<経済学を知らないと、中銀総裁、彼らの論理が分からない>

<経済学を知らないと、中銀総裁、彼らの論理が分からない>

 世の中には、経済学を否定したり、経済学を学ばずに経済学?を批判するひとがたくさんいます。

 でも、世界の中銀総裁は、バリバリの「経済学者」です。彼らの論理は、経済学から出てきます。彼らの論理=なぜそう考えるのか?は、経済学を知らなければ、やはりでてきません。

 経済学を否定するのは構いませんが、それは「経済学のロジック=論理」を学んだ上で、否定しないと、説得力がありません。

イエレン アメリカ中銀 FRB 議長
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%B3

ドラギ 欧州中央銀行  ECB 総裁
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%AE

カーニー 英中銀 BOE 総裁
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%BC

黒田 日銀 総裁
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E7%94%B0%E6%9D%B1%E5%BD%A6

スティーブン・ポロズ カナダ 中銀 総裁
http://55v.info/person/stephen-poloz/

スティーブンス 豪中銀 総裁
http://55v.info/person/glenn-stevens/

ラジャン インド中銀総裁
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3

ブランシャール(ブランチャード) IMFチーフエコノミスト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89


 例えば、フリードマンの論理=マネタリズムは、もう、経済学のなかでは化石のような話になっていますが、しかし、彼のロジックは、あまりにも当たり前すぎて、今の金融緩和の論理=ロジックそのものとも言えます。つまり、ありふれてしまって、「あたりまえ」になりすぎて、それを論じるまでもないから、化石のように見えるのです。

フリードマン

 例えるなら、戦後に化学繊維の「ストッキング」が登場し、絹のストッキングを駆逐し、ストッキングといえば、化学繊維ストッキングを指すのが当たり前になったように・・
ストッキングと聞いて、「絹」を想像する人いませんよね。

平山健二郎『貨幣と金融政策』東洋経済新報社

1)価格の調整を妨げる摩擦が存在するため、名目ショックが労働市場・GDPの循環運動を引き起こす
2)通常、マクロ安定化効果が大きいのは財政ではなく金融政策である。
3)GDPの循環は、完全雇用水準を下回るのではなく、長期トレンドの周りで循環している。
4)マクロ政策の分析は、過去の個別エピソードではなく、政策ルールとして分析すべき
5)マクロ安定化政策には、長いタイムラグと不確実性が伴う


これら5つの命題は、すべてフリードマンが述べたこと



 今の、インフレターゲット政策、財政より金融、実質GDPの長期トレンド(潜在成長率)を支出GDEが上回ったり下回ったりしながら成長していく動学、価格の粘着性、マクロ政策は不完全・・・←これ、フリードマンの述べたことそのものです。

(もちろん、フリードマンの「マネーサプライを一定にすればGDP成長」という実証研究などは、理論的にも実証的にも完全に間違っていましたが)

フリードマンを批判したいのであれば、フリードマンのロジック=論理を学ばないと、批判できません。

 経済学を学ばないと、中銀総裁の論理=ロジックは、理解できません。だから、経済学を知らないと、経済は語れないのです。否定するのは、同じ土俵、ふんどしを身に着けてからですよ。そうしないと、そもそも「言葉=相撲の技」が通じません。

マーシャル 部分均衡 需要曲線

ワルラス 一般均衡 2主体2財~

一般均衡 財市場 労働市場 貨幣/債券市場→ケインズ理論

マクロの誕生

ということで、まずは、拙著「図解 使えるミクロ経済学」

http://www.amazon.co.jp/dp/4046005939/sr=1-1/qid=1444827318/ref=olp_product_details?_encoding=UTF8&me=&qid=1444827318&sr=1-1

をどうぞ(笑い)。

中学・高校教科書に登場するレベルのミクロでも、世の中を見るのには、十分なのです。ただし、その裏の理論を知らないと、中学校教科書は理解できません。

<追記 こんなのばっかり(苦笑)>

コメントです。

>自称学者は沢山居ますが、日本の多くはアルファベットを翻訳して「サルにも分かる云々」的なパクリ学者ですよね。翻訳家ともいいますかね。
>世界中の自然科学系学者では、経済学に代表される社会学は嘲笑の対象でしかないのですけどね。

ええと、①自然科学は「純粋理論」、②経済学は「数理科学」という、決定的な違いがあります。前者は①「理論のための理論」ですが、後者は②「現実を理解する理論」です。

ですから、②は時と場合によって多数存在します。経済学者は②を発見し、すごくうれしくなって同じ数学を使う①数学者に、「面白いでしょう!」と伝えますが、①数学者からは「どこが面白いの?」という反応しかありません。

①②の両方で抜群の才能を示したのがナッシュです。両方の世界で両方から認められる大天才だと言われています。

①②が共存し、別にどちらも否定するものではなく、どちらもあるよねというのが現実の世界ですから、「嘲笑の対象でしかない」は、的を得ていない批判にしかすぎません。ネット情報をかじった、孫請けでしょう。

大体、あなたが自分の給料を、どう使うかは、希少性・選択トレードオフ・限界原理・比較優位→全部経済理論で説明できますが、それを理解しない=勉強しようとしない=経済学の本を手に取らない・・だけで、話にならないのです。

また、経済学は「英語論文」で、「英語」で話しますから、「英語」を使わないと話になりません。いわゆる「土俵」は、「英語」です。

マルクス経済学に引導を渡したのは日本人の学者ですし、比較制度論は青木先生のオリジナルです。先駆者もたくさんいますよ。

事実としては、あなたがどんなに経済学をバカにしようと、その経済学で「円」だの「ドル」だの、あなたの生活レベルそのものが左右されているのです。文句を言いたければ、相手の武器を使用しないと、戦えません。

武器を使用すると、小銭儲けや、ソロスのように大儲けもできます。まあ、「カネの問題ではない!」というのはありますが《苦笑)。

「カネ」があっても「幸せ」にはなりませんが、「カネ」がない=不幸は連動しています。まあ、全体ではという話で、あなた個人がどう考えるかは別ですけど。

負け犬の遠吠えは、現実に対して影響を、何も及ぼせません。
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結論 経済全体を説明できる理論など、絶対にありえない、今後も、永久に その2

奥村洋彦 「経済政策『不確実』前提に」 日経経済教室 H25.9.16

…英国の中央銀行・イングランド銀行(BOE)のキング総裁も、自らを省みて、経済のとらえ方に誤りがあったことを認めている。

「今になってみればわかるが、10年前に認識が足らなかった点は『将来のことはわからない』というケインズの思考の核となる経済のとらえ方であった」(英フィナンシャル・タイムズ13年6月15・16日号)

 今回の世界的金融危機の下…欧米の識者が指摘する従来の標準的経済学モデルの主な欠陥は、以下の諸点である。

第一に…
①価格が瞬時に調整され、需給が一致する
②資産価格(筆者注:不動産など)形成が本源的価値に基づいて合理的になされる
③市場には自律的な均衡復元力がある
とする不自然な前提…。

第二に、
…信用リスク、倒産、信用仲介といった金融面の重要な視点が組み込まれず…

第三に 
…均衡から不均衡に移行するという変化を伴う時間(リアルタイム)の流れの中での経済の移行プロセスが考慮されていない。

…「将来のことは不確実であり、客観確率では予測できない(オーストリア学派はイグノランス=Ignoranceと名付ける)…こうした場合には、「過去のデータに基づく合理的将来予想の下で最適行動を採る」といった標準的経済学の単純な考え方を適用できなくなる。

…いかに精緻な計量経済学モデルに依ったとしても、分析に使うデータはあくまで「過去」の場と「過去」の経済主体によって生み出されたものである。

…ケインズが極めて重視したように「前提」が現実と遊離していないか点検し、オーストリア学派が主張したように「モデルが経済の現場から受け入れられない場合にはモデルのおかしさをまず疑う」という姿勢が不可欠である。

人々のマインドと行動は異質で多様であり、時間が経過するプロセスの中で、移ろい、他の人や社会の動きによって左右されやすく、常に変化する。したがって、集計値だけによる分析では現実に十分迫れず、異質の経済主体ごとへの政策の影響を分析してはじめて実践に耐えるモデルとなるのである。(図参照)

モデル+不確実性=完全モデル?



