文化と伝統など、後で作った話に過ぎない3  「欧米」と、ひとくくりにするあやまち

<文化と伝統など、後で作った話に過ぎない>

コメントする方は、質問欄からお願いします。ルールを逸脱する方がおり、大変迷惑してます。

 一口に、「欧米」といっても、中身はまったく違うようです。英仏、米仏で違うかと思いきや、英米(アングロサクソン)でもまるっきり違うようです。

オティエ由美子
 『イギリス、日本、フランス、アメリカ、全部住んでみた私の結論。日本が一番暮らしやすい国でした』泰文堂 2014
 より

1)日本には、「カタカナ」が合ってよかった・・・

 フランスでは、外来語については「アカデミー・フランセーズ」が、フランス語が乱れないよう、年に数回会議をし、「フランス語高等委員会」が普及するシステム。

 コンピュータ→オルディナター
 ソフト→ロジシエル
 Eメール→クリエル

企業内のコミュニケーションを英語で行うことも、法律で禁止(1994年)。楽天やユニクロなど、フランスではありえない!

2)アメリカは、移民の国だから、ニューヨークと言っても人々の意識はみな内向き。外の世界のことなど、どうでもいい話になってしまう。スポーツもアメフト、野球、バスケ・・・アメリカ限定のスポーツばかり・・・サッカーがようやく・・・だが、外に目を向けるには期待薄。

3)仏は自己主張はあたりまえ。謝らない文化は、米仏。英はそれらに比べると謝る方。自己主張は米がダントツ。

4)英仏のユーモアは、場所など関係なく飛ばされる。きつい皮肉やブラックジョークが当たり前。初対面だろうがなんだろうが、飛ばす。米は、時と場所によるユーモアが求められる。

 英では、ビールよりも何よりも「ユーモア」。英国魂のよう。

5)風刺は、フランス。福島原発記事で、3本の手足の相撲とりの風刺画を載せた、「カナール・アンシェネ」。日本は猛抗議したが、フランスでは、「そのペーパーなどそんなもの」「日本人には毒入りユーモアが分からない(時がある)」という感覚」。

 日本では、病気・死、天災、障害、差別にかかわるユーモアは「タブー」。しかし、これは「文化」の違い。要するに、どちらがどうのと言う問題ではない。 

 イギリスBBC放送。「日本では原爆に2度も遭遇した、世界一不運な人がいる。電車で長崎に移動したと言うが、そんなさ中に電車が運行されていたとは驚き。それに比べてわが国の電車は・・・」という放送に、日本が抗議、謝罪。
 「イギリス人やフランス人には倫理観と言うものが欠如しているのでは???」と思わないように気をつけたい。それは「日本独自」だから。

6)英語コンプレックスは、フランスの方がひどい。英語を話せる人はフランスでもかっこいいと思われる。少しでも英語ができれば、観光客相手に披露したがる。フランス人は相当英語コンプレックスを抱えている。日本人と比較してもどちらが重症か、判断できないほど。仏新聞には、「なぜ我々はこんなに英語ができないのか」と特集記事が組まれるほど。

①中高図書室に英語の本が皆無
②TVは吹き替えが原則
③英語授業は文法・書き取り中心。オーラル軽視。

7)アメリカは移民者向けバイリンガルが徹底。公立のバイリンガル・プログラム。1963年~。授業の半分は英語、半分は母国語が徹底(カナダは、もっと徹底)。今はさらに拡大中で、ニューヨーク市だけでも300校を超す。理由は同時多発テロ。アラビア語を操れる人が政府組織にもほとんどいなかったから。しかし、「税金の無駄」という反対意見も多数。

 確実なのは「母語さえしっかりしていれば、第二外国語は大人になってからでも習得可」という事実。「バイリンガルを育てれば、長い目で見たときにその国の強みになる」「母語と日本語の授業・・これが将来の日本の強みに」

8)理数系はエリート、仏は並外れている。文系が就職に不利は、日本の比ではない。エリートは、みな「工学系グランゼコール」という、大学とは別組織。最高峰「理工校学校(ポリテクニーク)」の歴史はナポレオン時代から。ゴーンさんもここ出身。ただし、ルノーをみてもわかるように、フランスは半分「社会主義」の国。アンチ・グローバリズム、アンチ資本主義の左派勢力がとても強い国。

9)英米は数学が泣き所。数学に弱い人が圧倒的に多い。米メディアでも「「なぜ我々はこんなに数学が弱いのか」と特集されるほど。教科書は貸与(何年も引き継ぎ使用される)・分厚い・家でも置きっぱなし、授業はプリント。ただし、2018年までにオバマにより「電子教科書導入」に。そのかわり、学校教育ではプレゼンテーション授業は徹底。
 金融街シティで働く人はみな営業担当で、高度な数学能力が必要な部門は、仏・ロシア・中・インド系ばかり。アメリカでもウォール街は中・インド系アメリカ人ばかり。白人は少数。 ぶっちぎりで、算数が得意なのは、「日本人」。

10)しつけは、フランスは厳しい。他人の子供にも容赦ない。たたくのも当たり前。英米では絶対禁止。英米では静かにさとし、子どものときから怒鳴られたことなどない。日本はどちらかというと仏式。仏の子は概して従順、英米はマイペース。英米では「仏式教育本」がベストセラーにもなるほど。ただし大人になると英では、「社交的(共同体に気を使う)」になり、仏では「自分さえよければいい(親以外の人に態度が悪い)という個人主義」的になる傾向。これは当たっているようだとのこと。

11)カップル文化
 徹底は、仏。すべて。夫が50年間、妻を1人にしたことがないなど、ざら。同性友達とレストランでも、「パートナー同伴か否か」を必ず事前予約。日本の「乳幼児と母親」と同じようなもの。がっつり「カップル文化」。
英では、パブで、男性が週に2~3日過ごすなど、当たり前。日米英では、同性同士の集まりも頻繁(ただし正式な場所ではカップルのみ。わざわざ大学時代の友人に頼み込んで出席しなければならないことも)。「おひとり様文化」では日本は断トツ。

