円高が望ましいのか 円安が望ましいのか 3
日経H24.8.14

円高倒産が、上半期で50社、前年同期の2倍。
これを見ると、「円高=悪」となりそうです。
では、倒産は、全体ではどのように推移しているのでしょうか?
http://www.tsr-net.co.jp/news/status/half/1222251_1594.html
東京商工リサーチ
倒産件数は、前年同期比5.7%減で、年度上半期としては4年連続で前年同期を下回った。また水準としては2005年度(6,388件)を下回り、過去20年間で最少件数となり、戦後33番目の低水準。これは「中小企業金融円滑化法」や「セーフティネット保証5号」や、震災に対応した「東日本大震災復興緊急保証」など政策効果で、中小企業の資金繰りが一時的に緩和したことが大きな要因となった。
負債総額は、前年同期比8.4%減で、年度上半期としては2年連続で前年同期を下回り、過去20年間で最少金額。これは、負債10億円以上の大型倒産は186件(前年度217件)で、1990年度(105件)以来、22年ぶりに200件を下回ったことが影響した。一方、1億円未満が全体の約7割(構成比69.4%)を占め、小・零細規模中心で推移した。

まず、全体としては、倒産件数は減っています。過去20年間で最少です。
その中で、円高による「上半期で50社の倒産」というのは、6,051件の0.8%に過ぎません。
負債総額の718億円は、全体の負債総額1兆8,084億7,800万円の3.97%です。
倒産は、一定数は、必ず存在します(デフレとの相関が指摘されています)。円高になると、倒産が増えるわけではありません。
これは、明らかに、「円高=悪」という思い込み、もしくは、ポジション・トークによる、誘導記事なのです。
<補足 デリバティブ>
よく、「1円の円高で、○○輸出企業は、○○○億円の損失になる」とか「○○○億円の利益が吹き飛ぶ計算になる」などと言われます。
ですが、企業がそんな、時価取引をするはずはありません。数か月後、数年後に、「1ドル=○○円」が受け取れるように、為替を先に予約しておきます。これをデリバティブ=派生(先物取引)と言います。
記事によると、1万9000社が、このような取引をしています。トヨタや、パナソニックなど、著名輸出企業は、必ずこのオプション取引を採用してします。
そうすると、「輸出企業が円高を歓迎する!」という逆転現象(というより、実物取引<資本取引の現代社会では、輸出企業とはいえ、為替に左右される資本取引の影響が大きいとも言えますが)が生じることがあります。
今、1ドル=80円だとします。1万ドルの商品を輸出し、3か月後に80万円受け取りたいと考えます。
円高が進み、3か月後に1ドル=75円になっていたら、75万円しか受け取れません。ですから、今のうちに、3か月後1ドル=80万円で予約(オプション取引)しておくのです。
逆に、円安1ドル=85円になれば、損をします。ですが、輸出企業は、そんな時価取引のリスク(為替によって、受け取る額が、ばくちのように変動する)を回避しようとします。企業としては当たり前の判断です。
日経H24.12.28
『日経平均1万322円今年の高値』
…多くの企業は1ドル=80円、1ユーロ100円で予算を組んでいる。
実際には輸出企業の多くが為替予約を進めており、今期業績には反映されない例も多い。例えばソニーは3か月先に決済を迎えるドルとユーロの輸出取引の8割分を事前に予約している。
日経H24.12.29
『ABCマート営業益最高』
…足元で円安が進んでいるが、ABCマートは11年春時点で5期先まで海外から仕入れる商品の半分相当を1ドル=70円程度の高い水準で為替予約した。このため、当面の円安による収益への影響は減殺できる見通しだ。
円高予測をした場合、円高になってもらわないと、企業にとっては損なのです。円安になれば、「輸出企業にとっては損」というのは、実際にあるのです。
また、円高を予測すれば、手持ちの外貨について、先にドル売り、円買いを、「輸出企業」だからこそ、行うのです。ますます、円高になります。
輸出企業から、「円安になって、よかったよかった」っていう声がすぐに聞こえてこないのは、このような理由が背景にあるからです。
しかも、記事にあるように、デリバティブ取引は、予想通り為替が推移すれば、企業にとって得になるものの、逆の結果がでれば、全ての負担が企業だけにのしかかる(預けた基金が毎月目減りし、最悪の際には赤字になり、企業は補填し続けなければならない、仲介金融業は全く損を被らない)システムになっています。しかも解約しようものなら、さらにとんでもない違約金を払うことになっています。
本業は儲かっているのに、デリバティブで赤字・・・記事のエスケー食品はそれで倒産してしまったのです。それって、「円高倒産?」ではなくて、「リスクヘッジ倒産」ではないでしょうか。
<輸出の41%は円で受け取る取引>
そもそも、輸出企業が、全て「ドルで受け取って、円に交換する=ドル建て取引」を行っているわけではないのです。
日本の円建て輸出、最高の41% 対アジア拡大映す
2011/2/3 0:46
日本経済新聞 電子版
日本円で決済する輸出の比重がじわじわと高まっている。2010年の輸出総額に占める円建ての割合は41.0%となり、統計をさかのぼれる00年以降の最高を更新した。ドル建ての比率は48.9%で、徐々に低下しつつある。輸出の重心がドル建ての多い北米向けから、円建ての多いアジア向けにシフトしているためで、円高・ドル安への耐久力が以前より増しているとの見方も出ている。
円建て取引の場合、円高になっても、日本の企業は、為替の影響を受けません。影響を受けるのは、日本から輸入している、相手先企業です。
(ただし、相手先輸入企業も、「1年後に、1ドル=○○円」のデリバティブ契約を行っているので、為替がすぐにその企業に影響を及ぼすわけではありません)
しかも、相手国にとっても、輸出増=輸入増ですから、自国が輸出を伸ばそうとすればするほど、日本からの輸入を増やさなければなりません(韓国が、スマホの出荷量を増やせば増やすほど、日本からの部品・素材・工作機械輸入を増やせばならない=村田製作所など:のは、有名な話です)。
日本の輸出企業は、「円じゃないと受け取らないよ」という強い立場に立つ企業が、41%に増えるほど、強く、たくましくなっているのです。
最新の「貿易取引通貨別比率」によると、40.4%
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…いわゆる大新聞であったり、テレビの報道になると、なぜか「円高が続くと困る」という…。
ハッキリと言いましょう。
円高が続くと困る業種はなんでしょうか。それは前述したように、輸出をメインとした企業です。
自動車や大型家電等の製造・輸出企業は、取引規模が大きくなればなるほど、円高による損失が大きくなってしまいます。
そしてそういう企業こそがメディアにとっては最大の広告主です。
もし円高が続いて企業の収益が下がってしまったら、おそらく広告費が大きく削られ、新聞やテレビへの出稿が大幅に減ります。そうなると、最終的に困るのはただでさえ広告収入が激減している大手メディアなのです。
<円高で、プラス効果>
…実際に円高が続けば続くほど危機的状況に立たされる大企業がある一方で、円高で笑いが止まらない企業があるのも事実なのです。
…ただ、「円高=悪」であるという世論が強まっている中で、「ウチは円高で儲かっている」などと軽々に口にできない情勢がますます形成されていくものだから、黙っているだけの話。黙っているからますます・・・・。
(1)海外投資
円高は、海外投資に有利です。アメリカの1ドル=100円のハンバーガーは、1ドル=80円になると、安く買えます。海外の不動産、株、債券etcを購入する、あるいは買収(M&A)などの海外投資は増えます。
日経H24.2.16