筆者注、こんなものができると思いますか?????

なぜ、従来モデルに、こんなものを取り入れれば「実践に耐えるモデル」になるなど、夢物語を語るのでしょうか、経済学者は?

 小林慶一郎「『期待』どこまで解明?」日経経済教室 H25.10.21

 …合理的期待の本質は経済における期待が「自己言及性」を持つという点…、自己言及性とは、期待が巡り巡って自分自身(期待)を決める性質のことである。


 では、解説します。

ルーカス批判です。

「インフレは家計に賃金が増えて豊かになったと錯覚を起こさせ、消費を増やす」

について、

政府が景気を良くしようとインフレを起こしても、「国民はその意図を知っているので、インフレに備えて消費を減らす」→その結果、「インフレでも消費は増えない」とするものです。

「期待(筆者注:誤訳で、本当は「予想」のこと)に基づき行動すると、結果的に「期待(予測)」そのものも、変わる」これが、「自己言及性」です。

 だから、経済法則なんて、いつまでたっても、「本当は決まらない」のです。

 ところが、これを「動かない」と仮定させます。「家計や企業は、完全情報を持ち、合理的に行動する」とするのです。

期待形成 

 経済学は、これを「合理的期待(予想)」と名付け、「仮定」させて、自分たちの理論を展開(これなら簡単です)、正当化させてきたのです。

 こんなもの、そもそも成り立ちません。

 で、大学院レベル(例:トーマス・サージェント『再帰的マクロ経済理論』)では、「自己言及性」に「再帰」しようと試みています。ですが、そこでもまだ、非現実的な仮定が、使われ続けています。

 過去10年、中央銀行がモデルとして使ってきた、動学的確率的一般均衡:DSGEも同じです。「家計や企業は合理的・・・しかもすべての家計や企業」です。そうすると、景気変動も「合理的」となり、不況さえ、家計や企業にとって「最適」という結論になります。

 だから、リーマン・ショックを前に、このモデルでは、歯が立たないのです。DSGEモデルでは、不況克服ではなく、「価格の自由自在な伸縮による効率性」しか、追及できないのです。

 これを克服する動きとして、米プリンストン大学の清滝宏教授と英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのジョン・ムーア教授の12年の論文のように合理的期待の仮定を維持したまま、異質な経済主体の相互作用を分析…。

 …シカゴ大のラース・ハンセン教授…「経済の真の構造が分からない」という条件下で、経済法則を推測する…。

 …どれも合理的期待仮説の本質(筆者注:動かないと仮定)を覆すものではない。…マクロ経済学に決定打はまだない


「まだない」のではなく、そんなもの、「あり得ない=存在できず=不可能」なのです。

 70億人の行動を「予想」することは、永遠に不可能ですし、1人/70億人(ミクロ)をいくら研究しても、70億人からなるマクロ経済は、分析できません。

吉川洋『過去40年間のマクロ経済学は間違った路線だった』週刊エコノミスト13.9.10号

…ルーカス理論の一番の問題は、特定の資産市場には有効かもしれない合理的期待の概念を、労働市場や賃金といったマクロ経済に無反省に適用したことだ。マクロ経済では、家計や企業などミクロの経済主体はそれぞれ異なる世界で行動している。一つの「マクロ経済」を共有していない。

…代表的な企業や家計の行動をそう相似拡大し…日本国内の「ザ・企業」と「ザ・家計」という二つの経済主体を相手に…だがそもそもこんなモデルを誰も正しいとは思わないだろう。

吉川洋 マクロ ミクロ

…マクロ経済を代表的な経済主体の動きでとらえるモデルでは、経済主体が合理的である限り…適当な変数を動かせば、期待をどのようにでも動かせる。しかし、そんなモデルに意味があるのか

…自然科学の分野…多数のミクロが集まったマクロ系の分析…では個々のミクロの動きを追っても意味がないとしている。ミクロの動きはばらばらでわからないからだ。

…一つの部屋。この部屋のマクロ…温度を調べるために、一つの代表的な酸素を選び出し、それを詳しく調べても何の意味もない。

…マクロは、「ミクロの動きを抑えることが基本」と、代表的企業、代表的家計を想定して、マクロはその相似拡大としてきた。…酸素の動きを通して部屋の状態(マクロ)を理解しようとしているのと同じだ。こうした方法論は間違っている。ミクロとマクロは別、昔の二刀流(筆者注:新古典派のミクロ経済学とケインズ経済学の共存)が正しい…。



ロバート・J・シラー
シラー
 
「数字より結果重視?経済学は『科学』なのか」週刊東洋経済H25.11.23 p116

…経済学の問題の一つは、どうしても基本原理の発見よりも政策に焦点を合わせるということだ。…経済政策に焦点を合わせると、科学でないことが多くかかわってくることだ。政治が関与し始め、政治的なジェスチャーが人々の注目という見返りを受ける。


 「新自由主義」「市場原理主義」など、経済学にはない概念を作り出し、「小泉改革」で格差が拡大したなど、本当に科学(事実)とちがう物語が作られます。そのエセ事実が拡散します。

…「科学」とつけるのは、評判の悪い類縁と区別をつけるためだ。

…「政治科学(政治学)」という用語…真実の追求よりも影響力の行使や票の確保を目当てにした…小冊子から一線を画した。


…「天文科学」…占星術や星座に関する古代神話の研究と区別しようとしたものだ。

…「天文科学」…20世紀…ほぼ消滅した。


 それらの用語も、徐々に消えてなくなります。

…「化学科学」という用語…19世紀…錬金術や怪しい特効薬作りと一線を画そうとしていた。…真の科学と疑似科学を区別する…この用語を使う必要は1901年にノーベル賞が創設された頃までにほぼなくなっていた。

…「天文科学」…20世紀…ほぼ消滅した。…占星術…星が私たちの運命を決めるという考え方は、知的にはまったく通用しなくなった。…「天文科学」という用語は必要なくなった。


 さて、経済学です。

…「経済科学」を批判する人々は…難解な数字を見せびらかすだけの「疑似科学」の発展だ、と指摘している。…「統制された実験などないので、誰にも暴けない」…。

シラー教授は言います。

…妥当性が明らかになることがないモデルに対して経済学のほうが物理科学よりもいくぶん脆弱だ。

 え?「いくぶん」ですか?