12)階層・階級

日本は、貧富の差が少ない。都内高級宅地でもロンドンパリニューヨークの8~7割程度。教育費(私立小)も半分から1/3.一般サラリーマンが、一点豪華主義や共働きなら、手の届くレベル。

ロン・パリ・ニューヨークの庶民は、どんなに背伸びしても高級宅地に住むのは不可能。両者にはどうあがいても越えられない壁。
富裕層は使うカネも多いが、出ていくカネも多い。スーパー・デパートも階層によって細かく分類。
貧困層と中間層の差も顕著。圧倒的なのは、あきらかに「有色人種」少数の例外を除いて貧富の差はそのまま人種の差。

何らかの扶助を受けている貧困層は15~20%、日本は1.5%。英仏では貧困層に対する風当たりが激しい。自分の血税が生活保護受給者に絞り取られていると感じ反感を抱く中間層が多い。仏の場合、受給者の移民が占める割合は少なくないので当然怒りは移民に向けられる。

米は、人種間の経済格差が如実。ニューヨークでもホワイトカラーは白人、ブルーは黒人かヒスパニック。管理は白人。スーパーやアパート管理でも同じ。レジ係や宅配担当は黒人かヒスパニック。韓国系小売店は店長が韓国系、従業員はほぼ100%ヒスパニック。
パリやロンドンではここまで歴然とした差はない。

プライベートにおいてもニューヨークでは同人種で動く。人種がまざって行動しないので、サラダボールと呼ばれる。人種差別はタブーだが、黒人ヒスパニックと白人の間の経済格差は差別格差と変わっていない。

人種差別問題=貧困問題のこと。

黒人や有色人種は、白人には「サー」という敬称を付けるが、アジア人にはつけない。

アメリカ社会の裕福な家庭の子供は、カネのかかる教育を受けて、アイビーリーグに進み、高収入の仕事に就く。
フードスタンプの支給を受ける部貧困家庭の子供は、質の悪い公立高校で、就けるのは非熟練低賃金の仕事のみ。貧困家庭から富裕層に改装移動できる率は限りなく低い。中間層にまで浮上できるレベルも30%程度。
アメリカ公立高校では、勉強を頑張ろうとする生徒がいると「白人のまねをするやつ」と呼ばれ、黒人同士の間で仲間外れにされる。
フランスとイギリスでは人種より、移民というくくりの差別。フランスは反イスラム色が強い。フランスにおけるアラブ人は移民+イスラム教徒という点において二重苦を背負っている。住む場所によって、どういう階層かがすぐわかる。

階級に異様にこだわるイギリス人、イギリスはアッパークラス・ミドルクラス・ロウワクラス。ミドルクラスの中でも三つにわかれ、アッパー・ミドル・ロウワ―までいる。イギリス国民にとって階級は非常に重要な分類。日々強烈に認識しながら生活。

英では、階級制度がと経済力とは一致しない。いかに経済的に落ちぶるれようと、上流階級出身者は、社会では上流終身階級者として扱い続けられる。たとえホームレスになっても。
労働者階級出身であれば企業家でも「成金」としか呼ばれない。

出身階級は即座にわかる、英語のアクセント。一言口を聞けば出身階級・出身地域・パブリックスクールか公立校か、まであてられてしまう。日本人の地方出身者が方言を標準語に変えることよりもずっと難しい。外人は、イギリス人社会からはアウトサイダー扱い。

フランス人はストライキやデモが好き。数日等生ぬるい。3週間続いたストもある。
フランスの共産主義者は、「出資等労働組合が企業側と交渉を行うだけでは不十分であり、労働者は自分にできる方法で直接企業に訴えるべきだ」と考える。旧国鉄一般職員の定年は54才、運転手は50才。この優遇措置を改正したいと試みるものの、そのたびに、猛反発。軍隊、警察、国会議員、電気ガス会社、オペラ座及びコメディー官製館職員といった人たち。赤字の主要原因が年金制度。

結論。

文化など、千差万別で、唯一の答えなどない。

基準などないのに、自分の考え方ををごり押しするのは、異常(政治家は除く)。

みなバラバラだと認識すると、意見など、すべて「個人的意見」。

TV解説者も、専門的知識で説明する範囲なら、専門家の領域。ただし、「意見」を言った途端に、TV前の視聴者の1人と
同じ。普遍性など全くない。

追記

このブログでは、「意見」は必要ありません。見聞すること自体が、私にとっては自分の時間を奪われるので、大変苦痛です。

私にも意見はありますが、「意見」を書かない(冗談をのぞき)のは、そういうことです。自分が知りたいこと、知りたい情報、知りたい番組は、自分で探しますので、皆さんの意見を「押し付けないで」ください。

自分がひまな人は、相手もヒマだと思い、自分が悲観的なら、相手も「悲観的」な考え方をするものだ・・他人もこう考えているだろうと推測するのは、自分自身の反映・・・「人間は万物の尺度」というのは、すべて「自分自身を基準として、対象を認識する」ことです。


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<文化と伝統など、後で作った話に過ぎない2 相撲など、国技でも何でもない、後付・あと解釈のオンパレード>

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<相撲など、国技でも何でもない、後付・あと解釈のオンパレード>

すもう

さて、相撲です。相撲が国技、相撲道・・・伝統・・・全部「後付」です。やっている本にはおろか、親方でさえ、由来がなんだかわからず「やわやわふわふわ」。まるで吉田類の「ほろ酔いトーク」のようなものです。

 すもう本来のだいご味は、「相手に合わせるタイミング」「待った」でした。それが、「指導される」ことになっています。内容そのものが、次代とともに、変遷しているのです。

 要するに、この世のことは「どうでもいい(どっちでもいい)」ことだらけ・・・というのが本質です。世の中、古今東西、何でもありです。みんなバラバラです。どれが唯一の形というものなど、まったくありません。 この世は「フィクション」で出来ています

