陣の慰労会。候補者を代表して日本語であいさつしたデウィ・スプティヤスリニさんは目に涙を浮かべ、言葉を詰まらせた。
 デウィさんは名門インドネシア大を卒業後、首都ジャカルタ市内の病院で経験を積んだエリート看護師だ。しかし、その彼女にとっても言葉の壁は厚く、候補者から初の合格者が出た昨年度の試験でも、合格ラインにわずかに届かなかった。関係者によると、彼女は今回も合格者の最有力候補の一人だという。「昨年に比べて易しかったけれど、合格点も上がるので分かりません」とデウィさんは話す。ただ、不合格だった場合の帰国だけは既に決めているという。「3年で合格しなかったら帰ると、最初から決めていました。もう(頑張る)元気はないです」。彼女の顔には疲労の色がにじんでいた。
 一方、彼女と同じ病院で働くイルファン・ボラギンアギンさんは、「必修問題はできたけれど、一般問題は難しかった」と話す。イルファンさんは不合格でも日本にとどまるという。


 では、日本語を完璧に覚えなくてもできる清掃はどうですか?ごみ収集はどうですか(ドイツのトルコ人のように)?新宿の居酒屋には、すでに、外国人アルバイトばかりの店さえあります。コンビニレジ打ち、コンビニの弁当作りはどうですか?引越し作業はどうですか?全部「資格」が必要ですか?
北海道の農業や、水産加工業は、「研修生」と言う名の、実質「中国人労働者」にたよらなければ、経営が成り立たないところがたくさんあります。

 未熟練労働者だけではありません。エンジニア、銀行員、英語教員、プログラマー、看護士、医師、パイロット、弁護士etc etc・・・。日本の職場に入れる十分な知識を持っています。

 このように考えると、「移民制限という労働市場へのきわめて厳しい規制によって支えられている、ということがはっきりわか(同書p52)」りませんか?

<自由主義の神話>

通説です。

p19
 市場は自由でないといけない。政府が市場参加者のことを規制する(筆者注:大きな政府)と、資源は流れを阻害されて、最も効率的な利用のされ方をしなくなる。利益が1番あがると思われることができなくなると、人々は投資とイノベーションのインセンティブを失う。
…ミルトン・フリードマンの有名な著作のタイトルどおりに人々は『選択の自由』を与えられなければならない。


 以下は事実です。

P20
 自由市場なんて存在しない。どんな市場にも選択の自由を制限する何らかのルールや制限がある。自由に見える市場があるとしても、そう見えるのは私たちがその市場の基盤にある規制をあたりまえのこととして受け入れているために、それを規制と認識できなくなっているからに過ぎない (筆者注:労働規制は見てきたとおりです)
…客観的に定義できる「自由市場」なるものが存在するという神話を打ち破ることが、資本主義(資本制経済)理解のファーストステップになる。
 

 ですから、「市場に任せさえすれば、誰もがその人の価値に見合った正しく公平な賃金をもらえる、という…説は神話p57」であり、「市場は政治的なものであり、個人的な生産性は実は社会システムに支えられたものであるp57」という事実を受け入れるところから、市場理解が始まるのです。
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世界経済を破綻させる23の嘘

<世界経済を破綻させる23の嘘 その3>

ハジュン・チャン著『世界経済を破綻させる23の嘘』徳間書店 2011

世界経済を破綻させる23の嘘.jpg

 日経新聞電子版の書評コーナーで、1月によく読まれた記事ベストテンの1位の書籍です。

 原題は『23Things they don't tell you about capitalism』『資本主義について誰も教えてくれなかった23のこと』だそうです。

 下記の主題23が全部「間違い=真逆である」ということを指摘しています。

1市場は自由でないといけない
2株主の利益を第一に考えて企業経営せよ
3市場経済では誰もが能力に見合う賃金をもらえる
4インターネットは世界を根本的に変えた
5市場がうまく動くのは人間が最悪(利己的)だからだ
6インフレを抑えれば経済は安定し、成長する
7途上国は自由市場・自由貿易によって富み栄える
8資本にはもはや国籍はない
9世界は脱工業化時代に突入した
10アメリカの生活水準は世界一である
11アフリカは発展できない運命にある
12政府が勝たせようとする企業や産業は敗北する
13富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う
14経営者への高額報酬は必要であり正当でもある
15貧しい国が発展できないのは起業家精神の欠如のせいだ
16すべては市場に任せるべきだ
17教育こそ繁栄の鍵だ
18企業に自由にうあらせるのが国全体の経済にも良い
19共産主義の崩壊とともに計画経済も消滅した
20今や努力すれば誰でも成功できる
21経済を発展させるには小さな政府のほうがよい
22金融市場の効率化こそが国に繁栄をもたらす
23良い経済政策の導入には経済に関する深い知識が必要

