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倉西雅子 ブログ:万国時事周覧 『通貨切り下げ競争は許されるのか』

<次回更新は5月6日木曜日です>

倉西雅子 鶴見大学非常勤講師

『通貨切り下げ競争は許されるのか』 ブログ:万国時事周覧 2010-04-27 15:22:51 | 国際経済

数字は筆者

 先日、中国政府は、国際的な元安是正圧力をかわすためにか、貿易黒字の減少を示す貿易統計を公表しました(データの正確性は不明)。元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょうが、この論理には、幾つかの問題点があります。
 
 これまでにも、韓国政府の為替介入は問題視されてきましたが、本日も、ウォン高を抑制するために、韓国当局は、ウォン安介入を行った模様です。他のアジア諸国もまた、自国通貨安政策を行っているとする報道もあり、実際に、通貨切り下げ競争は決して杞憂ではありません。この動きが、さらに他の地域にも広がるとしますと、国際通貨制度にとって危険な歪みが生じることになります(実体経済の為替相場との乖離)。

(2)ドルと元の不均衡

 自国通貨切り下げ政策を行いますと、その国は、ドルの外貨準備をため込むことになります。中国は、その蓄えたドルで米国債を購入していますが、 ①もう一方の為替市場で売られた元の方は、国際通貨とは言い難い状況にありますので、金融機関や投資家を通して、中国に元建てで投資されている可能性が高くなります。この相互関係により、アメリカの財政赤字は深刻化す一方で、還元された元が、中国国内のバブルの一因となっていることは、大いにあり得ることです。

(3)第三国への不利益
 
 中国や韓国の自国通貨安政策は、自国通貨を変動相場制に委ね、かつ、②輸出志向の産業構造をもつ第三国に不利益を与えます。我が国も、不利益を蒙る国の一つであり、輸出競争において不利な立場に置かれます。通貨安を背景に、輸出を伸ばしている中国や韓国は、他の諸国にハンディを負わせることになるのです。

 その他にも、③雇用の流出など、問題点はまだありますし、中国や韓国は、不透明な金融政策を行っていますので、どこに危険が潜んでいるかわかりません。少なくとも、④こうした政策は、長期的に見て持続可能性があるとは思えないのです。


<輸出=国際競争ではない>

②輸出志向の産業構造をもつ第三国に不利益を与えます。我が国も、不利益を蒙る国の一つであり、輸出競争において不利な立場に置かれます。通貨安を背景に、輸出を伸ばしている中国や韓国は、他の諸国にハンディを負わせることになるのです。

③雇用の流出など、問題点はまだあります


 中国や、韓国が自国通貨を安くする為替介入を行うと、その国の輸出が伸び、為替操作をしていない他国が損をする
という論です。

 別に、為替を操作して、その国の輸出産業に有利なようにしてもかまわないのですが、「輸出を伸ばすこと=輸入を伸ばすこと」なので、その国の「輸入品」と競合する財・サービスを生産していた業者や業界は、倒産・規模縮小になっています。

<輸出増=輸入増>

 輸出の裏には,必ず輸入があり,輸入の裏には必ず輸出があるのです。ということは,「輸出を伸ばし,輸入を抑える」のは,理論上,不可能になります。

 輸出拡大には,生産量拡大が必要です。生産量拡大には,労働力が必要です。労働力はどこから持ってきますか?それは,比較劣位産業からしか持ってこられません。「比較優位な産業に特化しなければ,輸出は成り立たない」=「輸入をしなければならない」ということなのです。
輸出増=輸入増
 
輸出と,輸入がセットということは,輸出拡大と,輸入拡大もセットということです。

図50 浜島書店 資料集『最新図説 政経』2006 p309
浜島書店 資料集『最新図説 政経』2006 p309無題.jpg
棒グラフの左側は輸出,右側は輸入

 日本の貿易額は,年を追って拡大してきました。その際,「輸出の拡大と輸入の拡大」はセットになっていることがわかりますか?「輸出を拡大する=特化する」ということは,「比較劣位産業を縮小しなければばらない=輸入を拡大する」ことなのです。日本は,繊維製品(当初),鉄鋼,造船,家庭電化製品,自動車に特化する一方,繊維製品・石油・鉄鉱石・石炭・農業産品など,劣位産業を縮小し,輸入を拡大してきたのです。