以下、高橋秀実『おすもうさん』草思社 2010より

1)土俵の真ん中に一本の木片。神棚に飾るような、白い稲妻型の紙がぶら下がっている。親方も「御幣(ごへい)」という名前のものだとは分かるが、何のために飾っているか、わからない。日本相撲協会監修の「相撲大辞典」にも、意味は載っていない。要するに「わからない」

2)すもうには、意味がよくわからない事だらけ。まわしは洗わない。どうしてかは、お相撲さんもわからない。

3)神棚が置かれたところが正面。正面の右が東、左が西。玄関があるのが正面。なぜかは分からず、建てた結果、土俵の東西南北が決まった。国技館も、正面は実際の方角は西。道路事情などによる。

4)東方の守護神清龍、南朱雀、西白虎、北玄武となっているが、建築上の事情で、おかまいなしになっている。

5)相撲のもとは、出雲の神々の国獲り。どの神も意思がはっきりせず、最後は「力比べ」で決着したという、情けない物語(古事記)。

6)日本書紀の相撲記述では、木工名人が、「絶対に失敗はない」といったのを、失敗を誘発させるために、天皇が女性たちを裸にして相撲を取らせたというのがもともと。もちろん、それに目を奪われ、名人は失敗した。

7)相撲の世界には「書」、つまり、書かれたものが一切ない。口頭伝承のみ。四股は右から、行事も軍配は右。すべて「・・・とされている」という世界

8)相撲は、立ち合いから何から、「相手に合わせる」ことが基本。

9)江戸時代初期には、行事の合図で相撲が始まった。享保年間に、「八角楯右衛門」が「待った」を考案、以後、「待った」が当たり前になり、行事は、相撲取りの名前を呼ぶだけの存在になった。

 明治45年の取り組みでは天皇観戦の手前、待ったが54回、相撲時間が1時間を超える取り組みさえあった大切なのは、勝負より「勝負前」「待った」こそが相撲の真骨頂になった。

10) 昭和3年ラジオ放送開始で、仕切り制限時間導入に。幕内10分、幕下5分に。相撲は、本当は、土俵のぶつかり合いではなく、じっと勝負を「待つ」ものだったのに・・・。

11)土俵に水を撒くのは、清めるのではなく、砂が乾いてしまうため。

12)放送事情、建築事情、社会事情を呑み込み、独特の意味づけをあとからするのが、現実と伝統の調和。

13)自ら国技と言ったことはない。周りが言うからそうなった。『相撲道綜』によれば、「相撲は国技だが、国技である証拠はない」

14)明治42年、当初板垣退助が「尚武館」と主張したが、完成案内状に「国技」とかかれていたので、「国技館」と命名された。案内状から名前をとった。相撲常設館ができた。その案内状に「国技」とあったから、国技館にした。そう名付けたから、相撲は国技になった。

 同館には、欧米人がたくさん来訪し、「わが国固有の相撲」を見せるために、建設された。それまでは外で行われていた。はだかで往来の禁止条例ができたが、見られてもはずかしくない、欧米人に誇れる相撲と板垣が考え、屋根つきの常設相撲場を建設した。
 いかにも昔風のモノと、外国人観戦というハイカラの調和。行事の「烏帽子+直垂」と言う昔風衣装に変わったのもこの時。以後「国技」が独り歩き。

15)昔から、星の貸し借り(貸借と売買)はあたりまえ。八百長は、相撲が語源。しかし「国技」とされてから、呑気許すまじという、周りの価値観が変化。お相撲さんは「怠け者」だったのに、「国技らしからぬ」と新聞が避難し、「武人らしからぬ」とまで言われるように。「武士道にもとる」とまで、非難されることに。

 もともと「国技」も「武士道」もお相撲さんが名乗ったわけではない。それらは、お相撲さんを非難する言葉として始まった。たまたま『力士』と呼ばれていたので、「武士」と同じだと勘違いされ、「武士道」を歩まされることになった。

 「国技なのにだらしない」とか、「相撲道にもとる」とか今日も非難するが、「国技とは何か」「相撲道とは何か」はよくわからない。板垣退助も、「国技館と名付けたのは自分の不行き届き」と述べ、後悔していた。

16)山鹿素行(『武士道』を書いた人)によると、相撲はけがはするし、手足が太く見苦しくなるので、専門家相撲取り(遊芸)の見世物にしましたという程度のもの。

17)戦時体制下、相撲は「国固有の技」として奉られ、日本精神を具現化したものとして、全国津々浦々、軍に至るまで、普及。昭和18年の「相撲界」という冊子には、『撃ちてしやまん』精神とか、「全身これ闘魂」とか、本当はお相撲さんは「ゆるゆる精神」だったのに、勝手にキャプションが。

 国家総動員計画は、国家お相撲さん計画と同義に。なぜか、「神々の国獲りで「力比べ」からはじまったことになり(伝説だから検証のしようがない)、神と結びつく・・・全国各地の神社に「土俵づくり」・・・昭和17年には、相撲は単なる遊技から、「必修科目」へ。相撲の価値や本質はよくわからないが、「国技だからいいものに決まっている」と・・・。

 しかし、子どもはもともと自然に「自ずからなる」相撲を取っていた。すでに普及しているのに、「国技だから」と普及に取り組むと、文科省の取り組む姿勢だけが空回りになった。

18)力士は、戦中であろうがなんでろうが、「呑気」。労働慰問の後に相撲を取るが、『手を抜けなくなって困った』。興行相撲を反省し、決戦相撲体制を訴える力士も登場。タニマチや観衆から食べさせてもらうのではなく「国家から食べさせてもらうのだから」と。ごっつあん精神の対象がかわっただけ・・・。

19)国会議員は相撲をたるんでいると非難しはじめ、あんこ体型がいかん。国民はやせているのに・・待ったもいかん。待ったをすると戦争に負ける・・・武士の取るべき態度ではない!。