…というのは、経済学モデルは人間を対象としており、近似の必要性が物理科学の場合よりもずっと高い。

 近似(似ている)が必要だ。対象が、「何をしでかすかわからない人間」だからです。CO2とか、真空なら、理論通りですが、何しろ相手が「気まぐれ」な人間です。CO2を対象とした理論・実験のように「静止」してくれません。

…人間は気持ちが変わりやすく、まったく違った振る舞いをすることがある。神経症やアイデンティティの問題を持つ人もおり…。

 このような、「ヒト」というものを対象にする限り、「普遍妥当性」を求める科学など、土台、成立しません。

…複雑な現象が経済成果を理解することと関係があると行動経済学の分野で分かりつつある。
…単純化できない経済の人間的要素に合ったモデル(筆者補足:DSGEモデルなど)を作るために必要な調整と、数学的洞察を結合させるのは課題のままだ。


 課題のままですか・・・そんなもの、永遠に課題のままで、整合性は取れないのです。普遍的妥当性など、経済学には無理なのです。

…行動経済学の進歩は…現在はやりの数学的な経済モデル(筆者補足DSGEモデル)の一部と矛盾する可能性はある。そして経済学はそれ自体の方法論上の問題を抱えている…。

 矛盾する可能性・・・矛盾ばかりです。なぜかと言うと、前提(ここが経済学の致命傷)が違うので、絶対に交わることができないのです。

 ミクロ経済学では、ヒトは合理的だというのが「前提」です。

清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版
需給曲線 清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版.jpg

おなじみの、中学校の教科書にさえ掲載されている、経済学の基礎の基礎、「供給・需要」曲線が成立するには、箱庭のような条件が必要です。

(1)財・サービスの内容について完全に知っている、無数の消費者
(2)財・サービスの内容について完全に知っている、無数の生産者
(3)完全競争市場であること(寡占・独占やカルテルを結ばない)
(4)消費者は、効用を最大限にするように行動する
(5)生産者は利益を最大限にするように行動する

 ミクロ経済学を基礎にしたマクロ経済学は、この前提を継承します。


池田和人「連続講義・デフレと経済政策―アベノミクスの経済分析」

 ・・・1982年、キッドランドとプレスコットが・・・これまで述べてきたような要素を持ったマクロ経済学モデル・・・を示しました。・・・動学的で確率論なモデルです。・・・各時点ですべての市場で需要と供給が一致(均衡)が達成されていると想定され・・・動学的(dynamic)で確率論的(stochastic)な一般均衡(general equilibrium)モデル・・・DSGEと呼ばれるモデル群の先駆けです。


 ところが、行動経済学では、ヒトは不合理ではないか?を前提とします。

山岡 道男, 浅野 忠克「ガブッ!とわかる世界一やさしい行動経済学の教室」

P018
 人間を不合理のかたまり(限定合理的)としてとらえた上で、現実の経済活動においてどのようにふるまうかを観察、分析する学問が行動経済学です。行動経済学では、「人の嗜好や好みは状況や雰囲気に応じて、その都度変化する」と考えます。
 

合理的ではない例です。

 「選択肢が多いほど効用を最大化できる」とするのが伝統的経済学です。ですが実際には、「選択肢が多すぎると、混乱する」のです。選択麻痺という状態です。

 ジャムの試食が、6種類の場合と、24種類の場合の実験です。当然後者の方が「選択肢が多い」のですが、売れたのは前者の6種類の方でした。人間は選択肢が多すぎるとかえって選択そのものをあきらめてしまうのです。これは「ジャムの法則」といいます。

 「松」「竹」「梅」のすしセットがあります。

 加えて「ホタテ盛り」「日替わり限定セット」「マグロ尽くし」「海鮮丼」「ちらし・・」と増えれば増えるほど、「分からなく」なってきます。

「無数が参加する市場」など、そもそも幻想なのです。

…経済学が発展するにつれて方法論のレパートリーと証拠の情報源が拡大し、経済学という科学はさらに強大となり、いかさま師は暴かれることになるだろう。

 そうですね。「科学」は細分化しますから、「普遍妥当性」ではなく、局所的に妥当する「科学的経済学」は、強大(ますますさかん)になるでしょうね。「この理論が完璧で、普遍妥当性がある=いつでもどこでも成り立つ」などという「いかさま経済学師」は排除されるでしょう。

 でも、そこまでです。「科学」というものの限界です。

 経済学は、最低でも、2つ以上の視点が必要です。

「需要」と「供給」
「生産者」と「消費者」
「価格」と「量」
「短期」と「長期」
「経常黒字」と「資本赤字」
「金融資産」と「金融負債」
国債は「国民資産」と「政府の負債」
「実物経済」と「貨幣経済」
 
 そして、永遠の課題である、

「経済的自由」と「経済的平等」・・・・

 この「2つ以上の視点」という原理原則を外すと、トンでも論になります。

 ありましたよね、「不況になると、生産者は価格を下げて対応する、だからデフレになる」・・・。生産調整という「量」の視点が欠けています。

 デフレは「供給に需要が追いつかないデフレギャップに原因がある(実物経済)」、「日銀による金融政策に原因がある(貨幣経済)」、どちらかに偏っているのは、「いかさま経済学師」です。

 こんなもの、100年も前に、ワルラスの「一般均衡」理論で、論証済みです。どちらか一方なんて、あり得ません。

「金融緩和をすると、国際暴落で、ハイパーインフレになる」→アホです。「資産」面が見えていません。

「貿易赤字は官民挙げて取り組まなければいけない課題だ」→勘弁してください。

「消費税の軽減税率は、弱者救済のために必要だ、欧州では常識だ」→詭弁です。

 これからも、「一面的」な見方で、国民を惑わす、「いかさま経済学師」はなくなりそうもありません。「科学的経済学者」さん、よろしくお願いします。

 ちなみに、「自由」と「平等」は、政治の世界では、次のように論じられます。ただし、判断基準にはなりますが、絶対基準ではありません。

 ジョン・ロールズの2つの正義原理

第1原理
 政治的自由、言論の自由、思想的自由などの基本的な自由の権利は、すべての人へ平等に分配されること

第2原理
 以下の2つの条件を満たす不平等は正義にかなう。公正な機会均等のもとで、正当な競争により生じた不平等であること、そのうえで、社会で最も恵まれない人々にとって最大限の利益になる場合であること。


 負けた人の再チャレンジが常に可能なことですね。

一方、批判もあります。

アマルティア・セン

第1に、単なる資源配分の平等性だけでなく、人々が多様な資源を活用して生活の質を高め、一定程度の望ましい生を平等に確保できること、言いかえれば、人間が現実に受ける権利の平等を保障するものでなければならない。

第2に、人間が自らの生の質を高め、福利を実現するための能力、すなわち潜在能力の平等化を目指すべき


 もう、「べき論(価値判断=正しいか正しくないか、善か悪か、美か醜か、美味か不味いか)」の世界に入り込んでいるので、永遠に答は出ません。

 あれ、そういえば、

…経済学の問題の一つは、どうしても基本原理の発見よりも政策に焦点を合わせるということだ。…経済政策に焦点を合わせると、科学でないことが多くかかわってくることだ。政治が関与し始め、政治的なジェスチャーが人々の注目という見返りを受ける。

ですね。最初から、「べき論」の世界にさらされるという「大前提」があるので、「経済学」って、可哀想です。

Y=C+G+I+EX-IM

Gなんて、「べき論」どっぷりの世界です。農業を守るべきか、漁業を守るべきか、図書館でただの本を貸すべきか・・・G予算など、「価値観調整」の結果そのものです。

 供給するのは、「財・サービス」ですが、「財」を英語で言うと「goods=善きもの」です。もう、最初から「価値観」の世界にどっぷりと浸っています。ちなみに、「good」は、当然ですが、「The God」から来ています。