実教出版 資料集『新政治・経済資料』p2008 p259
実教出版 資料集『新政治・経済資料』p2008 p259無題.jpg
 世界の中で比較しても同様です。「一人あたり輸出額の大きい国は,輸入額も大きい,輸出額が小さければ,輸入額も小さい」という相関関係がみてとれると思います。

 ですから、中国が輸出を伸ばすということは、中国の輸入(中国に輸出している国の輸出)が伸びること(その業界は淘汰が進みます)を示します。中国の比較劣位産業縮小=他国の輸出産業隆盛です。

中国 輸出 輸入額


他の諸国にハンディを負わせることになるのです。」ではなく、「他の諸国にチャンスを与える」ことと同義なのです。

中国 対日 輸出 輸入

 先日、中国政府は、国際的な元安是正圧力をかわすためにか、貿易黒字の減少を示す貿易統計を公表しました(データの正確性は不明)。元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょうが、この論理には、幾つかの問題点があります。

 元安政策で輸出が増えた分を、輸入の拡大で相殺すれば、貿易不均衡は生じないとする論理なのでしょう

 輸出増=輸入増は、人為的に起こすわけではなく、必ず生じてしまう「メカニズム」です。中国企業の意図、ましてや中国政府の意図など、入る余地はありません。

 「③雇用の流出など、問題点はまだあります」ですが、「中国の輸出が伸びるから、その分、他国の雇用を奪う」というのは、論としては頻繁に述べられているのですが、実証的には「ない」のです。

 日経H22.4.20『GDPに占める経常黒字の比率 中国2年連続低下』グラフも
中国…が発表した2009年の国際収支報告…。貿易黒字の大幅な減少が響き…前年を下回った。…モノの貿易の貿易黒字が31%減った…。


中国 経常黒字 減少

 貿易の目的は「儲ける」ことではなく,「豊かに消費する」ことなのです。このことについて,ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)は,端的に,次のように述べています。

ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)『良い経済学悪い経済学』日本経済新聞出版社2008  P172

 実業界でとくに一般的で根強い誤解に,同じ業界の企業が競争しているのと同様に,国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでに,リカードがこの誤解を解いている。経済学入門では,貿易とは競争ではなく,相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として,輸出ではなく,輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。

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倉西雅子 ブログ:万国時事周覧 『変動相場制の役割を無視する中国』

倉西雅子 鶴見大学非常勤講師

『変動相場制の役割を無視する中国』 ブログ:万国時事周覧
 中国の元安政策が貿易の不均衡をもたらすとして、アメリカ政府は、中国政府に対して元高容認を求めています。この問題、”米中通貨戦争”としても取り上げられていますが、国際通貨システムの観点から見ますと、国際貿易における変動相場制の役割を中国政府が無視していることも原因していると思うのです。

 変動相場制には、貿易の不均衡を自律的に調整するという機能があることは、よく知られています。古くはヒュームが唱えたことに始まりますが、およそ、以下のようなメカニズムとして描くことができます。ある一国の輸出が増大した場合、それに比例して貿易決済に伴う通貨取引も増加しますので、自然に輸出国の通貨の相場は上昇します。加えて、輸出国の経済が発展すれば、海外からの投資も増加するわけですから、これもまた、通貨相場が上昇する要因となります。ある国が、経済成長を遂げれば通貨価値も上昇するのが自然なのです。その一方で、為替相場の上昇は、グローバル市場における価格競争における優位性を失うことを意味しますので、輸出量は減少します。こうして、一国だけが一方的に輸出を増加させることはできなくなり、為替相場の変動を通して、貿易の不均衡は自律的に調整されるのです。

 ところが、中国のように、頑として変動相場制を拒否し、事実上の固定相場制を維持するとなりますと、この自律的な調整メカニズムは働かなくなります。現在においては、為替市場の相場が投機的な行為により人為的に変動することもありますが、基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです。しかも、この問題は、通貨のみならず雇用問題も伴いますので、事態はさらに深刻です。中国政府は、貿易相手国の懸念を理解し、自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実を直視すべきと思うのです。