 久しぶりに、事実についてのみ解説している経済学の書物に出会いました。「べき論」とか、「価値論」は述べられていません。非常にすっきり、明快に論旨を述べています。

注) 本来の経済学は「どうあるか」を分析するもので、「どうあるべきか」という価値観とは別個のものです。ですから、経済学者が経済について「べき論」を述べると、やはり一般の人と同じように「千差万別」になってしまいます。この「意見」に対しては、正誤判定できません。 

この書物の2~3のトピックについて扱います。

<小さな政府(市場に任せる)の方が、大きな政府より良い>

まず、通説です。

P294
 大きな政府は経済に良くない。…共産主義経済の失敗を思い起こすまでもない。肥大化した社会保障制度をもつヨーロッパの活力のなさと、アメリカの旺盛なバイタリティーを比較してみるとよい。
P228
 全て市場に任せておくべきだ。なぜなら、市場参加者は基本的に自分が何をしているのかよくわかっているからである(筆者注:ミクロ経済学では、これが前提です)。つまり彼らは合理的なのである。…部外者、特に政府が市場参加者の行動の自由を制限しようとすれば必ず好ましくない結果が生じる。政府が、低劣の情報しかないのに市場に介入し、市場参加者が利益があると判断したことをやめさせようとしたり、彼らがやりたくないことをやらずに接したりするのは、でしゃばりもいいところだ。


それを著者は、ひっくり返します。

P295
 うまく設計された社会保障制度は、実は人々をより果敢に就職に取り組ませるし、変わることに前向きにさせる。ヨーロッパの人々は「自分の働いている企業が外国企業との競争に負けて操業を停止しても、(失業手当で)生活水準を維持できるし、(政府の助成金で)再訓練を受けて転職することもできる」とわかっている。
 いっぽうアメリカ人は「現在の職を失ったら生活水準は急降下してしまい、二度と仕事にありつけないかもしれない」とわかっている。だから、…最高度の社会保障制度をもつヨーロッパの国々は、アメリカよりも速いか同等のスピードで経済発展ができたのである。
P228
 市場参加者は必ずしも自分が何をしているのかよくわかっているわけではない。…世界は非常に複雑で、それにしっかり対処することなど、私たちの能力ではとてもできない。
 したがってわたしたちは、…意図的に選択の自由を制限する必要があり、通常はそうしている。政府の規制、特に現代金融市場のような複雑な領域への規制が、効果を発揮することが多いのは政府がすぐれた知識を持っているからではなく、政府が選択を制限することによって、当面の問題の複雑さを減じ、不都合なことが起こる可能性を小さくしているからである。


 小さな政府も大きな政府も神話ですから、別にどっちでもいいのです。もうそろそろ、神学論争なんて止めにしてはどうでしょうか?

「小さな政府で無ければいけない」ということもないし、「大きな政府が良い」ということでもありません。

 「社会保障制度の規模が小さい国のほうが経済的に活力がある、というのが通説だ。だが事実はその説を支持しないp303」のです。

 小さな政府のアメリカと、大きな政府の欧州を、比較してみましょう。

小さな政府と大きな政府

 2000→2008 所得増加率
 アメリカ   1.8%
 フィンランド 2.8% スウェーデン2.4% 

 社会保障制度の小さな国(小さな政府)が経済に活力があるなどというのは、神話なのです。

 大体、市場原理(小さな政府でよい)というのは、「すべての参加者は合理的だ」との前提に立っています。「合理的で、自分の利益を最大限考え、自分自身の状況を何よりも知っている」との前提です。だから、「政府が決めるよりも、よく知っている自治体が決めるべき」などという論が出てきます。

 この論理は、「地方に自由なカネをよこせ」の方便です。裁量権の拡大が欲しいのが本音です。

なぜ、「良く知っているはずの、地方の第3セクターは軒並み「赤字」「破綻」なのでしょう?