 自由を追求すると、「古典派経済学」、平等を追求すると、「共産主義」です。折衷案で、「修正資本主義」があります。



 生産者であり、消費者である・・・会社を一歩出ると、コンビニで買い物する消費者。ウーン、見事な「2元統一」です。

 哲学の世界では、「生産者(正)-消費者(反)→実在(合)」・・・マルクスですね。あるいは、「絶対矛盾の自己統一(西田幾多郎)」ですね。

 人間なんて、そもそも、矛盾のかたまりです。でも平然と「存在」し続けています。不思議です。

 人間とは何か・・・古代からの永遠の課題です。これを解明しようとして、科学(細分化)が発展してきました。

と、結論は、

松尾 匡 『対話でわかる 痛快明解 経済学史』 日経BP社

と、正反対になってしまいました(笑)。

松尾先生は、メタ理論(一つの理論で、全てを説明する)はあるといいます。相対的経済学の時代は終わるといいます。

 ですが・・・現実は・・・

 経常赤字で財政黒字国(チリ)、経常赤字で財政赤字国(米英)、経常黒字で財政赤字国(日中)、経常黒字で財政黒字国(UAE)。

 基軸通貨国(米)と、資本非自由化国(中)・・・

マリファナ製造販売を合法化したウクライナと、大麻禁止の日本、吸うのは自由なオランダ・・・

豚肉を禁止されるイスラム教徒、牛を禁忌し、高カーストほど菜食主義なインド・・・

飲酒が原則禁止されるイスラム教国、なければ実験用アルコールにまで手を出したロシア。

売春が合法化される欧米、姦淫(特に女性)が石打の刑で殺害される中東イスラム、女性性器切除が行われるアフリカ。

24時間休まないコンビニ国日本、日曜日に商店は全休するキリスト教国ドイツ。

医者もパイロットも薄給公務員だが、医療も大学も介護も無料のキューバと、体制維持のため、見せしめ処刑する北朝鮮。

 銃の所持(防衛)を、自由権とし、その自由権を守るために憲法をつくったアメリカ、刀狩以来、庶民が武器を持たない日本。

 利子を教義で禁じる(原理に忠実であればあるほど)イスラム教徒は、すでにキリスト教徒よりも多くなっています。増える一方です。世界の1/3以上が、教義上「利子」を禁止している世界で、「利子は結果(新古典派)」だの、「利子は手段(ケインジアン)」だの、文字通り、「空理空論」です。

これを、経済学で、分析する? それも、一つの経済理論で説明する?


 これらのばらばらな現実を、一つの理論で、説明できる・・・やはり、無理です(笑)。

http://yuuki-ran.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-23c2.html

勇気凛々 ゆうき蘭

2013年11月27日 (水)
菅原晃著・高校生から分かるマクロ・ミクロ経済学②

 ●このままでは韓国、中国に負けるという嘘

  近年、日本の家電メーカーが韓国に負けているといった話をよく聞きます。しかし、これは違うといいます。確かに韓国の伸び率がすさまじいので目が眩みがちですが、液晶の市場規模自体が激増したので日本メーカーの売り上げ台数は増加しています。パイが拡大している限りゼロサムゲームではない。
 何となく経済=ゼロサムゲームという呪縛がありますが、実は違う。経済とはパイの奪い合いで、どちらが勝つとどちらかが負ける。よって日本はLGやサムスンに負けるという図式がありますが、世界の経済は拡大していてパイがどんどん増えている訳ですね。これもミクロとマクロの混同からくる勘違いです。
 「産業の空洞化」という懸念があります。日本企業が賃金が安い海外に生産拠点を移すので国内の生産雇用が衰退してしまうではないかという事ですが、実際には大企業だけでなく中小企業においても海外に進出した企業ほど国内従業員の数を増やしています。
 更にいうと、企業自体がグローバル化、多国籍化しているから一概に日本企業とか韓国企業とかアメリカ企業と分けられない時代になってきています。日産は名前だけ見れば純国産会社というイメージですが、株主でいうとフランスの企業です。しかしそこで働いている人は日本人が大多数です。資生堂が化粧品を国内で売れば売るほどベトナムの輸出が増え日本の輸入が増える事になり、ユニクロは日本企業ですが、約6000億円の国内売上のほぼすべて、ニトリは売上高3100億円の8割が輸入品を売っています。


theme : マクロ経済学 ミクロ経済学
genre : 政治・経済

真理はある?

<真理はある?>

 古田博司『日本文明圏の覚醒』筑摩書房、2010年

 西洋音楽史の岡田暁生によれば、今日クラシックとは、ヨーロッパが世界帝国を築いていた頃の音楽のことであり、「不滅の」とか「永遠の」などの決まり文句は、この時代に作られたクラシック・イデオロギーの残骸の一つだそうである。
 
 クラシック音楽は第一次大戦が終わった一九二〇年代から、アメリカ系の娯楽音楽に徐々に主役を奪われ、第二次大峨後は世界音楽帝国の座をアメリカ系ポピュラー音楽に取って代わられてしまう。今日ヨーロッパの一民族音楽として愛おしんでいく以外に、ヨーロッパ・クラシックの存続は期せないとまで言う(「クラシックの黄昏?」『大航海』六〇号、二〇〇六年)。
 
 次に言語学。一九五〇年代にノーム・チョムスキーか出て、人類に共通な普遍文法解明の狼煙を上げた。いわゆる変形生成文法である。現実に使われている各国各民族の特殊言語から普遍言語に至ろうとする研究は、彼の文法の熱烈な賛同者たちに支えられ、世界中の言語学者間で活発化していく。しかし、一九八〇年代には、いくらやっても普遍言語に至れないことが次第に人々を倦ませていった。
 
 言語学は科学ではないので、この結果はついに論証されないままだが、今日では言語学全体かチョムスキー一色に塗りつぶされ、むしろ波瀾と活性の契機を失ったとまで酷評されるに至っている。チョムスキー本人は、二〇〇〇年以降、ほとんど社会批評家に転じた(前掲『対論言語学が輝いていた時代』)。
 
 数理分野の普遍信仰は、ゲーデルが出て、一九三一年に不完全性定理を証明して以来、半世紀以上をかけて間断なく崩れていったと見ることかできるだろう。

 物理学は非線形性の問題から、どんなに自然科学が進歩しても、人間には絶対予測できない世界があることを示した。

「社会科学」分野の普遍信仰は、実証研究が絶えずそれを掘り崩して進行したが、結果としてそのほとんどのグランド・セオリーをマルクスに頼っていたため、八〇年代の末の東欧社会主義体制の解体、九一年のソビエト連邦の崩壊により最終的に壊れた。

 また、近代経済学などのリベラル・アーツは、非線形数学の金融工学に王座を奪われたまま、経済学の基礎学問として生き延びている。他のアーツ、総称して「人文科学」分野は、始めから科学でないことは自明であったが、日本では「社会科学」の普遍信仰に寄り添う形で、長らく科学を僭称していたに過ぎない。
 
 筆者につまびらかに出来る部分は以上だが、その他の分野でも普遍信仰が確実に崩れていったものと推測している。結果から見れば、経験科学の進歩、実証研究の進展、現実世界の変遷に伴うパラダイム・シフトなどにより、自壊したのであろう。今日では、それぞれの分野のかつての普遍信仰の核となったモデルや理論と、その周辺に絡まる風景や道徳を含めてのそれを、「メタ物語」と呼ぶことが一般的である。



 理論を信仰するなんて「メタ物語」、つまりメタフィジーク(形而上学)の世界で、そんなものに「真理」なんかないようです。というか、「ない」んですね。

 そういえば、アインシュタインの光の速度を絶対とする「相対性理論」も、下記の実験が正しければ「崩れる」そうですね。

 日経『ニュートリノまた超高速』H23.11.19
素粒子ニュートリノが光速より速く飛行するという実験結果を9月に発表していた名古屋大などの国際共同研究グループは18日…再実験でほぼ同様の結果が得られたと発表した。



 経済学だって同じです。万能理論なんてありませんし(昔はあったと考えて追求していた・・メタ物語)、「この場合はこうだ」「この場合はこうすることが適切(確率が高い)」だレベルの話です。