 相撲協会は反論。「待ったは自分のことだけではなく、相手のことも考える、相撲道である!」いつの間にか、相撲道を反論の材料に・・・。陸軍はこれを聞き、「戦争は、すなわち待ったの事」と戦争に取り入れ・・・「大東亜相撲圏」建設へ・・・。

20)工場動員でへとへとの力士、戦地に出向き、人数が半減した力士は、「相撲どころではありません」というが、否定しながらも土俵に上がる力士を、記者は「必死必中の体当たり精神」と書くから、相撲協会も体当たりの元祖として再講釈するように・・・。相撲中継ラジオ放送は大東亜共栄圏向け放送で、「ルーズベルトよチャーチルよ、この歓声を聞け!戦う日本の強さだ!」と。

21)敗戦後の11月にも、秋場所開催。作った伝統ではなく、相撲は「続けるもの」。客席にはアメリカ人がいっぱい。相撲協会は、「相撲は本来争ったり、傷つけあうことではなく、最初から人を喜ばせるための「スポーツだ!」と」。

 相撲とは本来、「きわめて平和的なめでたく楽しい行事」「戦争とは関係ない、競技だと」狭義のために土俵を15尺から16しゃくに拡張。土俵など、もともと広さは適当なものだったから。ただし、広くなった土俵で力士がくたびれたため、すぐに元のサイズに。

 十二代の神々の名前を祝詞を読み上げたのだが、三神に短縮。GHQにそれぞれの由来を聞かれたら、わからないから答えられないので、三神に短くした。

相撲の本質は「のんき」

22)いつの間にか、「力士」に品格が求められるようになった。横綱審議委員会(昭和25年~ 協会の諮問に対する答申と進言のみで、決定権も責任ももともとない)が求めだした。

 この時3人の横綱がいたが、皆、千秋楽までに休場してしまい、協会は世間から非難を浴びた。そこで、「横綱は大関格下げにする」という新ルールを策定したが、場所後に「3人のだれを格下げするか、本当に格下げしてよいものか」紛糾し、「横綱には伝統と権威がある」と格下げ自体を撤回してしまった。

 格下げの代わりに「諮問機関」をつくったのが「横審」。自分たちで決めると角が立つので、第三者に決めてもらい、非難をかわすための苦肉策。横審が「品格・力量」という内規を定めた。力量だけに限定すると、横綱がいなくなってしまう(3人の例)ので、「品格」という救済策をつくった。それがいつの間にかひとり歩きしてしまった。

 枕詞のように、「武士道」とか、「品格」と言われるのは、後付も後付・・・。

相撲は本来「のほほん」。

23)行事は、公正・中立のようだが、全員「各部屋付きの親方」。最高位の行司差し違えは、進退伺いになる(腹切り用の刀まで差している)。しかし、「きわどい勝負で難しかった」と理事長になだめられ、今までに辞めた人はいない。あくまでも[儀式]。年功序列のお相撲さんのような感じ。

24)行事の仕切り(今は軍配を返す形)も、ラジオ放送が始まってから。それまでは、仕切りに30分も1時間もかかっていたが、ラジオ放送は午後6時で終わり。それに間に合わせるために、今の形に。紫、朱、紅、青などの装束も、カラーテレビ放送に合わせて染めることに・・・。すべて「便宜上」。式守と、木村に、流派の違いなど、ない。軍配の握り方が違うが、それもガチガチではない。

25)土俵祭の祝詞(行事が暗唱)も、「口伝」。本来は、神主が行うことを、「先輩から伝承」

26)『相撲史伝』によると、「式礼を整える」とは、「複雑にすること」。複雑にすると、自ずと「厳粛」を示すことになるから。「土俵は、『高尚なる理』に基づいて作られたものとは信じてはならない」と諭している。

27)呼び出しの秀男さんいわく、呼び出しの生活は、「暇があり過ぎ」。「合理的じゃないことだらけ」しかし、合理性を追求すると、「呼出もいらない」ということに・・・。相撲に合理性を追求したら何もなくなってしまう。だから、無から有をつくる。土俵があるから、仕事ができる・・・。

結論
 
 国技だと思えば国技になり、スポーツだと思えばスポーツになり、「なんだか知らないけど続いている」から「伝統」になる。もはや、「人間の意思を超越」しているから、「伝統」。

 「まつりごと=祭りごと=政」。みな、それにぶら下がって、生きている。

 「歴史と伝統」など、こんなものです。○○道、○○精神も、同様です。


追記

1)お相撲さんは、「なんとなくここ(相撲部屋)にいた」という人ばかり。理由は様々ですが、「なんとなく」が一番多い。

2)黒海という力士が、とんとんと昇って行ったのは、「普通」のこと。本人いわく、「厳しくない」。稽古の後、特別な練習などしない。親方曰く「ふつう」「やる人は言われなくてもやるし、やらない人は言われてもやらない」

3)外国人力士は「モノが違う」。相撲の方云々ではなく、スピードとパワーは、日本人の比ではない。外国人力士に勝つことは、「ふつうは無理」。

4)「横綱目指して」と人は言うが、それは野球界でいえば、「イチローになれ」と言うのと同じ。横綱朝青龍や、白鵬は「強すぎる」。「十両が目標」というと、残念そうな顔をされるが、本当は「三段目」が目標。ゴムぞうりから雪駄に変わるから。

3)相撲は当たると痛い。首も頭も・・。だから、当たるのは怖い。

4)激しいとされる稽古は「午前中」で終わり。同時に取るのは2人だけ。あとは、みなハアハア言って、土俵を囲んでいる。稽古に参加しているだけで、息苦しくなるほど。「流れ(あ・うんの呼吸)」でやる、申し合い稽古(相撲を取る)とぶつかりげいこの2種類のみ。

 午後は、昼寝だが、基本的に何をしても自由。

<文化と伝統など、後で作った話に過ぎない>

<文化と伝統など、後で作った話に過ぎない>

 日本の伝統・・・文化・・・、相撲や武士道・・○○道など、単なる後付の話です。もちろん、日本人の精神性、大和魂といっても、「そもそもいつからの話で、だれがその伝統と文化を決めたのですか?」と言っても、「誰も知らない」・・・