 事実は、「自分(自分の周りの状況)のことを全て理解しているわけではないし、直接自分に関わることでもきちんと理解できるわけではない」のです。

 だから、政府の規制=意図的な選択の自由の制限が必要(例えば金融市場=これこそ、市場の失敗が無いマーケットでは?)なのです。政府がかしこいわけではなく、選択制限により、複雑なものを整理し、問題が起こる可能性を減じます。

 経済学者がある実験をしました。ジャムを8種類売る店と、ジャムを30種類以上売る店。どちらが売れたか。前者です。「選択肢が多い=市場原理拡大だから、売れるのではない」のです。消費者は、選択肢が多すぎると、「わけが分からなくなる」のです。「合理的」でも何でもありません。

 ノーベル経済学賞を受賞したマートンとショールズと言う人が、自分たちの経済理論を下にした、LTCMという投資ファンドを設立し、1998年、アジア経済危機から波及したロシアの債券下落によって、結局つぶれてしまいました。
 ショールズはさらに、1999年にPGAMというファンドを立ち上げ、再起を図りましたが、2008年に破綻しましたよね。「常に自分が何をしているのか、よく分かっている」のではなく、資産運用のプロ中のプロ、世界一流経済学者がいる大学ファンド(ニューヨークやバード大)でさえ、破綻しましたよね。

 「合理的で、自分の利益を最大限考え、自分自身の状況を何よりも知っている」という前提に立つ「市場原理(小さな政府でよい)」なる経済理論なんて、そもそも現実には存在し得ないのです。「人間の合理性には限界がある(難しく言えば限定合理性)」のです。

 その様な現実の世界では、選択肢を狭める規制が必要です。選択肢を狭める方が合理的=われわれの日常生活がそうです。本来、体調によって最適な睡眠時間:最適な朝食メニューは毎日変わるはずですが、大半、同じ時間寝て、同じ時間におき、同じ朝食を食べます。

 将棋ゲームなんて、たった数十個のこまを使うだけです。ですが、「合理的」になんて出来ません。何十種類もある、一手を、「合理的」に選ぶことが出来ません。あんな盤上ゲームでさえ「合理的」に行動できないのですから、60億人と何百万種類の財・サービスがかかわる「経済世界」を「合理的に判断する」ことなど限りなく不可能です。

 ですから、政府による規制(選択肢の限定)が必要なのです。何度も言うように、政府が賢いわけではありません。複雑さを解消し、規制される消費者・生産者がその「限定合理性」の中でも、少しでも合理的な決定が出来るようにするからです。

 地方分権を進める論理「地方の方が現場をよりよく知っている」などというのも、理論はともかく、現実的にはウソ(方便)なのです。

 規制(大きな政府)が消費者利益になる例です。

日経H23.2.27『中古住宅販売に認定制』
 
 国土交通省は2011年度から優良な中古住宅販売業者を対象にした認定制度を導入する。耐震性などで新築住宅並みの厳しい認定基準を設けたうえで優良物件だけを売る業者に国が「お墨付き」を与え、消費者が安心して中古住宅を買えるようにする。認定業者には販売時の住宅改修費を補助する。

…認定されるには①一定水準の工法や材料で屋上に防水加工を施す②住宅を支える基礎部分の鉄筋は一定基準の太さや量を確保する――など通常の中古住宅よりも念入りな改修が必要になる。
認定業者を不定期に調べたうえで、条件に満たない物件を取り扱った場合には認定を取り消す。

 消費者からみれば、新築住宅並みの構造を備えた中古住宅を新築よりも安く買えることになる。耐震性などに問題がある住宅を買いなどで大規模な改修を迫られるリスクも避けられる。

 国交省は11年度に10業種程度を認定し、認定業者を順次増やす考え。認定業者が販売する中古住宅を回収する場合、一戸当たり工事費の3分の1まで最大100万円の補助金を出す。…国交省は市場を活性化するためには販売業者の信頼獲得が不可欠とみている。