 小国ギリシャで発生した財政危機が、なぜユーロの崩壊につながりかねないのでしょう。なぜ世界経済がここまで追い詰められるのでしょうか。仮にそれを「説明」することはできても、1年前にこうなると「予測」するのは今のマクロ経済学モデルでは不可能だったでしょう。

 かつてフリードリヒ・ハイエクは経済学に量的予測は不可能で、パターン予想、つまり特定の出来事の説明ができるだけだと述べました。ハイエクとケインズというと正反対の経済思想家とされますが、両者は互いに尊敬し数式による明示的な経済モデルを提示しなかった点でも共通します。おそらくケインズもハイエクと同様、量的予測への懐疑を抱いていたのではないでしょうか。ハイパーインフレも深刻なデフレもあった両大戦間の経済を実見すれば、単純な仮定に基づく数理経済モデルなど子供の遊びに等しく思われたのではないでしょうか。

…米マサチューセッツ工科大学 MIT 教授のチャールズ・キンドルバーガー(1910~2003)の研究も今こそ役に立ちます。
MIT 教授としてはるか後輩のリカルド・カバレロです。最近の論文「危機後のマクロ経済学-今こそ知ったかぶり(Pretense of knowledge)を改めよ」で量的予測を可能にするため非現実的な仮定を便宜上用いたことを忘れ、自らの「標準的理論」モデルが現実に適合すると誇大宣伝したマクロ経済学の「中核」の傾向を批判しました。  
今こそ経済学は知ったかぶりをやめ、自己の予測能力の限界を認め、特定の出来事を説明する、周辺の研究に集中すべきだと主張します。今後経済学がそう発展するなら、キンドルバーガーは先駆者として再評価されるのではないでしょうか。


<1つの経済学で全てを語るのは無理>

清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版
需給曲線 清水書院 新政治・経済 p93 平成21年 三版.jpg



 上記のおなじみの「供給・需要」曲線さえ、「仮定」だらけです。箱庭のような条件が必要です。


(1)財・サービスの内容について完全に知っている、無数の消費者
(2)財・サービスの内容について完全に知っている、無数の生産者
(3)完全競争市場であること(寡占・独占やカルテルを結ばない)
(4)消費者は、効用を最大限にするように行動する
(5)生産者は利益を最大限にするように行動する

 (1)(2)は、「完全な知識を持っていること」、(4)(5)は「常に合理的であること」を示します。この様な状態で、上記の「市場」は最適な資源配分をすると仮定されます。

 こんな、一番スタンダード:中学校の教科書でさえ、扱っている理論でさえ、「仮定」だらけです。
 しかも、「現実にあり得るの?」というような仮定ばかりです。
実際には、「似たような世界」はありますが、「現実」的にはありません。ですが、70億人の行動をすべて要素として取り入れるのは不可能(これはどんなにスーパーコンピュータが出来ても、無理)なので、モデルとして単純化して分析します。

http://abc60w.blog16.fc2.com/blog-entry-518.html
経済学とは(2) 経済理論は完璧か?
参照
・・・経済の勘所として、常に(最低)2つの視点が必要ということを述べました。
 日常と、非常時(ハレとケ)は論理が違います。経済学における長期と短期では、現れる事象が違います(価格変化or数量変化)。どれも、現実に起きていることです。

 現実を否定し、理論だけに走ると、「盲目」になります。昔のマルクス経済学者のように「現実が間違っている(理論どおりではない)」と言うのは、「べき論・価値論」の世界ではOKですが、経済学ではBADです。

 

 それでも、効果の違いについて、差異はありますが、「合意」できる部分もあるようです。

齊藤誠他 『マクロ経済学』有斐閣 2010 p646
 何らかの市場メカニズムの限界で、実際のGDPが潜在GDPを一時的に下回る不況に陥ることがある。その場合、財政政策や金融政策などのマクロ経済政策によって総需要を刺激し、実際のGDPを潜在GDPにまで引き上げることは、理論的にも、実際的にも十分に正当化できる。
…市場経済を前提にマクロ経済を考えている研究者のなかで、上述…に対して真正面から異論を唱えるものは少数派であろう。


DSGE モデル.jpg

DSGEモデル
 ミクロ経済理論をベースに個々の経済主体の行動変化を描写しながら、それがマクロの世界(消費・雇用・投資など)にどう影響するかを考察するもので、各国中央銀行で用いられています。
旧来のモデルでは、政策の変更に対して家計や企業はその行動を「変化させない」と仮定を置いていました。

 「確率的に・・・」追うしかなさそうです。

なお、今回のブログ記事には、後日追記しなければならないことがあります。

マクロ経済学のミクロ的基礎づけ 教科書編 その2

<マクロ経済学のミクロ的基礎づけ 教科書編 その2>

<大学レベルと、世間知の乖離(かいり)>

高校→大学 経済学 正.jpg


<大学の経済学の様子>

 大学生の入門編や、例えば文学部の生徒向けに経済学を講義する場合、入門編のマクロ経済学の教科書が使われます。
 ためしに、書店の経済学のコーナーを除いてみてください。入門編教科書・入門編経済書は、ズラーっと並んでいます。
 ですが、これらの教科書は、いわゆる「どマクロ」で、IS-LM分析程度までしか扱われていないことが分かると思います。入門の入門です。

 IS-LMは、今まで見てきたように、「価格が硬直的」な世界を前提にしたモデルです。ですから、価格が持続的に下落する状態「デフレ」に適用させることができません。

 余談ですが、このデフレについて、さらに、めちゃくちゃなことが、主張されています。 「デフレ=スパイラル」というものです。注)いちばん最後を参照ください。

 また、Y=C+I+G(閉鎖経済)を考えた場合、Gの支出を増やせば、Yはどんどん増えることになります(乗数効果もプラス)。Gを2倍3倍・・・に増やせば、不況(潜在GDPと現在GDPとの乖離)は、理論上あり得なくなります。さらに、時間の経過による、累積債務の問題を扱うことはできません。 

 未だにIS-LMが全盛なのは、公務員試験や、中小企業診断士などの試験で、出題されるからです。簡単な連立方程式ですので、出題者も問題を作りやすい→教科書・参考書もそれに沿って作られる(売るため)→出題者も作りやすい・・・となっているからです。

 さらに、このモデルは、大学の講義時間の制約下、教員にも生徒にも「分かり易い」ということも、理由の一つです。政策実践を理解するにも、分かり易いし、入門編としても取り扱いやすいのです。
 大学の定期試験も作りやすい、出題しやすいので、テスト対策の「サルでもわかる?経済学入門書?」も多数出版されることになります。

 何度も言いますが、間違いではないものの、真の経済学を学ぶために必要な「玄関」みたいなモデルです。経済学のカン所、「完璧な経済学(モデル)」はないし、モデルが発展すればするほど、難しくなるということです。

DSGE モデル.jpg
DSGE(動学的一般均衡モデル)

 だから、上記に出てくる歴史的経緯から、「IS-LM」モデルだけの教科書:例えばサミュエルソンの教科書は、一世を風靡したものの、今では大学の図書館で埃をかぶっています。
 同じく、マネタリストや、新しい古典派の理論による「教科書」も、今では「?」となっていることが、お分かりになると思います。

 日本の、60歳代70歳代80歳代の方が書いた教科書や本なんて、悲惨なものです。マルクス経済学世代が、未だに大学の教授で残っています。もちろん、彼らの頭の中の枠組み(カテゴリー)では、現在の最新のモデルは「理解しようにも、理解できない」領域になっています。