そんなものです。

そもそも、「伝統」という「空想の産物」を考えたのは、戦(いくさ)もなく、暇を持て余すようになった江戸時代の話です。

石村貞吉『有職故実』講談社学術文庫 1987

「平安時代の礼法、官制、服制等を伝えている公家…既に平安時代と年代を隔てること八百余年の遠きに及び、その礼法の精神、習俗の成否等、不明の点が少なくないこととなり…武家においても同じく、鎌倉・室町両時代の、幕府の礼法、武具、甲冑等を伝えながらも、四百余年、ないしは二百余年を隔てているために、その精神・意義・実際をつまびらかにすることができなくなってしまった」



 要するに、服装とか、作法の順序とか、所作は、残っているものの、その導入の経緯、なぜ導入したか・・・など、さっぱりわからないのです。日本人は、すっかり「忘れてしまっていた」のです。

 それで、江戸時代になって、長老や研究者、兵法家など、ヒマな識者が「ああでもない、こうでもない」と論争し、「こうだったはず・・・」と自説を押し付け合ったのです。

「伝統」とは、受け継がれたものではなく、あとから「こうだったはず」と言い張ったものに過ぎません。

「武士道」なども、その最たるものです。

本居宣長によると、○○道とは、「よろずのことわざ(事業)」=やっていることを雑芸に至るまでも含めて、もっともらしくあるいは、かしこぶった教え」にしたもの。

「武士道」なるものが確立したのは、江戸時代。もはや「いくさ」などない世の中、武士は「公務員」となっていました。

武士道の本家本元、山鹿素行によると、「武士道」は、農民・町民が忙しく働いているのに、武士はぶらぶらしていて「自分たちは何をやっているんだろう」と言う疑問が生じたので、「忠誠の教え」が必要だとして、つくられたものです。だから、やはり「あとづけの理屈」で、そもそも、日本人全体が共有しているものでも何でもありません。武士など、人口の1%にも満たないものです。

『葉隠』

 「武士道というは、死ぬことと見付けたり。一生越度(落ち度)なく、家職を仕果たすべきなり」



  要するに、

 「死を覚悟する覚悟をもって(そのように考えて)いれば、失敗なく定年まで奉公できます」「命を捨てる覚悟さえあれば、なんでもうまくやれるだろう」という、まさに公務員向けのマニュアルです。

 これをみて、力が抜ける人はいても、力を込めて「武士道を持って私たち日本人は、しっかりしなければ」と思った人いますか?

『葉隠』など、二日酔いを(顔に紅をぬって)ごまかす方法、あくびをかみ殺す方法など、「へ?」と思うような「ビジネスマン・必携マナー術」のオンパレードです。

松代藩『武道初心集』

武士は死を覚悟すべし。そう心がければ、無病息災・寿命長久。



要するに、「健康で長生きできますよ」・・・

これが、新渡戸稲造が、「BUSIDOU」として海外に伝えた「武士道」です。

続く・・・

追伸

 イブが食べたリンゴ。イブによると「蛇からそそのかされたそう」で、神はすぐに蛇の頭を潰したのです。イブの証言を裏付ける第三者は、いないのです。

 つまり、「蛇がそそのかした」のかどうかは、『イブが言った』に過ぎません。さて、イブは「蛇のそそのかされた」のですか?それとも???

遠交近攻、中国も英国も、すごすぎる

<遠交近攻、中国も、英国も、すごすぎる>

 外交とは「笑顔の下で、お互いの手をひもで結びながら、殴り合いをしている」と形容されることがあります。

 今回の中英セレモニーは、まあ、外交とはこういうものだと見せつけられたようで、特に英国は役者が一枚も二枚も上手、さすが「大英帝国」だなあと思います。植民地の分割統治、遠交近攻の中国に乗りながら、一線を画す・・・。すごすぎます。

 日経H27.10.25 要約掲載

・9月初め、キャメロン首相とオズボーン財務相がそろって、日立製作所の英東部ニュー・英クリフ(ロンドンから2時間半)鉄道車両工場開会式に出席

・3週間後オズボーン財務省は北京へ ロンドン起点の新高速鉄道参加を中国勢によびかけ
キャメロン氏は 中国国営中央テレビの単独インタビューで「両国関係は黄金の時代を迎えた」

・アジアインフラ銀行AIIBへのいち早く手を挙げ、独仏などの呼び水役、安倍首相が6月サミットでこの問題を提起したが、ぬかにクギ。

10月21日 習氏と、キャメロン氏、7兆数千億円の特大商談に署名。高速鉄道、シェールガス開発、原子炉、航空機エンジン・・・日立への賛辞はどこに・・・

・12年5月、キャメロン氏はダライラマ14世と会談、中国怒りは烈火のごとく・・こじれた関係修復に1年半費やす。

・今週メルケル独首相が、来週はオランド仏大統領が訪中。地政学上の脅威をさほど感じていない。



まさに中国の遠交近攻。

さて、英国はエリザベス女王が、最恵国のおもてなし、習氏は、バッキンガム宮殿に宿泊。

ところが、この晩餐会、肝心の人が出席していません。 チャールズ皇太子、次期国王です。

米中
Dominic Lipinski-REUTERS

つまり、女王は歓迎するが、チャールズ次期国王は、(わざと)出席しない。それは、(人権問題・民主政・言論の自由がない)中国を、完全に認めているわけではないという、強烈なメッセージだそうです(テレビ朝日、本日の昼の「TVスクランブル」より)。

役者が違いすぎる・・・。

みんな忙しいから、社会的分業=間接民主制

<みんな忙しいから、社会的分業=間接民主制>

「民主主義を壊した、民意を無視した・・・」安保法案を巡って、このような枕詞が盛んに使われました。

http://blogos.com/article/136739/

直嶋正行 2015年09月30日 17:01

民意無視の政治を許すな

国会に目を向ければ、戦後最長の通常国会も幕を閉じ、最大の争点であった安保法制は、連日大勢の国民が国会周辺を取り囲み、反対の声を上げる中、与党は強行に採決に踏み切り、成立させました。