 どうですか?コストはかかります。ですが、消費者にとっては、「選択肢の限定」をすることで、「安心」を買えることになります。「市場の失敗」は無いはず(市場の失敗があるから、介入が必要)である「中古住宅市場」に「政府」が介入し、結果として消費者利益につながる場合です。

 「市場」のような、無数の選択肢(中古住宅市場)のある中で、消費者は「合理的な選択」を出来るでしょうか?選択肢が多ければ多いほど生産者にも消費者にも「利益が生じる」というのは、「神話」なのです。

世界経済を破綻させる23の嘘

<世界経済を破綻させる23の嘘>

ハジュン・チャン著『世界経済を破綻させる23の嘘』徳間書店 2011
世界経済を破綻させる23の嘘.jpg


 日経新聞電子版の書評コーナーで、1月によく読まれた記事ベストテンの1位の書籍です。

 原題は『23Things they don't tell you about capitalism』『資本主義について誰も教えてくれなかった23のこと』だそうです。

 下記の主題23が全部「間違い=真逆である」ということを指摘しています。

1市場は自由でないといけない
2株主の利益を第一に考えて企業経営せよ
3市場経済では誰もが能力に見合う賃金をもらえる
4インターネットは世界を根本的に変えた
5市場がうまく動くのは人間が最悪(利己的)だからだ
6インフレを抑えれば経済は安定し、成長する
7途上国は自由市場・自由貿易によって富み栄える
8資本にはもはや国籍はない
9世界は脱工業化時代に突入した
10アメリカの生活水準は世界一である
11アフリカは発展できない運命にある
12政府が勝たせようとする企業や産業は敗北する
13富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う
14経営者への高額報酬は必要であり正当でもある
15貧しい国が発展できないのは起業家精神の欠如のせいだ
16すべては市場に任せるべきだ
17教育こそ繁栄の鍵だ
18企業に自由にうあらせるのが国全体の経済にも良い
19共産主義の崩壊とともに計画経済も消滅した
20今や努力すれば誰でも成功できる
21経済を発展させるには小さな政府のほうがよい
22金融市場の効率化こそが国に繁栄をもたらす
23良い経済政策の導入には経済に関する深い知識が必要

 久しぶりに、事実についてのみ解説している経済学の書物に出会いました。「べき論」とか、「価値論」は述べられていません。非常にすっきり、明快に論旨を述べています。

注) 本来の経済学は「どうあるか」を分析するもので、「どうあるべきか」という価値観とは別個のものです。ですから、経済学者が経済について「べき論」を述べると、やはり一般の人と同じように「千差万別」になってしまいます。この「意見」に対しては、正誤判定できません。 

この書物の2~3のトピックについて扱います。

<教育こそ繁栄の鍵だ?>

まず、通説です。

P241
 経済発展には教育を十分にうけた労働者が絶対に必要である。教育水準が高いことで有名な東アジア諸国の経済的成功と、教育が世界一低い水準にあるサハラ以南のアフリカ諸国の経済的形態の違いを見ればそれは明白だ。その上、知識が富の最大の源泉となっているいわゆる知識経済が台頭した現在、教育特に高等教育が繁栄に必要不可欠なものになっている。


それを著者は、ひっくり返します。

P242
 教育の向上が国の繁栄に直接結びつくことを示す証拠はほとんどない。教育であれば知識の多くは生産性向上とは無関係である。…それに知識経済が台頭して教育の重要性が決定的に高まったという見解は人を惑わせるものでしかない。
…さらに非工業化と機械化が進んで、ほとんどの富裕国では大半の仕事で知識の必要度がむしろ落ちてさえいる。知識経済で重要とされる高等教育にしても、経済成長との単純な関係はない。国の繁栄にとって真に重要となるのは、個人の教育レベルではなく高い生産性を持つ起業(ママ)に個人を組織して組み込んでいく国の能力である。


<大卒で無ければならない仕事は、増えたのか>

 H22.12.1時点で、大卒予定者の就職内定率は68.8%だそうです。1996年以来、最低だそうです。

 日本人の大学進学率が50%だとしたら、その人たち(学士資格者)にふさわしい職業も50%なければなりません。しかし、企業は徹底して合理化を進めます。非正規労働者割合が、日本でも拡大しているのは、IT化・アウトソーシング化により、昔は専門職だったものが、「いつでもどこでも誰にでもできる職業」になっていることを示します。