 そうすると、竹中・白川(日銀総裁で、フリードマンに師事)吉野直行世代の本・考え方も・・・・白川さんがなぜ、「デフレは貨幣政策ではなく、構造改革により解決するものだ」と主張し続けるのか、吉野直行(慶大)が「『国債を、家計に例えると』という風に解説するようになったのは、私の進言」というのも、なんとなく理解できそうですよね。吉野先生には、ISバランス論の質問にも答えてもらえなかったのですが・・・

<上級教科書>

 今、大学の講義レベルで使われている、DSGE(動学的一般均衡モデル)の教科書は、マンキュー・スティグリッツ・ローマー(ニューケインジアン)などの、教科書です。日本人が書いた教科書では、齋藤誠・岩本康志・大田總一・柴田彰久のマクロ経済学があります。
 上級と言っても、マンキューは本当に親切に書かれています(個人的には一番のおすすめです)。スティグリッツは、私は持っていませんが、有名です。ローマーは、最新版(2010年)をお勧めします。
 日本では、私とはちょっと見解が違うのですが、齋藤誠版があります。


http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AD%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6-%E7%AC%AC2%E7%89%88-II%E5%BF%9C%E7%94%A8%E7%AF%87-N%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC/dp/4492313346/ref=sr_1_9?ie=UTF8&qid=1307326581&sr=8-9

教科書マンキュー.jpg
マンキューマクロ経済学(第2版)II応用篇 [単行本]
N・グレゴリー・マンキュー
(著), 足立 英之 (翻訳)

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84%E5%85%A5%E9%96%80%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6-%E7%AC%AC3%E7%89%88-J-%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84/dp/4492313486/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1307326920&sr=1-1
教科書1.jpg
スティグリッツ入門経済学 <第3版> [単行本]
J.E.スティグリッツ (著), C.E.ウォルシュ (著), 藪下 史郎 (翻訳), 秋山 太郎 (翻訳), 蟻川 靖浩 (翻訳), 大阿久 博 (翻訳), 木立 力 (翻訳), 清野 一治 (翻訳), 宮田 亮 (翻訳)

http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8A%E7%B4%9A%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AD%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6-%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC/dp/4535554935/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1307327216&sr=8-2
教科書2.jpg
上級マクロ経済学 [単行本]
デビッド ローマー (著), 堀 雅博 (翻訳), 岩成 博夫 (翻訳), 南條 隆 (翻訳)

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AD%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6-New-Liberal-Arts-Selection/dp/4641053723/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1307327638&sr=1-2
教科書3.jpg
マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection) [単行本(ソフトカバー)]
齊藤 誠 (著), 岩本 康志
(著), 太田 聰一
(著), 柴田 章久 (著)

 これらの教科書は、「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」に基づいて書かれています。
ソロー成長モデル、ラムゼーモデル、RBG(リアル・ビジネス・サイクル)モデル、新成長モデルなどがふんだんに扱われています。

 これらの教科書は、「長期分析」と「短期分析」に分けて説明しています。この「長期」「短期」は、昔の新古典派の「短期」「長期」とは違い、「統合した」モデルです。
 RBC(リアル・ビジネス・サイクル)モデルの登場により、経済成長と、経済循環(景気の変動)を分けるのではなく、経済成長モデルをベースとし、経済循環を述べる理論が標準となったことが分かる教科書です。

NK RGB 短期 長期.jpg

 例えば、このように、長期分析と、短期分析にそれぞれ適した理論を用い、説明しています。現在の経済学のスタンダードになっています。

 ちなみに、今の学生は、「新しい古典派」も「ケインズ経済学」も「聞いたことがない」人たちです。教科書がそうなっているからです。

 この事実を知るだけで、「世代間のカテゴリー」が全然違うことが分かります。隔世の感というものです。世代による理解の仕方(カントの言うUnderstanding=悟性)が全然違うのです。

 さらに、今の30代の学者さんは、最先端(院生レベル)を走っているのです。

http://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AD%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6%E8%AC%9B%E7%BE%A9%E2%80%95%E5%8B%95%E5%AD%A6%E7%9A%84%E4%B8%80%E8%88%AC%E5%9D%87%E8%A1%A1%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E5%85%A5%E9%96%80-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E6%B6%BC/dp/4492313702/ref=cm_cr_pr_product_top
教科書4.jpg
現代マクロ経済学講義―動学的一般均衡モデル入門 [単行本]
加藤 涼 (著)

 学部生レベルと、大学院生レベルでは、もう質的にも、量的にも明らかに差が付きすぎています。これら最先端モデルについて、まだ、一般的なレベルで説明した入門本や、教科書はありません(私の知る範囲ですので、事実ではないかもしれないです)。

 今の30代の研究者の方々が、教科書を書いた時、それが、新しい経済学が一般に普及する時代だと思われます。ただし、それらの方が「経済政策」に影響を及ぼす世代になるには、まだまだ時間がかかります。

 デフレは「構造改革で克服するもの」・・・残念ながら、未だにこの考え方しかできない世代が、言論や政策の中枢にどっかと腰を据えているのが現状です。

 理論の中身ではなく、「年功序列タテ社会」による実践の弊害は、こんなところにもあるのです。

経済学→政策2

注)

 この「デフレ=スパイラル」という言葉は、高校の教科書・資料集・参考書・用語集などに、当然のように、出てきます。

文英堂『理解しやすい政治・経済』2010
 しかし1990年代の日本経済には、デフレと不況が悪循環するデフレ=スパイラル(筆者注 太字で赤字)とよばれる現象が見られるようになった。これはデフレで物価が下落して一方で、企業の利益の減少→人員整理(リストラ)、給与の削減→労働者の所得の減少という形で、需要が回復せず、さらなる売上げの減少が、また所得の減少を招いて、需要の減少と物価下落の連鎖が断ち切れない状態をいう。
 

 こんなもの、経済学(モデル)では、示すことさえできない、「トンでも論」です。

(1)デフレで物価が下落
    ↓
(2)企業の利益の減少
    ↓
(3)給与削減
    ↓
(4)所得減少
    ↓
(5)需要減少
    ↓
(6)デフレで物価下落→(1)へ
 

 これを、大学初心者レベル「どマクロ」で説明しようとします。

需給曲線 需要 供給 曲線 1

 通常は、需給曲線はこのように描かれますが、デフ=レスパイラルの場合、 「物価が下がり、需要(量)が減少する」のですから、需要曲線は、右上がりになります。通常は、「物価が下がると、需要(量)が増える」です。

 また、供給曲線は、「物価は下落する」ので、強い右上がりになります。「物価が下落しにくい=価格が硬直的」なら、水平に近くなりますが、逆ですね。

デフレスパイラル1.jpg

 さて、ここで、「需要不足」だから、総需要拡大政策を採用します。財政出動です。政府の財政出動により、需要曲線は、右にシフトします。

デフレスパイラル2.jpg

 そうすると、物価も下落し、GDP(量)も下落するという、「トンでも」状態になることがわかります。

「デフレ=スパイラル」の定義通りに、高校・大学初心者レベルで分析すると、財政出動は、デフレをさらにすすめ、GDP減(不況になる)状態を加速することになるのです。リーマン・ショック以後の、各国政府による財政出動は、「やってはいけない最低政策」だったことになります。

「デフレ=スパイラル」論なるものが、経済学的なモデルのない「トンでも論」だということが分かります。

 と言うことは、大学センター入試試験には、絶対に出ないので、安心して下さい。

theme : マクロ経済学 ミクロ経済学
genre : 政治・経済

マクロ経済学のミクロ的基礎づけ 教科書編

<マクロ経済学のミクロ的基礎づけ 教科書編>

 世の中には、たくさんの経済書があふれ、経済を語る方は、テレビにも出版界にもあふれています。ですが、その方たちの語る経済は「トンでも論」ばかりです。「貿易黒字はもうけ、赤字は損」など、その典型的な例です。