…11年の対外直接投資は前年比85%増の9兆1180億円。

恐ろしい額だと思いませんか?前年比85%増って。この背景には、当然、「円高」があります
2010年1月には91円だった円が、2011年10月には76円になりました。(1時期75円台の史上最高値) 16%もの円価格上昇です。
そうすると、9兆1180億円で、1年前 よりも16%も余分に、土地や建物や、株や、債券を、より多く購入できることになります。16%も割安に、それらを購入できます。企業にとっては千載一遇のチャンスです。
(2)ガソリンがこれだけ安いのは
原油価格、世界では、恐ろしいほど、高くなっています。
世界経済のネタ帳
WTI、ブレント、ドバイが原油価格の3大指標とされる。
WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油は、アメリカ・テキサス州で産出される超軽質原油であり、北米の原油価格の指標となっている。1バレルは約159リットル。
このように、原油価格は、~2000年代の3倍以上に高騰しています。ガソリンも当然高くなっているはずですが、悲鳴は聞こえてきません。
http://www.stat.go.jp/data/kouri/8.htm
自動車ガソリン(銘柄符号:7301) の東京都区部の小売価格(昭和41年~最新月)

リーマン・ショック前は、史上最高値でしたが、現在は、1985年当時と同じ値段で収まっています。
その背景には、円高があります。円高は、世界的な石油価格の上昇のショックを吸収してきたのです。
1985年当時より、円は3倍高です。だから、3倍に値上がりした石油を、当時の価格で購入できるのです。
もし、ガソリン1リットルが、1985年当時の2倍、3倍300円、450円になっていたら・・・。悲鳴に近い声が聞こえてきそうです。
資源高は、ほかにもたくさんあります。
日経H25.1.4

これも、円高でショックを吸収できた部分があります。

実際には、資源高で、倒産もありました。
日経H24.12.28
『早すぎる円安警戒論』
…原油価格が1バレル70ドルと低かった2006年、円は110円台の円安でも企業経営に支障はなかった。逆に08年には100円前後の円高だったが、原油価格が140ドルに急騰し、輸送産業などで倒産が相次いだ。
(3)過去最高
海外旅行が過去最高 13年も勢いは続くか
東洋経済オンライン 12月24日(月)7時0分配信
…もう一つの追い風は円高。12年の為替レートは最近まで1ドル=80円を割り込む高値圏で推移していた。JTBの調査によると、円高を理由に国内から海外に行き先を変更したり、旅行日数の長期化、ホテルのグレードアップをした海外旅行者が約3割に達している。
その恩恵にあずかっている旅行会社の業績は好調だ。JTBの12年9月中間期の海外旅行部門売上高は前年同期比23.3%増となった。エイチ・アイ・エス(HIS)も12年10月期決算で過去最高益を更新しており、今期はさらにそれを上回る計画を立てている。
円高の弊害は、声高に叫ばれ、円高の恩恵は、「目に見えない」のです。
これでも、「円安じゃないと、日本にとってまずい」のですか?
<追記>
日経H24.3.28
「為替は長期的には購買力平価でかなり説明がつく」(川北英隆京大教授)・・・。
購買力平価は、インフレ率の高い国の通貨は長期的に下落するという考え方。例えばある年の為替相場が1ドル=200円だったとする。その後日本は物価は横ばいなのに米国は2倍に上昇すれば、円でモノが買える量は変わらないのに、ドルで買える量は半分に減る。ドルの通貨価値の下落を反映し、為替は1ドル=100円と円高・ドル安に動くという理論だ。
結局、日本や、スイスが為替介入しようと、文字通り、大河の一滴で、相場に影響を与えても、2~3日です。日本は、2年前に、1回に7兆円も使って市場介入しましたが、1週間もたたないうちに戻ってしまいました。
通貨はその国の国力を示します。通貨安で国家が崩壊した例は、ローマ帝国を初めとし、枚挙に暇がありませんが、通貨高で滅んだ国はないのです。
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