 事務職に必要だったそろばん、簿記技術は、今はPCひとつ(エクセルソフトひとつ)でできるようになりました。10人必要だった事務職は2人ですむようになりました。

 レジ打ちも、「すばやく間違えずにキーをたたく」必要はありません。「ピッ」という音とともに、誰でもできるPOSシステムに取って代わりました。製造業も、その人にしかできない「暗黙知=職人技術」が機械化され、「いつでも、誰でも、どこでもできる=形式知」の時代です。

 大卒者にふさわしい職業が、50%の割合で存在するのかどうか。専門職のみ正社員、あとはパートで事足りる雇用形態です。

日経H22.2.11グラフ
日経 H22.2.11 大卒 就職者数.jpg

< 大卒就職者>高卒就職者 > 

高卒・大卒 就職.jpg

2009年度の4年制大学への進学率は、50.2%、短大を含めると56.2%になりました。2人に1人が大学へ行く時代です。高校進学率は、ほぼ100%です。日本には、大学卒業にふさわしい職業が、そんなにあるのでしょうか。

18歳人口数と、大学入学者数の推移です。18歳人口は減り続け、大学進学者数は伸びています。

18歳人口数.jpg

同年代の大卒就職者の割合を見ても、理解できそうです。

18才 4年後大卒就職者数.jpg

 企業の大卒採用数は、そんなに変化が無いことが分かります。大卒にふさわしい仕事が、増えているのではないのです。

<余談> 

参考文献 リクルート『第27回 ワークス大卒求人倍率(2011年卒)』
http://c.recruit.jp/library/job/J20100421/docfile.pdf#search='大卒 求人数 推移'


 大卒民間企業就職希望者数          45万5700人
 従業員5000人以上(いわゆる大企業)の求人数  41,600人

 これをみて分かるように、皆が殺到する、「いわゆる大企業」の求人数/求職数は、1/10以下です。10人に1人以下しか、就職できません。「70社」落ちたとか、「100社落ちた」とか、言われていますが、これはエントリーシート段階で落ちたものを含めた数字でしょう。

 一方、中小企業の求人数は、54万300人です。求職数の45万5700人を上回っています。特に、従業員300人未満の企業では、求人数30.3万人に対して就職希望者6.9万人と、求人倍率は4.4倍に上ります。

(追記)

日経H23.3.3『変わる採用』

…学生の3人に1人が100社に応募するネット就活時代。人気企業には応募が殺到、特定の学生に内定が集中する。企業は人材を採りきれず、エントリーシートで漏れる人材も少なくない。

…今春卒業予定で民間企業に就職を希望する大学生は46万人と過去の氷河期である00年より4万人多い。…職業人としての訓練を積んだ高等専門学校の内定率は94.7%(昨年12月時点)ある。

…富士通は一芸に秀でた学生採用の1期生12人を迎える。…「多様な人材を探す一つの手段」。
…ライフネット生命…。「人と違うことが出来る人を集める」と留学など多様な経験をした若者を狙う。
 

 差別化は、モノ・サービスだけでなく、「ヒト」にとっても「売れる」要因です。

<教育と経済成長は無関係>

 ハーバード大学の経済学者ラント・プルチェット…数十カ国におよぶ富裕国および発展途上国の1960年―87年データを分析…得た結論は、「教育の向上が経済発展をうながすという見解を裏付ける証拠はほとんどない」というものだった。P245~ 

 これは、生産性向上(GDPアップ)に、教育は思うほど重要ではないということを示します。
 
 例えば、「教育こそが、東アジア発展の奇跡の鍵」も怪しいのです。

  識字率1960年   1960年の所得   現在所得
 台湾    54%    122ドル    18000ドル 
 韓国    71%     82ドル    21000ドル
フィリピン  72%    200ドル     1800ドル
アルゼンチン 91%    378ドル     7000ドル 

 サハラ以南では、1980→2004年、識字率は40%→61%に上昇しましたが、1人あたりの所得増加率は、同時期に0.3%落ちました。

 2007年1人当たり所得 
 ノルウエー  61,106ドル 
 デンマーク  56,427ドル 
 スェーデン  48,503ドル 
 フィンランド 45,516ドル 
 アメリカ   45,390 
  ↓ 
 日本     34,254ドル