<「貿易黒字はもうけ」ではない>

日経『ゼミナール 21世紀の基軸通貨』H22.4.22 グラフも

…高い経済成長を続ける中国は、有望な投資先として世界中から資本が流入し続け、人民元には持続的に買い(上昇)圧力が生じる。この圧力を封じ、固定レートを維持するには、通貨当局が人民元売りの為替市場介入を行う必要がある。
 だが、これが頻繁に繰り返されると、人民元が市中に過剰に供給されて事実上の金融緩和になり、資産バブルやインフレを招くリスクを高めてしまう。…国際的な資本移動を前提とすると、固定レートの維持と自由な金融政策の両立は不可能となる。


中国 人民元レート

日経『中国人民銀行 外貨建て資産8割超』H22.4.22 グラフも

 中国人民銀行(中央銀行)の外貨建て資産が膨らんでいる。2009年末時点で18兆5333億元(約250兆円)と、人民銀の総資産に占める割合は8割を超えた。人民元相場の安定を保つための元売り・ドル買い介入が背景にある。
…中国政府が元相場を実勢より低く抑え…人民銀は元を売ってドルを買う市場介入を拡大。人民銀にドルが積み上がる構図が鮮明になった。
…人民銀は…元相場の切り上げを再開するタイミングを探っている。しかし元相場が上昇すれば、人民銀の外貨建て資産に多額の評価損が発生するのは避けられない


中国人民銀行の外貨建て資産


貿易黒字資本赤字です。

黒字と赤字は「コインの裏表」勝ったとか、負けたとか、得したとか、損したという話ではありません。

 中国は、貿易黒字を出していますが、それは、同額分の外国のカネを増やしていること=資本赤字です。対米黒字=ドル資産増加=資本赤字です。ただドルを持っていても仕方ないので、アメリカ国債などに投資します。

 元は、もともと、元高傾向でした。そして、元の相場を維持(元安)するために、中国中央銀行は、大規模なドル買い元売りをしています。

 ところが、そのドル資産は、すでに目減りしています。過去の元安時に購入したドル資産はすでに、2割も目減りしているのです。

 1ドル=8元の時に買った米国債100万ドル=800万元は、1ドル=6元になると、600万元にしかなりません。元には換金できないのです。

 昔1ドル=250円だった時に買った米国債100万ドル=2億5千万円は、1ドル=125円になると、1億25百万円になったのと同じです。(別に、円に還元せず、ドル資産のまま運用すれば、問題はないのですが・・・実際にはそうします)
 今後さらに元高になると、表面上ドル資産=元資産はさらに目減りします。

 このように、「中国対米貿易黒字=ドル資産増加」のことです。もともと、「貿易黒字は国内に還流しないカネ」なのです。「貿易黒字はもうけ」ではありません。

 「基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです。しかも、この問題は、通貨のみならず雇用問題も伴いますので、事態はさらに深刻です。中国政府は、貿易相手国の懸念を理解し、自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実を直視すべきと思うのです」

「貿易黒字はもうけ」ではありません。自分に跳ね返っているだけです。

① 中国の元安による対米貿易黒字=ドル資産増
② 米国のドル高による対中貿易赤字=中国にドル資産を購入してもらうこと
③ 元高=ドル資産目減り
④ ドル安=アメリカ債務減


「貿易黒字を出す中国は、貿易で勝っている」は神話なのです。

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倉西雅子 ブログ:万国時事周覧 『変動相場制の役割を無視する中国』

倉西雅子 鶴見大学非常勤講師

『変動相場制の役割を無視する中国』 ブログ:万国時事周覧
 中国の元安政策が貿易の不均衡をもたらすとして、アメリカ政府は、中国政府に対して元高容認を求めています。この問題、”米中通貨戦争”としても取り上げられていますが、国際通貨システムの観点から見ますと、国際貿易における変動相場制の役割を中国政府が無視していることも原因していると思うのです。

 変動相場制には、貿易の不均衡を自律的に調整するという機能があることは、よく知られています。古くはヒュームが唱えたことに始まりますが、およそ、以下のようなメカニズムとして描くことができます。ある一国の輸出が増大した場合、それに比例して貿易決済に伴う通貨取引も増加しますので、自然に輸出国の通貨の相場は上昇します。加えて、輸出国の経済が発展すれば、海外からの投資も増加するわけですから、これもまた、通貨相場が上昇する要因となります。ある国が、経済成長を遂げれば通貨価値も上昇するのが自然なのです。その一方で、為替相場の上昇は、グローバル市場における価格競争における優位性を失うことを意味しますので、輸出量は減少します。こうして、一国だけが一方的に輸出を増加させることはできなくなり、為替相場の変動を通して、貿易の不均衡は自律的に調整されるのです。