日経H23.6.1 『生産回復、円高圧力へ』
…日本の貿易収支は4月に赤字に転じたが、「…貿易収支の改善によって円高圧力が高まる」(三菱東京UFJ銀行の内田稔シニアアナリスト)との観測が広がっている。

『マーケットウオッチャー』
…米低金利政策の長期化観測によるドル安の流れに日本の貿易収支の改善が加われば「年後半には80円を超える円高水準が定着する」(JPモルガン・チェース銀行の佐々木金融債権為替調査部長)との声もある。


 アナリストも日経もやっぱりトンデモ論を述べています。内田稔氏の、詳細に述べられているトンデモ論は、下記を参照下さい。力説しています。

http://www.bk.mufg.jp/report/bfrw2011/Weekly110516.pdf#search='三菱東京UFJ 内田稔' 

 これらは、「まともな(難しくない、拙著・このブログ程度の、どマクロ)経済学」が、日本の中学や高校で教えられていないことにその原因があります。「経済は必修」なのに、教える教員が「分かっていない」のです。

 現実には、高等学校の地歴公民科教員で、「分からない」から、「経済を、勉強しよう」という人は、本当にごく少数です(でもその少数の方は、何でも勉強しようと、とても熱心に勉強しています。頭が上がりません。)。
「分からない」のに、「分からないまま」で満足しています。一般的に、勉強家の教員は少ないのです。

 ためしに、拙著をごく身近の政治経済を教えている先生に薦めたことがありますが、「政治経済関係の研究会」に所属している方でも、遠慮?して買いません。それなのに、「経済は難しい(クルーグマンの文庫が難しすぎてわからない)」と言っているのですから・・・。

 高等学校は、それでもまだいいほうです。経済学部出身の教員が、わずかながらいるからです。

 中学校の社会科教員など、もっと悲惨です。教員養成系大学を卒業した方が大半だと思いますが、経済学なんて、その養成課程で、まともに取り扱われていません。超マイナーな領域で、しかも必修でもありません。知らずに卒業し、ですから、「貿易黒字の儲けは・・・」と日本全国の中学校で教えられているのです。

 その結果が、冒頭のように、経済新聞記者や、エコノミストでさえ「貿易黒字はもうけ、赤字は損」と育てられて、それをメディアで発表します。そうすると、ますます世間には、「貿易黒字はもうけ、赤字は損」と広められてしまいます。

 少しずつ、経済学的な理解が広まらないと、政策立案に、「勘違い論者」の意見が加わってしまいます。

 日銀審議員でさえ、他国の中央銀行の人選とは違いますFRB(米)やECB(欧)は、大学院で経済学を学んだ、「どマクロ」以上のモデルが、がっちり頭の中に入っている専門家です。財界出身者枠や、女性枠など、日銀の基準は、官僚制思考=公平・平等そのものです。経済専門家が入っているわけではありません。
 
 現場の教員、教科書・資料集編集者にとっては「間違いを指摘」されるのは辛いこと、「耳の痛いこと」なのでしょう。私も逆の立場なら、「辛い」です。でも、前進するには、痛みは避けて通れません。

<経済教育の壁>

 イメージは、こうなります。

高校→大学 経済学 正.jpg


 正しいのは、青部分ですが、これが最先端過ぎて、日本の学者が書いた教科書がほとんどないレベルです。

<中・高レベルの蹉跌(さてつ)>

 新井明 東京都立小石川中等教育学校 『中高の経済教育は今』日本評論社『経済セミナー』2011年4・5号
P 63~


 世の中には経済の専門新聞が存在し、経済に関する啓蒙書が多く発行されている。…経済は大事なことはよくわかる。しかし、高校までの経済の学習はよくわからなかったし、興味もわかなかった。
…このような高校の教育と大学の教育の不幸なギャップは、経済学以外でもないことはない。しかし経済ないし経済学に関してはこの種の話はそれほど珍しい話ではない。

…日本の経済教育は、中学公民で全員が経済を学ぶことになっている。高校でも「現代社会」の経済分野もしくは「政治・経済」の経済分野で全員が経済を学ぶことになっている。つまり国民全員が何らかの形で経済を学ぶことになっている。

…全国の社会科、公民科教員の中で経済を教えることに必要は感じていても、自信をもって教えると答えられる教員はそれほど多くないという実態があるからである。
その理由の一端は、高校の公民科「政治・経済」担当の教員でも、経済学部出身の教員が少数であることに由来する。

―どこまで教えるべきか―

高校の「政治・経済」や大学入試問題では必ず出てくる。国民所得の三面等価。これを単なる言葉の暗記ではなく、経済の仕組みを理解するために教えるとすると何が必要になるか。それには、総生産(総供給)=総支出(総需要)=消費+投資+政府需要+(輸出―輸入)という式を理解させ、それを踏まえた所謂マクロバランスのまで持ち込まないといけなくなる。ところが、野中他(2007)以外の教科書はこの式を掲載していないし、教員もそこまでしっかり経済学を学んでいない。そうするとせっかくの概念が全く役立たたないままで暗記項目として放置されてしまうのである。

2番目は、国際経済の場面で登場する国際収支表。経常収支、資本収支、外貨準備増減という言葉は覚えた。この3つを足すと0になると教わった。でもそれはどんな意味を今の日本経済で持つか、そこまでは生徒は教えてもらえない。なぜなら教える先生がなぜそうなるのがきちんと理解していないからである。また、本当に理解させようと思えば、国際収支表の作成方法や複式簿記の知識が必要になる。そこまで教える必要があるのか、それを教えるのが勇気なのか、教えないのが勇気なのか、迷うところである。

…教科書に載っている事項を、社会を見るために本当に役立つたい、暗記科目社会科を脱して日々の生活に役立つ授業をしたいと願っている現場教員にとってはこんな時こそ経済学の専門家が手を差し伸べて欲しいと思っているはずなのだ。


 まず、はっきりさせておきますが、理由は「教科書・資料集」がだめなのです。

(1)教科書・資料集が間違い
    ↓
(2)それで学んだ教員が教壇で教える
    ↓
(3)だめな教科書で、だめな生徒が育つ
    ↓
(4)それで学んだ教員が教壇で教える
    ↓                 ↓
(5)日本全体でだめ知識広がる (3)だめな教科書で、だめな生徒が育つ
    ↓                 ↓
(6)   冒頭の日経記者・エコノミスト


 この「だめ」というのは、 「正確な記述が足りない」のはもちろん、教科書・資料集自体がでたらめなのです。

ブログカテゴリ:教科書の間違い・資料集の間違い 参照
 
 なぜでたらめかと言うと、上記(2)(4)の先生が、教科書を書いているからです。じゃあ大学教員は?監修しているだけで、実際には書いていません。

 野中他(2007)の教科書は、「桐原書店」の教科書のことですが、これは大学の先生が書いている教科書で、間違いは全然ありません。もちろん、三面等価など、完璧に扱っています。

桐原書店 教科書『新政治経済』平成19年 p114・115         桐原書店 三面等価
                     
 そこまで教える必要があるのか、それを教えるのが勇気なのか、教えないのが勇気なのか、迷うところである。

 教えないから、間違った大人が育つのです。

 私が「必要だ」としているのは、難しいレベル(どマクロレベル)でもありません。初歩の初歩、基礎の基礎レベル(三面等価など、アルファベットのABC相当です)を、全員に、経済分野の冒頭で扱えば、十分です。