 世界一富裕なノルウエーの中学2年生の成績は、2007年の国際数学・理科教育調査で、リトアニア、チェコ、スロバキア、アルメニア、セルビアなどのずっと貧しい国より下でした。

 アメリカは、カザフスタン、ラトビア、ロシア、リトアニアより下でした。
 
 デンマークやスウェーデンは、そのアメリカよりも下でした。

 とうほう『政治・経済資料2010』p232-233
日本の就業割合の変化.jpg
産業別就業者構成比.jpg


 日本は、サービス業の国です。家計支出においても、サービスへの支出が増加し続けているのです。モノ作りでもうける国ではありません。

日本のGDPの三面等価図を見てみましょう。

2009 名目GDP 内閣府 貿易黒字版.jpg

 もう、第3次産業の生産額は、約80%になっています。

 第2次産業の生産性向上(ヒトを必要としなくなった)により、第3次産業にヒトがシフトしているのです。

 教育を余り必要としない単純なサービス業が増えています。スーパーでの商品の棚積み、ファストフードでの調理、オフィスの清掃、コンビニの配送etc。しかも、「計算」しなくていいような(に?)仕事も増えています。「バーコードでピ!」「エクセルでポン!」は、そろばんを駆逐しました。

 貧しい国の電気店の人たちは、日本の○○電気の従業員よりも、はるかに、電気製品を修理できます。テクノロジーが発展すればするほど、労働者が必要とする教育程度は「低くてもかまわない」ことになるのです。

<では高等教育は>

 一方、知識集約産業の時代だから、かえって高等教育(大学など)の教育が重要になっているという説もあります。

 スイス(一人当たり所得56,005ドル)が、もっとも富裕な国の一つであることは、異論が無いはずです。高級時計は「スイス」が代名詞です。スイスフランはいざという時の最強通貨で、スイスの銀行の信用度は、世界一です。

 ですが、同国の大学進学率は、群を抜いて低いのです。1990年代までは他の富裕国の1/3、96年でもOECD諸国の平均の半分以下(16%:34%)でした。07年には47%に上がりましたが、それでも次のようになっています。

   2007年一人当たり所得  2007年大学進学率 
   デンマーク 56,427ドル     80%
   スイス   56,005ドル   47%  
  フィンランド 45,516ドル     94%
   アメリカ  45,390ドル     82%
    ギリシャ 32,165ドル     91%
    韓国   19,983ドル     96%
   リトアニア 11,354ドル     76%

 スイスは富裕国・スイスより貧しい国よりも、高等教育の割合が低いのに、生産性では群を抜いています

 それとも、スイスの大学教育はレベルが他の国の2倍(生産性2倍)あるのでしょうか。他の国の4年分を2年でマスターするとか。でもアメリカの大学のレベルと比較すると、それも違いますよね。

 これを「スイス・パラドックス」といいます。

「教育が、生産性を向上させるのには、微力な力しか持たない」ことを示します。

 にも関わらず、「大学にいかねばならない」と考え、日本でも、2人に1人が大学に進学するようになりました。誰もが学士になり、それよりも修士、それよりも博士とインフレになり、「ポスドク」現象(博士課程を出ても、企業が採用しない)につながってしまいました。

 アメリカ(失業率依然として9%)や、韓国(卒業しても仕事が無い国)、フィンランドといった国の少なくとも半分の学士は、ムダ(時間的にも費用的にも)ということになります。

 富める国になるには、「いかに高学歴にするか」は関係ないのです。

H22.2.10日経『雇用創出 米国の苦闘』
「高校を卒業しただけでは、もはや良い仕事には就けない」。オバマアメリカ大統領は1月27日の一般教書演説で国民に向けて言い切った。…海外の労働者との競争に勝てないとのメッセージだ。


 どうなんでしょうね? 記事:010-02-11 高校生(大学生)の就職 参照 

 教育の価値は、「経済的生産性向上(GDPアップ)にはない」のです。「精神的に豊かで自立した生活を送るのを手助けする」ことにあるのです。

 文学・歴史・芸術・哲学を学びますが、それらは、心豊かな人生を送るには重要そうです。
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