 ところが、中国のように、頑として変動相場制を拒否し、事実上の固定相場制を維持するとなりますと、この自律的な調整メカニズムは働かなくなります。現在においては、為替市場の相場が投機的な行為により人為的に変動することもありますが、基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです。しかも、この問題は、通貨のみならず雇用問題も伴いますので、事態はさらに深刻です。中国政府は、貿易相手国の懸念を理解し、自国の通貨政策が国際通貨制度そのものに脅威を与えている現実を直視すべきと思うのです。


<中国の貿易黒字が減りました>

 日経H22.4.20『GDPに占める経常黒字の比率 中国2年連続低下』グラフも
中国…が発表した2009年の国際収支報告…。貿易黒字の大幅な減少が響き…前年を下回った。…モノの貿易の貿易黒字が31%減った…。


中国 経常黒字 減少

基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです。しかも、この問題は、通貨のみならず雇用問題も伴いますので、事態はさらに深刻」ではないことが分かります。

 元相場は、2008年より、固定しています。にもかかわらず、中国貿易黒字は減少・・・。

日経H22.3.17
中国 貿易黒字 人民元相場

<アメリカ貿易赤字が減りました>

IB times  http://jp.ibtimes.com/article/biznews/100211/50182.html
2010年02月11日

2009年米貿易赤字、前年比45%減
米商務省は10日、2009年通年の貿易赤字(季節調整済み、サービスを含む国際収支ベース)は前年比45.3%減の3,806億6,100万ドル(約34兆円)となった。前年は同6,959億4,000万ドルだった。

 輸出は前年比15.0%減の1兆5,531億ドル、輸入は同23.3%減の1兆9,337億ドルとなった。


基本的には、元相場が上昇しない限り、貿易不均衡は改善されないのです」は事実を伴わない、「妄言」です。事実に基づいて議論しましょう。

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倉西雅子 鶴見大学非常勤講師 ブログ:万国時事周覧 『中国の元安政策は雇用問題』

倉西雅子 鶴見大学非常勤講師 ブログ:万国時事周覧 「中国の元安政策は雇用問題」
2010-03-15 15:23:22 | 国際経済

 昨日、北京で開かれていた全国人民代表大会において、中国の温家宝首相が、元安は輸出先の国の経済にとっても恩恵となると述べ、人民元の切り上げ圧力には抵抗することを表明しました。

 温首相の主張は、中国製品を輸入することで、先進国の消費者は廉価な製品を購入することができますし、中国に進出している先進国企業もまた、安い労働力から利益に得ているということなのでしょう。しかしながら、雇用の面から見ますと、物価水準が低く、労働者の権利が充分に保護されておらず、かつ、労働条件が劣悪な中国が、圧倒的に製造拠点としての競争力を持つことは確かです。その上、元安政策となりますと、中国への雇用流出は加速します。輸出先の消費者は、低価格の商品を手にすることができても、生活の維持に不可欠である所得を約束する雇用機会を失うのであれば、元も子もありません。

 製造拠点が移動できる現代の貿易不均衡問題は、即、雇用問題に転化します。中国政府は、自国のアンフェアな元安政策と過酷な労働政策が、他国においては雇用不安を招いている現実を直視すべきと思うのです。

<雇用が奪われる>


参考文献 日経H22.2.6
 アメリカ失業率4ヶ月ぶりに10%割り、1月は9.7%に。増加幅が月間10万人増えても、07年12月の雇用水準に戻るのには、6年かかる計算
 背景には雇用の変化。不況に入ると、すぐに人員削減、IT化や海外への業務のアウトソーシングで、省力化。その結果労働生産性は前期比年率6.2%上昇。従業員数や労働時間を減らしても、同じ規模の生産を続けた計算に。「雇用なき回復」が可能な世の中。


http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3080.html
各国 失業率

 まず、各国失業率の上昇ですが、これは「リーマン・ショック」で、勝手にこけたのが原因です。

 「人為的に元安を誘導し、その結果、雇用が中国に奪われる」という論調ですが。アメリカの輸出は、順調に伸びています(資料は、リーマン・ショック前)。輸出が伸びるということは、雇用が奪われているのではないことを示します。
アメリカ 輸出 輸入額