 教科書に以下の図を載せれば、いっぺんに理解できます。(三面等価)


2009 名目GDP 内閣府 貿易黒字版.jpg

三面等価 汎用.jpg

 そうすると、上記の表で、S=I(企業)+G-T(政府)+EX-IM(外国)であることがわかります。そこから、以下のことが分かります。

「国債は政府の借金=貸しているのは国民(国民の財産)」
「貿易黒字=海外へのお金の貸し出し」


 ついでに、国際収支表の、「貿易黒字=海外へのお金の貸し出し」部分、つまり、

「経常収支=広義資本収支(資本収支+外貨準備増大+誤差脱漏)」も載せれば、「貿易黒字=海外へのお金の貸し出し」を補強するには、十分です。

2009 国際収支表 シンプル

 2番目は、国際経済の場面で登場する国際収支表。経常収支、資本収支、外貨準備増減という言葉は覚えた。この3つを足すと0になると教わった。でもそれはどんな意味を今の日本経済で持つか、そこまでは生徒は教えてもらえない。なぜなら教える先生がなぜそうなるのがきちんと理解していないからである。また、本当に理解させようと思えば、国際収支表の作成方法や複式簿記の知識が必要になる

 こんな知識まで、生徒に必要だとは思えません(複式簿記は、商業科に通っている生徒なら、十分以上に理解できますが)。簡単に、左右対称の表を載せれば十分です。ただ、できれば、先生には、たとえ教えなくとも、カテゴリ:国際収支表の原則はさらっと学んでほしいのですが(これは教師用教科書指導書で十分対応できます)。

 実際に教科書・資料集に掲載されている国際収支は、次の通りです。

とうほう『政治・経済資料』2008 p214
教科書 国際収支表.jpg

 確かにAとBとCとDを足せば0になりますが。「なぜ?」と言われても、答えようがありません。こんな表を載せても、誰も理解できません。

 せいぜい、「美川憲一がパリで毛皮を買った」「松坂投手がスイスの銀行に預金口座を開いた」のは、①~⑥のどこに入る?
 などと質問するのがせいぜいです(実際にこの資料集には同じページにクイズとして載っています)。幹がなく、枝葉末節部分を説いているのです。

2009 国際収支表 シンプル

 このように掲載すれば、「経常収支≡資本収支+外貨準備+誤差脱漏」と一発で分かります。

「経常黒字は、外国へのカネ(資本)投資のことだ。外国にモノやサービスを輸出するよね。そうしたら、外国はドルやユーロや元で支払うよね。輸出企業は、円でもらいたいから、銀行が外国通貨を円に換えて、輸出業者に渡すんだ。だから、日本全体では、ドルやユーロや元が増えるんだ。これが資本(カネ)なんだ。上の国際収支表で赤になっている部分は、円ではなく海外の資本(カネ)が増えることなんだ。だからマイナスなんだ。

 外国の会社の株や、社債や、外国の国債や、通貨や、土地や建物が、増えることだね。これを海外資産と言うんだ。日本は、経常黒字が続いているから、海外資産の額も増え続けて世界一なんだよ。

 このように、経常収支黒字は、かならず資本収支赤字になるんだ。だから、黒字が減れば、赤字も減るんだよ。」

国際収支表→対外純資産 外貨準備強調

 こんなレベルで、十分です。

 ですが、このレベルは、絶対に必要です。難しい理論ではなく、「事実」ですので、誰も否定できません。なおかつ、「貿易黒字はもうけ、赤字は損」を完全に否定する部分です。以上の内容なら、詳しく説明しても、1時間(50分授業)あれば十分、2時間あれば相当詳しく説明できます。

<現場とかい離した教科書>

 高校の「政治・経済」や大学入試問題では必ず出てくる。国民所得の三面等価。これを単なる言葉の暗記ではなく、経済の仕組みを理解するために教えるとすると何が必要になるか。それには、総生産(総供給)=総支出(総需要)=消費+投資+政府需要+(輸出―輸入)という式を理解させ、それを踏まえた所謂マクロバランスのまで持ち込まないといけなくなる。ところが、野中他(2007)以外の教科書はこの式を掲載していないし、教員もそこまでしっかり経済学を学んでいない。そうするとせっかくの概念が全く役立たたないままで暗記項目として放置されてしまうのである。

 といいつつ、実は、めちゃくちゃに難しいISバランス理論も、教科書に掲載されています。(カッコは筆者挿入)。

清水書院『高等学校 新政治・経済 改訂版』H21.2.15 p146

…国内で生産されたモノが国内で消費(C)されず、また投資(I)されることもなく貯蓄(S)されると、経常収支が黒字となる…。…一方…貯蓄(S)が過少となっている国は、他国から流入する大量の資金(貿易赤字=資本収支黒字)によって投資(I)をまかなう必要がある。つまり、経常収支の黒字・赤字は、国際経済の問題であるとともに、国内経済の反映であるととらえることが重要であり、貯蓄(S)や投資(I)・消費(C)・財政(G)支出を含めた一国経済の経済バランスの均衡(ISバランスのこと)をはからなければ・・・。
 

(かっこ)の捕捉で、ようやく三面等価図を連想できますが、消費・投資・貯蓄・・・といきなり出てきてます。 ISバランスについて、予め(あらかじめ)記述しているわけでもない教科書に、いきなり国際貿易(アメリカとの経済摩擦)の説明文で、上述の記述を登場させています。こんなの、現場の先生が分かるわけがありません。しかも、

「総生産(総供給)=総支出(総需要)=消費+投資+政府需要+(輸出―輸入)という式」 

 どころか、貯蓄Sまで出てきます。その貯蓄Sは「株式購入・国債購入・タンス預金・財布の中身・銀行預貯金・民間保険金・・・・が入る」なんて、現場の教員にはますますわけが分からなくなる概念が含まれています。この説明を端折って(はしょって)、いきなり、上記記述がでてくるのです。

 さらに、ワルラス・ジェボンズ・メンガーという、高校生には全く必要のない経済学者の名前まで、ゴシック体(太字)で記入されています。書かれていれば、教員としては触れざるを得ません。

清水書院『高等学校 新政治・経済 改訂版』H21.3 三訂版

…資本主義を否定して社会主義を唱える運動や理論(科学的社会主義)がさかんになったが、その中心となったのはマルクスやエンゲルスである。一方、資本主義の基礎となる市場経済が経済的には最も効率的であるとする理論がジェヴォンズ・ワルラス・メンガー 脚注)らにより主張された。

脚注)
 ジェヴォンズはイギリス、ワルラスはフランス、メンガーはオーストリアの経済学者。彼らはスミスの労働価値説とは異なり、主観的な効用が価値を決定するという考えにもとづき、市場経済の効率性を厳密に証明する理論を作り上げた。
 

 「教員もそこまでしっかり経済学を学んでいない」のを分かっているはずなのに、急にこんなハイレベルな、まるでオタクのような記述を教科書に載せています。「労働価値説」「主観的な効用」をどうやって説明するのでしょう?

 この、教科書執筆者には、「私が書いた」と打ち明けられましたが、経済教育を普及しようとするあまり、オタク経済学を載せても、ますます「しっかり経済学を学んでいない」先生には「苦痛」です。

 経済学部出身の教員が暴走して、「これは経済学では大切なことだからあえて載せた」と、こんな記述をされても、現場は困るのです。実際に、この教科書の経済分野を扱ったことのある学校では、教えるのが難しすぎて、別な教科書に差し替えています。

高校教科書.jpg

 「間違いを載せて平気、オタク経済学は暴走する」で、トンでも教科書になっています。

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