様々な問題点に加え、立法根拠もなくなったこの法案を、元最高裁判所長官や内閣法制局長官OBといった歴代の法の番人たちが採決すべきではないと声を揃え、さらには多くの憲法学者などの知識人や国民各層が反対する中、自分が全権者であるかのごとく無理矢理成立させる。こうした不条理をまかり通すわけにはいきません。

法律成立後に実施された各紙世論調査においても、約8割が国会での議論が尽くされていないと答えています。こうした安倍政権の傲慢な姿勢を質し、この国の立憲主義と民主主義を守るため、我々は今後も一丸となって闘います。



http://blogos.com/article/136499/

初鹿明博 2015年09月29日 16:23

史上最長の通常国会が閉会 違憲法案の強行採決は憲政に汚点を残す! - Banbi通信 VOL.286

数があれば何でも出来るという思い上がった安倍総理並びに自民党・公明党の議員は、権力者であっても憲法の範囲内でしか権力を振るうことが許されていないという立憲主義の基本中の基本を理解していない民主国家の政治家として失格であることが明らかになりました。このような議員に政治を任せ続けてはならないと強く感じます。

では、どうすれば良いのかと言えば、多数派が数の力で押し切るのではなく、少数者の意見に耳を傾け、そこに道理があるならば積極的に取り入れていくようにしていくことでしょう。

選挙の結果が全てのような国会ではなく、少数者の意見でも理が通っていることが多数の意見になっていくように、国会議員が何ものにも縛られない自由な良心をもって議案の賛否を決めるような国会にしていきたいとつくづく感じます。

今後も、国民の自由と人権、そして、民主主義を守るために不断の努力を続けて参りますので、引き続きの応援よろしくお願いします。



1.直接民主制など、できるわけがない。

国民の大多数が「説明不足」「理解していない」「内容が明らかになっていない」・・・法案を通すのか!と言います。

しかし、国民が、法案の中身を「理解する」のは無理なのです。

安全関連法案は、全文・要約版ともに、公開されています。

http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/housei_seibi.html

内閣府

「平和安全法制等の整備について」



さて、関連法全文、これ、紙の厚さだけで6センチ以上になります。

これを、どうやって、国民が理解できると思いますか?

マスコミで解説する、コメンテーター、新聞論説委員、キャスター、だれがこの全文を読んでいると思いますか?

では、簡単な解説書は、国民必読?ですね。

読売新聞政治部 編

「安全保障関連法─変わる安保体制」

296ページ


目次



  『安全保障関連法 変わる安保体制』

  読売新聞政治部 編著

【目 次】

はしがき

◆第1章◆ 安全保障の現実
 1 中国の脅威
  ■ 不戦の誓い
  ■ 安保法制はなぜ必要なのか
  ■ 海の万里の長城
  ■ 海洋強国路線
 2 北朝鮮の脅威
  ■ 進む核開発
 3 日米同盟
  ■ ガイドラインの改定
  ■ グローバルな協力
  ■ 改定の背景
 4 拡充する自衛隊活動
  ■ 多角的な備えに期待
  ■ 浮かび上がる課題

◆第2章◆ こうなる 新たな安保法制
 1 条文解説
  ■ 集団的自衛権の限定行使の容認
  ■ 後方支援活動
  ■ 重要影響事態
  ■ PKO 類似活動
  ■ 武器等防護
  ■ 歯止め3原則
 2 ポイント解説
  ■ 集団的自衛権の限定的行使は合憲なのか?
  ■ 過去の政府答弁と矛盾しないのか?
  ■ なぜ集団的自衛権の行使容認が必要なのか?
  ■ どのような場合に集団的自衛権を限定行使するのか?
  ■ 機雷掃海 他に手段ない?
  ■「必要最小限度」の海外派兵とは?
  ■ 個別的自衛権と集団的自衛権の境界線は?
  ■「法的安定性」は確保されているのか?
  ■ 集団的自衛権の行使は専守防衛と合致するのか?
  ■ 安保関連法はなぜ必要なのか?
  ■ 複数の事態が重複することはあるのか?
  ■ 存立危機事態と武力攻撃切迫事態は併存するのか?
  ■ 重要影響事態と周辺事態との違いは?
  ■ グレーゾーン事態にはどう対応するのか?
  ■ 事前承認 派遣に歯止め
  ■ 海外派遣自衛官の武器使用
  ■ 自衛隊は米軍の核兵器も輸送するのか?
  ■ 恒久法を制定する意味合いは?
  ■ 平時における「武器等防護」の狙いは?
  ■ 駆けつけ警護 国に準ずる組織 不在が条件
  ■ 国民保護法は日本への武力攻撃切迫時に適用されるのか?
  ■ 米軍後方支援 安全確保に配慮
  ■ 武力行使との一体化 戦闘現場以外なら恐れなし
  ■ 邦人救出 相手国同意が条件
 3 シミュレーション
  1 中東危機-1(存立危機事態)
  2 中東危機-2(重要影響事態,対立危機事態)
  3 南シナ海での軍事衝突(重要影響事態)
  4 南シナ海での緊迫事態(武器等防護)
  5 朝鮮半島有事-1(存立危機事態)
  6 朝鮮半島有事-2(存立危機事態,重要影響事態,武力攻撃切迫事態)
 4 任務拡大に備える自衛隊
  1 連携して中国をけん制
  ■ 哨戒能力圧倒
  ■ 日本の装備に関心
  ■「重要影響」適用?
  2 新たな任務に対応
  ■ 法の枠内 銃撃くぐる
  3 機雷掃海 緊迫の訓練
  4 離島防衛の要を育てる
  ■ 米海兵隊をモデルに
  ■ 日米,連携を強化
  5 拡大する国際貢献
  ■ 武器使用 想定や訓練必要
  ■ 他国連携 制限あり未知数
  ■「議論不十分」の指摘