 為替相場と、貿易黒(赤)字は、短期はともかく、長期的には関係がないのです。もちろん、円安(元安)が、輸出を伸ばします。輸出超過の国にとっては、為替高は短期的にGDP押し下げの要因です。
 ですが、貿易黒字は、外国との関係ではなく、国内事情で増減します。ISバランス論です。「不況になると、貿易黒字は増える」のです。ですから、GDPが順調に伸びていれば、為替高の影響は、相殺されます。というより、「円高」で、GDPが減ったことは、事実としてありません(リーマン・ショックを除く)。

<雇用を奪われる?>
教科書の間違い 帝国書院『高校生の新現代社会』H22年度用見本 p72 p74
 
 賃金の安い中国、東南アジアの追い上げによって国内外の企業を巻き込んだ激しい競争が起こり、それに打ち勝つために生産拠点を海外に移転する動きが加速し、国内では産業の空洞化を招きました

P148-149
…中国は世界最大の外国投資受入国となっているのです。日本からも食品、繊維などの軽工業をはじめ、自動車、電機、鉄鋼などの各種企業が進出し、日本国内の産業の空洞化はいっそう懸念されるようになっています。…日本は産業の空洞化を乗り越えるためにも、成長著しい中国をよきライバルとし、良好な関係を形成しながら、ともに高めあっていけるやり方を考えていく必要があります。


産業の空洞化はあったのか。答え「なかった」。

国内生産・GDP(国内総生産)は減少ではなく、一貫して上昇しています。
(除く1974年石油危機、1998年山一證券・拓銀倒産・消費税UPの翌年)
とうほう『政治・経済資料2009』p222
経済成長グラフ
②雇用ですが、雇用は、比較劣位産業から、比較優位産業に移転し、全体として雇用者数は、極端には変化しないのです。同年の雇用者数推移のグラフです(数字出典:総務省統計)。(もちろん、不況時には失業率が増加するなど、一時的な雇用の流動は起こります)
雇用者数 推移グラフ
日本経済新聞H21年5月6日
産業別就業者数

日本の産業別の就業は、年々変化しています。就業者数が減っている業界があれば、増えている業界があります。第2次産業の雇用者比率低下は、70年代から始まっているのです。

 このように、「産業の空洞化」は実際には、存在しないのです。

 次に、「生産拠点を海外に移転する動きが加速」という部分です。これは、対外投資額の増加を示しています。海外での合弁会社の設立やM&Aのことです。「対外直接投 資は、01年を底に増加に転じ、03年と04年は多少減額しましたが、05年は急増」(岩田規久男『景気ってなんだろう』ちくまプリマー新書 2008 p98)しているのです。

 対外直接投資は増えているということは、「生産拠点を海外に移転する動きが加速」することですが、それにより「国内生産・雇用・GDP(国内総生産)が減少する」のではなく、逆に「増えて」います

 GDP拡大は,国内生産量拡大のことです。国内生産量拡大には,労働力が必要です。労働力はどこから持ってきますか?それは,比較劣位産業からしか持ってこられません。「比較優位な産業に特化する」=「比較劣位産業縮小」ということなのです。

比較劣位産業 → 労働力を集める → 特化し,生産量拡大
       ↓               ↓
       生産量減少   →    セット
 

 ただし、「製造業からサービス業へのシフト」は存在します。製造業雇用者低下→サービス業雇用者増加です。これを、「産業構造の高度化」といいます。とうほう『政治・経済資料2009』p230
産業構造の変化 新
 地方の製造業都市が衰退し、大都市圏の人口が増えるので、これをあえて「地方製造業の空洞化」と言うことはできるでしょう。実際に、都市部と地方の格差は、あります。
1人あたり県民所得差 帝国書院アクセス現代社会2009
(ただし、高度経済成長以後、格差は少なくなっています。日本は、均等に豊かになってきたのです)
帝国書院『アクセス現代社会2009』
地域間所得格差 帝国書院『アクセス現代社会2009』

日本全体としては、「GDP(GNI)は伸びている=産業は確保されている」というのが、現状です。

 中国の貿易黒字が増えたとしても、中国に雇用が奪われる事実はないことに、注意が必要です。

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質問を頂きました

<質問を頂きました>

アルゼンチン経済は不況になり、外資が逃げ出します(ドル買いペソ売り)。同国中央銀行は、ドルを供給し続けますが、足りなくなります。IMF融資もなくなり、結局デフォルト宣言しました。

この部分がいまいち理解できません。もう少し簡潔にすることはできませんでしょうか。すみません。


<記事再掲>

 日本やアメリカは、「自国通貨建ての国債を発行」しているので、原理的にデフォルト(債務不履行)は起きません。その国債を購入しているのが、日本人であれ、外国人であれ、極端な話、宇宙人でもです。
 デフォルト(債務不履行)できるのは、①外貨建て債務の場合と、②外資に対してのみです。
 過去のアルゼンチン、ロシアがデフォルト(債務不履行)にしたのは、①外貨建て債務②外国資本(外資)に対してと、①外貨建て債務です。

デフォルト.jpg

<外資の場合>

 アルゼンチンの場合、「ドル建てアルゼンチン債」を発行しました。アルゼンチンに対する信用がなくなると、アルゼンチンペソが暴落します。ドル建てで「100万ドル」と書いてある債券は、ペソが暴落しようと「100万ドル」返さなければいけません。ペソがドルに対して半分の価値になれば(ペソ暴落)、アルゼンチンは、「2倍」の額になった債務を返済しなければなりません。

 同国は、1ドル=1ペソの事実上の固定相場制を採用していました。しかし、ドル高になり、隣国ブラジル(レアル安)の経済は発展しました。アルゼンチン経済は不況になり、外資が逃げ出します(ドル買いペソ売り)。同国中央銀行は、ドルを供給し続けますが、足りなくなります。IMF融資もなくなり、結局デフォルト宣言しました。 ロシアの場合も同じです。アジア通貨危機が新興国に波及し、外資に頼っていた同国経済を直撃しました。同国銀行は、同国国債を担保に外資に資本を提供してもらっていたのです。その外資が一斉に逃げだします(ドル買いルーブル売り)。IMFやアメリカがドルを緊急融資しますが、足りません。ついに同国中央銀行はデフォルトを宣言します。ドル高ルーブル暴落です。

<アルゼンチン経済>

グラフデータ出典 JETRO

アルゼンチンGDP

 アルゼンチンは、1ドル=1ペソの、固定相場制を採用していました。ドル安だった時は、同国輸出業は好調だったのですが、ドル高になると、同国のペソ高になります。同国の輸出は、激減します。ライバルだった隣国ブラジルは、ドル高=レアル安になり、輸出が伸びます。

 アルゼンチンに出資していた外国資本(株・社債・アルゼンチン国債出資)は、もっともうかる国に投資しようとし、アルゼンチンから、投資を引き上げます。

 そりゃそうです。儲かっている企業だから、株価も上がり、社債も確実に返済されます。赤字企業からは、カネを引き上げます。

アルゼンチン 貿易収支

 グラフのように、「不況だから貿易黒字が拡大する」のです。

 外資が引き上げるので、ペソ売り=ドル買いになります。同国中央銀行は、逆にドル売り=ペソ買いで対抗します。

あとは、同国中央銀行が、どれだけ外貨(ドルなど)を持っているかの問題です。

 中央銀行は1ドル=1ペソの固定レートを守るために,ドル売り,ペソ買いをして自国通貨を支えます。外貨が不足します。ますます,外国資本が逃げ出します。IMFが同国への外貨融資をして補っていたのですが,それも止まります。同国内では,外貨への変換や外貨預金の引出しが制限され,国民は暴動を起こします。ついに政府は,公的対外債務の一時支払停止を宣言(デフォルト)しました。ペソは1/4に下落してしまいました(外国への債務は額面上4倍増)。 

アルゼンチン 外貨準備

 業績が不振になった企業に、投資しないのと同様、不況になった(進行形)国に、カネをつぎ込む人・企業・国はいないのです。

 

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