◆第3章◆ 安保法制 こう議論された
 1 憲法解釈見直しへ
  1 安保法制懇が報告書
  ■ 憲法解釈の見直しに着手
  ■ 異例の経過をたどった安保法制懇
  2 限定行使へ具体的事例
  ■ 解釈見直しへ機は熟した
  ■ ユートピア平和主義との争い
  ■ 近隣有事での自衛隊の後方支援
  ■「中東での機雷掃海」
  3 「解釈変更は可能だ」
  ■ 正当性のない「立憲主義違反論」
  ■ 全面容認 即座に否定
  ■ 6要件 厳格な歯止め
  4 グレーゾーンの法整備
  ■ 迅速な対応が可能な措置を
  ■ 海保では対応困難
  5 駆けつけ警護
  ■ 住民を守れない法制度
  ■ 集団安保は参加認めず
  6 一体化論 線引きどこで
  ■ 米軍との連携阻止する「理屈」
  ■ 邦人救出の法整備検討
  7 党派超えた賛成模索
  ■ 腰が定まらない民主党
  ■ 政争の具 苦い歴史
 2 首相の決意―限定行使閣議決定
  1 新たな政府見解を決定
  ■「次元の違う日米同盟に」
  ■「限定行使」訴えた高村氏
  ■ 自公パイプ 大島氏仲介
  2 北側副代表案 法制局と「合作」
  ■「幸福追求権を守る」
  ■ 首相「北側さんを信じる」
  3 「出来ない日本」の変化
  ■ クリントン大統領の要請
  ■ 北朝鮮,中国の脅威
  4 日米協力 自由度増す
  ■ 米軍と自衛隊の「統合」
  ■ 同盟強化の好機
  ■ 自衛隊は何が出来るか
  5 国際貢献の「常識」へ一歩
  ■ オランダ軍の怒り
  ■ 非戦闘地域の概念 撤廃
  ■ 海外派遣 恒久法へ
  6 グレーゾーン 危機頻発
  ■ 中国からの密航者
  ■ 自衛隊と警察 調整困難
  7 集団安全保障は棚上げ
  ■「地球の裏側での戦争」
  ■ 与党協議は「暫時休憩」
  8 豪州・ASEANは歓迎
  ■ オセアニアに進出する中国
  ■「日本の役割,死活的に重要」
  9 法整備 時間かけ準備
  ■ 世論は「集団的自衛権に慎重」
  ■「ヤマ場」を控えて
 3 法制合意―与党協議
  1 安保法制の全体像固まる
  ■「切れ目なし」対「歯止め」
  ■「建て増し」繰り返した法制度
  ■「国民への分かりやすさ」
  ■ どちらの法律を適用するのか
  2 集団的自衛権の行使容認へ
  ■「この先50年,発動する機会はない」
  ■ 超音速巡航ミサイルへの対応
  ■「応分の寄与」阻止する法制
  3 後方支援と武器使用の制約緩和
  ■「戦闘現場」以外に拡大
  ■ 武器使用で任務の妨害を排除
  4 平時の邦人救出と他国軍の防護
  ■「ランボー」にはなれない
  ■ 現地政府の同意が前提
  ■ 米軍以外も対象に
 4 混乱続きの不毛な国会審議
  1 衆議院で違憲論争に飛び火
  ■「1国のみでは安全守れない」
  ■ 与党の不手際相次ぐ衆議院審議
  2 「失策」止まらぬ参議院審議
  ■「法的安定性」発言
  ■ 相次ぐ情報の流出
  ■「場外」の戦い

◆第4章◆ 試練の安保審議 残した課題
 1 国連平和維持活動(PKO)協力法(1992年)
  ■「武力行使との一体化」論
  ■ 公明党の歴史的転換
  ■ 社会党の抵抗と衰退
  ■ PKO に国民の支持
 2 周辺事態法(1999年)
  ■ 朝鮮有事で「法の空白」
  ■「周辺」解釈,政府に難題
 3 テロ対策特別措置法(2001年)
  ■ 世論支持で短期成立
  ■「反対,未熟だった」
 4 イラク復興支援特別措置法(2003年)
  ■「国連中心」か「日米同盟」か
  ■「非戦闘地域」困難な線引き
 5 有事法制(2003年)
  ■ 自衛権行使の法の不備放置
  ■ 1年越し,粘りの修正合意
 6 新テロ対策特別措置法(2008年)
  ■ ねじれ国会で海自撤退

◆第5章◆ 語る 安全保障法制
 ◆ 細谷雄一〈従来の解釈 国民守れない〉
 ◆ 火箱芳文〈冷戦時より環境厳しい〉
 ◆ 阪田雅裕〈法案に苦心の跡見える〉
 ◆ 神保 謙〈空と海 将来は中国優位〉
 ◆ 五百旗頭真〈集団的自衛権 日本守る〉
 ◆ 三浦瑠麗〈「中国と衝突」想定し議論を〉
 ◆ 柳井俊二〈憲法 集団的自衛権禁じず〉
 ◆ 森  聡〈抑止力 国民理解へ説明を〉
 ◆ 柳原正治〈国際情勢に現実的対応〉
 ◆ 大石 眞〈憲法解釈 変更あり得る〉
 ◆ 市川雄一〈安保法制 自衛に不可欠〉
 ◆ 北岡伸一〈自衛最小限度 時代で変化〉
 ◆ 佐瀬昌盛〈リスクと向き合う覚悟を〉
 ◆ 高村正彦〈北の暴発 現実の脅威〉
 ◆ 細野豪志〈安保政策 野党と協議を〉
 ◆ 浅野善治〈主権と自由 力で守る〉



この程度で、296ページです。誰が買って読む、読む時間があると思いますか????

 各種世論調査で大多数の「国民に対する説明不足」・・・

 分かります?国民が理解するなど、「ムリ」なのです。結局、言っているのは、程度問題、安保関連法案について、詳しくわかる、大体わかる、なんとなくわかる、ちょびっとわかる、そもそも「漢字すら読めない、LD、認知症・・・」

 それに、今国会で成立した法案、

内閣提出75法案(成立66案)、議員立法72案(成立12案)です。

国民は、安保関連法案「だけ」詳しくなければいけないのですか?上記の法案の全文は「理解しなくていい」のですか??

結局、程度問題だと分かりますよね。

通常国会提出法案について、詳しくわかる、大体わかる、なんとなくわかる、ちょびっとわかる、そもそも「漢字すら読めない、LD、認知症・・・」

私たちは、比較優位、だれもが何らかの仕事に特化し、豊かさを築いています。

外科の医者、めちゃくちゃ多忙です。

手術、場合よっては12時間以上に及ぶ手術もあります。毎週毎週手術をし、外来を診、入院患者の巡回をし・・・何かあったら電話で緊急対応し・・・患者の元を離れる旅行などほとんどできません。

さて、このような人に、安全保障関連法案、理解しろ!と言うのですか?

忙しい仕事で「ヘロヘロ」、忙しくない仕事でも「8時間以上拘束」、肉体的に疲れる仕事、精神的に疲れる仕事・・・みんな、それぞれの仕事に、資源を使っているのです。

とてもじゃないが、国民は、法律案なんて、読むひまも、考える暇も、ないのです。

主婦だって?? 忙しいですよ、夕飯の買い物、友人とのランチ!(笑い)。

だから、社会的分業、法案について整備する人(内閣)、法案を審議して立法する人(国会)に任せているのです。それしか、方法がないのです。

2.間接民主制で、民意の反映など永遠にできない

 で、選挙で、民意を反映します。とりあえず、「任せる」人を、選択肢の中から選ばざるを得ません。自分と考えは違うけれど、とりあえず、「近い」ヒト、政党を選ぶしかありません。

 しかし、漢字を読めないLD(学羞障がい児)、認知症のヒトもいて、すべての人の民意を反映するのは、スタートから無理なのは、説明したとおりです。

http://abc60w.blog16.fc2.com/blog-entry-1031.html

嫌になるくらいの空理空論。真の民主主義だって????



 それでもとりあえず、選びます。投票率は5割超です。

で、選ばれた人たちは、

今国会で成立した法案、
内閣提出75法案(成立66案)、議員立法72案(成立12案)

全部、目を通せると思います?全部理解できると思います???

これも、無理ですよね。

だから、議員は、それぞれ、「委員会」に所属し、例えば「厚生労働委員会」「防衛委員会」「予算員会」・・・という委員会で、それぞれの法案について、専門的に「審議」するしかないのです。

まあ、程度問題ですが、国会議員「どこまで勉強すればいい」という際限など、ありません。国際問題、経済問題、安保問題、社会保障問題・・・本当に勉強しようと思ったら、人生のほとんどすべての時間を注ぎ込まないと「理解」するなど無理だし、そもそも、そんなに「勉強」などできないし、それだけ費やしても「詳しくなる」のが精いっぱいで、全部なんて理解できない・・・

医学者は医学を学ぶので精いっぱい、物理学者は物理で手一杯、法学者は法律学ぶので手一杯・・・これが社会的分業です。

まあ、余談ですけど、勉強しようと思ったら、「写真集」を撮影する暇などないはずですけどね(笑い)

小百合 単行本(ソフトカバー) – 2015/8/19

上西 小百合 (著)
•単行本(ソフトカバー): 128ページ
•出版社: 双葉社 (2015/8/19)

現役衆議院議員、上西小百合氏によるフォト自叙伝。安室奈美恵好きの青春時代、2度の恋愛、結婚観……。
プライベートな一面から、あの本会議欠席、〝維新の党〟除名騒動の真相、永田町の常識と非常識を初告白。
撮り下ろしプライベート・フォトも多数掲載!赤いドレス姿やプールでびしょ濡れになる姿は、色気が漂い圧巻だ。



つまり、完全理性、「完璧」は、「神のみぞ」の世界であり、人間社会では結局「程度問題」。

とりあえず「間接民主制」、国会議員という、法律案を勉強できる環境にいる、恵まれている人たちに託して、お任せするしかない・・・

間接民主制の国会を「数の横暴」「少数意見の無視」と非難する一方、世論調査でも「安保法案賛成」者は少数ながら確実にいるのに、「国民の大多数が今国会の成立に反対と言っている!!!」と、ここでは数の論理を持ち出す。

全然、論理性がないです。結局、「国民の、国民による、国民のための、(所詮完璧ではない、まあまあ妥協できる程度の制度による)政治」しか、実現できないのです。

TVに出ているコメンテーターで、「安保法案」を理解している、全文読んだ人など、誰一人いないのです。みんな限定合理性=自分の知っている範囲で、適当なことしゃべっているだけなのです。

限定合理性=理性理性と言っても、結局ヒトは、「錯覚」「錯視」「相対音感」・・・から逃れられないこと。

私?私は、「分からんのでおまかせする」、ただ、おかしいと思ったら、次の選挙で「変えるよ!」ということです。法案反対なら、とりあえず、選挙で廃案に持ち込むことも可能です。それが、「しょせん、不完全な民主主義」システムの本質です。

1億2000万人、考え方も、価値観も、専門性も、みんなバラバラ。どうやって「完璧な民主制」を作れるのですか?作っても、「程度問題」にすぎません。

<情報の非対称性>

そもそも、私たちが、何かを選択するとき、そこには、「情報の非対称性」が存在します。

生産者は、モノ・サービスの内容をよく知っていますが、消費者は「知らない」。その間は、絶対に100%完璧にうめることは、100%不可能。

有権者が立候補者を選ぶのも、情報の非対称性が内在。だから、「真の民主主義」など、チャンチャラおかしいのです。

選択するときに、完全情報を持ち、長所と短所を理性的に考察し、未来を含めてあらゆる可能性を考慮し、冷静に選択することなど、しょせん人間には「不可能」なのです。

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